★第二部★
巨大な制御コントロールパネルの中央にあるモニターに何もない空間が映し出されている。限りなく原始の状態に近づけたその空間にボタン一つでナルミの遺伝子情報を送り込む。DNA情報は読み取りを通して解析され、後に電子に変換される。この段階で彼女の裸体が薄っすらと見え始める。もちろん、映像だけで実像があるわけではないが、マツナミはその姿に思わず息を呑む。
「おはよう、ゲン」
別の機器から声が聞こえてくる。マツナミはナルミの変調を確認した当時、理由をでっち上げて彼女に関する様々なデータを採った。彼女が亡くなってまもなくに出来上がったこの音声のみのナルミが、三十数年の間、彼にとっての唯一の話し相手であった。
「ナルミ、今日は君が生き返る日だ」
部屋に充満しつつある電子を見つめながら彼は言う。映像はより鮮明になり、当時のナルミの裸体がありありと再現されている。彼女は安らかに目を閉じ、両腕を抱いている状態で横たわっていた。
やがて準備が整った合図がなり、マツナミは画面を凝視しながら握り締めていたレバーを力強く引いた。
「私を生き返らせて、何をしたいの」
音声であるナルミは改めてそう訊いた。
「私はただ、君にもう一度、会いたいだけだよ」
数え切れないほど繰り返された質問にも、彼は辛抱強くそう答えた。
「私では駄目なの?」
そう訊く音声にも表情は窺える。しかしそれではどうしても納得ができなかった。マツナミは彼女の頬の柔らかさや髪の手触り、匂い、体の線の細さをその手に思い出した。今ではもう、微かにしか思い出せない。それがどうしても許せなかった。だから、もう一度だけでいいから彼女を抱きしめたい。その思いだけで彼は今まで生きてきた。
何もなかった空間に、肉が焼けるような音がし始める。復元は徐々にではなく、一瞬で成される。身体機能維持のため、瞬間的な復元は絶対条件の一つだった。この条件は復元最適環境から生命維持が可能な環境への瞬間的な転換と比べ、非常に到達が困難な条件だった。
やがて準備完了のアナウンスが流れ、意を決したマツナミは赤く点滅する四角い最終実行ボタンを押した。
――瞬間的に爆発音が鳴った。それは素粒子どおしのぶつかりや、質量を与えられた物質が遺伝子情報を元にナルミの体を構成していく過程に発生する音だった。
「ナルミ?」
環境変換に伴う水蒸気に空間が満たされ、すぐにはその姿が確認できなかった。数々の実験を成功させ、ほぼ百パーセントに近い確率でナルミが蘇ると確信しつつも、マツナミは一刻も早くその姿を確認したかった。
彼は制御室を飛び出して、実験室に向かった。分厚い扉が機械制御でゆっくりと開く間も待ちきれず、手に持った小型モニターの中でなかなか晴れない水蒸気を払おうとした。
「ナルミ!」
漸く中に入ると、水蒸気を掻き分けて彼は部屋を進んだ。中はすっかり地球環境に適合していたが、異常に蒸し暑く、まるで熱帯雨林のようだった。
「ゲン・・・」
横たわったナルミを発見したマツナミはその肢体を震える手で抱き寄せた。彼女はそう口にしたあと、再び意識を失った。その心肺が正常に機能しているのを確認すると、彼は大きく胸を撫で下ろした。
三十年以上をかけて蘇らせたナルミの体を、彼は噛み締めるように、また、労るように抱き続けた。
滴る汗と涙が、空間の床を濡らした。




