イカくん と タコちゃん
おおきなおおきなこの世界を、イカくんは自由に旅をしていました。暑くなったら涼しいほうへ、寒くなったら暖かいほうへ。ゆらゆらゆらゆら旅をしていました。怪物に食べられそうになったときもあったけれど、全力で走ったイカくんに追いつけるものはいないのでした。
そんなイカくんが岩場に行ったとき、岩のかげをこっそりと移動するタコちゃんを見つけました。
「おーい。なにしてるんだい?」
タコちゃんは答えません。
そこでイカくんは近くに行ってもういちどたずねました。
「なにしてるんだい?」
ようやくイカくんのことに気が付いたタコちゃんは、ちょっとおどろいたようすで答えました。
「ねるところをさがしてるの。できるだけ安全なところじゃないとこわくてねむれないの」
スタイルのいいイカくんを見て、タコちゃんの顔はすこしあからんだようでした。
「ここらも怪物がでるのかい?」
「わたしはあったことはないは。でも食べられるのはこわいの」
タコちゃんはすこし身をひねりました。
「ぼくはさ、怪物にあったことがあるけど、そのときは全力で走ったね。そりゃもうこわいのなんの、もうわけがわからなかったよ。運よく、ぼくのほうが足がはやかったからにげれたんだ」
イカくんは自慢げに言いました。
「食べられたらどうなっちゃうのかな?」
タコちゃんはもじもじします。
「うーん。ぼくは食べられたことがないからよくわからないけど、イソギンチャクおじちゃんが上のほうをゆびさして『あっちにいくんだ』っていってたよ」
「上?」
「うん。楽園がひろがってるんだってさ。ほら、なんか輝いてるだろ?」
イカくんは上のほうをゆびさしました。
たしかにキラキラ輝いています。
「そうね。輝いてる。わたしも行ってみたいな」
タコちゃんも上のほうをながめます。
それはそれはほんとうにきれいなけしきでした。
「ぼくもそうおもったんだ。だけど食べられるのはいやだからね。だからイソギンチャクおじちゃんが止めるのを無視して上のほうに行ってみたんだ。でもなにも見つけられなかった。もっと上があるのはわかるのに、それより上に行けなくなっちゃったんだ。なにかとくべつなことがひつようなんだ」
イカくんはこうふん気味にはなします。
「まわりは暗いのにここのあたりだけものすごく明るくなるときがあるけど、なにかかんけいがあるのかしら。あなたのお友達が上のほうへ行って光のなかに消えていくのをみたの」
タコちゃんもこうふんしています。顔が真っ赤です。
「ほんとかい! きっとそれにちがいない。冒険好きのぼくの友達が帰ってこないなんてよっぽどいいところなんだろうな。その光はいつくるんだろう」
イカくんは足をばたつかせます。
「暗くなったらくるの。でもわたしはこわいから行けないな」
タコちゃんはちょっと残念そうです。
「わかった。じゃあぼくが見て帰ってくるよ。どんなにいいところでもきっと帰ってくる。そしてきみにどんなところだったかはなしてあげるよ。それからこんどはいっしょに行こう」
イカくんは手をさしだします。
「うん。やくそくだよ」
タコちゃんはその手にじぶんの手をからませます。
「じゃあ、はやいとこきみがねるところをさがそう」
「うん」
こうしてイカくんとタコちゃんはいっしょにねどこをさがしました。
そしていい具合のねどこが見つかったときには、あたりはすっかり暗くなっていました。
「いっしょにさがしてくれてありがとう。ここなら安心してねられるは」
タコちゃんはうれしそうです。
「どってことないよ。ぼくはあしがはやいからね」
「あ。光はじめた」
タコちゃんは上をゆびさします。イカくんもそっちを見ます。
あたりは闇につつまれているのに、そこだけが光輝いています。
「きれいだね。ひきつけられるようだ」
「うん。きれい」
イカくんはタコちゃんを見つめます。
「じゃ、ぼくは行ってくるよ」
「うん。まってる」
イカくんとタコちゃんはふたたび手をからめます。
「ばいばい」
そういってイカくんは全速力で光にむかいます。
そのときです。
イカくんのからだが急にかるくなり、光へむかってどんどんすすんでいきます。
「やった。これだったんだ!」
イカくんはうれしさのあまり口から黒いけむりをいきおいよくはきだします。そのけむりがひろがるように、イカくんの意識もうすらいでいきます。
そしてついに、イカくんは光のなかへとすいこまれたのです。
つつまれるような光のなかでイカくんが最後に見たものは、いままで見たこともないような怪物でした。