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はーとふる  作者: 玖洞
第一章 狼の試練
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無力


それからの彼女はいつもと変わらないように見えた。



彼女の祖父には及ばないまでも、猟師として十分な成果を上げて動物を狩る。この西の森の難易度は村の中でも有名だというのに、やっぱり彼女はすごい。



そのせいで東の猟師達からは僻まれているが、彼女はいつも何処吹く風だ。まったく気にしていない。


……彼女はたとえ傷ついていたとしても彼女は自分ひとりで抱え込むから、正確には解らないけど。




変わらない彼女。変われない僕。終わらない悪循環。




僕が村長の息子に絡まれているとき、やっぱり彼女は颯爽と現れて僕を助けてくれた。


これも全部僕が弱いからなのだろうか。時折、自己嫌悪に潰れそうになる。……自分の弱さに、沈みそうになる。


彼女だって別にそこまで強いわけではない。なのにこの差はなんだろうか。ただ、僕が弱すぎるだけなのだろうか。


――本当にそれだけ?






だから次に村長の息子と対峙した時、僕は徹底的に彼を拒絶した。


これ以上くだらないことで彼女に迷惑をかけたくなかったからだ。


その後、彼は以外にもあっさり僕から手を引き、関わることもなくなった。そう、思っていた。








それから暫くして、家が襲撃にあった。



大狼様が生贄を望んでいる。お前らの息子が条件を満たしている。だから引き渡せ。そんな怒声が外から聞こえた。


大狼様が出した条件。近日中に成人する子供を贄としろ。


――僕が明日成人するから、だから僕が贄なのだと外の大人達が叫ぶ。


その中には近所の住人達も混ざっていた。



――汚い。何故、彼らはあんなにも醜く映るのだろう。



子供のころ蓋をした感情がよみがえった。所詮人とは自分本位な生き物。


僕の両親や彼女のように他人の命の為に行動できる人間なんて一握りしかいない。それが、真実だ。



必死の抵抗は虚しく、僕は捕えられた。無力な自分が惨めだった。


……本当に惨めなのは、この期に及んで彼女が助けてくれるのではないかと期待する僕の心だ。






冷たい祠の中で一人考える。


少なくとも僕が死ぬ事で村の平穏は保たれるはずだ。


森から帰ってきた彼女はきっと家の残状に驚くだろう。きっと僕を想って泣いてくれると思う。


そう思うと少し救われる気がした。……そう思うことで自分の心を慰めた。




本当は助けてほしい。でも、彼女にそれを望むのは酷というものだろう。


それは村を、――延いては大狼様を敵にまわせと言っているのと同じことだ。


僕は彼女に死んでほしくない。死ぬ事は怖いけれど、僕が死んでも彼女は生きてくれる。なら、もうそれでいい。助けになんて来ないでほしい。


できる事なら、僕の事を忘れないでほしい。



それだけでいいから、だから、ああ、でも、――一人はこわいなぁ。





悪あがきのように暴れて、もがいて、それでもやっぱり涙は止まらなくて、いつしか僕は眠りについた。


……きっともう目覚めることはないだろう、そう思いながら。











頬に軽い痛みが走り、覚醒を促される。ぼんやりとした寝起きに映るもの、―――血まみれの誰か。


思わず小さく悲鳴を上げて後ずさる。


……?拘束が解けている、何故?





だんだんと目が暗闇に慣れてくる。月明かりに照らされて、寂しげに血まみれのまま苦笑する人、―――――――――もしかして、リオン?



彼女だった。何故、どうして彼女がここにいるのだろう。嫌な、予感がする。


まさか彼女は僕を助けに来てくれたのだろうか。血だらけの、姿で?



……そんな、なんでそんな事を!!


君が傷ついてはなんの意味もない!!やめてよ、僕の為なんかに命を懸けないでよ!!


そして彼女が語りだす。僕に再三ちゃんと聞くようにと言っていたのだが、そんなことは耳に入らない。彼女の怪我の方がよっぽど気にかかるに決まっている。



村長?銀狼?その血はなんなの?ねえ、答えてよ!!



心配しなくていいって、何?そんなに僕の事が信用できないの?



村の事なんてどうだっていい!!早く止血しないと、リオンがっ……。


汚いとか言わないでよ、君は何時だってそうだ。僕を大事にしすぎる。


この期に及んで、僕を壊れ物みたいに扱わないでよ……。僕は、君と対等でありたいのにっ……。




思わず彼女の右手を引っ張る。


――あまりの軽さに、震えが走った。人とは、こんなにも軽い物だったか。



ふらりと僕の膝に倒れこんだ彼女は、困った顔で僕を見る。


そのままずるりと床に倒れて立ち上がろうとするが、力が入らないのか上体を起こすことも出来ないようだ。


諦めたように仰向けになる彼女に僕はとっさに縋るようにしがみつく。


その肩も、体も、全部僕と同じくらいの大きさで、たいして変わりはない。


そんな脆弱な体で、君は一体何と戦ってきたというのだろうか。……僕の、為に?たった一人で?


何故、もっと自分を大切にしてくれないのだろうか。なんでこんなにも平然としていられるのだろうか、――死にかけているというのに。


僕には彼女がこうまでして助ける価値なんてないのに。僕なんて君に依存しているだけの臆病者に過ぎないのに!!




あの時、彼女の支えになりたいと思った。でも自身の歪な依存は見て見ぬふりをした。


――それは僕にとっても心地よいぬるま湯だったからだ。


でも、きっとそれがいけなかった。僕の弱さが彼女を死地へと駆り立てたんだ!!


――涙が止まらない。恐ろしくて仕方がない。彼女に置いて逝かれる。そんなの、考えたくもなかった。




泣くなよと言いながら彼女は僕の頬に触れる。


付着した赤黒い血が僕に現実を思い知らせた。




「私の部屋に、青い箱が置いてあるんだ」



穏やかに、つぶやくように彼女は言った。


もう話さないで、傷に障るから。今ならきっと間に合う。止血して早く村に帰って治療しようよ。ねぇ、リオン。僕の話を聞いてよ!!


そんな、そんな今わの際みたいな事言うなよっ……!!





「本当は、明日ちゃんと渡したかったんだけど……。ごめん」




何を謝っているの?明日渡してくれればいいだけじゃないか。


明日じゃなくてもいいから君が直接渡してよ。そうでなきゃ受け取りたくなんてない。


ああ、やめて、もう聞きたくない。嫌だ、嫌だよ!!



――置いていかないでほしい、僕は君がいない世界なんていらない。



その先に待っている未来を想像し、引き留めるかのように彼女の右手を掴んだ。




そして彼女は僕の方を見ると、とても幸せそうに微笑んだ。


今まで見た中で、格段に幸せそうな笑顔だった。思えば彼女は苦笑ばかりしていた気がする。


――こんなときになって初めて、僕は本当の彼女と向き合った気がした。




「――誕生日、おめでとう。産まれてきてくれて、本当にありがとう」




そう言うと、彼女は緩やかに目を閉じた。




嫌だ。


嫌だ嫌だ嫌だ。


こんな終わり僕は認めない。認めたくない。まだこんなに温かいんだ。微かだけど脈だってちゃんとある。




泣きながらリオンの顔を見る。



閉じた瞳の奥にある、優しい色をした栗色の瞳。


揃いの色の肩で軽く結ってある長い髪。春風の様に優しげな容姿をした女の子。どこにでもいる普通の子だ。


きっと彼女をヒーローに仕立て上げたのは僕だ。……僕のせいだ。僕のせいで彼女は死にかけている!!





「う、うぅっ、うわあああああああぁぁぁああ!!」




泣いたって何も変わらない。そんなの解ってる。解ってる。解ってる?


でも僕には何も出来ない。出来ないんだ。




ねえ神様。神様お願いです。


僕はどうなっても構いません。だから彼女の事を助けてください。


お願いです、お願いですから。頼むからリオンを助けてよ……。僕の大切な親友なんだ。この世で一番大切な人なんだ。だから、連れて行かないでください。お願いです。お願いしますっ……。




強く、強く願う。何かに縋る事しか今の僕には出来やしない。なんて、惨め。


それでも願う。それこそまるで巫子のように。



ここは祠だ。


曲りなりとも神の国に最も近い場所。ここで祈らず何処で祈れと言うのか。



僕には願いの対価となる物なんて、この身一つしかない。


――贄でいい。僕は贄で構わない。たとえそれが彼女の思いを裏切ることになったって構わない。


彼女は僕の生を望んでくれた、喜んでくれた。


――それだけでこの世界に生まれた価値があると思った。でも、僕は君を犠牲にしてまで生きていたくはないよ。


――リオン、僕は出来るなら君の為に死にたい。





祈っても、願っても、時間は無情に流れていく。




彼女の呼吸が小さくなり、もう駄目なのかと諦めかけたその時、声が聞こえた。







≪そう。貴方には必要なのね≫






囁くような声が聞こえた。思わずまわりを見渡してみると、祠の中央に白い靄ができていた。



満月の光に照らされ、白く淡い光が人型を形どっていく。



言葉を失うほどに幻想的な光景。まるで幼いころ読んだ絵本に出てくる天使のように整ったその姿。





――――女神の降臨だった。



















シエル視点まだ続きます。



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