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剣の血族(6)



 リズィーの成人の儀が近づいていた。無愛想なくせに使用人たちから親しまれているリズィーは、その準備でいたるところに連れ回されていた。やれ衣装の選定だの、入退場の演出だの、招待状の趣向だの、使用人たちは実に楽しそうに準備を進めていた。


 オラフはそれに直接関わることはなかった。相談があれば応じるが、成人の儀そのものは簡素に済ませてしまっても構わない。重要なのはリズィーの意志――戦士になる覚悟があるのかどうかだ。その選択は一生付き纏う。一度戦士となることを決めれば、戦死するか老衰するまで戦場に縛られることとなる。


 成人の儀が終わった後は、初陣の予定まで決まっていた。西方の山賊狩り――これは毎年オラフ領の戦士が請け負っている馴染み深いもので、実戦経験を積むのに適当なものだった。リズィーは不満だろうが、天稟ファカルティを使用できない彼女にあまり無茶はさせられなかった。


 同じく特殊な能力を持たなかったオラフは、死んで当然と思われるような最前線に幾度も送り込まれ、戦功を挙げ続けた。今思えば奇跡的な活躍であった。どうして生き残れたのかオラフ自身分からなかったが、リズィーが同じことをすれば間違いなく死ぬだろう。それだけは確信があった。


「領主様。リズィー様がお逃げになりました」


 オラフが中庭でぼうっと突っ立っていると、使用人が連れ立って現れた。


「逃げた? 何があった」

「はい。成人の儀で衣装の選定を行っていたところ、もうたくさんだと言い残して、姿を消してしまいまして」

「……衣装の選定? もう随分前からやっているが、まだ決まらないのか」


 使用人たちは目配せし合った。


「はい。既に半分以上は済んでいるのですが……」

「待て。一着や二着じゃないのか」

「とんでもない!」


 使用人たちは跳び上がって驚いた。


「一〇着は必要ですよ。姫――リズィー様の晴れ舞台なんですよ? 一着だなんて、そんな……」

「ああ、すまなかった。確かにそうだな、一着はないな」


 オラフは呆れつつもそう応じた。


「しかし、リズィーが逃げ込む先となると、場所が限られるな。門は閉まっていたか」

「はい。外には出ていないようです」

「分かった。お前らはお前らで探せ。俺は開かずの間でも見てくる」

「申し訳ございません……」


 使用人たちは小走りに去った。オラフはゆっくりとした足取りで、リズィーの魔剣が安置されている開かずの間に向かった。


 果たして、そこに娘はいた。魔剣を前に立ち尽くしている。魔剣の瘴気が充満する部屋の中で、じっと考え込んでいるようだった。


「やはりここだったか、リズィー」


 リズィーは振り返ることなく、オラフに問いかけた。


「私がこの剣を御する日は訪れるのでしょうか」


 オラフに答える資格はなかった。なにせ経験のないことだ。


「研鑽を続けるしかない。不安か、リズィー」

「いえ。……この剣がなくとも、天稟がなくとも、戦場にて生き残り続ける、その為に技倆を磨いております。力不足かもしれないという懸念はありますが、それならそれで……」


 リズィーは横に並び立ったオラフをちらりと見た。


「しかし、私にまだ隠された能力が秘められているというのなら、引き出したい。成人の儀をきっかけに開眼するのではないか、と期待することもあるのですが」


 確かに成人の儀を契機として、それまで持て余していた自らの武器に認められ、天稟を発揮する戦士は少なくない。しかしリズィーの場合はあまり期待できなかった。単純に剣に拒絶されているように見える。技倆が足りないとか、体格が追いついていないとか、そういうことではない。


「父上、イングリッドさんに尋ねてみたのですが」

「うん?」


 リズィーは唇を噛んでいた。


「自らの武器を手にしたとき、幻覚を見る。イングリッドさんに相談をしてみたのです。そうしたら……」


 あの料理番の女はどう答えたのか。とオラフは少々興味があった。リズィーはかぶりを振りながら、


「そんな経験はない、幻覚なんて普通は見ない。そう言われました。イングリッドさんと私は違うようです……」


 オラフはイングリッドが単純に事実を述べたのか、それともリズィーを戦士の道から外れてもらいたくてそう言ったのか、判断がつかなかった。どちらにせよオラフの期待するような効果はなかったようだ。


「リズィー、お前は剣と共に生まれ、剣と共に育った。それだけは事実としてある。お前は俺とは違う」

「父上……」

「お前は紛うことなき剣の血族だ。俺とアビーの娘だ。戦士であることにそれ以上の証明は要らない。戦場で果てることとなろうとも、その誉れだけは朽ちることがない。お前に覚悟あるのなら、もうそれで十分だ」

「……しかし、父上、無様な死を遂げるようなことがあれば、父の名を穢すこととなります」

「俺の名? そんなことを気にしてどうする。どれだけ戦功を挙げようとも、こんな小さな僻地を与えられただけで終わった。そんな俺の名に、どれだけの価値がある。好きなだけ泥をかぶせればいい」


 リズィーは強く否定した。


「そんなことはありません。父上は多くの人々から尊敬されています。新都に参ったときそれを実感しました。父上の名を出しただけで、多くの人が私に親切にしてくださいました」

「尊敬と恐れは違う。俺は相当戦場で怨みを買っているしな。それに、天稟も持たない戦士より戦功で劣るとなれば妬みの種にもなる」


 リズィーはまだ何か言いたげだったが、オラフはその場を離れた。


「瘴気は躰に障る。あまりこの部屋に長居しないほうがいい」

「……はい」

「成人の儀当日になって体調を崩していたらまずいだろう。お前を慕う使用人が悲しむぞ」

「はい。そうですね……」


 オラフとリズィーは開かずの間から出た。すると使用人たちは廊下で右往左往していた。随分と騒がしい。


「どうした。リズィーなら見つかったぞ」

「ああ、領主様! こんなところに! 館の入口に使者が来ております!」

「使者? 何だ、仰々しい」


 オラフはリズィーを連れ立って入口に向かった。そこには五人ほどの黒衣の男女が立って待っていた。

 オラフが顔を見せると目礼をしてきた。オラフはそれに応じながらも、きな臭さで胸がむかむかしてきた。嫌な予感がする。何が起こった。


「リズィー、お前はもういい。騒がしい使用人どもを宥めてこい」

「は、はい。分かりました」


 リズィーは歩み去った。オラフが中に入るよう勧めても、五人の使者は応じようとしなかった。


 どころか、殺気を纏っている。オラフは五人が相当な手練れであることを感じ取っていた。まさかここで戦うことはないだろうが、警戒せざるを得なかった。


「いったい、何事だ? あんたたちは?」

「突然の訪問、失礼する。我々は禁盾隊ピュアリファイアの使者。貴君を拘束させてもらう」

「拘束?」


 禁盾隊といえば、戦士の氏族いずれにも属さない憲兵組織である。罪を犯した戦士を公裁判にかけ、処断を下す領内の自浄装置。

 オラフは彼らに連れていかれる覚えが全くなかったので、少々驚いた。


「……事情を聞かせてもらおうか、使者を名乗るからには、誰かが俺を指弾したということか」

銀弓隊シルバーローカスのブラックモア氏からの要請である。抵抗するようならばその場でしかるべき措置を下す権限も与えられている」


 まるで犯罪者。いや、これはまさしく犯罪者への対応。オラフは思案した。この五人、いずれも一級の天稟を備えた戦士だろう。まともに戦っても勝てる気がしなかったし、そもそも抵抗したところで立場が悪化するのみ。


「全く事情が掴めないが、同行すればいいのだな。分かった。応じよう」

「賢明な判断だ、オラフ殿。馬車を用意している」


 五人と共にオラフは外に出た。リズィーたちが様子を見に姿を現した。


「心配せずともすぐに戻る。何かの間違いだろう」


 オラフはそう言った。巨大な輓馬が二頭、門前で待っていた。堅牢な鉄格子が備わった荷台に押し込められ、使者たちも二人、一緒に荷台に乗り込んだ。


「心配せずとも、逃げることはない」


 オラフはそう言ったのだが、五人は警戒を緩めることがなかった。もしオラフが不穏な動きを見せたら即刻切り伏せる。それだけの殺気と覚悟を感じ取った。


 道中、全く会話が成立しなかった。何を訊ねても無視された。対応そのものは慇懃で丁寧だったものの、息が詰まった。


「どこに向かっているのかくらい、教えてくれないか。銀弓隊の本拠か?」


 何度この質問をしたのか分からない。誰も答えてくれない。しかし道を進む内、何となく察し始めた。


 ひょっとすると、もう二度と娘の顔を見ることができないかもしれない。


 オラフは突然降りかかったこの事態に、戦慄を覚えていた。




  *




 オラフは暗い部屋に一人座っていた。高級そうな寝具に調度品、食事も上等なものが用意され、専属の使用人が扉の向こうで控えている。相応の敬意が感じられる待遇だった。

 しかし窓はなく、扉も鉄製で、それを破ることは困難だった。しかも扉の向こうには使用人ばかりではなく、武装した兵士が数人、常に警戒を怠ることなく控えていた


 今はまだ快適だが、いずれこの待遇が崩れるときが来る。オラフにはそれが分かっていた。


 扉を叩く音がした。返事をすると、施錠を解く気配があった。


 入って来たのは女だった。右眼を眼帯で隠している。身のこなしからして戦士の血を引いていることは瞭然だった。


 女は深々と一礼した。


「申し訳ございません、オラフ様。このような狭苦しい場所で」

「いや。今のところ不満はない」


 女はつかつかと歩み寄ってきた。背が高く、肩の辺りで切り揃えた金髪からは妖気が漂っている。口紅を塗っているのか、唇が妖艶な桃色だった。


「わたくしはゴドルフィンと申します。双斧隊アクシズの副長を任せられております」

「双斧隊……、といえば、斧の血族の最大派閥だったな。そこの副長となれば、俺なんかよりもよほど立場が上だ」

「とんでもない。オラフ様ほど戦功を挙げたわけでもなく。我々斧の血族の間でも、オラフ様は伝説的な剣士でいらっしゃる」


 ゴドルフィンは薄く笑みを浮かべ、オラフの向かいの椅子に腰掛けた。身のこなしには隙がないが、どこかこちらの領域に土足で入り込みオラフの反応を窺っているような、大胆な印象も受けた。

 

 ゴドルフィンは咳払いをした。


「突然このような扱いを受け、当惑なさっていると思います。しかしこちらにも事情がありまして」

「そうだろうな……。話してくれるか。道中、何を質問しても答えてくれなかったからな」

「禁盾隊の方々は、寡黙でいらっしゃいますし、実際彼らはそれほど詳しいことは知らされていないのです。もちろんわたくしどもがオラフ様を迎えに窺っても構わなかったのですが、許可が下りませんでした」

「……どういう意味だ?」

「つまり、オラフ様が同行を拒否した場合、犠牲者が出る可能性がある。ここは専門の組織である禁盾隊に任せたほうが確実であろう、と」


 オラフは肩を竦めた。


「俺は同胞を斬ることはない」


 そこでゴドルフィンはにやりと笑った。


「そうでしょうね。ふふ、そうです。わたくしもそう信じております」


 不気味な女だ。オラフは正直なところ、目の前の女を恐れていた。戦場に立ったらどのような振る舞いをするのだろう。興味があった。


「……事情とはつまりこういうことです。我々はドウェイン氏の反乱について調査をしております」

「……反乱?」


 オラフは悪寒がした。先日会ったあの若造……。いったい何をしでかしたというのか。

 ゴドルフィンの笑みが深くなった。


「そうです、反乱です。我が双斧隊の同胞を五〇人殺しました。他の部隊も被害を受けております。彼が率いる法剣隊オーダーのごく一部に過ぎないのですが、反乱を起こし、我々氏族全体に牙を剥いているのです」

「馬鹿な……。どうして」

「どうして?」

 

 ゴドルフィンの笑みが消えた。


「しらばっくれないで貰えますか……。オラフ様、あなた、ドウェイン氏の反乱について事前に察知していましたね? どうして報告しなかったのです」

「……いや、事前に察知など」

「しらばっくれるなと言っているでしょう!」


 ゴドルフィンが突然激昂し、立ち上がった。オラフは微動だにしなかった。


「あなたが異変を正直に上に報告していれば! 我が双斧隊の面々が奴らの居城に無防備に入ることはなかった! 奴らは卑怯にも同胞に煮えた鉛をぶちまけ! 戦士の誇りを穢すように虐殺し! 我が双斧隊の隊長――隊長を……、あんな無残な方法で」


 ゴドルフィンは黙り込んだ。しばらくして椅子に腰掛け、深呼吸した。


「……失礼しました。しかし、わたくしのような若輩が副長に就任したのも、わたくしの上に立っていた戦士がごっそりと戦死したおかげでもあります。出世が早まったという意味では、感謝してもいいのかもしれません」


 乾いた笑い声を上げたゴドルフィンは、しかし明らかに怒りに燃えていた。オラフは首を振った。


「反乱……。ドウェインが。いったいどういう状況なんだ」

「本当にご存知ないのですか。無責任な。あなたは彼と共謀していたのでは?」

「まさか。……しかし、責任の一端はあるのかもしれない」


 悩むドウェインに明確な答えを出せなかった。彼の破滅を後押しするようなことしか言えなかった。その反省はある。


 ゴドルフィンは首の辺りを撫でながら、オラフをねっとりと眺めまわした。


「……まあいいでしょう。嘘か本当か分かりませんが、いずれ全て真実だけを話す気になるでしょう」


 尋問開始。オラフは目の前の復讐に燃える女戦士を憐れに思った。ドウェインが何を思って双斧隊を襲ったか、予想がつかなくもないが、少なくとも目の前のゴドルフィンに非は全くないのだ。完全に巻き込まれた形。彼女にはドウェインやオラフを憎む資格がある。


 だからこそ憐れなのだ。行き場のない怒りを持て余すくらいならば、この身でそれを受け止めてみせよう。オラフは覚悟を決めて、彼女の苛烈な眼差しに正面から挑んだ。





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