第7話 頼られる男子はお風呂に一人で入る
虎太郎はお風呂に1人で入ったことがない。誰かがいつも一緒にいる。普段は妹の白雪か、その日に添い寝をする恋菜か猫子のどっちか。シャンプーハットをしたままぎゅっと目を瞑っていると、一緒にお風呂に入ってくれている女子の誰かが頭を洗ってくれる。あと身体も一番柔らかいスポンジと高級ボディーソープで、優しく撫でるように洗体してくれる。
それが虎太郎の日常であった。
そんな日々にふと疑問がよぎったのが、高校一年の夏である。
(どうもこれって、頼られる男子と違う気がするな)
16歳にして初めて、虎太郎は漠然とした疑問をいだいた。これは世界の常識であるが、常識に対して虎太郎は初めて疑問を呈したのだ。
常識を疑うのには時間がかかるが、しかし疑いだしたら止まらない。
ある日のこと、虎太郎は思い切って決断した。
「明日のお風呂は、俺は1人で入るかんな」
霧崎家の大きめなお風呂場で、虎太郎はきっぱりと宣言した。
少女たちに衝撃が走った。3人とも虎太郎と一緒にお風呂にはいることが大好きであるからだ。
今日は特別に、妹の白雪と、幼なじみの巨大少女の恋菜、同じく幼なじみの猫子を含めた4人と一緒にお風呂に入っている。一緒のお風呂納めの意味を込めて、みんなでお風呂に入ったのだ。
当然のことだが、全員すっぽんぽんだ。お風呂だから当たり前である。3人の美少女全員が、惜しみなく豊満なおっぱいも引き締まったウェストも、虎太郎の前に晒していた。毎日のことだから、誰も恥ずかしいと思うことはない。むしろ少女たちの全裸よりも、虎太郎の全裸のほうが数十倍価値があるのが現在の常識だ。
家庭用にしてはかなり大きい霧崎家のお風呂に、ぎゅうぎゅう詰めで4人の男女が入っていた。恋菜という巨人も含まれているので、とても手狭だ。そもそもお風呂椅いすは2つしかない。そのため猫子の提案により、4人のポジションは決まっている。
まずはお風呂マットに大娘の恋菜が正座して座り、その太ももにまたがるように虎太郎が座る。お風呂いすは虎太郎の右と左について、白雪と猫子が座って虎太郎を洗う。女体が虎太郎を取り囲んでいた。
「みんなに風呂を頼むのは、今日が最後だぜ」
虎太郎はいつものようにシャンプーハットをかぶりながら言った。そのままじっと目をつぶる。シャンプーは虎太郎を太ももに乗せている恋菜の役目だ。
明日から自分一人でお風呂に入れる人のやることではないが、虎太郎自身は、自分が立派にできると思っていた。
「あ、あぅ……こ、こたろーちゃん、な、なにか嫌なことあった? れ、恋菜が、いけないことしてる?」
恋菜は正座したまま、太ももにちょこんと座っている虎太郎のサラサラで癖が全くない髪を、優しく濡らしてシャンプーしてあげた。大きすぎる柔らかおっぱいが、虎太郎の頭とシャンプーハットの上に乗っかっている。つまり恋菜は両手と両おっぱいで、虎太郎の髪を洗髪してあげていた。
いつもよりもより一層優しく、丁寧なシャンプーを恋菜はしていた。自分が『お風呂当番解雇!』と言い渡された気持ちになっている。
「そういうことじゃねえ。でも将来を見据えて、一人で風呂くらいは入れるようになっときてぇんだよ」
「おにーちゃん、将来1人でお風呂に入る予定ってあるの?」
虎太郎の右側にお風呂いすに座り、虎太郎の右半分を柔らかスポンジでこしこし洗っている白雪が聞いた。中学生でバカな白雪にしては、実にいいところをついてくる。
虎太郎が1人でお風呂に入る予定なんて、おそらく将来にわたって一生無いだろう。なぜなら現在ですら絞りに絞って3人の美少女たちがお風呂に入れてくれているし、お嫁さん候補も小学から数えて30人いる。クラスメートの女子たちも、頼めば快く引き受けてくれるだろう。なれないことだから人海戦術で、班ごとに、つまり5人チームで虎太郎をお風呂に入れてくれるはずだ。むしろお金を払ってでもやりたいと思う女子までいる。
ちなみにこの世界において、重婚は一般的なことだ。常識である。なにしろ男子1人に対し、女子が50人もいるのだから。
むしろ男子に生まれて、10人未満の女子としか結婚や性交渉をしないのは、かなり不道徳なことだ。変人とすら思われることとなる。
逆になるべく多くの女子と婚姻することは、社会への貢献度が高く、立派なこととされている。
正義感が強く真面目な虎太郎は、小学の時から女子の複数人に、婚約状を出していた。休日や長期休暇では、彼女らを回るのでかなりの時間を割くことになる。大変だが、虎太郎は義務感を持っているから出来ていた。
虎太郎の嫁(候補)の少女が、みな同じ地区に住んで、同じ高校に行ってくれれば面倒は少ない。でも女子は誰もが行動的で将来への夢も希望も強く、一箇所にとどまることができない。
美術を志すものもいれば、スポーツ特待生になったもの、海外に行ったものもいる。
虎太郎が18歳になった時、彼女らは有り金を振り絞って婚約指輪を買い、虎太郎に指輪をはめてもらいに来るだろう。男子の義務だと、虎太郎はその点ではすでに覚悟を決めていた。そこで嫁たちに養われ続けるのが普通の男子だが、ただ養われるだけの存在に、虎太郎はなるつもりはない。
「一人風呂の予定……そんなんねーけどよ」
ともかくのところ、虎太郎が将来に渡り、一人ぼっちでお風呂にはいる可能性は、限りなくゼロに近かった。それは認めねばならない。
「じゃあいいじゃん。おにーちゃん、無理に1人でお風呂に入る事無いでしょ」
「無理じゃねーよ! できるって言ってるだろ」
妹の言葉尻を捕らえて、無理矢理な屁理屈をこねる虎太郎。
白雪はどう返事していいかわからず黙ってしまった。恋菜はひたすら謝り、優しく丁寧にシャンプーをすることで、虎太郎の気持ちを戻そうとしていた。
そんななか知恵者の猫子が口を開く。
「なるほど。虎太郎御大は、ともかく1人でお風呂に入りたいということかい?」
虎太郎の左側でお風呂いすに座り、下半身の股の間に対して集中的にスポンジを動かしている猫子が言った。
「そういうこった。猫は理解がはえーじゃんか」
「ふふふ、猫さんは頭がいいからね。でも御大。昔の男子は複数人でお風呂にはいるのが一般的だったんだよ。それは知っているかい?」
「……そうなのか?」
「そうさ。まずは江戸時代は男女混浴が基本。背中を洗う三助という人もついていた。これは明治から昭和にかけてもいた、いわば普通の職業だよ」
「へぇー。昔は男女別の風呂だと思ってた」
現在2200年。
江戸も明治も大正も昭和も平成も、大昔という観点で大差はない。
「違うよ。自然に湧いた温泉が縄文時代からあったとすると、むしろ男女別であったのはごく短い期間さ」
温泉、つまり風呂は二千年以上前から存在した。そして混浴でない期間は、近代の数百年程度だと理屈をこねる。事実、現代のお風呂はすべて混浴だ。男子用の風呂なんてものは存在しない。
「でも男子に女子が複数人ついたら、人数があわねーだろ。昔は男子も女子も、同じくらいいたんだろ?」
「だから『お風呂屋さん』という仕事もあったんだ。ソープランド、聞いたことあるかい?」
猫子が聞いた。
男子がほとんどいなく、かつ男子の性的欲求は『社会規範』とせねば消え失せてしまうくらい低い昨今。女子の性的サービス産業なんて消え去っている。
もちろん猫子は、虎太郎が誤解を生じるように話していた。
「ねーけど、石鹸の国だろ。風呂屋ってのはわかる。つまりスーパー銭湯だな?」
「まあまあそんな感じさ。でも公衆浴場ではなく、男性用の個人風呂だよ。そこでは女性がお風呂に男性を入れる仕事をしていた。女子の数が少ないから、仕事として成り立っていたんだよ」
「へーー。そうなのか」
猫子の言う限りなく嘘に近い事実に、感心しながら相槌を打つ虎太郎。恋菜もうんうんと頷きながら、一生懸命聞いている。白雪は真面目な顔で、完全に聞き流していた。
「そこでは女性が仕事として、男性の洗体サービスしていたらしいよ。こんなふうに」
猫子は更に深く虎太郎の股の間にスポンジを入れて、お尻の割れ目まできっちりスポンジを通した。虎太郎は正座している恋菜の太ももに座っているので、自動的にそれは恋菜の股間でもある。
「っね、猫。ちっとくすぐったいから、それは止めろ」
「ふぁん♡ ね、猫ちゃん、だ、だ、だめだよぉ」
くすぐったく身を捩る虎太郎と、椅子に徹して我慢している恋菜。
「このくらいなんだい。昔のお風呂屋さんでは、マットの上に男性を寝転ばせて、女子が全身にボディーソープを塗りたくって洗ったらしいよ。おっぱいや股の間とか、つまり全身を使って」
「え? それ、マジか?」
「洗体サービスもしくはマットプレイでネット検索すれば出てくる。お風呂屋さんでは基本的なことだったそうだ」
「なんで身体で洗うんだ? 昔はスポンジがなかったのか?」
「そこまでは賢い猫さんでも知らないよ。ともかく猫さんが言いたいのは、男子は昔っから女子と一緒にお風呂に入っていたってことさ」
「ふーーん」
「あんまり気にする必要はないんじゃないかい? 虎太郎御大が努力するべきことは、他にいくらでもある気がするよ。お風呂くらいは女子に任せてもいいだろう」
猫子が言いたい結論は、つまりそういうことであった。一も二もなく、恋菜もその結論に飛びつく。
「そ、そう、だよ。こ、こたろーちゃんは、お風呂、一緒のほうが、恋菜もいいと思う」
「白雪もそっちの方がいいと思うけどなぁ。おにーちゃん、お風呂で溺れちゃいそうだし」
「うるせぇ、風呂くらい1人で入れるって言ってるだろ!」
白雪のバカ正直な言葉が、問題を混ぜっ返した。
大慌てで猫子が、さらなる軌道修正を図る。
「白雪嬢はちょっとお口を塞いでくれたまえ。猫さんも恋ちゃんも、御大が心配だから言っているわけじゃないよ。ただ努力の方向を間違ってほしくはないんだ。男子は昔から風呂に1人で入ってなかったわけだし、今さら1人で入り始める意味って、あるのかな?」
「こ、こ、こたろーちゃん、は、いっぱい頑張ってるんだから。お風呂は、ま、ま、任せてよ」
そんな猫子の言葉に、全力アシストをする恋菜。白雪がまた変な口を挟もうとするのを、猫子がすごい視線で射抜いて釘を刺している。
そんな会話が、虎太郎の全身を洗いながら行われた。
「それじゃ、ながすよ~」
シャワーの温度をきちんと見た後、優しく泡だらけの虎太郎の身体に当てる猫子。泡の残りを、洗面器に入れたお湯で流す白雪。
「ふーーーむん。だったらお風呂は今のままで問題ないか」
全部の泡を洗い流せたところで、虎太郎は正座する恋菜の太ももから立ち上がった。
「な、ないよ!」
「それがいいって、おにーちゃん!」
「猫さんも、現状維持に賛成!」
恋菜、白雪、猫子という信頼する3人の少女たちに促され、虎太郎は今のままの生活にすることを再度決めた。
その後、虎太郎は一番風呂で肩までお湯に浸かる。3人の少女たちは洗い場を所狭しと譲り合いながら順番に身体を洗った。
初めに身体を洗い終えた一番小さな白雪が、ざぶんと虎太郎と一緒に入って温まる。猫子は身体を洗うのに時間が掛かるし、巨人のような恋菜はもっと掛かる。
虎太郎があったまった頃に合わせて、白雪もお風呂を出た。あくまで基準は虎太郎だ。か弱い男子はお風呂に入り過ぎたらのぼせるし、きちんと入らなかったら冷える。別に真冬に冷水風呂でも風邪を引かない、強靭な女子とはわけが違う。
脱衣所では立っているだけで、湯上がりでほんのり肌が赤くなっている中学生の白雪が、バスタオルで虎太郎についた水滴を丁寧に拭いてくれた。自分の体を拭くのは後、虎太郎が先。それもいつもの事だ。
(一緒にお風呂はいるのって、昔からの常識だったんだ。知らなかったぜ)
妹に身体をバスタオルでぽんぽん拭いてもらいながら、虎太郎はもの思いにふけっていた。違和感が未だある。
(でも昔は存在したっていう、頼れる男子になれている気が全然しねーな)
心がけ悪いのかもしれないと、妹に股もお尻も拭いてもらいながら考えた。理想の男子となるには、道はまだまだ遠いようだ。