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雪月花 ~ 桜の樹の下で ~  作者: 比良坂蓮杏
百鬼編/一章 人と鬼と桜
8/9

人と鬼と桜/参

「──どうして、貴方が生きてるの?」



 表情すらも隠れてしまうほどの長い黒髪は、まるで平絹のように。その奥に隠れた瞳だけが大きく開かれたまま、俺の瞳と交わる。

 時が止まっていたと錯覚するくらいに、互いに視線を逸らすことが出来ないでいた。

 一目惚れとか、そういう単純なことではない。そこまで俺自身惚れっぽいわけじゃないのは自分がよく分かっている。


 一番の理由は、幼い頃から何度も繰り返し見てきた俺が殺されるという夢のなか、桜の樹の下で突如として現れた彼女とあまりにも瓜二つだということ。

 

 松永が言っていた周りと馴染めないという人物が彼女であるのは間違いない。転入生である俺を前に、彼女一人だけが好奇の瞳ではない何か違うモノを俺にぶつけていたからだ。

 それは周囲の生徒を見て一目瞭然だった。


「桃木さん。どうかしましたか?」

「……いえ、なんでもありません」


 諏訪野先生のその言葉もむなしく、彼女は静かに席に座る。


「──そうですか。蓮白くんも宜しいですかな? 改めて自己紹介をお願いします」


 先生に言われて、ようやく今何をするべきか思い出す。そうだ俺の自己紹介で呼ばれていたんだ。


「……スミマセン。緊張してました」


 出来る限り今の心境を悟られまいと頭を掻きながら、あどけなく言い放つ。

 そんな俺の言葉にクスクスと笑い声すら沸いていた。

 手渡された白いチョークで、黒板に俺の名前を書いていく。

 そうして振り返り、訪野先生に即されて半歩前へと出て自己紹介を始めた。


蓮白はしろ(りゅう)です。

 昔この近くに住んでたこともあるのでもしかしたら見知った顔がいたらなって思ってるけど。早々そんな偶然ないっすよね」


 好奇な視線が集まる中、松永は俺と視線が合うと──あれ? という表情で物思いに耽っていた。

 その後ろの席に座っている女生徒はというと、これ以上ないほどの眼つきで俺を睨みつけてくる。

 ──まるで親の仇だな。


「え~、たっくん大洞民だったの? 小中学校どこ?」


 たっくん、なんて呼ぶのは今のところ松永一人しかいない。


「小学校は蓮花台南で。中学は隣町の……だったかな。中学はいくつか変わってるから」

「え~。わたし南小だけど、覚えてないなぁ」

「うわっ、真理ひどい女」


 松永の近くにいた女生徒が軽く非難する。

 それに釣られるように周囲に微笑が広がっていった。


「引越し多かったから無理ないよ」


 その言葉は決して卑下じゃない。

 転校する間際までは誰もが別れを惜しんでくれたけれど。

 三ヶ月過ぎる頃には何もなかったかのように、音沙汰無くなることも珍しくなかった。


「ほ~い、オレからも質問」


 俺の返事に続くように松永の隣の席に位置する、しゃがれ声の男子生徒が手を上げて名乗り出る。

 茶髪に染まりきらないプリン頭に、鼻から頬に広がるように薄っすらと浮き出たそばかすが少し目に付く。瞳は細目の切れ長で。一見すると喧嘩っぱやそうな印象だ。


「彼は藤沼ふじぬま大介だいすけくんです。質問どうぞ」

「いやぁ質問っていうか。蓮白ってバンドとか興味ある? メンバー絶賛募集中なんだけど。一緒に女の子にモテようぜ?」


 楽器できる奴=女の子にモテたい、って動機で始める奴はごまんといる。特に目立つからとボーカルとギターばっかりで、全然バンド編成が組めないまま空中分解したりするのはバンドあるある的な話。

 しかし登校中での奇妙な出逢いもそうだったけれど、自分の好きな趣味の話を出されると悪い気はしない。


「俺も自分のバンド組みたいと思ってたんだけどさ。コピーは演奏らない。オリジナルオンリーで、音楽にこだわるならって感じ」


 ひゅぅ、と口笛を吹く藤沼は面白げに口元が緩んでいた。


「言うは易く行なうは難しっていうじゃん? そういうのは実力伴ってからじゃないの──ってことで」


 藤沼は教室の後ろに立て掛けられてたギターケースを手に取り、中身を俺に手渡してきた。有名メーカーの真っ白いストラトタイプだ。


「新入生のアプローチってことで。先生いっしょ?」

ホームルームが終わるまでですよ」


 諏訪野先生までもが生徒に委ねんとばかりにパイプ椅子に腰掛けた。

 他の生徒は完全に見守る雰囲気に包まれていて、ここで引いてしまったらチキン野郎の烙印を押されること確定だ。

 ──やれやれ大変なことになってきたな。

 いそいそとアンプにシールドを繋いでピックを渡されようとしたが、その手にストップをかける。


「──なに? 怖気づいたとか?」

「いやマイピックじゃないと落ち着かないだけ」


 制服のポケットからピックケースと携帯音楽端末も一緒に取り出す。本音を言えば自分のギターでなければ落ち着かないのもあるが、それは贅沢だ。

 そしてマイピックでなければ、というのは単に俺の中の小さなこだわりで。使い慣れた方が弾き易い気がしてならない。


「ただ演奏するだけじゃつまんないからオマケ」

 ──と、携帯音楽端末をひらひらと見せて、教壇前の机に立てかけた。青いケースで収納された端末は、開けばスタンド代わりになるのだ。イヤフォンを外せば即席スピーカーの誕生だ。

「お、おう」


 ──さてと。

 ストラップを肩に回してボディを安定させて、軽く一弦から六弦まで順に鳴らしていく。

 教室に響くギター音は、なんとも言い難い雰囲気に包まれていた。

 これで変な曲とか弾いたらかえって場が冷めちゃうんだよなぁ。

 きゅっ、きゅっ──と弦の上をスライドしていく音すらも心地よい。

 良く手入れされていてチューニングもばっちりだ。

 携帯音楽端末の曲を適当に再生して、ボリューム調整をする。

 きちんとした外部出力もないので、あまり大きくは出来ないが。それでもギターに負けない程度には音量が欲しいし、だからといって最大音量にしてしまっては音割れしてしまって、台無しになってしまうので加減が難しい。


「……こんなもんかな。目配せで合図するから。そしたら三曲目そのまま再生してくれ」

 

 藤沼がコクコクと頷いたのを確認して、小さく深呼吸した後、俺は軽く弾き始める。

 最初は肩慣らしにゆっくりと、一音一音弦を鳴らしていく奏法アルペジオ

 流れるようにただ繰り返すだけ、という単純なモノだけど。何もギターは激しいものばかりじゃない。

 いくつもの音と音の重なり合いが曲として生まれ変わる。時には他の何かを引き立てる役でも構わない。

 

 次に十六ビートで、アップダウンを鋭く切り込んでいく。

 流れの中に弦を(チョ)()(キン)()を挟み込むことで、自然と曲調はロックサウンドへと切り替わる。

 

 何度か同じフレーズを繰り返し、手探りで弾き始めた一分ほどの短い時間。

 そろそろ違う展開が欲しいところで藤沼に目配せした。


 音楽端末から聴こえてくるスティックのカウントに合わせて、ギターを一気に疾走させていく。


 楽曲は、とあるゲームのオープニングに使われた知る人ぞ知るモノで。同年代の人ならば、なお知ってる可能性が高い。

 曲調はクラシカルかつ派手なロック調で。俺は初めて曲を聴いた時には鳥肌が立ったものだ。


 その背景には、同じ旋律を奏でるヴァイオリンの鮮やかさが、先行したギターの音色といつしかに同調ユニゾンしていく。

 そして第三の存在感を放つのがキーボードの電子音。様々な音を発生させられるという特性を最大限に活かし、場面ごとに音の厚みを持たせてくれる。

 ギターからヴァイオリン。ヴァイオリンからキーボードへ。交互に見せ場を押し出す間も激しさは無くならない。

 

 曲の中盤に差し掛かると、一転してベースとドラムのシンバルだけで構成された二つが存在感を放つ。それまで疾走し続けていた曲の展開はうって変わって、ゆっくりと──静かに、その波紋を広げる。

 流れるように続くピアノからヴァイオリンへの旋律は、季節の移り変わりのように彩りを添えていく。

 

 ギターの出番パートがない状態でも、曲を聴き入ってるのは俺も一緒で。タイミングを一度でもズラしてしまうと全てが台無しになってしまうから他のパートの音色も聞き逃せない。

 再生されてる音色と頭の中で記憶されてる音色を矢継ぎ早に確かめながら、次のタイミングを見計らい、弦の上を勢いよくピックを滑らせる。


 再び音色メロディは振り出しへと戻るけれども、その音の重圧は出だしの比ではない。

 気付けば俺の顔は自然と笑っていて。

 クラスメイトの顔を見る余裕すらあった。唖然としてる人が大半で、俺は煽るようにギターを魅せつけるように弾いていた。

 

 曲は最後オーラスへと向かっていて。

 ラストスパートはありとあらゆるテクニックを駆使しなければならない。

 中指、薬指、人差し指、小指と親指以外の指を全部駆使して構成された速弾きは、右手のピッキングは時に強く、時に弱く、状況にあわせて一音一音正確に刻んでいく。

 そうして、もう無我夢中で弾き続けて、一曲まるまる演奏終えたのだった。


 よくギターは顔で弾くなんて、言われるけれど、俺は楽しめた。

 気付けば背中はびっしょり汗で濡れていて。さっきまでのぴりぴりした空気はどこへやら。

 ここ何日かギターに触れなかったから不安もあったけれど、及第点ってところだろうか。

 

「すげぇっ……」

「やば、超格好いいんですけど」


 男女問わずクラスメイトから、絶賛の声と惜しまない拍手に包まれながら。藤沼にギターを返す。


「そんなわけで、今年一年よろしくな」


 にっ──と笑いながら、握手を求めると。両手を握り締めながら藤沼は喜んでくれていた。鳴り止まない拍手と少ない男子からの声援が少しだけ嬉しくも恥ずかしいものがある。

 

 もう自己紹介なんだか、訳が分からなくなってしまった気がするけれど。とりあえず俺の中では転入生という奇異な目で見られる通過儀礼は、なんとか避けれたと思う。


「素晴らしかったですね。それでは蓮白くんの席ですが……」


 俺は諏訪野先生が決める前に動き出していた。

 目的はただ一つ。

 俺の動きにあわせてクラス中の視線が動くのが肌で感じ取れる。

 わざとらしく彼女の目の前で立ち止まり、空いてる隣席を示して。


「ここでいいですよね」


 夢の中で逃げ出した状況とは違う。

 何かを知ってるかもしれない彼女とは拒まれようとも聞き出し接する必要がある。

 ──そんな予感めいた何かが訴えていた。 


 例えそれが──

 夢の中とはいえ。

 俺を殺した相手だとしても。



                              人と鬼と桜/参 終

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