人と鬼と桜/四
座席は希望もあってか、清く受諾された。
HRも終わり一時間目が始まるまでの僅かな時間の間、クラス中からの様々な質問を終えて、皆それぞれが自分の席へと戻っていく中で。
俺は意を決して隣の席の彼女に話しかけた。
「ハジメマシテ」
半ば皮肉たっぷりに俺は挨拶したものの、相手からの反応はなかった。
いや──顔が少しだけ、ぴくりと動いていたので間違いなく耳に届いてる。返事する気が微塵もないのだろう。
「おーし、それじゃあ授業始めるぞ。号令」
相手から反応が無いまま、一人の男性教師が教室に入ってくるや否や体育会系のようなノリで一時間目が始まった。
「あのさ。俺教科書まだ持ってないから見せてくれると助かるんだけど……」
尋ねてみると彼女は教科書ごと俺に丸投げして、以前としてこちらに向き直るようなことはなかった。……丸投げされても、自分の分はどうするんだよ。
俺としては徹底的に無視することを決め付けるものだと思っていたばかりに、この対応には少し驚きを隠せない。
先生に指摘されても互いに困る。
──というか、俺の後味悪い。
机をどうにかくっ付けて、互いが見れるようにと教科書を間に置いた。どこをやるのかは教師が教えてくれるだろう。
授業の方は信じられないほど順調に進んでいく。若干遅れてた分を取り戻す必要がありそうな部分は松永か誰かに相談すればきっと解決できそうだった。
そうして半分聞き流しながら、どうやって隣の席の彼女と接するか考えていた。
そもそも夢の中の記憶なんてあやふやだ。
俺の中でハッキリしてるのは、現代ではない時代。
月夜の夜、桜の樹の下で、彼女と瓜二つである人物と出逢ったこと。その夢の中で、俺と彼女は何か言葉を交し合う。
〝どうして、貴方が生きてるの?〟
質問の意図と夢の中の出来事は、なんとなく違う気がする。
夢の中の会話を思い出せたら少しはマシなのだろうが、なにぶん夢。細部まで覚えてろって言う方が無理な話である。
そもそも彼女がどうして俺の夢の内容を知っているんだって話にもなるし。真意を確かめないことにはどうしようもない。
何度かこちらから伺おうと試みるものの、三時間目の途中でそれは保留となった。どうしてかというと、教科書の片隅に走り書きしたような文字でこう書かれていたからだ。
『昼休み屋上で』
ただそれだけなのに俺は少し緊張していた。
彼女から反応があることが、少し意外だったからだ。
徹頭徹尾、無視し続けるものだと思っていたので、反応があるとは予想だにしていなかったのだ。とりあえず最初の問題は解決してしまったので、授業に集中することにした。
三時間目も終わり、本人に尋ねても反応が無かったため、クラスで唯一接点のある松永に改めて俺の隣の人物の名前を尋ねてみた。
「名前? 桃木芳埜だよ。本当はあだ名で呼びたいんだけどね。ももっちとか、よしのんとか。たっくんもわたしのこと、好きに呼んでいいんだからね?」
何か期待されてるかもしれないので、そこは遠慮してもらう。女の子相手に変に馴れ馴れしくしすぎると、勘違いされて──なんて過去の苦い経験が訴えていた。
それでも気さくに接してくれる松永と藤沼は、席も近いこともあって何かと接してくる機会が多く。出遅れ気味である俺からすると、そんな二人の行為は非常に助かっていた。
「おーい、蓮白は昼どうするんだ?」
「わりぃ。用事あるんだ」
四時間目が終わると同時に藤沼が誘い出してくれた。松永も、そんな俺らを様子見していたけど明日改めて一緒することを約束して俺は急いで教室を出る。出る間際に教室を見渡してみたが桃木さんの姿は既に無い。
「あ、売店とかってどこにあるのかな?」
「ん~、購買と食堂なら一階にあるぜ。着いてこいよ」
誘いを断っておいて少し後味悪いが、俺自身の昼食がないので。どこかで確保するしかなかった。
藤沼についていき、一階の奥へと行くと生徒が賑わっていた。
俺は適当に飲み物とツナサンドと惣菜パンを買って藤沼に一言詫びを入れてその場を後にする。
屋上と言われていたので、階段を上りきればたどり着くだろうと安直な考えで、一階から四階まで上りきる。
昼休みが始まったばかりの屋上には二組の男女が肩を並べて食事をしていた。
それと教室では感じられなかった春の温かい空気と辺りから漂う桜の香りが鼻腔をくすぐる。
「こっちよ」
丸い給水塔の上から声がした。
どうやら人目につきたくないらしい。
何処から登ればいいのか悩み、回り込んだ先に梯子を見つけてよじ登る。
給水タンクの影に隠れるように、桃木さんは既に腰を下ろしていて。お弁当の包みを広げたまま、手をつけていなかった。
どのくらいの距離感で座ればいいものか少し悩んだ挙句、一人分の隙間を空けて座ることにした。
微風に流されるように靡く髪が俺の肩に触れそうになって、綺麗だなって思う反面、その髪で覆われた表情からは、何を考えてるのかわからず、彼女から視線を逸らす。
もしかして先に食べずに俺のことを待っていてくれたのだろうか?
そんな淡い幻想を抱いて、ちらりと彼女を盗み見ると、弁当の包みを広げ、睨めっこする桃木さんは今も気だるそうにしている。
蓋の奥にある弁当の中身は……なんというかコンビニ弁当よりも事務的なものを彷彿させていて。
それがなんだったのか頭の中を模索して思い出す。
──嗚呼、あれだ。
飲食店の前に必ず置かれてる食品サンプル。
どんなに美味しそうには見えても香りも何もない、ただの偽物。
本人が作ったものなのだろうか少し気になる。
「──ねぇ。貴方も『十四日』の出来事を繰り返してるのかしら」
桃木さんは食べるというよりも、まるで飲み込むようにお弁当を片付けていた。
そして回りくどいことは嫌いなのだろう。
彼女の第一声は鈴の音が凛と響くような声で語りかけてきた。いきなり本題に入ってくるあたり、遠慮のない奴だな。
「昨日? えっと……どういうこと?」
怪訝そうにこちらを見る桃木さんは機嫌が悪そうな目つきで見つめてきた。
「質問が悪かったかしら。──いいわ。わたしの方から話します。
わたしにとっては昨日の出来事を今日も再び繰り返してるのよ。初めは気付かなかったわ。
日常なんて──そう唐突に変化が現れるものじゃないから。
でも学校へ登校する最中から段々と違和感を感じてきた。
松永さんの台詞の一字一句から、教室の賑わい。そして貴方が再び転入してくるとかね。
ギターを弾くなんてことはしなかったけれど、授業内容は概ねそのままね。
それとお昼は一緒していなかったから、これからどうなるのか判らないけれど。
──貴方の方はどうやら違うようね?」
彼女の言葉に小さく頷いて、簡単に説明する。
夢の中で見てきた人物と瓜二つであること。
それと──俺が殺される夢。
ふむ、と納得してか、しないでか。
桃木さんは俺にとって衝撃の事実をぶつけてきた。
「わたしにとっては夢でもなんでもないのだけれど。
──昨夜、桜ヶ丘公園で確かに貴方を殺したわ。あとで確かめるつもりだけれど、後処理もした。
桜の樹の下に埋めてあげたわ、貴方のご家族と一緒にね。
そのはずが貴方は何食わぬ顔で登校してきたから、さすがのわたしでも目を疑うわ」
パンをかじるために大きく開けた口が塞がらない。
物騒な言葉が聞こえた気がした。
桜ヶ丘公園で、俺を──殺したって言ったんだよな?
「その、本当に?」
「ええ。貴方の最後の言葉は……気が狂ってるって唇が動いた気がしたわ。言葉を発する前に、ここから、こう──一文字に切り落としたから確かめようがないけれど」
言うや否や、彼女は首筋からその白い指先で、綺麗にすぅーっと指を引いた。
「貴方と出逢うのは昨日が初めてだから。そちらの言う夢のことをわたしは知らない。でも他人の空似ってわけでもないんでしょう?」
「──嗚呼。小さい頃から何度も見てきた内容なんだ。間違えるハズがない」
「それならば──わたしたち前世でも出逢ってるのかもね。生憎わたしは覚えてないけれど」
前世って簡単に言うけれど。話がファンタジーな方向に転がってきたな。
──いや、この奇妙な感じも十分ファンタジーと言えばそうなんだが。
俺は当然の質問として彼女に疑問をぶつける。
「その、さ。生まれ変わりとかって信じる?」
「信じるも何も。わたしの魂が現世に甦るのは知る限り此度で六度目ね。
古すぎる記憶は覚えてないけれど。それでも一つ前くらいなら、辛うじて覚えてるわ」
はっきりと言う桃木さんが冗談を言ってるとは思えなくて。それ以上は何も言えなくなってしまう。
「せめて……そうだな。桃木さんが昨日を繰り返してるって言うんなら、昨日はこの後どうなったか確かめない限り、にわかには信じられない」
「正論ね。でもこの後、起こる事柄に関わらない方がいいわ。狙われるどころか、また生きて戻れる保障ないわよ」
「──狙われるって、何から?」
小さな口へ箸を何度も運んでいく仕草は女性らしいのだが、如何せん強気な態度と拒絶する空気のせいか、何度見ても美味しそうに食べてるようには見えない。
ペットボトルのお茶をこくりと一口飲むと、彼女はぽつりと一言だけ漏らした。
「鬼よ」
……一言かよ。
もう少し説明が欲しいところだ。
鬼ってあれだろうか。昔話とかで出てくる角が生えて、虎模様の腰巻を身に着けたという……鬼なのだろうか。
「鬼って言ったって、現代だぜ? 実在するわけが……」
「昨日の奴を表現するならば元人間。闇に堕ちた鬼というべきでしょうね。昨日わたしは彼らにわざと捕まってその大元を絶つつもりだった。誰かさんが邪魔をしなければ、ね」
「誰かさんというのは……」
「わたしの目の前にいる誰かさんよ」
はぁー、と何度も出そうになっては飲み込んだため息を吐き出す。
どういう状況でそのような場面に遭遇したのかわからないけれど。状況次第では動いてしまいそうなのが、俺という人間だからグゥの音も出ない。
朝ちょこ姉に言われた女性問題云々っていうのも、俺がそういう方面にだらしないわけじゃない。街中なんかでトラブってる人を見かけたら、ついつい介入してしまう性質で。それが噂になり尾ひれがつく。
街中でクラスメイトがどんな状況にせよ、女性一人でなんて状況は見過ごせるハズがない。
「鬼の目的ってなんなんだ?」
「簡潔に説明するのは難しいわね。鬼と一言でいっても種族は様々だもの。
例えば餓鬼なら常に空腹に餓えて獲物を狙う。
吸血鬼なら文字通り血を奪うようにね。
さらに餓鬼や吸血鬼といっても、数多の系統が存在するようにね。
『名に鬼を冠するもの』は宿名に縛られてる。逃れられない運命と言ってもいいわ。取り分け人に仇名す存在が多いわね。そしてわたしは鬼を狩る百鬼という一族の末裔よ」
黙って彼女の話を聞いているしか出来ない。
百鬼の一族だから、桃木だという。
並大抵のことなら理解するつもりだったが、正直いって世間の常識から逸してる。
だがそんな俺を置き去りにして桃木さんは話を続ける。
「鬼にとってのこの世界に存在する人間は害虫か餌かそれ以下と同じなのよ。
足元に蟻が居て踏み潰したところで誰かが気に留める? 家畜を食べる人間と同様に、中には人を食事、もしくは快楽の欲求を凌ぐ程度にしか扱わない。それくらい鬼にとって人間はどうでもいいの。
わたしが捜してる奴なら人を狙う理由があるのだけれど昨日の鬼は違う種のようだった。
何かしらの目的を持って、奴らは貴方を連れ去ろうとした。
彼らにとって邪魔な存在はわたしのような退魔する側の者なのに、それよりも貴方をとったのよ。
付け狙われる心当たりはあるのかしら? ……って言われても貴方は昨夜のことは知らないのよね」
「知らないし、当然覚えもない。それに誰かに恨まれるなんて……姉くらいなもんだ」
あくまで俺の思う範疇なだけで、実際には分からないが。
身をもって知る意味ではちょこ姉だけだろう。
「お姉さん? 古都さんだったかしら」
「知ってるのか」
「今日もここへ来る際に出逢ったわ。貴方より男勝りね」
「姉貴っていうよりも中身は兄貴だからな、言うと怒られるけど。これ内緒な」
人差し指で、しぃーと無言の仕草を彼女に向けた。どういう経緯で関わったのか少し気になる。
ちょこ姉は自分から他人と関わり合うようなタイプの人間ではない。基本的に気に入った人間だけという身内タイプなので、桃木さんのような人間と接するなんて考えられないからだ。
「それにしても蓮白くん。貴方わたしの言う事全部信じてるわけ? 出鱈目に喋ってるだけかもしれない。何より──わたしは貴方を一度殺したのよ?」
そう告げる彼女の視線は揺るぎなく、本気であることを示していた。当の本人に言われると怖気づきそうになるものの、何から何まで否定するには、判断材料が少なすぎる。
「全部が全部嘘だとも思えないくらい真に迫ってるからな。
それに俺が──殺された夢と桃木さんの言う昨夜の出来事が、まったく無関係と思うのも違う気がする。それとも、こうして洗いざらい喋ってるのって、また始末でもするのか?」
俺の言葉が意外だったのか、彼女の動きがぴたりと止まる。
「考えもしなかった。頭いいのね貴方。ご希望があるのなら……もう一度死んでみる?」
「絶対にゴメンだッ!」
怒気を含んだ声が荒くなる。
夢の中とはいえ、殺される瞬間を思い出すだけでも気分が悪くなるのに。冗談でも言ってほしくない言葉だ。
桃木さん自身も本気ではなかったのだろう。
そうよね──と呟いた言葉は柔らかく、耳に残った。
そうしてそれっきり。
俺たちの間に沈黙が訪れる。
なんだか食事する気分では無くなって。食べ欠けのツナサンドを少し残す俺は思っていたよりも喉がカラカラで紙パックのジュースに口つける。
桃木さんの近くに一羽の小鳥が飛んできたのを尻目に、俺は彼女から目を逸らして状況を整理しようと思った。
桃木さんだけが体験している『十四日』が今日再び繰り返していること。
俺が殺される夢と、桃木さんが殺した昨夜とは別物かもしれないということ。
そして桃木がいう鬼の存在について。この世には数多の鬼が蔓延ってるような言い方だった。
そして桃木さんはそんな鬼を討伐する百鬼の一族だという。
最後に、接点かどうかわからないけれど、前世で繋がってるかもしれないということ。
全部が全部信じるってわけじゃない。
だけど彼女が嘘をつく理由にはならないし、俺相手に嘘をついたところで彼女に何かしらの得があるとも思えない。
あれこれ考えに耽っているとグラウンドの方から聞こえる生徒達の賑わう声と、どこからともなくピアノの音に誘われるような歌声が風に乗って聴こえてきた。
……そうか。ここは屋上なんだよな。
昼休み。身体を動かしに外へ出るに良い天気なのは間違いない。
歌声の方は、なんとも不思議な声の持ち主だとその手のジャンルに拘りを持たない俺でも凄さが分かる。技術的な上手さはさておき、透明感のある声は、大気に溶けるように風に乗って耳に残る。
それは独唱するに相応しいといっても過言じゃない。
曲名はなんだったかな。
有名な賛美歌だったのは間違いない。
劇中歌なんかにも使われていたハズ。
「誰が歌ってるんだろうな」
合唱部の昼練なのだろう。もちろん他の部員であろう歌声も聴こえてくるが、独唱パートを歌ってる声の持ち主が、なんとなく気になった。
「この声は三年の夜想魁音ね。この学園の現生徒会長でもあり、財閥の当事者でもある人物よ。夜想グループくらい耳にしたことあるでしょう?」
様々なジャンルで、ちょくちょく名前の出てくる夜想なら当然耳にしたことがある。
その代名詞は『世界の夜想』
夜想に作れない商品はない。
夜想に売れない商品はない。
常に時代の最先端を行くグループは老若男女問わず、幅広いブランドを立ち上げていた。
「そんな人が、こんな学園で何をしてるんだよ」
俺の質問に桃木は答えない。
答えたくないか、または知らないか。
まあ金持ちの考えることなんて一般人には分からないな。
「夜想に興味を持つのは構わないけれど、命が惜しかったら彼女に関わるのは止めておきなさい」
「そもそも俺みたいな一般人なんて相手にされないだろう」
「それもそうね」
皮肉のつもりで言ったんだけど、桃木さんは思いのほか容赦しない。
そんな偉いところの一人娘なら要人警護《SP》とかも一人二人じゃないんだろうな。それこそ近づこうものならば、新聞沙汰にならないように、もみ消されそうだ。
「話戻すけどさ。その俺を狙ってた奴らってのは、今日も存在してるのかな?」
「そうね、さっき伝言があったわ。それと三つの大事なこと含めてね。
まず一つ目。隣町の武蔵学園で男子生徒が一人死んだとの報告があったわ。これはわたしの中でも起きた出来事で。同じ人物が殺されたわ。菊池洋一という名の男子生徒に覚えあるかしら?」
武蔵学園は俺が去年まで通っていた学校の名前だった。
そこの生徒が一人殺されたって……?
幸か不幸か、その名前には聞き覚えがないので、首を横に振る。
「……知らない。少なくとも同学年には居なかったと思う」
「二つ目──酷かもしれないけれど伝えておくわ。その菊池くんを殺した人物は、同じく三年の志倉直武よ。貴方はご存知でしょう?」
桃木さんの小さな唇から直武先輩の名前を呟かれた。
俺の中にある志倉直武という先輩は厳しくも優しい人で。誰よりも親身になって接してくれた先輩が……人殺しだって?
「そんなことっ……あの人がそんなことすハズがない!」
「貴方の思う彼の人物像は知り得ないけれど、昨夜も似たように動揺してたわね。
でもそれが〝鬼に堕ちる〟ということ。現実に広がる事件の数々をご覧なさい。
事を行うには到底思えないような人物に限って、周りが口にするじゃない。
そんなことを行うような人には思えなかった──ってね。人の心には闇が少なからず潜んでいる。
そしてその闇に触れ、変貌させるモノ……それが鬼の皇。
そいつを退治しない限り、次の犠牲者がいつ出ても不思議じゃないの」
桃木さんの言う鬼が、こんなにも身近にいるとは予想だにしていなかった。
──どう考えても普通じゃない。
人を殺すことも、堕とすことも、ためらいを感じない。
「……つまり元凶がいるんだな? その……鬼に堕ちた人は、元凶を退治すれば元通りに戻るんだよな?」
「半分正解。半分間違い、ね。元凶がいる、これは正解よ。
鬼には必ず大本となるモノが存在する。多くは始祖とか皇とか、その所以たる存在を示すわね。
もう一つの後者は残念ながら不可能なのよ。人を鬼へと変貌させる外法。これは人間をこの世の理から外れてしまう故に外法なんて呼ぶのだけれど。
この世界は定められた規則に成り立っている。その規則の上で数々の生命は生まれ、死に、そして転生と──循環していくわ。
その円環から外れたモノは世界が限定した枠の外にあるのよ。人が奇跡と呼ぶ数多の神秘、魔術や魔法。そして鬼や不死者等といった空想上の生物も示すわね。理から外れ、死に至るモノの末路は暗い深淵の中で彷徨う事になる。魂は循環されず、転生することも許されない。死を何度も繰り返す生き地獄のようにね」
まるで体験してきたかのように、桃木さんは語る。
その瞳は遠くを見たまま、何かを思い出してるようにも思えた。
俺は正直、まだ実感もわかない。
──当然だ。今日出逢ったばかりの彼女にあれこれ言われて全部納得できるほど、俺は人間できちゃいないからだ。
そして通っていた学園には直武先輩の他に、一年共に過ごした級友よりも優先すべき人がいる。
「もう一人……大事な人がいるんだ」
居てもたっても入られず、安否を確かめるために懐から携帯を取り出して何度かコールするものの相手からの反応がない。
気が焦るばかりで、途端に不安になる。
俺がまだ小さい頃に出逢った幼い少女と交わした小さな約束。
──以来、十年以上。引っ越した後も大事な人として接し続けた女性。
──それが。
「如月雪菜ね?」
風で靡く前髪を左手でかき分けて、桃木さんの揺るがない眼と眼がぶつかり合う。
電話は繋がらず、留守番電話サービスへと自動に切り替わる案内が聴こえてくる。
「な……んで」
「よっぽど大事な女性のようね」
雪菜先輩とは、そういう関係じゃない。
友達以上恋人未満という間柄なのは否定しないけれど、家族と同等にずっと傍で居てほしい人。
直武先輩が何かしら絡んでると先輩が知れば、間違いなく動き出す。
人の痛みを自分のモノのように受け止めてしまう人だから。
……しかし、それらを今ここで桃木さんに言うべきことではないとして。俺は口を塞ぐ。
今は俺自身のなかで湧き上がる気持ちを、震える唇を上擦らせながら彼女に伝えた。
「ツナ先輩は俺とちょこ姉の幼馴染なんだ。その人を助ける為に……俺に手を貸してくれないか?」
桃木さんは立ち上がり、髪を押さえながら俺に向き直る。視線はまっすぐに、まるで彼女の意思の強さを垣間見た気がした。
「それが三つ目よ。
志倉直武と如月雪菜。そして蓮白龍──貴方が偶然にも昨夜わたしに関わってきた人物。
今日のこの怪異な状況は誰が生んだものなのかわたしは調べる必要がある。わたしと直武は除外したとして。残るは雪菜さんか、それとも貴方か。どちらかの歯車に絡まれた可能性が大きいわ。
一度異なる世界に踏み込んだならば……もとの生活に戻れなくなるわよ。それでもいいのかしら?」
「──嗚呼。
約束したんだ、小さい頃に。
何かあればすぐ駆けつけるって」
俺の中に迷いはない。
例えそれが生死を分けた場所でも、俺は飛び込んでいく覚悟があった。
同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く中、桃木さんが最後に口にした言葉が何故だか印象に残った。
「貴方……早死にするタイプね。
もう一度、既に死んだ身だけれど、きっとまた死ぬわ。
わたしの直感がそう告げてる」
次回予告。
日常だったものは次第に非日常へ。
今は彼女──桃木さんを信じて動くしかなかった。
俺自身、何も出来ない歯がゆさと。
大事な人を守りたい気持ちは悔しくも矛盾する。
そして非日常はより過酷なものへと変化していく──
「だから言っただろう。──また逢えるって」