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はーとふる  作者: 玖洞
第一章 狼の試練
7/24

泣き顔

今回はちょっと短めです。





扉を開けた先には、四肢を拘束され目隠しをされたシエルが横たわっていた。


胸が上下していることから、どうやら命に別状はないようだ。……安心した。





シエルの側にそっと座り込み、拘束を解こうと手を伸ばしたのだが、自身の手のあまりの汚さに触れる事を躊躇する。


この子を血で汚すのは本意ではない。


だが、そうは言っても今さらどうしようもないので、極力体に触れないように拘束を解き始めた。


手足を縛る紐はナイフで切ってしまえばいいだけなので、力が入らない私でも簡単だ。


最後に目隠しを外してシエルの寝顔を眺めてみる。



……久しぶりにじっくりと見たが、相変わらずの造形美だ。



だが、その顔には涙の痕があり、手足には抵抗したのであろう傷跡が見てとれた。



……怖かっただろう。もう、大丈夫。ちゃんと家に帰れるよ。





今の血だらけの私の姿を見せるのは忍びなかったのだが、私が死ぬ前にこの子には伝えなくちゃならない事がたくさんある。


恐れられても泣かれても構わない、だけどちゃんと私の話だけは聞いてほしい。


――これが文字通り、最後のお願い。









何とか動く右手でぺしぺしと軽めに頬を叩く。何度かその行為を繰り返した後、ようやくシエルは目を覚ました。



寝ぼけたように緩く持ち上げられる眼、起き上がったシエルはしばらくぼんやりとしたように周りを見渡したが、その視界に私をうつすと小さく悲鳴を上げた。



両手を口に当て、怯えたような目で私を見る。その体は小さく震えていた。




……傷つかなかったと言えば嘘になる。



だが、それ以上に時間が足りない。急がなければ。








「シエル、よく聞いて。


ハティ様はここにはもう来ない。いや、もうシエルが生贄になる必要はなくなったんだよ。


話せば長くなるんだけど、ようは村長達が黒幕だ。


あいつらが制約を破って銀狼達を狩っていたからハティ様達の怒りを買ったんだ。


もともと生贄は村長の娘たちだったから、シエルは完全にとばっちりをくった形になる。



このことは帰ったら村の皆にも伝えてほしい。


そうでないと、逃げ出したと思われてまた生贄として祠に差し出されかねないからね。



私が伝えないのかって?


……いや、私はこの後まだやることがあるからさ。



それとそう長くないうちに銀狼達が村長達と密猟に加わった猟師達に報復に来る。


被害にあいたくないならば、先に彼らの首を差し出すのが一番いい手かもしれない。




ん?この血?シエルは何も心配しなくていいよ。大丈夫だから。





それと、村の人たちにハティ様が『次は無い』と仰ってた事も伝えておいて。


次は本当に村が消えることになる。



……どうでもいいなんて言うなよ。大事な事なんだ。ちゃんと聞いて。



ああ、触らないで。汚れるだろ?え、うわっ」







話の途中、突如右手を引っ張られ体制を崩した。


力の入らない私の体は、いとも簡単にシエルに向かって倒れる。




――あーあ、汚れるって言ったのに。そう思いながら顔をシエルの方に向ける。




そこには、予想していた通りの泣き顔があった。


悲痛で、悲惨で、絶望に染まった、そんな表情。


この子はとても優しい子だから、私が死んだらきっと自分を責める。


……それは、とても嫌だった。今さら、どうしようもないけれど。





起き上がろうとしたのだがやはり力が入らず、そのまま床に倒れこんだ。



仰向けになった私に、縋るように伸びてくる両手。


そのまま覆いかぶさるように抱きつかれた。



私の上で、何で、どうしてと言った悲痛な嗚咽が聞こえてくる。


その声が、あまりにも痛々しかったので、抱きしめてあげようかとおもった。


だが、私の左手はもう動かない。右手のみがシエルの背に触れるだけだった。





その背を軽くさすると、大粒の涙を流しながらシエルが私を見つめた。


罪悪感で胸が一杯になる。私は昔から君の泣き顔には弱いんだ。





「……泣くなよ」



そう言いながら背にまわしていた右手でシエルの頬を撫でる。


ぬるりとした血がシエルに付着したが、本人が気にしていないので私も気にしない事にした。……気にならないふりをした。




「私の部屋に、青い箱が置いてあるんだ」



綺麗に包装された青い箱。明日の為に用意した君への贈り物。


シエルはもう話さないでと必死に私に叫ぶ。


……今話さないで何時話せというのだろう。今しか伝えられないのに。




「本当は、明日ちゃんと渡したかったんだけど……。ごめん」




シエルはその頬に触れている私の手を掴むと、一層その泣き顔の悲痛さを上げた。


そして、嫌だ、聞きたくないといった言葉を繰り返す。


……もう目も霞んできて、君の顔もよく見れやしない。


も、最後の時に見るのが泣き顔なのはちょっと辛いな。


本当は笑ってほしいけど、それは無理な相談だろう。





――それでも最後に、君に伝えたい事があるんだ。これだけはちゃんと聞いてほしい。



そして私は、微笑んで告げた。




「――誕生日、おめでとう。産まれてきてくれて、本当にありがとう」




君に会えて本当に良かった。それだけで私は報われた。


これ以上自分を嫌いにならずに済んだんだ。


ありがとう、君は正しく私の天使だった。


ああもう、大好きだ。



だから、――私が居なくなっても幸せに暮らしてほしい。



それだけが、私の願い。





手から力が抜ける。もう、何も見えない。聞こえるのはシエルの泣き声だけだ。





目を閉じた顔に、何か温かいものが降ってくる。



――シエルの涙だろう。



そんなに泣いたら目が溶けるんじゃないだろうか。


せっかくきれいな蒼い目なのにこのままでは兎になってしまうんじゃないか。




ああもう、泣くなよ。




だってシエル、君は――――














―――――――――男の子だろう?


彼らの関係性はこれから本編で語っていく予定です。

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