『失速の翼たちの追憶――』
「高度5000…4600〜4000」
ギリギリと俺の全身を途轍もない力に押さえつけられる。
まるで奈落の底の闇にの見込まれる感覚を脳裏に焼き付けながら。
暗く、そしてとてつもなく広がるどす黒い世界に放り込まれるようだ。
グルリと激しさを増す高度を示す針を滑り。時速460キロ以上を示す速度計が更に加速する様を歪んだ視界だが、しっかりと捉える。
「3500っ!気圧は。引き起こしフラップ正常っ。投下準備よしっ!」
さながら、このような自身に襲いかかる恐怖心と言う敵を振り切るように、目まぐるしく変わる計器類に集中する。もし。ここでいったん躊躇いさえすれば、それこそが恐怖を招き入れ。とても冷静じゃいられなくなるだろう。
それこそが、今まで自分に襲う混乱を打ち消し数々の地獄を生き残って来た経験でもあるのだから。
眼下を見下しながら、獲物に襲いかからんとするオオワシのように約60度の角度から更に侵入。
胃酸が煮え繰り返る感覚を抑え機体の風防越しに伝わる切り裂くような轟音とまるで別世界に居るという現実を俺の五感に伝えて来てくれる。
眼前に壁の如く差し迫る雲を抜け。更に入り乱れる艦隊から目も眩むような対空の雨の隙間に入り込むように爪先を足元のラダーに掛け、押し込む。
「航続は?」
俺の感覚に寸分狂いもなく、右30度に機体をバンクさせ、速度を利用し迫り来る火箭を抜ける。
ひゅうひゅうと、気流が俺の鋼鉄の両翼に絡みつく景色を眺めながら、自身の後方から続き飛行する味方編隊との距離を把握。
後続に続く獰猛な鳥たちの先陣を切りこむように艦隊中央に回避航行する一際目立つ鯨に向かい直上からダイブ。
ヨークタウンと謳われる正式空母。多分その大きさからすれば役3000人の命を虐殺する事に変わりはない。
しかしほんの数分前にそいつは俺たちの仲間の命を何の躊躇うことなく数万人を平らげた奴だ。
殺なきゃ殺られる。
迂闊に躊躇えば魔女の竈に放り込まれるのは俺達のほうだから。
ミッドウェイの美しい島々とは裏腹に、俺達の住むこの世界は殺戮を楽しむ死神達がはびこる地獄がつづく。そんなもがいても、もがき切れない鮮血に染まる翼を広げ。そして俺は――引き金を手にかけ今日も人の命を……