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第4話 プールの授業では水着を着る!

 学校での設備に男子用、女子用という区分けがなくなって久しい。男女比1:50という世界において、男子専用のものを作ることは非常に非効率的だからだ。


 どこでも必ず視線を受ける虎太郎にとって、これは辛いことであった。

 トイレが女子と同じなのは虎太郎でも我慢できる。世界では小便器の存在など消え去っているため、トイレは基本的に個室だ。個室なら女子の視線にさらされることはない。むしろ小便器なんてあっても、用をたす男子を見ようとするスケベ根性の発達した女子らの視線に耐え切れず、虎太郎は絶対に使わないだろう。


 ただし問題は更衣室である。小学校の時はまだしも、だんだん年齢が上がるごとに、そして女子の成熟度すけべこころが増すごとに、視線の注目度が急上昇してきた。

 高校に入り、学年ですら男子が虎太郎一人になってからは、特に酷い。制服から体操服を着るときは、クラスメートの女子たちのほぼ全員が、チラチラこっちを見る。「君可愛いねぇ。おねーさんにみせてごらん、うひひひひ♪」なんて冗談ギャグをかましながら、そしてかなり本気な瞳で虎太郎をじっくり見ようとする猛者クラスメートもいる。殴り飛ばしたいが、冗談オブラードにくるんでいるのでそれも出来ない。怒ったところで怒鳴られた相手は、むしろ喜ぶからたちが悪かった。


 虎太郎はなるべく更衣室の端っこで、恋菜と猫子で壁を作って着替えていた。ささやかな自衛手段である。恋菜の大きな身体が、この時ばかりはありがたい。

 そして6月までの体育の授業は、なんとかやり過ごすことができた。


 が、更に高い難所が虎太郎に容赦なく襲い掛かる。


 7月に入り、体育の授業が水泳になったのだ。


 海水パンツは辛うじて男子用がある。

 小学5年の時に特注で作った男子用の海パンが、中学3年の夏までは問題なく履けるのだ。大きくならないから。

 黒地に白いラインが入った地味な海パン。5年間愛用して、地元の市民プールに行くときも使っていた。中学3年の時は、恋菜所属の相撲部のみんなで県外のリゾートプールにも行った。中学相撲において全国出場チームという、屈強な女子生徒たち一緒にプールに行ったにもかかわらず、鋼鉄の意志でナンパしてくる女子たちがいた。大量に。

 それこそ女子小学生から成人女子まで、虎太郎は幅広くナンパされた。何回ジュースやアイスクリームをおごろうとする、見知らぬ女子を追い返したかわからない。

 そんな苦楽を共にした思い出深い海パンなのだが……。


(は、履けねぇ!?)


 ここは自宅の虎太郎の部屋。一般的な部屋よりもやや大きい10畳の部屋だ。その大部分をクィーンサイズのどでかいベッドが占めている。虎太郎が寝るときには左右に添いの寝がつくので、普通のサイズのベッドでは寝られない。部屋には鏡と本棚と勉強机。ベッドが巨大な以外は、普通の部屋である。


 その部屋の壁掛けの鏡の前で、一生懸命、虎太郎は海パンを履こうとしていた。

 でもどうあっても履けない。太もものところで詰まる。筋肉がついたと思いたいが、虎太郎の肉体に変化はない。変わったのは海パンだ。

 布地が縮んだのだ。


「ど、どうするか……」


 虎太郎は困っていた。緊急事態である。

 明日には今年初めのプールの授業がある。つまりプール開きだ。更衣室では必ず水着を着るために全裸になる虎太郎を、どうにか視姦しようと女子たちが群がるだろう。事前に水着を着ておいて、授業終了後は誰よりも早く更衣室に入ってさっさと制服に着替えることで、その視線を逃れようと思っていた。


 その肝心の水着が、履けない!


(授業を休む? いや、ダメだ!!)


 体調が悪いのならともかく、水着が履けないなんて理由で授業を休む訳にはいかない。『頼られる男子』を目指す真面目な虎太郎には、そんなことは出来ない。


「でも今更、新しい水着は作れねえし」


 そもそも男子用の水着なんて、一般では売られていない。すべて特注だ。しかもかなり高額となる。小学5年の時に作った時は、学級会で取り上げてもらって、『虎太郎くんの水着をつくろう募金』を当時のクラス委員長が立ち上げてくれた。

 学校中から集まった数十万円をつかって、特注の男子用水着を作った。募金してくれた女子への感謝を込めてお披露目会をしなくてはいけなかったが、あれは本当に嬉しかった。そして色々と手間がかかった。

 どちらにしても、明日の授業には絶対に間に合わない。


「男子用の水着がないとなると……。女子用か……」


 非常に嫌だが、背に腹は代えられない。でもそれにしたって、今から買いに行く時間はない。

 借りるしか手段はなかった。


 虎太郎は携帯電話を手にとり、一番掛けなれた相手へと電話する。


 プルルルルル、プルルルル、プルル……ガチャ


『あぅ、あ、こたろーちゃん? ど、ど、どう、したの? もう眠い?』


 恋菜への電話だ。ただいまの時刻、夜の7時。

 恋菜は虎太郎が「そろそろ眠いから、添い寝に来い。さっさとおれんち来て、布団温めとけ」というのだと誤解をしたようだ。


「ちげーよ。いくらなんでもまだ眠くねえ。恋菜、こっから俺が言うことはすべて他言無用だ。誰に聞かれても何も答えるな。あと疑問を挟まずに、すぐに実行しろ」


『は、はぅ? な、な、なに? どうしたの?』


「いいな? わかったな!?」


『は、はぅ。わかったよ。ご、ご、拷問されても、つ、つ、爪をおられても、絶対に言わないよ』


「拷問なんてされねーだろ。怖いこと考えるな。でも分かったならいいや。じゃあ言うぞ。他言疑問口出し、すべてダメだかんな」


『う、う、うん。どうぞ』


 恋菜が唾をごくんと飲んだ。恋菜が緊張している。ちゃんと耳をすましている気がする。

 虎太郎は思い切って口を開いた。


「恋菜の昔の水着は、全部残してるか?」


『…………はぅ?』


「水着! 昔の水着だよ。とっといてあるか?」


『な、なんで?』


「疑問を挟むんじゃねー!」


『あぅ、……た、た、た、たぶんあるよ。ま、ま、ママは、物を捨てないから』


「物持ちがいいのは良いことだな。じゃあそれを全部持って、今すぐ俺んちに来い」


『な、な、何につか……』


「疑問無用!! 返事はYESだけでいい。さっさとしろ。緊急事態なんだ。てめーを頼ってるんだぞ。恋菜」


『はぅ!? 、わ、わ、わたし。こたろーちゃんに、頼られてる?』


「頼ってるんだよ。だから四の五の言わずに頼られろ」


『あぅ、あぅぅ♡ う、う、うれしい。こ、こたろーちゃん。恋菜、を、頼ってくれてるんだね。いつも、ぜんぜん、頼ってくれないから、す、すご、く。嬉しい、よ♡』


「そんなこと聞いてねえよ。頼んだぜ」


『う、う、うん。わかった。み、み、水着だね。い、今のは、必要ない?』


 恋菜の現在のサイズはバストもヒップも1m超えのスーパーボディーだ。絶対に必要ない。虎太郎にとっては大きすぎる。


「いらねえ。恋菜の昔のでいい」


『わ、わか、わかったよ』


 電話を切った。




 十分後。恋菜が家に来た。一階で応対している妹の声が聞こえる。


「あれー? 恋菜おねーちゃん。今日はもう来たの? お兄ちゃんまだ眠らないと思うよ」


「あ、あぅ。ち、ちがうよ、し、白雪ちゃん。その。言っちゃいけないことで、来たの」


「え、なにが? っていうかその荷物なに?」


「あぅ、だ、だめだよ。言えないの。ぎ、ぎ、疑問ももっても、だめなの。だからダメ」


「ちょっと。なによそれ。どうしたの?」


「つ、つ、爪をはがされて、も、言えないの」


「はぁ???」


 恋菜がとてつもなく下手な言い訳で、妹にペラペラ秘密情報を話していた。正確には『なにか秘密がある』ことを話していた。


(なんて言い訳が下手なやつだ!)


 でも10分で来たのは素晴らしい。

 虎太郎は部屋から飛び出て一階に降りた。


「あ、おにーちゃん。恋菜おねーちゃんが来てて……」


 妹の白雪がいう。

 白雪は中学2年生。どんどんデカくなって、昨年はついに虎太郎の身長を抜いた。現在、155センチ。中学では柔道部に所属している。相撲部の恋菜、元剣道部の猫子とは仲がよく、武道としては系統が異なるが二人をリスペクトして日本武道の運動部に入った。

 中学の柔道部では有力な選手らしい。そしてよく家が柔道少女たちの勉強部屋になる。その理由は2つ、白雪がとても馬鹿で勉強を教えてもらわないと期間テストで赤点をとってしまい部活ができなくなるのと、教え役の柔道部女子たちが虎太郎の知り合いになりたいためだ。

 白雪は髪をショートに短く切りそろえている。虎太郎よりも艶はないが、それでも十分きれいな黒髪をしている。くりっとした瞳と、どんなにセットしてもなくならないアホ毛が特徴だ。


「いいから。ほら、恋菜は二階にこい。それと白雪、しばらく俺の部屋に絶対に来るなよ。二階に上がるな。約束を破ったら、もう二度とお前と一緒にお風呂にはいらないし、添い寝も頼まないからな」


 言われた妹の白雪が、目を白黒させている。白雪はバカでかなり忘れっぽい性格なので、きっちり言い含めないと危険だ。


「うん。わかった」


 曇りない眼で白雪が返事をする。信頼したいが、白雪は脳を経由せずに返事をすることがよくあるので注意せねばならない。


「ほんとにわかったか? 二階にきたら……」


「だめ?」


「よしそれでいい。白雪はずっと一階にろよ。恋菜は二階にこい」


 きっちり妹を言い含めて、恋菜をひっぱって二階に連れてきた。




 二人っきりで部屋に入った。鍵をかけたいけれど、そういったものはこの部屋にはない。さすがにあれだけ言い含めれば大丈夫だろうと、妹の白雪を信じることにした。

 一息入れたいところだけど、お茶も何もない。ここで白雪を呼んでは意味が無いし、取りに行くほどのこともない。


「わりぃ恋菜。お茶はあとで出してやるからな」


「い、い、いいけど。はい、これ」


 恋菜は運動部用の巨大なボストンバックをおいた。バックの横には『宮前高校相撲部』と刺繍されている。部活動指定のバックだ。

 相撲部なんてふんどしと胸に巻くサラシくらいしか用具はいらないと思うのに、なんでこんなにでかいバックが必要なのか。ちょっと謎だが、それを解明するよりも先にやることがある。

 いつも恋菜の褌やサラシをいれている汗くさそうなバックから、取り出された恋菜の小学校時代と中学校時代の水着。


「…………うん。サンキュー……」


 目の前にしてみて、ものすごいインパクトだった。でも後には引けない。


(中学校指定のスクール水着が3着もある。どんどんでかくなったから、毎年買い替えたんだな。えーっと、1年のは)


 取り出した中学一年生のころの恋菜の水着。水色の学校指定の水着である。ゼッケンには『百目鬼』とマジックで書かれたゼッケンが貼ってあった。中学に入りたての頃の水着。この頃ならば、恋菜も今のように身長190センチという巨人になっていない。腰回りなども見ても、着れそうだ。


「こ、こ、こたろーちゃん。そ、それ、どうするの?」


「……もう隠す必要はねえな。実は俺の水着、縮んで着れなくなったんだ。今から新しい水着を作るなんて絶対無理だし。明日の授業だけでもなんとかしないといけねえ」


「や、や、休ま、ないの?」


「そんなこと出来るか! 一度休んだら、次出づらくなるだろう」


「ま、ま、真面目だね、こたろーちゃん」


「あんがとよ。つーわけで、水着が必要なんだよ。俺が着れるやつ」


「じょ、じょし、女子のだけど、いいの?」


「背に腹は代えられねーからな」


「お、お、お、休みするのは、お腹で。女子の水着を着るのは、背なんだ。こ、こ、こたろーちゃんは、ほんとに立派、だよ」


 本気で虎太郎を褒める恋菜。

 虎太郎は覚悟を決めて服を脱いだ。恋菜とは一緒にお風呂にはいったりもしているから、裸を見せるのは特に恥ずかしくない。

 部屋で女子の前で全裸になるのは、ちょっと風呂場とは違う雰囲気だが、考えないことにした。

 恋菜がじっと虎太郎を見ている。その目はクラスメートやプールで女子から注がれるいやらしい瞳ではなく、憂慮と配慮と愛情が含まれた眼だ。だから虎太郎も恋菜の前なら全裸になれる。


(いくぜ!)


 心中で自分を奮起させて、恋菜の中学3年の時の水着を着た。

 ぶっかぶかだ。特に胸が。


「恋菜、おめーの中学1年の時のバストは?」


「お、お、おぼえて、ないけど。たしか88か……90センチだったか、な?」


「着れるわけねーな」


 よく考えれば恋菜は、中学の時から走るとたゆんたゆんおっぱいが揺れていた。あんまり揺れるので、短距離走では胸を抑えながら変なポーズで走っていた。中学3年になる頃には、みんなそのポーズで走るようになっていたが。みんな発育が良いのだ。


「あぅ、こ、こ、こたろーちゃんが着れる水着だよ」


「胸が余り過ぎだ」


「ぱ、ぱ、パットを入れれば……」


「それは駄目だ。完全に女装じゃねえか。そんな真似をするくらいだったら学校も辞めるし一生人前に出ねえ。ぜってー嫌だ」


 パットを入れて女子の水着を着るなんて、本格的に女装をしている事になってしまう。それは虎太郎の矜持が許さない。


「あぅぅ。ゆ、許すことと許さないことの、ち、ち、違いがわからない……」


 恋菜が悲しげにつぶやいた。こればっかりは、虎太郎にしかわからないだろう。

 男子が学業という崇高な目的を持って女子水着の着用すらもいとはないのはいい。だが女装なんて絶対ダメだ。そんなの理想の男子のやることではない。


「って言うかよ、恋菜の胸が大問題だ。バカでけえ乳して。お前の胸がすとーーんと、ぺったんこだった頃のはねーのか?」


「はぅ、あぅぅ……こたろーちゃんのバストはいくつ?」


「胸囲だろ。覚えてねーよ」


 メジャーでさくっと恋菜に測ってもらったところ、70.4センチであった。


「はぅ、あぅうううう。れ、恋菜のバストが70センチくらいの時のは、小学……3年生のとき、かな?」


「小3!? っく、てめー、ほんとにデカかったんだな。そういや高学年の時あたりから膨らんできてて、ペチペチ叩いて遊んでた気がする」


「はぅぅ、れ、れ、恋菜のおっぱいは、こたろーちゃんに毎日ぷにぷに触られてたね。だ、だ、だから大きくなったんじゃないかな?」


「っぐ、俺の所為か。むむむ、情けは人のためならず、因果応報だな」


「れ、れ、恋菜は大きいおっぱいになれて、い、い、いやじゃないよ」


「俺が困ってるんだっての! いいや、とにかく小学3年の頃の水着出せ」


「あぅ、はい」


 黒いスクール水着を手に取る。白い名札には『どめき』と平仮名で書いてあった。小学3年だったらもう漢字でもいいと思うが、恋菜の場合は周りが『百目鬼どめき』という言葉を読めないから、仕方ないのだろう。


(ひらがなで恋菜の名前が書いてある水着か)


 かなり躊躇を覚えるが、しかたない。「ままよ!」と虎太郎はその水着を着た。


 ぎりぎり着れる。鏡にうつる自分の姿は違和感がない。つまり女子に見える。それも問題だが、それ以上の超大問題はなのは、その股間部分だ。

 ピッチピチだ。


「はぅ、あの、あぅぅ……こたろーちゃん、その、お○○○○が、そのあぅぅう……エッチだよ」


「言うな! わかってる」


「せ、背は小さくて、可愛いのに……」


「小さいとかいうな!」


「お、お、おっきいんだね。◯◯◯◯」


「おっきいとかも言うな! 股間を見るんじゃねえ!」


 見慣れているはずの恋菜ですら、ぴっちぴちの股間に目が釘付けになっている。さすがにこの水着でプールの授業にでたら、注目を浴びるどころでは済まないだろう。

 クラスメートたちの脳内HDレコーダーに、永久保存で記録されてしまう気がする。


(これはだめだ。ダメすぎる。でも……どうする?)


 ともかく小3の恋菜の水着を脱いで全裸になる虎太郎に、恋菜がぼそっと言った。


「こ、こ、こたろー、ちゃん。さ、さ、さらし。は。ダメなの?」


「はぁ? サラシなんて、水着じゃねーだろが」


「で、でも。ぬ、ぬ、濡れても透けない、よ」


 相撲は女子のスポーツだ。新弟子基準にあるとおり、豊満で肉感的な女子が相撲取りになる。恋菜のように爆乳でウェストが引き締まっていることが相撲取りの条件だ。だが胸がぷるんぷるん揺れては戦いずらいので、サラシをきっちり巻いて相撲をとる。


「たしかに、サラシって透けてねーな」


「あ、あ、汗かいても、平気。サラシは透けない、よ」


「あるか?」


「う、う、うん。持ってきてる」


 恋菜は相撲部のバックから包帯のように巻いたサラシを取り出した。固めの布で幅は15センチほど。この布でおっぱいを隠して、恋菜は相撲をとっている。

 小さな男子の股間をぐるぐるまいて、きっちり止めれば水着としていけるかもしれない。ミイラ男っぽい水着だと思えば大丈夫な気もする。


 虎太郎はサラシを腰部に巻きつけようとした。だが太ももを折り返したりお尻を隠したりするのが、どうにもうまくいかない。


「巻き方がよくわかんねえ。頼めるか?」


「う、う、うん」


 全裸で立ったまま、サラシを恋菜に渡す。恋菜がサラシをなれた手つきで巻き戻す。


「え、え、えっと。前から巻くね」


「任せる」


 恋菜は虎太郎の前にペタンと座って、真剣な眼差しでサラシを手にとった。


 その時であった。


「おにーちゃんと恋菜おねーちゃん。お茶出してなかったよね。可愛い妹の白雪が、お紅茶を持ってきたよ~♪」


 バカで鳥頭とりあたまな妹、白雪が、2階に上がるなと言われたことをすっかり忘れてやってきた。

 ノックもなにもせずに、室内の人の許可も得ずに、ノーモーションで声掛けと同時にドアを開ける。


「ちょ、まて!」


 虎太郎は白雪の鳥頭ばかっぷりを甘く見ていた。

 なぜお茶が出てないことは覚えていて、あれだけ言い含めた「二階に来ちゃいけない」ことは忘れないのか。怒鳴り飛ばして止めたかった、どう考えても間に合わない。


 開かれたドア。

 部屋の床に散乱している無数の水着。

 やや足を広げながら仁王立ちしている全裸の虎太郎。

 その正面に座っている恋菜。

 恋菜の眼前には、虎太郎の男性自身がどどんと存在している。


 白雪は持っていたお盆をその場に落した。同時に叫び声を上げる。


「きゃ、きゃぁぁあ!! 恋菜おねーちゃんが、おにーちゃんにエロいことしてるぅ。特殊なエロイことしてる!!!」


「ちょ、ちが。っつうか、なんで俺がやられる側だ!」


 男子としての矜持を守りたい虎太郎が、とっさの白雪の言葉にすら物言いを付けた。


「あぅ、ご、ご、ごかいだよ……。あれ? これは喋っちゃダメ、なの、かな?」


 恋菜の方はさんざん言い含めた「秘密厳守」を未だに守ろうとしている。物覚えのいい恋菜と、悪すぎる白雪。バランスが酷い。


「いいに決まってるだろ。ちゃんと事情を話して、誤解をとくんだよ!」


 2人が言い合うなか、白雪が落したお盆を置き去りにして、そのままダッシュで一階に降りていった。

 その手にはスマホが握られている。


「きゃぁぁ、きゅあぁぁ-ー! ピピピ プルルルル、ガチャ。あ、猫子にゃんこおねーちゃん!? 今ね、おにーちゃんの部屋で、おにーちゃんと恋菜おねーちゃんがエロいことしてた!」


『なんだって? 詳しく言い給え』


「恋菜おねーちゃんが、おにーちゃんの○○○をお口で○えようとようとしてた!」


『本当かい!? ふむ、それは古い書物で見たことがある』


「そうなの!? なに?」


『古き言い伝えによると、それはフ○○○○というエロプレイに違いないね。男性上位で女性を性の道具に貶めるスーパープレイだ。そうか二人がそこまで……。順番的に次は猫の番だね。これは期待ができそうだ』


「白雪は? 白雪の番も来るの。すごいことされちゃうの!?」


『白雪ちゃんは3番目だよ。とにかく、わかった。すぐにそっちに行くよ。5秒待ちたまえ。だだだだだだだ』……

 ……「おじゃましまます!」


「猫子おねーちゃん、いらっしゃい! 現場は二階だよ!」


「了解! とりあえず猫さんはスマホで撮影用具を準備しよう」


「じゃあ白雪は、クラスのみんなや、柔道部のみんなに意見を聞いてみる」


「猫さんもクラス連絡網にメールを回すよ」


 物凄い勢いでデマが広がりつつある。

 瞬間移動でも出来るんじゃないかと思える早さでやって来た、おむかい在住の猫子。

 バカなのにスマホを使いこなしている白雪。

 そして猫子も白雪も、わりと人気者で交友範囲が広い。早いところ誤解をとかないと、このことは近親どころか地域全員が知っている『事実』になりかねない。


「てめーら! ちょっと止まれ!!!」


 虎太郎が大声をだした。服をきていきたいけど、服を着る3分間でどれだけデマが広がるかわからない。白雪が勝手にドアをあけて床にお茶をおとしてからまだ10秒だってないのに、すでにデマが猫子ひとり広がって、しかも家にまで押しかけている。


 虎太郎は恥ずかしさを抑えて、サラシで股間を隠しながら全裸で一階に降りて、更にクラスメートや友達に救いを求める(電話でデマを拡散している)白雪と猫子を怒鳴り飛ばした。


「ストップだ、バカどもー!!!」


 ともかく大声で叫んだ。誤解を解けたのは、それから一時間以上こんこんと説明してからであった。誤解を生むのは1秒なのに、解くのには1時間もかかる。大変な作業であった。


 結局、そのまま4人で風呂に入ったあと、久しぶりに4人で一緒に寝た。右が恋菜に左が猫子。枕ポジションが白雪。ぐっすり眠れて、翌日のプールの授業はサラシを股間に巻いて出ることとなった。泳げない虎太郎は、ずっとクラスメートの誰かしらかに手を持ってもらい、バタ足の練習をしていた。

 男性らしくプールの授業を受けるのも、大変なことである。

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