無法都市、ナカショー
「野郎、ショバ代を払いやがれ!」
市場に男の怒声が響き渡ると、軍隊くずれのチンピラ達が出店のリンゴが積まれた棚をひっくり返す。
「ショバ代は先日お支払いしたはずです!」
「それじゃあ足りねえんだよ!」
店番をしていた老婆がチンピラの袖にすがると、チンピラは腕を振り払い老婆を足蹴にすると、店の売り上げの入った手提げ金庫を丸ごとひったくっていった。
「俺たちに文句があるんなら、警備隊にでも泣きつくんだな!」
「まあ、あいつらみてえな腰抜け共にゃ、何も出来ねえだろうがな!」
チンピラ達は笑いながら、市場を後にしていった。
オキャーマシティとグラシキシティとの丁度中間地点にある小さな町、ナカショー。ここはオキャーマとグラシキを結ぶ鉄道が通る交通の要所で、元からあったカワサキ医科大学が軍に接収され、軍の研究所にされていた。
そのためナカショーはたびたび北軍の爆撃目標となり、街はこの十数年の間で幾度となく火の海となっていた。
街は無政府状態が長く続き、南軍の脱走兵で構成された「ウラ部隊」を名乗るならず者の一団が街を取り仕切り、街の人間から物資の略奪を繰り返していた。
ウラ部隊の規模は十数名に及ぶ上、彼らは軍から持ち出した武器や十数機のAAで武装しており、軍による制圧は困難を極めていた。
いや、正確には「黙認していた」に等しかった。
というのが、ナカショーはオキャーマとグラシキを結ぶルート2や、サンヨー本線といった交通の大動脈が通る交通の要所であったからである。
ここで大規模な戦闘を行うと、必ずルート2やサンヨー本線へも少なからぬ被害が出てしまい、被害復旧のためにオキャーマ・グラシキ間の物流は激しく滞ってしまう。そしてそれは戦争相手である北軍の思うつぼになってしまうことを意味する。
かと言って北軍との戦争で手一杯な南部政府は、ナカショーに大規模な討伐部隊を送り込んだり特殊部隊を送り込んだりする余裕もなかった。
結果、住民を犠牲にしてウラ部隊の跳梁を半ば黙認していたというわけである。
そして、ミキの姿はこのナカショーへとあった。ミキはナカショーの小高い丘にAAを停めて、マダムKに渡された候補者ファイルを眺めていた。
そしてミキはファイルに載っていた残り四人の候補者の中で、このナカショー警備隊の新任隊長、ユイ・オガワに眼をつけていたのだった。
ユイ・オガワ少尉。
オキャーマ陸軍マスカット士官学校を優秀な成績で卒業したものの、南部の財閥
オガワコンツェルンのご令嬢という身分から前線には送られず、ナカショー警備分隊に隊長として配属予定の人物だと、ミキの持っているプロフィールには書いてある。
しかもプロフィールに付いているユイの顔写真は、雪のような色白の肌、長い黒髪に大きな黒い瞳、鼻ぺちゃなミキとは比べ物にならない高い鼻のまるで人形のような美少女である。
「新兵のご身分で、田舎の警備隊いうてもいきなり隊長になるたあなあ……」
ミキはここの点がどうにも気になり、四名の候補者の中から、まずはユイのスカウトから始めようと思っていたのだった。
ミキのカン働きからすると、ユイを手中に収めればオガワコンツェルンの後ろ盾が得られる。マダムKからの援助が期待出来ない以上は、まずユイをスカウトして、オガワコンツェルンからカネを引っ張るのが上策だろう。
だがしかし、問題はどうやってユイを軍の警護から引きずり出すかである。いや、仮にユイと軍の目を盗んでアポを取ったとしても、財閥のお嬢様が正規軍の隊長の座を蹴ってまで、傭兵になってくれるものだろうか?それにそもそも、財閥のお嬢様であるユイに、兵士としての才能があるかどうかを見極めることさえ一体どうしたものなのか……。
「一か八か、やってみちゃろうかのう……」
ミキはブルーライトニングの操縦席のハッチを開けてひらりと飛び降りると、ナカショーの街へと消えていった。