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★第八部★

研究日誌 126○×日


 今日も研究所には極秘で某独裁国家の元首が訪れている。メビウスループシステムプロジェクトの成功に伴い、順次スポンサーへのサービスの提供が始められている。

 若かりし頃の自分に現代の国家の統治を任せようとする政治家もいれば、成しえなかった研究の継続を復元体に託す研究者もいた。また、サービスの開始まで命の持たなかった大富豪の復元も行われた。経営の舵を自らの手で切りたい大企業の社長がまとめて数体の復元をオーダーしたこともあった。それぞれがそれぞれの思惑でメビウスループシステムを利用したが、この夢の機構が世間に認知され、普及していくことはまずない。それは第一に、このシステムを発動させるために必要な費用を民間人が捻出することはほぼ不可能だからだ。そして第二に、倫理的な問題がある。第三に、それらの問題がクリアできたとしても、だれかれ構わず復元体を作るとまもなく地球が人で溢れかえることになるからだ。

 

 彼がナルミに何をどう伝えたのかはわからない。しかし二人は現実を受け入れ、現代での生活を始めた。復元体の彼には経過を定期的に報告させていたが、予後異常なしの一言ばかりで私の期待した答えが返ってくることはなかった。ナルミは今、どうしている。穏やかな生活は送れているのか。私が願った幸せは手に入れられたのか。彼には訊きたいことが山ほどある。報告だけでは伝わらないものを確かめに行く必要がある。私は明日、彼らの住む家に向かうことにした。


 ※※※※※


 マツナミは研究成果の確認の名目で復元体を施設に呼び寄せた。呼び出しになかなか応じなかった復元体も、やはり自分である。研究の経過を知りたいという研究者魂に後押しされたのだろう、結果的にはこの施設に再び足を踏み入れることになった。

「ナルミはどうだ」

 開口一番マツナミは復元体にそう問うた。

「順調だ。なにも問題ない」

 生体機能モニターを体中に点けられた彼は、渡された経過資料に目を落としたままそう言った。

「しばらく会わないうちに老けたな」

「冗談か? お互い様だろ」

 マツナミを一瞥すると、復元体は鼻で笑った。毎日見ている自分の変化に気づくのは容易でないが、一年ぶりに会った自分がこう老けていくのだと思うと、彼はどこか不思議な気がした。

「どこか悪いのか」

 直接的な物言いに、それが若かりし頃の自分であるとマツナミは苦笑せざるを得なかった。

「ああ、俺はもうすぐ死ぬ」

 彼は正直に答えた。特に隠す気もなかったし、理由もなかったから。

「この前、末期の腫瘍が見つかった。もう助からんらしい」

「どこだ? 復元体を作って移植すれば良いだけの話じゃないか」

 そうすれば現代の医療技術があれば助かるかもしれない。だがマツナミは首を振った。

「年老いた体に臓器だけ入れ替えても、生きていることが苦痛になるだけだ。それに私はもうこの世に未練はない」

「この研究を成しえて、その先には何があるんだ?」

「何もない。メビウスループシステムはメビウスループシステム、それ以上でも以下でもない。私はお前と成美を生き返らせるために今まで生きてきたのだから」

 彼の言葉に復元体は一瞬、逡巡した後、再び資料に目を通し始めた。



 無人駅を降りると、去っていった単車両の名残が線路上で陽炎となり揺らめいていた。夕刻近くだというのに、未だに日照りは強く、マツナミは木陰を見つけてはそこへ逃げ込んだ。

 何もないところだった。舗装された道を一本山側に入ると、草木の迫り出す田舎道が続いた。風が吹くと一斉に木がゆれ、葉のすれる音が聞こえた。むせ返るような密度の濃い空気が息苦しいほどだった。途中、民家は発見したが、新参者が気軽に門をくぐれるようなところはどこにもなかった。そこはまるで何年も昔から孤立を深めて、現代から忘れ去られているようなところだった。

 ナルミはこういう場所を望んでいた。マツナミは辺りを見渡してそう思う。緑しかないところ。そこで二人で暮らしていく。そんなささやかな夢を彼女は持っていた。そして今、復元体となった二人はその夢を実現している。些細な幸せに彩られた、退屈な、でも穏やかな生活。マツナミはその様子を想像して、表情をかすかに崩した。

 目当ての集落に着く頃には陽が落ちていた。太陽の暮れ方が予想以上に早く、彼は息を切らしながら山道を歩いた。山の中に、集落の生活の灯りがポツポツと浮かんでいた。都会とどこか違う。マツナミにはその灯りが、都会にはない温かい色に見えた。

 山道が途切れたところにその家を見つけると、マツナミは息切れを無視して走り出した。表札には、二人に与えた偽名の表札が掛かっていた。門をくぐり、玄関のチャイムを彼は鳴らした。一度、二度、三度。次第にチャイムを鳴らす間隔が早くなる。

「ごめんください!」

 直接ドアをノックし、呼びかける。返事がない。ノブに手を掛けると、玄関のドアはすんなり開いた。中に入る。

―――不意に、彼の頭に30年前の光景がフラッシュバックされた。

「ナルミ」

 廊下の電気を点け呼びかけるが返事はない。マツナミはゆっくりと部屋へと続く廊下を渡る。閉ざされたドアがしばらく誰にも開閉されていなかったように冷たく固まって見えた。

「ナルミ、いるのか」

 ドアノブに手を掛け、もう一度呼びかける。ドア一枚を隔てた向こう側の情景を想像してマツナミは固唾を飲んだ。彼は必死に、少女のように安らかな寝息を立てているナルミの顔を思い浮かべた。復元体の帰りを待つうちに眠ってしまった彼女に毛布をかけてやり、悟られないうちに帰るのだと自分に言い聞かせた。

「入るぞ」

 その声と同時に彼はドアを押し開いた。


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