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傭兵部隊$-Duty(第一部)  作者: 蒼井電
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夜の蝶、ミキ

 オキャーマで南北諸州の激戦が続く中、南部州の首都オキャーマシティいちの歓楽街ダマヂでは、戦いに疲れた兵士達が、つかの間の休息をむさぼっていた。


 そんなダマヂの外れにある、マスターと女が二人きりでやっている酒場では、青年将校が部下を引き連れて酒盛りの真っ最中であった。


「も~う、少尉さん、飲み過ぎですよ~?」

 酒場の女であるブルネットの、年の頃なら三十前くらいだろうか、少し小柄な色年増が、明らかにべろべろに酔っぱらっている南部軍の青年将校をたしなめている。色年増と言っても、顔は丸顔にひとかわ眼、鼻ぺちゃで口が大きく、太った猫のような面構えの、どこにでもいるような酒場女であったが、それでもどことなく雰囲気だけは男好きのする顔立ちの女であった。


「何を言うか、これくらいの酒、なんでもない!

ミキの為ならボトルの一本や二本、いつでも

入れてやるぞ、新しい酒を持って来い!」

「少尉殿、今夜は少し……」

 と、そばに居る老練の兵士がたしなめるのを遮って、

「え~、いいんですかぁ?嬉しい!」

 ミキと呼ばれたブルネットの色年増は、先ほどまで青年将校の飲み過ぎをたしなめていたとは思えないほど気色ばんで、青年将校の手をグッと握った。

「その代わり今夜こそ、アフターいいだろう?」

「少尉さん、今夜はちょっと飲み過ぎてるから……。

あっちの方が大丈夫なら、いいんだけど……」

「大丈夫だとも!」

 と言いながら思わず立ち上がった青年将校がふらふらと崩れ落ちるのを横目に、ブルネットの色年増はいそいそとマスターに新しいボトルのオーダーを伝えに行った。


「マスター、ニューボトルお願い!」

「ミキちゃ~ん、稼ぐのはいいけど、ほどほどにしとかないと、兵隊さんは怒らすと後で面倒だよ?」

「大丈夫、あんなのもう慣れっこよ、例のやつお願い」


 いつもえびす顔のマスターが目許に困惑の色を出して居るのも構わず、ミキはマスターの手から「例のやつ」、スピリタスを半分混ぜたバーボンをひったくり、青年将校の席へと戻っていった。


 ミキはスピリタス入りのバーボンで青年将校に濃い水割りを作ると、

「少尉さん、それじゃあ改めて乾杯しましょ?」

 と、自分は先にテーブルに置いてあったバーボンで作った水割りのグラスを高々と掲げた。

「おう、乾杯だ乾杯だ!二人の夜に乾杯!」

 青年将校が自分のグラスを気持ち良さそうに傾けていると、突如ドタドタっという大勢の足音が響いた。


「憲兵隊だ!全員そこを動くな!」

 憲兵隊長が怒声を上げると、

「おえん、ここも見つかった!」

 と男言葉になったミキは、酒を飲んでいるとは思えない軽やかな身のこなしで、脱兎のごとく裏口の隠し扉へと駆け込んで行った。

「逃がすな!、追え、追え!」

憲兵隊長の割れ鐘のような声が店に響くと、

「なんだ、憲兵隊がこの店になんの用だ!」

と、楽しい時間を台無しにされた青年将校が憲兵に詰め寄る。

「貴官にもご同行願う!」

 憲兵隊長は隊員に命じ、飲みに来ていた青年将校一行の腕を掴み拘束した。

「どういう事だ、理由を説明せんか!」

「貴官が先程一緒に酒を飲んでいた相手をご存知か」

「知れた事を、この店の女、ミキだ!」

「あの女が、脱走兵の大量虐殺者、ミキ・フクダと知っての事ですかな?」

「あのミキが、脱走兵?そんな馬鹿な!」

「そういうことです。貴官も『知らなかった』で済むことではないと思って下さい」

 青年将校は先程までの酔いはどこへやら、青ざめた表情でうなだれるのであった。


「はよう離せ!離せよんじゃ、このくそあんごうが!」

 裏口から逃げ出したミキであったが、なにぶん狭い店であったため、憲兵隊がミキの足音を聞いて裏口に回るのにもさしたる時間は掛からず、ミキはあっけなく憲兵隊に拘束されてしまった。


 だが、ミキは憲兵隊数名がかりで地べたに押さえつけられていても、ひどいオキャーマ訛りの罵声を浴びせかけるだけの元気は残っているようだ。

「連行しろ」

 憲兵隊長がミキを車に乗せようとしたところで、暗闇から

「さあ、ダンスの始まりだ!」

という叫び声がした。

(閃光手榴弾が来る!)

 ミキが反射的に目を閉じるのと同時に、辺り一面がカメラのストロボをまとめて焚いたような閃光に包まれた。ミキが目を押さえてうずくまる憲兵達の間をすり抜けると、

「こっちだ!、早く!」

 どこからか男の叫ぶ声がして、ミキはたちまち声の主の元へと走り抜けていった。


 声の主は大柄の仏頂面の男で、ミキはすかさず男が用意していた車の後部座席へと乗り込む。憲兵隊の

「追え!追え!」

という怒声とけたたましいライフルの発砲音を尻目に、車は猛スピードで夜の街を抜け出していった。

「ワイが閃光手榴弾で助けられるたあな……」

ミキはひとりごちる。

「ところであんた、なんで第8機動連隊の符丁を知っとん? 軍じゃあ見かけん顔じゃったけど?」

ミキの質問に答える素振りすら見せず、男は口を真一文字に結び、ひたすら車を走らせる。

「どこまでドライブするん?それも教えてもらえんの?」

「その前に、その物騒なモノをしまってくれ」

「ああ、バレとったんか……」

 ミキは逃げる時に憲兵からくすねて来た拳銃を、ゆっくりと懐にしまい込んだ。


ミキを乗せた車は裏道を抜けながらオキャーマシティを抜け、グラシキシティへと差し掛かる。

「ちょお、ここグラシキじゃあねえ!」

すっとんきょうな声をあげるミキに、

「お前にはこれからとあるお方に会ってもらう」

とだけ告げると、男はひたすら車を走らせてゆく。


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