第6話 頼りになる男子は不良にも負けない
美術の授業。美術室の中心で、虎太郎はモデルとしてちょこんと椅子の上に座っていた。
自由課題の場合は、99・999%の確率で虎太郎がモデルに選ばれる。虎太郎以外は全員が女子のクラスにおいて、女子なんてみんな見飽きているのだ。そのためいくら見ても飽きない、愛らしく(キュート)て可愛い(プリティー)な虎太郎が絵のモデルに選ばれる。当然の成り行きといえよう。
そして描かれる絵が廊下に張り出された時も、静物画や面白くもない女子高生の裸婦絵なんかより、虎太郎の絵の方が閲覧者は増えるのだ。
ちなみに中学生の時に虎太郎を描いた絵が、県の展覧会にまで出品されたことがある。美術部部員が、バスケでドリブルに失敗してボールを追いかけている時の虎太郎を描いたもの。タイトルは『ミスをする天使』。
体育の授業で失敗したところが描かれた絵に虎太郎は非常に不愉快であったが、その絵は非常に高評価を得て、文部大臣賞まで受賞して美術館に展示された。美術館の正式な絵画よりも、学生の書いた虎太郎モデルの絵のほうが閲覧者が多かったという話も残っている。
虎太郎は自分に美術センスがないことも自覚もしていた。同時に絵が上手なことは『頼られる男子』の条件に入ってはいないので、苦手でも虎太郎は気にしていない。
たとえモデルであっても女子に『頼られている』のは間違いないので、虎太郎はしぶしぶながらも絵のモデルを5回に1回くらいは引き受けていた。
「こたろーくん、いいよーいいよー。めっちゃかわいいよー」
「目線こっちに、おっけー!」
「動かないでね、おねーさんが虎太郎くんの美を絵に刻み込んであげるから」
クラスメートたちが各々、好き勝手なことを言いながら、キャンバスに着席中の虎太郎を描いていた。虎太郎を中心に周囲をとり囲むのが一般的な絵の書き方だが、みんな虎太郎を正面から描きたがる。そのため部屋の真ん中に座る虎太郎に対し、後ろはガラガラ、全面だけに女子がギュウギュウ詰めという状況が発生していた。
背後を書きたがるのは変わり者だけだ。真後ろなんかに陣取るのはクラス一にして学年一の変わり者、小早川猫子くらいである。
「小早川さんは、貴方は後ろからでいいの?」
「はい、先生。猫さんは虎太郎御大の後背部でも、まったく問題ございませんよ」
「そうなの、確かにみんな前から書きたがるから、後ろから描いてくれるのは助かるけど……。ちょっと小早川さん!? 虎太郎くんは、なんで全裸なの? お尻が見えてるんだけど?」
「心の目を開けば、御大は今、服を着ていませんから」
「いやいや学生服を着てるでしょ。人物画の授業なんだから、見たものを描いて欲しいんだけど」
「猫さんにはこう見えますので。あとご心配には及びません」
「なにが?」
「正面からではペ◯◯が描かれてしまいます。そうすると猫さんの芸術が18禁指定を受けてしまいます。ですので背後から書かせて頂いているんです」
「そう、なの」
「猫さんもその点はわきまえています。ちなみに乳首解禁でしたら、猫さんは側面からでも描けるようになるんですか。いかがでしょうか?」
「そ、それはちょっと先生の領域を超えているから……」
美術の先生はささっと猫子のそばを離れた。
会話が聞こえている虎太郎としては、背後から猫子が何を描いているのが猛烈に気になる。しかし振り返って文句を言うのは、虎太郎を描いている少女たち全員の迷惑になるので出来ない。
余談だが、猫子が完成させた『学生服を着た少年の背中』という嘘だらけのタイトルの絵。椅子に座っている全裸の虎太郎の後ろ姿は、ふにっと椅子により圧迫された柔らかそうなお尻が絶品だと、クラスの生徒たち(と、水ちゃん先生)から絶賛された。売って欲しいという猛者まで現れた。
ネットにあげたら100万回以上は閲覧されるであろう見事な絵だ。いかがわしい意味で。
見た瞬間に虎太郎は破り捨てようとしてが、それはさすがにクラス担任の忍川先生に止められた。そして忍川先生の裁きにより『この絵の芸術性は認めるが、残念なことに公序良俗に反する。だから未成年は閲覧禁止』との裁決を受けて、そのまま職員室の金庫にしまわれるよう事になった逸品である。
それはそうと授業中。
いつまでも座っていることは人間にはできない。
(トイレ行きてーな)
もじもじと、虎太郎は身体を動かした。
その動きに、虎太郎を正面から描いている少女群の一番後ろにいるのっぽの美少女、恋菜が気がついた。
恋菜は虎太郎の保護者を自認するようになって16年。つまり乳幼児の時から虎太郎を見てる。虎太郎の些細な動きでも、彼が何をしたいかがすぐに察することができた。
「こ、こたろーちゃん。お、お、おトイレだね!」
わかった瞬間、恋菜は声に出していた。
虎太郎は顔を真赤にして、その場で俯いた後、恥ずかしさを怒りで覆い隠して立ち上がる。
「大声で言うんじゃねえ! バカ!!」
虎太郎は椅子から降りてそう叫んだ。これで虎太郎がトイレに行きたいのはもはや周知の事実だ。
「こたろーくん、おトイレいきたいんだ。ちっちしたいのぉ?」
「じゃあ、はい。あーーん」
「うわぁ、変態だ。ここに変態がおる!」
「えへへ~。冗談だってば、2割くらいは冗談だよ」
「80%本気じゃん! ガチの変態じゃん!」
尿意をもよおした虎太郎をダシに、わいわい騒ぎまくる卑猥さ満点の少女たち。
そんな猥雑さはいっさい持ち合わせていない虎太郎は、俯いたまま先生に言った。
「先生。ちょっとトイレに行ってきていいですか?」
「いいわよ。じゃあえーっと、付き添いは」
言いかけた瞬間、すでに恋菜と虎太郎の全裸な背面を描いていた猫子が立ち上がる。
「いりませんって! 連れションとかいいんで。一人で行きます」
虎太郎はトイレに行きたいことを大声でばらした恋菜と、訳の分からない絵を描いている猫子を睨んだ。
ついでに、
「わたし保健委員だよ」
「日直だから、一緒に行こうか?」
「掃除当番がトイレなんだけど」
などなどの様々な理由をつけてトイレに同行したがる少女たちを振りきって、一人でトイレに行った。
トイレは女子用しかない。というか性別区分が存在しない。男女比1:50の世界において、男子トイレを作るなんて不経済なことはありえない。
男子用トイレにおける小便器などの文化は、100年以上前に消え去っている。あと女子に恥じらいが消え去ったので、『乙姫』というトイレ音の文化もなくなっている。
虎太郎も女子たちも、同じトイレを使う。それは問題ないのだが、学校のトイレに入った時、意外にも一人、先客がいた。
授業中の時間帯にトイレを使用している人なんていないと思っていた虎太郎は、たいそうびっくりした。
「え!?」
そこにいた人物にも意外であり、二重の意味で驚かされた。
トイレの洗面台にいたのは、金色の髪の小さな少女であった。輝く金色の髪に、白い肌の色。明らかに日本人ではない女の子だ。
ボリュームのある金髪を方まで伸ばしているその姿は、ライオンのたてがみのようであった。しかも前髪に一部分だけ、アクセントとしてピンク色のメッシュを入れている。猛烈に自己主張の激しい髪型である。
少女の目つきは非常に悪い。睨みつけるような敵意に満ちた瞳をしている。瞳の色は青いが白目が多い三白眼だ。そして目の下にあるどす黒いクマが、目付きの悪さを助長していた。しかも歯までギザギザとしている。全体的に整った美少女と呼べなくもないが、それ以上に凶悪すぎる容姿であった。
その少女の特徴において、特出すべきは身長であった。なんと虎太郎よりもちょっと大きいくらいだ。150センチないだろう。
虎太郎は自分と同じくらいの身長の高校生女子を、生まれてはじめて出会った。
小さな身体に、ぺったんこの胸、小さいお尻。その恵まれない体躯には、無条件で親近感を覚えてしまう。
だが明らかに素行不良な生徒である。金髪は地毛であろうが、ピンクのメッシュが地毛なわけがない。そしてスカートが短すぎる。立っているだけでパンチラしそうなほどだ。しかもシャツはボタンをはめておらず、ただ縛っているだけ。もちろんブラジャーは見える。ブラが必要なほどのおっぱいではないが、とりあえずAカップにしか見えないスポーツブラは黒い骸骨柄であった。パンクな柄のブラジャーなんて、虎太郎は初めて見た。クラスメートたちがつけることのないタイプのブラだ。
虎太郎はいろいろな情報が錯綜して、その少女を凝視してしまっていた。
そして少女が返す言葉。それはある意味で、見た目通りの口調であった。
「っんだ、てめーは。ジロジロ見んじゃねーよ」
態度も口調も悪い。ある意味で、虎太郎も似ている。舐められないように、虎太郎は睨み返すように言い返した。
「……う、うっせーな。なんで休み時間中にトイレにいんだよ」
「サボりに、決まってんだろうが。あぁん? あ、てめー、あれだな。一年の噂の男子だな?」
一年のと、金髪ちびっ子少女が言った。
そういうセリフは、上級生にしか出てこない。
「っあ、あんたは?」
「3年のヴァルロッテ・ベルロシャスだ。敬語使えよ、1年坊主」
「え!? 3年生ってことは、あんた17歳?」
まさか3年生だとは思わなかった。背丈からして、学校見学に来た中学生としか思えない。相当の幼女体型だ。
「6月生まれだから、もう18歳だぜ。夏に運転免許もとる。ぎひ、ぎひひひひひひ」
何が楽しいのか、ヴァルロッテはその場で笑い始めた。しかもとても変な声で。獣の唸り声みたいな笑い方だ。中学生ではありえないほどの貫禄もある。高校3年というのは嘘ではないのだろう。しかも相当な『悪』の高校生だ。
虎太郎は怖くなり、すこし後ずさった。
「ちょっと待てよ、てめー。トイレに来て、出すもの出さずに帰るのはおかしーだろーがよ」
「へ。なにがだよ、……ですか? ヴァルロッテ先輩」
カツアゲされる! と虎太郎が思ったが、それは違った。
「ションベンかウンコしに来たんだろうが。俺様に気にせず入りな」
「いやまあ。そうだけ……ですけど。」
虎太郎はビビっていた。それは小動物的な防衛本能である。
恋菜は同世代から比べると異常に強いが、むやみにその力を振ることはない。
一方でこのヴァルロッテは、むやみに、気の向くまま、自分勝手に、一方的な暴力をふるうタイプだ。
ひ弱で虚弱な虎太郎には、絶対に近寄ってはいけないタイプである。
もはやおしっこは全然出そうもない状況であったが、虎太郎はこそこそっとトイレの個室に入ろうとした。ある程度時間を潰して、ヴァルロッテが消えた後に美術室に戻れば問題はない。
と、いう虎太郎の浅知恵は、容易に覆されることとなった。
個室に入る虎太郎の後に続いて、ヴァルロッテも入ってきたのだ。
「うぇ!?」
「久しぶりに見た男子だ。俺様が直々に、小便の手伝いをしてやるよ。ぎひ、ぎひひひひひひ♪」
「いや、要らねーよ! ですよ」
緊急事態でも虎太郎はとりあえず敬語を使おうとする。それはヴァルロッテを恐れてというよりも、ヴァルロッテが3年だからだ。年功序列は真面目な虎太郎にとってとても大切なことである。
「ぎひひひひ、そんなに怖がるなって。先輩の行為には甘えるもんだぜ。ほら、ち○○○だせって。ほらほら」
ヴァルロッテが虎太郎のベルトをカチャカチャと外した。ホックを外してストンとズボンを下ろす。世にも珍しい男子用のパンツ、特注で作っている白いブリーフを、ヴァルロッテがまじまじと見た。
「へー、これが男子の下着なんだ。初めて見るな」
「見るんじゃねーよ!!」
たまらずに敬語が消える虎太郎。だがヴァルロッテは引き下がるどころか、ますます嬉しそうに笑った。
「ぎひ、ぎひひひひひひ。くんかくんか、なんかいい匂いだなぁ。男子の股間って、みんなこんななのか?」
「しらねーよ、嗅ぐんじゃねぇ!」
大ピンチであった。カツアゲどころかレイプされる、学校の授業中に、学校のトイレで。
特殊すぎる危機に、虎太郎は心のなかで助けを求めた。
(た、助け……。恋菜!)
グァガシャーーーン!!!
っと、すごい音を立ててトイレの個室ドアが揺れた。木製のドアをぶちぬいた鉄拳が、鍵のかけられたトイレの個室に風穴を開ける。
轟音と衝撃に、ブリーフをおろそうとしていたヴァルロッテの手がピタッととまった。慌てて虎太郎がブリーフを引き上げる。
拳が引っ込み、そこから顔が見えた。それは恋菜であった。隣に猫子もいる。
「あぅこ、こ、こたろーちゃん、めいわく?」
「迷惑じゃない!」
「あぅぅ、よか、よ、よかったぁ」
そのまま長身の恋菜は、トイレのドアの一番上を手で持ち、引き剥がすように力を込めた。
バキバキバキグギジュズズキキ!!!
尋常ではない恋菜の腕力でドアはきしみ、蝶番の金具も金属の鍵も弾き飛ばしながら、ドアは無理矢理に取り外された。あたかも重機で無理やり工事をしたような有り様である。
剥がされたドアを、トイレの床に置く恋菜。
「お、おま、たせ。こたろーちゃん」
「いや、すっげー早いな。助かったぜ」
虎太郎がトイレに出てから、まだ5分も立っていない。
その間に、なにか緊急事態が起こったと恋菜は判断して、授業をでてトイレにやってきたのだ。そしてなんの相談もなく、こんな超強硬手段に出ている。
それは恋菜の本能に近い行動であった。恋菜はもともと動物的な感覚が働く方だ。そしてその勘は、すべて虎太郎のために使われている。自分の危機には無自覚なのだが、虎太郎の危機には野生の勘が働くのだ。
同じように遺伝子レベルで虎太郎の危機のみに反応した少女がもう一人いた。虎太郎の携帯が震える。送信元は妹の白雪。件名は『なにかあった!?』。本文はなし。大急ぎでメールを送ったであろう白雪の気持ちが伝わってくる。白雪はバカだから、状況云々よりも先に自分がどう思ったかを最優先して考える。虎太郎が危ないと思ったら、元気に学校に行っている最中であろうと何であろうと、危ないことが発生したと思うのである。理屈ではない。
そしてその勘を重視して同行してきたのが、同じ幼なじみの猫子であった。
「や、どーもどーも、そちらはヴァルロッテ先輩ですね。3年の。うちの御大、返してもらえますか?」
「へ、なんだよ1年ども。これはテメーらのもんか?」
「御大は御大本人のもので、みんなのものです。『みんな』にはヴァルロッテ先輩は含まれてません」
「言うじゃねえか、1年」
「先輩はたいそうお強いそうで。猫さんもそこら辺には、ちょっと自信あったりしますよ。あとこっちの恋ちゃんは超自信があったりします。ついでにいうと、2対1でボッコボコにすることを、猫ちゃんはなんとも思わない強い心も持っています」
「こ、ここたろーちゃんを。は、離して、ください。ば、バルロテ、せ、先輩」
恋菜が哀願するように言い、同時に睨んだ。好戦的とはほど遠い恋菜であるが、今は異例なぼど戦意が高い。両手をうちつけ、踏ん張るよいうに腰を低く構えた。相撲の見合っている状態だ。つまり戦闘態勢である。
「……っち。バルロテじゃねーよ。ヴァルロッテだ。きちんと発音しろ、1年」
ヴァルロッテはライオンのような金髪を掻きながら、虎太郎を離してトイレの個室から出た。もはやドアは床に置かれている。
「こたろーちゃん! へ、へ、平気だった?」
自由になった虎太郎を、恋菜が一回抱きしめた。ぎゅっと胸で虎太郎をつつみこみ、その頭を「よちよち」と優しく声がけしながら撫でる。
「大丈夫だけどよ」
虎太郎はブリーフが少し濡れてしまっていた。恐怖でちょっと漏らしてしまっていた。あとでどういう理由をこねてごまかそうかと、虎太郎は考えていた。
つまりもうすっかり安全を確信していた。恋菜のそばにくっついていれば平気だと、虎太郎の方も本能的に感じている。
収まらないのはヴァルロッテであった。
「1年にビビって逃げたと思われるのは、俺様は癪だぜ」
そう言いながらヴァルロッテは、引き剥がされたトイレの個室ドアを持ち上げた。片手で。
背丈も体つきも小太郎と大差ないが、筋肉の性能と密度がぜんぜん違う。
持ち上げたドアをヒョイッと浮かして、そのまま……
「ぎひひ……うらぁっぁあ!!!!!」
ヤクザキックでドアの真ん中をぶち抜いた。
空中の板を上履きの靴でぶちぬくなんて、尋常な脚力ではない。ドアから足を引っこ抜き、見るも無残なドアを床に再度転がす。
「2対1でも、俺様はぜんぜんかまわなかったんだぜ」
「あぅ、……ま、負けない、よ」
「ぎひひひ、いい目してんなぁ。ギタギタにしたくなるぜ。中学相撲で東の横綱、『羆』の恋菜か。ぎひひひひ。俺様は3年のヴァルロッテだ。名前言ってたから、知ってんだろうけどよ。黒死蝶の頭、『狂狼』、ヴァルロッテ・ベルロシャスだ」
「あぅ、し、しってます」
恋菜が一歩も引かずにに頷いた。腕組みしながらじっと見ている猫子。
(ぺ、黒死蝶ってなんだ? 頭ってことは、なにかのグループか? 『狂狼』って、なんなんだよその中学生がつけたみたいな二つ名は!?)
まるでついていけないのは虎太郎だけだ。
「ぎひひひひ。今日のところは、そこのいい匂いの柔らかいのが傷ついたらわりいから、引いてやるぜ。あばよ」
ヴァルロッテはさっさとトイレから出て行った。
気が付くとトイレの出口には、複数人の少女たちがたっていた。
少女たちに共通しているのは、猛烈にガラが悪そうなこと。普通の高校だと思っていたこの宮前高校に、ああいうタイプの少女らがいたことは虎太郎には驚きであった。推測するに、彼女たちが黒死蝶のお歴々だろう。
ヴァルロッテの取り巻きであろう少女たちは、「リーダー、いいんですか?」とこちらをチラチラと見ながら言っていた。
その少女たちの中心で、ヴァルロッテは堂々とたって歩いて行った。小さいが、中心人物は間違いなく彼女だ。
それは少しだけ、虎太郎の理想でもあった。身長的に劣っているにも関わらず、頼られて中心人物にいるヴァルロッテ。あんな風にはなりたくないが、あんな風に周囲から頼られたい自分がいる。
「あぅ、こたろーちゃん、だ、だ、大丈夫? 怖くなかった?」
「平気だっての。ぜんぜん問題ねぇ」
「ちっち、する?」
「する……っていうか、赤ちゃん言葉を使ってんじゃねーよ、ボケ!」
同じ中心人物でも、ヴァルロッテとはずいぶん違う虎太郎。少なくてもヴァルロッテは、取り巻きの人間から赤ちゃん言葉で話しかけられないだろう。
とりあえずトイレをすました後、3人並んで鏡で身支度を整えながら、壊してしまったトイレのドアをどうするか話し合った。
「猫さんが知恵を出しましょうかね。うーーんと、この場合は、ヴァルロッテ先輩が全部やったことにしましょうか。なんもかんも、ぜーんぶヴァルロッテ先輩のせいってことで」
そう言う猫子の案が全面採用され、ヴァルロッテがドアに穴を『2つ』あけたあげく、無理やり引き剥がしたということで口裏を合わせることにした。その後、虎太郎は美術室に戻ってモデルを継続した。
これが虎太郎と、その後の彼に大いに影響を与える不良少女、ヴァルロッテとの出会いである。