付き合うなら煉瓦メンタルで
一子は、学校で先輩に呼び出しを受けた。
伝言を受けた友人の清美によると、放課後、校舎の屋上に来てほしいというものだった。
「イチ、また告白〜?モテる〜♪」
休み時間中、清美にからかわれたが、一子は一切相手にしなかった。
彼女は、自分が世間一般から見て美人の部類に入ることを自覚していた。実際、男性に言い寄られることが多いのだ。
しかし、彼らの想いが実を結ぶことは全くもって無かった…
一子は恋愛に対して、まるで興味がなかったのだ。
男女ともに好かれるが、友人以上の付き合いは好まず申請があれば全て突っぱねた。
先日、隣のクラスの男子がいきなり教室に乱入してきて告白した時も、
「あなたは私を好きだと言いますけど、私はあなたのことはそれほど好きじゃないから、自分の時間を消費してまで付き合いたいとは思いません。
そんなに私と付き合いたかったら全国模試で1位とってください」
一子は冷酷にも、きっぱりとそう言い放った。お、恐ろしい子……
容姿端麗、成績優秀、学級委員長を務めるだけでなく、空手部のエースともなれば、彼女に恐いものなどないのだろうか。
そんなクールビューティーな彼女に、ある日、果敢に挑もうとする者が現れた。
それが浅井先輩だ。
先輩は一子の1つ年上で、なかなかのイケメンである上に、女子によく甘い言葉を囁くことで有名であった。学年ではかなりモテる方だ。
複数の彼女がいるとの噂もあり、一子はいつか自分も声を掛けられるような気がしていた。
一子は屋上へ行った。
すると、そこには、浅井先輩が案の定キザッたく手すりに持たれていた。
「やぁ、はじめまして、ミス佐藤。僕は3年A組の浅井政長。突然お呼び出てしてすまない。驚いただろう?」
「別に。よくあるので」
一子がそっけなく答えると、浅井先輩はまるで外国人のように大袈裟に両手をあげてみせた。
「Woh, これはなかなか手強そうだ…実は、君は気付かなかっただろうけど、今日、僕達、廊下ですれ違ってたんだよ。その時から思ってたんだけど…」
「ご用件があるなら速やかにおっしゃって下さい。私、学級委員長なので、放課後も色々と忙しいんですけど」
迷惑そうに言う一子である。ここで折れない先輩が凄い。
「一子ったら、浅井先輩になんて口の聞き方を……!」
清美を含む数名の友人は、屋上の入り口から隠れながら二人を見ていた。本人達は隠れているつもりでも、一子にはバレているのだが、一子は気にする素振りも見せない。
「会議で議題に挙げるべき内容ならじっくりと聞きますが」
「率直に言おう。君と付き合いたい」
先輩がスパッと言った。見守っていた友人達からキャーッと黄色い声があがった。
「お断りします」
一子もスパッと言った。友人達だけでなく、先輩からもエーッと驚きの声があがった。
「速っ!な、なんで」
「率直にとおっしゃいますが、先輩、だいぶ前から、ずっと私のことをストーキングしていましたよね?そんな方とはお付き合いできません」
「へえっ!?……ス、ストーキングなんて、この僕がするわけないじゃないかっ」
「この私が気づかないとでも?あらゆる場所で視線や気配を感じていましたよ。学校の教室や通学路、自宅の近くでも。キモいのでやめていただけませんか」
「そ、そんなこと、するわけ……」
先輩は掠れ声になった。明らかに狼狽えている。
「それに、初対面の女性でも可愛ければ誰彼構わず声を掛け、関係を持つ軽い男性は好きではありません」
「そ、それは誤解だ!…ただ女子と話すのが楽しいだけで……」
友人達は先輩が今にも泣き出しそうに震えているのを見て、ハラハラした。
その時、
「でも、私、思ったんです。ストーキングするような人が、いきなり女子を誘ったり何又も掛けたりできるのかと。
先輩には実はあまり勇気がなくて、今まで女子と友人のように親しくなれても恋人まで発展しなかったんじゃないか…
噂ほど、先輩はハーレムではないのではないか、と」
一子は探偵にでもなったかのように、腕を組んで話し始めた。先輩は枯れ木のように佇んでいる。
「さらりと傷付くこと言うね、君…」
「先輩が自分で吐露してるんですよ、ヘタレであることを」
「だから、こうやって今日は勇気出して告白したんだけどなぁ」
「そこは進歩だと思います。ストーキングは良くないですから」
一子はパチパチと拍手した。
「先輩のお気持ちと勇気、ありがとうございます。ですが、恋人はまだ無理です。友人ならいいです」
「友人…」
「ここまで先輩のプライドをズタズタにしたこの私と友人になりたいなら、ですけど」
浅井先輩は、少し考えた。やつれた顔だったが、その瞳には光が宿っていた。
「いいね、友人。ストーカーから昇格だ。僕達、友人になろう。いや、なってくれないか」
一子はじっと先輩を見た。
「? そんなに見られると照れるなぁ」
「穴が開くほどストーキングしてた人に言われたくないです。警察に通報することも考えたんですよ」
「じゃあ、何故通報しなかったんだい?」
「ストーキングされながら私も見てましたから、先輩を。おあいこです」
「えっ」
あっけにとられる先輩をよそに、一子は強引に握手し、屋上の入り口へ走った。
「ちょっと、何アレ?和解?」
「OKてこと?フッたんじゃないの?」
「こんな…告白…なの…?見たことないよ」
もう隠れている素振りも見せず口々に言う清美達に、一子は小さく笑った。
「まだ、だよ」