皆さん、おそようございます。
新しい朝がきた。希望も絶望もない、平凡な朝だ。
「コラ、ノブ!いいッ加減に起きなさい!」
そんな平凡な朝の平凡な家の一室で、平凡な夢をブッ壊すほどの怒号が響く。
「うぅ〜ん…何があっても…君を離さない…」
平凡な夢を見ていたノブ夫は、母親に布団をひっぺがされようともハエ叩きでバシバシ叩かれようとも枕を離さない。
「何寝ぼけたこと言ってんだ!全く高二にもなって情けない…起きな!」
「もうちょっと寝さして…あと5分だけ…」
「さっきから5分ごとにアラーム鳴ってんだよ!全く一体何回鳴ったら起きんのよー!とっとと起きてスヌーズモードを止めろバカ!でないと、この布団で簀巻きにしてベランダから吊るすぞ!!」
堪らず起き上がったノブ夫である。この母親なら本当にやりかねない。
2階の寝室から1階のリビングへ、ボサボサ頭のノブ夫は目を擦りながら、渋々階段を降りていく。
台所のそばのテーブルには、とうに起きた父親と妹が並んで座り朝食を食べていた。
「おはよー。今日も長かったね、朝の儀式」
パリパリと漬け物を噛み砕きながら喋る3歳年下の妹、一子。
「早起きできんなら、せめて時間通りに起きろ。母さんに朝からカッカされたら、こっちがかなわん」
と言って味噌汁をすすりながら新聞を読む父、誠一。
「こんなんで社会に出てから、どうなんだかね。一人暮らしだったら、毎日遅刻で即クビだわね」
ぶつくさ言いながらノブ夫のご飯を茶碗によそう母、律子。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか、母さん。眠いもんは眠いんだから」
えなりかずきの口調を真似ながら、妹の向かいに座る長男、ノブ夫。
彼らの朝は、いつもこうして始まる。
一子は、母が兄を起こしにいく習慣を『朝の儀式』と呼んでいる。
ちなみに一子は、目覚まし時計で毎朝しっかり起床している。
彼女が母の代わりに儀式を取り行うこともあったが、母より洗礼が凄まじくノブ夫を学校ではなく病院送りにしたことがあったので、最近は行っていない。
「どーせまた遅くまでゲームしてたんでしょ、お兄ちゃんは」
一子がピシャッと言い放つが、ノブ夫は知らぬふりだ。
「春眠暁を覚えずってヤツだよ」
「偉そうに。夏は夏で、暑くて寝苦しいから朝起きられないとか言うくせに」
「そうそう、それで秋は、読書の秋だとか言って、夜遅くまで漫画読みまくって寝坊すんのよね」
ノブ夫の横の席についた母が、身を乗り出して参戦する。父も加勢した。
「冬は布団の外が寒いから出られないと言ってたな。冬眠中だとも」
「結局、お兄ちゃんは年がら年中眠いってことね。眠いのはみんな一緒なのにねー」
「うっさいな。なんだよ、みんなして責めんのかよ。四面楚歌じゃん」
ノブ夫は目玉焼きを食べながら、項垂れる。
「アンタがちゃんと起きればいいだけの話でしょ」
「そう言われましてもねぇ…」
「やっぱ久々にまた私の出番かなぁ?そうしないと懲りないかもよ、お母さん」
一子が組んだ両手をパキパキと鳴らし、平然と母に意見を求めた。
「あら、そう?でも、前、入院費結構かかったからねぇ」
母はやや難色を示す。
ノブ夫は青ざめた。なんて母子だ。
「そ、そうだ、無理はいけないよ、一子ちゃん!お兄ちゃん、気をつけるからさ!
あ、いっけね、もう学校行かなきゃ!」
(また病院送りにされてたまるか!)
そう言ってノブ夫は高速で食事を終えて支度をし、疾風の如く家を出た。
「お母さん、お兄ちゃんのゲームと漫画、全部売っぱらってもらっていい?そのお金で目覚ましたくさん買って、お兄ちゃんの部屋中に仕掛けてやろうよ」
ノブ夫を見送りながら、母を振り返り可愛く笑う一子であった。