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第9話 男子たるもの友人は大切にする

 県立宮前高校。普通を絵に描いたようなこの高校は、多くの人々にとって有名である。

 その原因は、幾人かによってである。

 まずマスコミ、芸能、そして普通の女子から注目を集め続ける虎太郎。超美少年でありながら、女子に扶養される安穏な日々を選ばず、真面目に高校に行っている虎太郎は、女子にとって愛らしくて仕方のない存在であった。『国民の弟』を選ぶとしたら、間違いなく虎太郎が選ばれるであろう。とにかく顔が良すぎるために芸能界は目をつけているし、こんな面白い存在をマスコミは放って置かない。虎太郎は芸能やマスメディアの申し出をすべて断っているが、たまに写真が雑誌に載る。中学生の虎太郎が運動会で走る姿は、非常に多くの女子たちの自慰のネタとなった。


 また別の意味で注目しているのはスポーツ少女たちだ。

 中学相撲で東の横綱になった恋菜が、虎太郎と一緒に入学したことにより、宮前高校はいきなり高校相撲においても注目校となった。相撲は国技であり、野球と並んで少女たちの人気の的であった。競技人口が多く、宮前高校を気にする者は多くなっている。


 そして第三の理由で注目している者たち。学校をサボりがちで、徒党を組んでブラブラ遊び、どちらが強いかをケンカで決めるのが大好きな少女たち。

 つまり不良少女だ。

 宮前高校は一応、低めの学力の進学校なので不良は少ない。不良たちの勢力図に影響をおよぼすことはない。3年前までは。

 状況の変化は、1人の少女が入学したことにより始まる。

 ヴァルロッテ・ベルロシャス。女性にしては非常に背の低いロリ金髪の彼女は、異様なほどに強く、凶悪で、極悪で、残忍であった。

 逆らう奴には容赦はしない不良少女。ヴァルロッテは1年で黒死蝶ペストバタフライという不良チームを作り上げ、周りの不良たちの吹き溜まりである工業高校、農業高校、底辺高校の少女とケンカに明け暮れた。

 ヴァルロッテが3年になった時、宮前高校は普通の学校でありながら、不良たちから一目置かれる高校に生まれ変わっていたのである。




 ある晴れた日のこと。


「虎太郎よぉ、てめーさぁ」


「……なんだよ」


「ほんとに可愛いよな。ぎひ、ぎひひひひ」


 不気味に笑うヴァルロッテ。目の前に虎太郎がいる。

 ここは宮前高校の中庭。よく晴れた日は、昼休みにヴァルロッテはここで日向ぼっこをする。根城にしている卓球部の部室からソファーを持ち込み、堂々と中庭を独占する。別に生徒たちを追い出しているわけではないから先生も何も言えず、不良たちのたまり場になっている中庭に一般生徒は寄り付かない。事実上の占領だ。


 中庭の芝生に直置きされているボロボロのソファーに、ヴァルロッテはどっしりと腰をおろしていた。金色の髪のボリュームたっぷりで迫力はあるが、基本はロリ少女だ。小さな身体で偉そうに座っていた。美ちびっ娘のヴァルロッテが、この場の支配者であることは明らかである。


 ちなみに子分に当たる不良少女たちは10人ほど。こちらは普通の女子らしく、背も高い。そして全員、ソファーから少し離れたところにいる。リーダーの『お楽しみの時間』を邪魔しないように、思い思いに芝生の上で座布団を敷いてトランプをしたりしていた。当然、賭けている。


「なーな。そんなに嫌そうな顔すんなよ。虎太郎、もっと笑えって」


「男は、理由もなく笑ったりしないんだよ。ヴァルロッテ先輩」


「ぎひひ、かっこーい♪ なーな、かっこいい虎太郎ちゃんよぉ。何食ったらこんなにほっぺたプニプニになるんだ?」


 ヴァルロッテはソファーに座りながら、虎太郎のほっぺたをプニプニ引っ張った。

 虎太郎はヴァルロッテの小さな膝の上に座っている。足を広げて抱きあうように。男女逆だが、対面座位の格好だ。虎太郎のお○○○○は、ズボン越しにヴァルロッテのおヘソに当たる。

 ヴェルロッテはいつもの様に異様に短いスカートに、上着を縛って止めている。とりあえず制服だが、着方が酷くてパンティーもブラも見える。付ける必要のない貧乳を隠すブラジャーは黒地に赤いドクロ柄のドット。


「べつに普通だって」


「へーー。そっかぁ。普通なぁ。俺様と一緒に、あとで普通じゃない飯食いに行こうぜぇ。ぎひ、ぎひひひひ」


 ほっぺたを引っ張りながら、ヴァルロッテが笑った。虎太郎はなにも答えない。変顔なほどにほっぺたを引っ張られる虎太郎は滑稽で、同時にたまらないほど愛らしく、周囲の不良少女たちも釣られて笑った。


 過日のトイレの出来事以来、ヴァルロッテは虎太郎がお気に入りとなっていた。というか虎太郎がお気に入りにならない女子は、この世界では極めてまれだ。

 ヴァルロッテは虎太郎が目につくと、いつも呼び寄せるようになっていた。


 もちろん虎太郎は来たくはないのだが、年功序列は染み付いている真面目な虎太郎は、3年生のヴァルロッテに呼ばれて無視することは出来なかった。


「なぁ虎太郎、てめー。婚約者ってなん人くらいいるんだよ?」


「……31人だよ」


「すっくね!? なんだよそれ。せめて50人はつけろって。お前、実はあんまモテねーのか?」


「うっさいな。俺には俺の考えがあるんだよ。よく知らねえ奴と結婚なんて、死んでもイヤなんだ」


「へーーそうかい。じゃあよぉ。……俺様とかどうだ? そこそこ知ってんだろ?」


 すこしだけ、改まった口調で聞くヴァルロッテ。

 少し離れて掛けトランプに興じる子分の不良少女たちの手が、ピタリと止まる。少女たちは皆、ヴァルロッテのことが好きであった。尊敬もしている。恐ろしく強く、恐ろしく凶悪で、粗暴で、暴力的で、欠点をあげればきりがないヴァルロッテであるが、味方思いなのだ。だからヴァルロッテの幸せを願ってもいる。


(頑張れ、ヴァルロッテリーダー。超頑張れ)

(今の流れはかなり良かったですよ、ヴァルロッテ姉さん)

(あたしらを代表して、その天使みたいな1年坊主の嫁になってください)


 そんな不良少女たちの思惑をよそに、虎太郎はきっぱりはっきりと言った。


「そういうことを、気軽に冗談で言うな。大切なことなんだぞ。だからヴァルロッテ先輩は無神経なんだよ」


 プイッと虎太郎が横を向いた。

 ヴァルロッテは別に気軽にも冗談でも言っていない。それっぽく言っているだけだ。恥ずかしいから。

 冗談めかして言っているだけで、超本気である。だから断られるとそれなりに傷つく。


 ヴァルロッテの残り少ない乙女心が傷つき、表情がピタッと止まった。が、それもほんの刹那のことであった。


「……ぎひ、ぎひひひひ。また振られたか。てめー、一年のくせに。俺様をなんか振るつもりだっての」


「何度も告白すんなよ。一回でいいだろ」


「てめーがオッケーすりゃあ、一回ですむんだっツーの。殺されてーのか? あぁん?」


 ヴァルロッテがまたふてぶてしく虎太郎のほっぺたを引っ張った。 

 そして周囲の少女たちもまたトランプを再開した。もう何度目かの告白失敗だ。その全てにおいてヴァルロッテは『冗談めかして』言ってきた。初めに告白した時に、あまりに気恥ずかしくて、真正面を向いて告白できなかったのだ。そして冗談っぽく言ってしまった。その大失敗が、ずっと尾をひいている。


 もちろん彼女の告白が冗談でも何でもないことは、不良少女たちは誰もが知っている。


 ただし唯一、虎太郎だけはたちの悪い冗談だと思っていた。


「あーーーあ、俺様をモノにしろ~。つまんねぇえ男だな」


 虎太郎のほっぺたを伸ばされて変な形になった唇に、ヴァルロッテは触れるか触れないかの薄いキスをした。もちろん冗談めかして。


「勝手にキスすんなっての」


「ぎひ、ひひひ。いいじゃねーか。減るもんじゃねーだろ」


「減るとか減らねーじゃないんだよ。ヴァルロッテ先輩」


「ベロチューしようぜ」


「い・や・だ。舌入れたら噛むからな」


「いいぜー。虎太郎ちゃん♪ 俺様を傷物にしてみな」


 ヴァルロッテは白い肌に映える赤い舌を、あっかんべーするように伸ばして出した。

 お巫山戯な口調で言っている。でもヴァルロッテは冗談ではない。むしろ一生残る傷を残して欲しいくらいだ。


「嫌だっての。じゃあ舌入れたら、俺が舌噛むぞ」


「それは嫌だな。ぎひひひひ。てめーを傷物にはしたくねえ。諦めてやるよ」


 ヴァルロッテは笑った。

 虎太郎は不真面目で、たちの悪い先輩だと、ヴァルロッテを思っていた。だから自分をからかって楽しんでいるのだと思っている。

 その考えは、前半は正しく、後半も正しい。つまり全てにおいて正しい。より正確にいうと、ヴァルロッテは虎太郎をからかって楽しんでもいるが、別に触るだけでも楽しいし、酷いことをされても楽しめる。つまり何をしても何をされても楽しめるほどに、虎太郎が大好きなのだ。


 そして虎太郎からのリアクションも嬉しく、それが欲しくってまた変なことをする。小学生が大好きな相手に悪戯をするのと、メンタリティーは近い。


 ふにふにふにふにふに


「ヴァルロッテ先輩。好き放題にケツ揉むなって」


「ぎひひひ、やーーーだ」


「あーあ。葵の言ってこたとがようやくわかったぜ。確かに揉まれたくもないのに尻を揉まれるのって、あんまり楽しくねーな」


「葵って誰だよ」


「俺の婚約者だよ。16番目の」


「へーー。どんな奴だ? やっぱ優しくて頭が良くて乳もでっかいのか?」


 ヴァルロッテは、あえて自分とは正反対の人物を言ってみる。


「無口で根暗でブサイクで我儘で貧乳な後輩の女の子だよ」


 虎太郎の答えは、ヴァルロッテにしてみたらとても意外なものだった。


「ぎひひひ、なんだよそいつ。ひでーな」


「ああ、葵は酷いやつだよ。まったく、いつも文句ばっかり言ってる。二人っきりじゃないと、そもそも口を開かないし。気むずかしいやつだよ」


「んな奴より、俺様のほうがずっといいだろ?」


「まぁ、葵と比べればヴァルロッテ先輩のほうが美人だな」


「だろ。ぎひひひひひひ。それじゃあ……・そいつと変わってやってもいいぜ。俺様が16番目の婚約者ってことで」


「別にいい。俺は葵が好きだから。そいでヴァルロッテ先輩のことは好きじゃないから」



 ピシ!



 空間が歪んだ。心情が肉体に影響を与えるのだとすれば、ヴァルロッテの顔面にヒビが入っていただろう。


 不良少女の1人が、トランプを無言でクシャっと握りつぶした。不良少女は天を仰がずに入られなかった。世界はなんと不公平で残酷なのか。美貌も膂力もあるロリ可愛いヴァルロッテが愛されず、無口で根暗でブサイクで我儘で貧乳な葵とかいう女が愛されるとは。


 ふにふにふにふにふにふに


 ヴァルロッテはしばらく虎太郎のお尻を触り、揉み、撫で続けていた。女子が男子にこんな行為に及ぶのは強姦レイプに該当する。


「だからケツ揉むなって」


「……いやなら、大声出せばいいじゃねーか。俺様、たぶん警察に捕まるぜ」


「はぁ?」


 急にそんなことを言い出したヴァルロッテに、むしろこたろうが驚く番であった。先ほどの「ヴァルロッテ先輩のことは好きじゃないから」という発言の重さを、当の虎太郎はまるで考えていない。


「そんなことは、しねーけどさ。どうしたんだよ、ヴァルロッテ先輩」


「なんだよ。俺様にケツを揉まれて、イヤじゃねーのか?」


「嫌だけど……」


 嫌なことと、「じゃあ警察を呼ぶ」というのには天地の差がある。そもそも本気で嫌なら、警察沙汰の前に先生に相談するし、さらに前に恋菜に助けを呼ぶ。

 そうしないということは、別に虎太郎は嫌ではあるものの、本気で嫌なわけではない。

 ただ虎太郎もそう口にはしづらい。


「あーー、ヴァルロッテ先輩」


「なんだよ」


「んーっと……」


 虎太郎はヴァルロッテの長くボリュームのある金色の髪を手にとった。


 そしてその毛先を、ヴァルロッテの口元につける。


「……ひげー」


 金色の口ひげ。そんな感じでヴァルロッテの髪をくっつけた。


「なんの真似だよ?」


 睨みつけるヴァルロッテ。立派な口ひげみたいに髪が鼻下にくっついていて、かなりみっともない顔だ。


「いや、別に」


 こしょこしょと金髪の毛先を動かす虎太郎。友達へのイタズラだ。


「くすぐってぇぞ、一年坊主」


「こちらのお尻もくすぐったいんだけど、三年の先輩」


 虎太郎はヴァルロッテの毛先で、少女の鼻先をいじくり続けた。

 ヴァルロッテも負けないように虎太郎のお尻を揉む


 しばらくそれを続けていると、お互いに擽ったく、もどかしくなった。

 お尻のモミモミを我慢する虎太郎の顔が面白く、ついヴァルロッテは吹き出してしまった。


「ぎひ、ひひひひひひひ」


「ヴァルロッテ先輩の笑い声って、なんかほんとに不気味だよな」


「うっせ。ばーか。殺すぞボケ」


「ははっ」


「……この笑い方変えたら、てめー、俺様を嫁にとるか?」


「変える気もないのに言うなよ。ヴァルロッテ先輩はホントにたちが悪りーなぁ」


「ぎひ、そうか」


 2人で見つめ合って、笑いあった。

 その時の虎太郎の気持ち。それは微妙なものであった。

 初めはいやいやヴァルロッテに『先輩』として付き合わされた。そして何度か昼休みにお互い対面座位の格好で話しいながら感じていること。意外なほど近い精神性。話していると程々に楽しく、不快なことをはっきり言える関係。


 友達というのが、それに近かった。

 虎太郎にとって、ヴァルロッテは年上の友達のようなものであった。


 その時。大きな声が響いた。


「あぅ、み、見つけたぁぁー!!。こ、こたろーちゃぁぁぁん!」


 二階の渡り廊下の窓から、恋菜が大声を上げたのだ。恋菜は虎太郎がジュースを買い物にいって、遅いから見に来たのであった。以前のトイレの時と違い、虎太郎は別に危機感をヴァルロッテと一緒にいても感じない。だから恋菜も危機を感じ取れず、いつも初動が遅くなる。


「お迎えだ。そろそろ行くぜ、ヴァルロッテ先輩」


「ぎひひ、帰れる気でいやがるのかよ」


 ヴァルロッテは片手で虎太郎をひょいと持ち上げると、ソファーにポンと置いた。


「こたろーちゃぁん、今行くよ――!」


 2階渡り廊下のマドから飛び出し、そのまま中庭に降り立つ恋菜。巨体がダイナミックな動きで着死地たので、世界がズンと動いた気がした。もちろんこのくらい、恋菜にとってはなんでもない。


「きやがったな『ひぐま』が。相撲やってるだけの一年に、俺様が負けるとおもってんじゃねーぞこら!」


 近寄る恋菜にヴァルロッテが受けて立つとばかりに立ち上がる。不良少女たちもすぐに立ち上がり臨戦体勢になるが、手は出さない。

 これはいいつもの決闘だ。一対一の男を掛けた女の戦いだ。

 別にヴァルロッテが勝ったところで虎太郎はてにはいらないが、それでもヴァルロッテは全力で恋菜と戦う。

 恋菜もまた、不良の親玉であるヴァルロッテから虎太郎を取り返すために、必死で戦う。


 その結果は、いつも同じであった。


 キーンコーンカーンコーン


 2人の美しい少女たちの殴り合い、蹴り合いは、昼休みの終わりを告げる放送で終了する。

 時間切れによる水入り。勝負がつくことなく、ケンカはいつも中断される。


「っち。終わりか。一年、勝った気でいるんじゃねーぞ」


 ヴァルロッテは恋菜に言った。顔面に恋菜の張り手で作られたアザができている。


「あぅ、……か、勝ってないよ。ま、まけてもないけど」


 恋菜が言った。顔は無傷だ。190センチの恋菜にとって、150センチのヴァルロッテの攻撃は、そもそも顔に攻撃が届かない。代わりに腹と太ももがアザだらけだ。


「恋菜、また負けたなー」


 虎太郎は恋菜に声をかけた。


「まま、負けてない、よ。それより、こ、こたろーちゃん。へ、へ、平気だった?」


「ケツ揉まれた」


「あぅ、つ、次はもっと早く、助けに来る、から」


「別にいいって」


 虎太郎はソファーから降りて、恋菜のところに歩いて行った。

 ヴァルロッテの隣を、何も言わずに通り過ぎる。


「……」


 ヴァルロッテも、なにも言わなかった。

 ヴァルロッテの元を黙って去る美少年を、ただ悲しげに泣きそうになりながら見ているのは、ヴァルロッテの子分の不良少女たちであった。

 なぜこんなにも強いヴァルロッテが、こんなにも虎太郎を愛しているヴァルロッテが、虎太郎から愛されないのか。世の不条理を感じて涙が出そうであった。


 恋菜に連れられて去っていく虎太郎。その背中に、ヴァルロッテはなにも言えない。ただ虎太郎は離れていく。


 が、この日は違っていた。


「そういやヴァルロッテ先輩」


 虎太郎は恋菜と恋人つなぎで手を握り合いながら、ヴァルロッテの方を振り向いた。


「……なんだよ、虎太郎」


「いつも昼休みにヴァルロッテ先輩は飯食ってないけど。お腹減らなねーの?」


「くっだらねえこと聞くなよ」


「なんか気になってさ。恋菜、すっげー食うし。おんなじくらい強いヴァルロッテ先輩が食わねえのはちょっと意外でさ」


「俺様は弁当持ってきてるからな」


「食ってないじゃん」


「2時間目の休みには食うからな」


「早弁ってやつ? っていうか二限目ってはえーなぁ。でもヴァルロッテ先輩が弁当作るなんて、意外だぜ」


 虎太郎はヴァルロッテが、自分でお弁当を作ってきているのだと思った。


「っは」


 本当は家でお母さんが作ってくれている。元ヤンキーで、ヴァルロッテの不良化に理解のある母親だ。


「こんど食わせてくれよ。先輩の手作り弁当って、ちょっと興味あるぜ」


 気軽に虎太郎が言った。虎太郎にとって、ヴァルロッテは不良化しているけどなんとなく友人ポジションにいる。友だちが料理好きと聞いて、食べてみたいと思っただけのことだ。


 が、これがヴァルロッテには効果が抜群であった。


「あ、ああ……いいぜ。作ってきてやる」


「じゃあまた明日な」


 虎太郎はてくてくと一年生の教室に歩いてもどろうとした。その後ろ姿が見てているうちに、ヴァルロッテは高速で頭を回転させる。


(あ、明日?)


 つい言ってしまった「作ってきてやる」という言葉。

 作れない事実。そもそも料理なんてやったことない。全部、母親に頼りきってきた。調理実習も、同じ班の奴にまかせきって、食べるときしか参加してない。


 ならまた明日も母親に作って貰えばいいのか?


 それは駄目だ!!!


 絶対にダメだ。強烈にそう思う。これは料理をするべきなのだ。ドスとジャックナイフしか握ったことはないこの手に包丁をもち、大急ぎでお弁当を作らねばならない。

 そして料理に、あらん限りの愛情を込めなくてはいけない。


「お、おお。また……明日な」


 ヴァルロッテはゆっくりと手を振った。初めて約束した。翌日も会う約束をした。それだけで多幸感が身体をつつむ。


「おい、テメーら」


 子分たちの聞く。子分たちもリーダーの微妙な勝利(?)に喜びを隠し切れない。


「押忍、おめでとうございます、リーダー」


「な、な、な……なんのことだって-の! ボケども、殺されてーのか。ふざけんな。あのボケ、俺様が弁当を作ってやるなんて。めんどくさくって仕方ねえぜ。まあ作ってやつけど」


「はい」


「男ってのは、何が好きなんだ? まったくわかんねえ」


「虎太郎だったら、ハンバーグが好きらしいですよ」


 スマホをいじりながら子分の少女が言う。


「なんでわかんだよ」


「ウィキに載ってます」


「……なんでウィキに載ってんだ?」


「虎太郎はものすっげー有名人ですからね。あ、どうやら小学校のときに卒業アルバムに書いたことが、マスコミに流出して雑誌の載ったらしいです。で、それがウィキに載ってるようで」


「アイドル並だな。あいつ、すげーんだな」


 驚きつつもヴァルロッテは納得もしていた。虎太郎の容貌と高校生になって勉学に励もうとする向上心を考えれば、その希少さはウィキに載ってしかるべきレベルだ。


「アイドル以上ですよ。ぶっちゃけアイドルよりもかっこいいですしね」


 そもそも芸能活動をしている者は、すべからく女子だけだ。そのファンとなる者も女子だけ。アイドル女子は『男装』をして、女子たちのニーズを満たそうとしている。


 いくら可愛く男子の真似事をしようと、生来ガサツな女子に男子の真似は難しかった。

 一般人の虎太郎のほうが、はるかにアイドルよりも可愛いのだ。


「ハンバーグか。たすかったぜ、ママの得意料理だ」


 ヴァルロッテは母親の事をママと呼ぶ。


「ですね、よく弁当に入ってますから」


 ヴァルロッテと同じクラスの子分が言った。もちろん子分たちも、弁当の造り主が母親であることは知っている。


「ママのハンバーグ、脂っこくって旨いんだよな。なんて言ってたっけ……豚肉100%?だっけな」


 成長期の少女にとって、脂っこい=美味しい、量が多い=良い食事である。

 牛肉の旨味とかはなくっても問題ない。それよりも濃厚で味が濃く、量がたくさん有ることが大切だ。


「豚肉100%ですか? あんまり聞かない配合ですね」 


 多少は常識のある少女が言った。


「あん、そうなのか? そもそも配合ってなんだ? いや、まあいいや。ママにちゃんと聞いて教えてもらおう」


 そしてヴァルロッテは事情を母親(貿易会社の部長職。34歳の美人)にメールで連絡した。


 ヴァルロッテの母はメールに添付された虎太郎の顔写真と、「こいつに手料理を作りたい。料理はハンバーグ。ママ、協力して」という、不良化した娘からの率直な支援要請に感激した。すぐさま5年ぶりに会社に半休をとって帰宅、万全の準備で帰ってきたヴァルロッテに料理を叩き込むこととなった。




 そして翌朝。ヴァルロッテは豚肉100%の濃厚ハンバーグをマスターしてお弁当を用意した。


 お昼休み。学校の中庭にて。


 ソファーの上にお弁当をもって座るヴァルロッテ。その太ももの上に虎太郎が座った。いつもの対面座位スタイルだ。


「……ほら、特別に虎太郎にくわせてやるぜ。俺様の手作りハンバーグだ。初物だぜ」


「初? 毎日作ってんじゃないの?」


「あ、あああ。そう、そうだぜ。初めて、食わせてやるって意味だ。ほら小鳥みてーに口開けろ、あ、あーーーん」


 箸をつかったハンバーグをつまむヴァルロッテ。仲睦まじくって、子分たちはそれを眩しい目で見ている。


「サンキュー。ハンバークか。好物なんだ」


「ヘーソウナンダ。チットモシラナカッタゼ」


「パク、もぐもぐもぐ」


「う、旨いか?」


「……すっごい脂っこいな」


 か弱く胃も弱い男子にとって、油ものはあまりごちそうではない。舌も繊細なので、ソースが濃厚すぎて少しつらかった。


「まずい、か?」


「いや、まあ。これはこれで。なんか食ったことない味だ」


 虎太郎は年上の友人、ヴァルロッテの作ってくれた料理を、すぐさま否定するような人間ではない。


「ぎひ、ぎひひひひ。ベルロシャス家伝来のハンバーグだからな。まずいわけねーだろうが」


「ご飯もたべたいな、あーーん」


「バカみてぇに口上げやがって。ちょっと待ってろよ。これも俺様が炊いたんだぞ」


「すげえなぁ、先輩。毎日、自分でやってんの?」


 1人でちゃんとご飯を作れるのは、虎太郎の目指す理想男子の姿でもある。


「ま、まあぁ」


 実のところご飯は水具合に失敗した。昨日の半休を取り戻そうと会社に急ごうとする母親に泣きついて、急速炊き上げのやり方を教えてもらって作ったものだ。


「もぐもぐもぐ、旨いな。やるなぁ、ヴァルロッテ先輩。すげーじゃん」


「ぎひ、ぎひひひひひひひひ。まあな」


「先輩も食えよ。いつも早弁してるのに、お昼までは我慢させて悪かったな」


「き……気にすんな」


 ヴァルロッテは箸でハンバーグを摘もうとした。

 それに先立って、虎太郎が手づかみでひょいっとハンバーグを摘む。


「ほら、先輩あーん」


「お、おう。……あ、あーーーん」


 ぱく


 手づかみのハンバーグを、そのソースまで舐りとるようにヴァルロッテがハンバーグを食べた。虎太郎の指についたよごれまで 舌でペロペロと舐める。


「お返ししてやるぜ。ぎひひひ」


 ヴァルロッテも手づかみでプチトマトを摘んで、虎太郎の口に運ぶ。


「トマトは嫌いだな」


「ぎひ、我儘言ってんじゃねーよ。高校生にもなって。おら、くえくえ」


「ぐーーー。」


 むりやりトマトを食べさせられる虎太郎。


「お返ししてやる。ほら、トマトのヘタ」


「それは食う部分じゃねーだろうが。ボケが。……あーん、パク」


「食ってるじゃん!」


「てめーがくれた物を、残す俺様だと思ってんのか。なめんじゃねーぞボケ」


 虎太郎の指までしゃぶるヴァルロッテ。


「舐めてるのも先輩じゃん。っていうか指舐めすぎだってば。くすぐったいよ」


 仲睦まじくお昼ごはんを食べた。


「んーー。お腹いっぱいだから、お昼寝したいな」


 結局お弁当は、9割以上をヴァルロッテが食べた。虎太郎にとってはそれで量が十分なのだ。


「俺様の膝で寝ろよ」


「サンキュー」


 ソファーに横になり、ヴァルロッテの太ももに頭を乗せる虎太郎。

 お腹いっぱいで眠くなってしまった虎太郎を、愛おしく髪をなでるヴァルロッテ。


「なあ、虎太郎」


「んーーー」


「キスしていいか?」


「いいよ。別に。いつもしてるじゃん」


 ちゅ


「なぁ虎太郎。俺様、……お前の嫁になりたいんだけど。ダメかな?」


「……ほんとになりたいの?」


「ああ」


「……ふーん」


「てめーがなにか条件をつけるんだったら、俺様はなんでも受けてやるぜ。言葉遣いを直せって言われたら治す。二度と喧嘩するなっていうんだったら、二度とケンカはしねえ。お前好みの女にちゃんとなってやる」


「……」


「お前のものだって、刺青を入れてもいいぜ。一生消えないように、腹でも尻でも○○○でも、好きな場所に彫ってやる」


「いらないよ」


「……じゃあ、ダメか?」


「1つだけ。条件がある」


「!? なんだ?」


「ずっと変わらなかったら。いいよ。何一つ変わらずに、今のヴァルロッテ先輩だったら、俺の32番目の婚約者に申し込みたい。でも変わりそうで怖い」


「変わらねえ。ぜったい変わらねえ。俺様はてめーのために、一生、このスタイルでいくぜ」


「別にずっと不良じゃなくってもいいって。ただ基本的な部分は変わって欲しくないんだ。妙に媚びられると、その、辛いんだよ」


 虎太郎にとって苦い思いでがある。今も続く苦い記憶。

 虎太郎の婚約者の1人だ。昔は誇り高い少女だであった。その誇りを虎太郎も愛した。でも虎太郎が婚約状を送り、相思相愛になったとき、その少女はひたすらに虎太郎に媚びまくる少女に変わってしまった。以前の誇り高い姿とは似ても似つかない姿に変わり果ててしまった。


 虎太郎は魅力的すぎるのだ。選ばれたことに有頂天になり、同時に捨てられない為に、今までの自分などすべて忘れて虎太郎にひたすら媚びるようになってしまった。


 愛情をもって節度をたもっている恋菜や猫子や妹の白雪とは次元が違う。「毎日足を舐めたいです。踏まれても構いません」と言わんばかりの媚っぷりに、虎太郎はドン引きした。


 それでも少女を虎太郎が捨てることはない。一度婚約した相手を、捨てることなんて出来ない。


 だからこそ、婚約する相手はしっかり選ぶことに虎太郎はしている。


「わかったぜ。俺様はずっとその、この距離だ」


 友人のような婚約者。それが2人の合意となる。


「うん。それで頼む。それが嬉しい。えっと、これからもよろしく」


 中庭のおんぼろソファーの上で、ショタ美少年とロリ美少女がキスを交わした。不良少女たちは買い直したばかりのトランプを握りつぶしながら、祝福の涙を流していた。

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