今日の弁当、何入ってんの?
「母ちゃん、弁当できた?」
朝、台所にノブ夫が顔を出す。母は忙しそうに食器や鍋を片付けながら、
「うん、そこ」
と、顎で卓上の弁当箱を差した。これが渋いもので、唐草模様の風呂敷に包まれている。泥棒かよ。
「サンキュ。行ってきまッす」
ノブ夫は風呂敷の包みを持ち、家を出た。
気づくとカバンを忘れている。取りに戻る。家を出る。鍵を忘れる。取りに戻る。また家を出る。サンダルを履いている。スニーカーに履き替える。
いい加減にしろと母にドアごと蹴飛ばされる。当然遅刻する。
ノブ夫はよく授業中に寝ている。
毎晩遅くまでゲームをしている為、不足分の睡眠を授業で補っているのだ。
無論、その行為は毎回教師に筒抜けであり、叱られても一向に直す気配がないので呆れられている。
彼は勉強よりも、睡眠と友人と昼食の為に高校に行っていると言っても過言ではない。
楽しみである昼休みは、友人達と屋上で過ごす。
「腹減ったー!」
ノブ夫が広々とした屋上で寝そべる。
屋上には、頑丈で高いフェンスがグルッと囲むように備え付けてあり、生徒が飛び降りなど縁起でもないことをできないようになっている。
その配慮があるからか、屋上の出入りは学校関係者なら自由である。
「俺、早弁しちった〜」
友人の一人、隼人がニヤつきながら言った。
「あ、ズルイぞ、隼人テメェ!」
ノブ夫が隼人に食って掛かると、同じく友人の一人の邦洋が、
「授業中にやる奴があるか。絶対バレてんぞ」
と、眼鏡を指で軽く押し上げながら言う。
「え〜?教科書で隠してたのに」
「そんくらいで隠せるかバカ。斜め前の席の俺でも分かるんだから、先生にも丸分かりだろうよ」
「うーん、俺は寝てて気づかなかった」
「お前はいつも寝過ぎだよ」
「何だよぉ。邦洋まで母ちゃんみたいなこと言うのかよ」
ぶつくさ言いながら、ノブ夫は弁当を取り出す。隼人が覗きこんでくる。
「今日は唐草か。渋いねぇ」
「うるせーよ。オメーはどうなんだよ。2個目あんだろ」
ノブ夫が言うと、隼人はニッと笑って、
「あッたりめーだ!ほらよ!」
と、焼き鮭入りの弁当と焼きそばパンを披露した。
「どんだけ食うんだよ」
「俺の胃は宇宙だ」
自慢げに言う隼人に、ノブ夫は呆れる。
どっかのフードファイターか!
「俺も今日は宇宙らしい」
邦洋が言うと、二人が邦洋の方を向いた。
彼の弁当には様々なおかずが詰め込まれているのだが、それらは一般的な詰め込まれ方をしておらず、一つの芸術作品となっていた。
醤油を混ぜてあるのか茶色い卵焼きには、ゆで卵の白身と海苔を切り取り作られた目や口が貼り付いている。宇宙人のようだ。
丸いご飯は満月であろう。その真ん中には、海苔の切り絵で自転車に乗り空を飛ぶ人のシルエットが浮かぶ。
「スッゲー!『E.T.』じゃん!!」
隼人は目を輝かせた。
「相変わらず凝ってんなぁ」
ノブ夫はため息をもらす。
邦洋は少し頬を染めた。
「この歳でキャラ弁は恥ずかしいから、いい加減やめろって言ってるんだけどな」
ぶっきらぼうに言いながらも、邦洋はスマホで弁当の写真を撮り始めた。
「おい、言ってること説得力ゼロだぞ。嬉しいくせに」
「いい母ちゃんじゃん」
隼人が肘で邦洋を小突く。囃し立て方が古い。
「こんなに出来がいいと食べにくい」
「あー、確かにもったいなくて食べれんわ。こないだの『インディ・ジョーンズ』も凄かったもんな。転がる岩がミートボールのやつ」
「そうそう、あれは傑作だった。いいよな、毎回目で楽しめて。次はどんな映画のキャラ弁かな」
ニヤニヤしながら話す隼人とノブ夫を睨んで、邦洋は乱暴に弁当を食べ始めた。
ノブ夫は自分の弁当の風呂敷を開ける。
「俺のは至って普通だから、邦洋の後だと見劣りしちまうな」
笑って言いながら、弁当箱の蓋を開けた。
ご飯と梅干し、しかなかった。
「……オイィィイィィィーーーッ!!! 何じゃこの日の丸弁当は!? 昭和かよ!戦時中かよ!見劣るどころの話じゃねーよ!あンのババア、手抜きにも程があるわァアァーーーッ!!!」
いきなりブチギレるノブ夫を邦洋がなだめる。
「落ち着け、ノブ夫。きっとこれには訳が…」
「そうだよ、実は家計が火の車とか、寝坊する息子に愛想尽かした…とかさ。ププッ」
隼人は腹を抱えながら、必死に笑いを堪えている。
「笑ってんじゃねぇか!!」
耐えかねて、ノブ夫はついに隼人に蹴りをかました。
下校後、ノブ夫が母に弁当のことでブチキレると、
「じゃ、ちったぁ真面目に授業受けろや!昨日、学校から電話かかってきたんだよ!授業中に寝てんじゃねぇえぇ!!」
と、逆ギレされ蹴りをかまされた。