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はーとふる  作者: 玖洞
第一章 狼の試練
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友達

目の前には、私とハティ様を遮るように立ちふさがる銀狼の姿。



私の驚愕の視線も意に介さず、銀狼はオォンと遠吠えを上げた。




それから数秒もしないうちに集まりだす幾多の銀色。


そして、私の周りを囲みはじめた。攻撃されるのかと思い身構えたのだが、どうもそうではないらしい。


彼らはまるで私を守るかのようにハティ様と向き合っていた。






――一体、何が起こっている?




まさか、助けてくれたのか?ハティ様の眷属である銀狼が?――今回の被害者である彼らが?







『同胞よ、何のつもりだ』






ハティ様が声に困惑の色を滲ませながら、銀狼達に告げる。彼もまたこの状況が理解できないらしい。



銀狼の中でもリーダー格の者、――私を突き飛ばした狼がハティ様に何かを語りかけるかのように吠える。


……ふむ、なるほど。予想はしていたが何を言っているのかさっぱりわからない。




私は動くに動けない状態なので、彼らのやり取りを見つめる事しか出来ない。


どちらかが行動を起こすとき、それまでは黙って動向を窺うのが得策だろう。







そして私にはまったく理解不能な問答が終わり、ようやくハティ様の意識が私に戻った。


思わず体がビクッと反応してしまう。


さっきは格好つけて啖呵を切ったが、殺されかけたという恐怖がないわけではない。止まらない血がその思いを助長させていた。




そしてハティ様はそんな私を一瞥すると銀狼達に向かってこう言った。



『同胞よ、この娘がお前たちの友だと言うのならばこれ以上我は手出しすまい。だが、罪人共の首は必ず食いちぎれ。――それが条件だ』




その言葉に銀狼達は一吠えすることで返事を返した。





今の言葉は端的に言ってしまえば、今回の密猟騒動にハティ様が関与しなくなるという宣言だ。


……それは、つまり見逃してくれるという事だろうか。


少なくとも村長達の首は失うことになるが、あんな奴らなんてどうだっていい。むしろ罪は罪として大人しく捌かれるべきだ。







それにしても……、私が、彼らにとって友?





――――――銀狼達はそんな風に思っていてくれていたのか。




確かに森でのささやかな邂逅は、私にとっても大きな意味を持っていた。


シエル以外の友人がいなかった私は、自覚の有無は関係なく繋がりに飢えていた。


森で彼らと会うことは、祖父が生きている時の事を強く思いだせたし、何より彼らの態度は一貫して変わらなかった。


――私はそのことに安堵していたのだ。


彼らは決して私を害さない。それだけが真実だった。


その中での彼らとの時間は、私にとってかけがえのない優しいものだったのだ。


そんな彼らが、私の事を友だと思ってくれていた。




なんだか、どうしようもなく嬉しいような、それでいて切ないような、そんな気分になる。



……私は彼らに起こっている異変に全く気付けなかった。


彼らの命が刈り取られたのは、端的に言ってしまえば私が原因の一端なのだろう。


もしも私が祖父のように東の森にも出入りしていたらこんな事態にはならなかったかもしれない。私が、未熟なせいだ。


……あの時と一緒だ。結局私は助けられてばかりで、私を大切に思ってくれている者達にその恩を返すことすら出来ない。


変わりたいと願った筈なのに、結果はいつもとかわらない。無力な私のままだ。






どうしようもなく泣きそうになって俯くと、頭上から声をかけられた。ハティ様だ。



『娘。贄は祠にいる。後は好きにするがいい』



ばっと顔をあげハティ様を見る。


――それは、シエルを連れて帰ってもいいという事か?




「……いいのですか?」



『構わん。だが、――貴様にはもう時間は残されてないようだがな』



淡々と事実だけを告げるように言う。



……それはそうだろう。碌に止血もしてないんだ、既に意識を保っていること自体が奇跡に等しい。


この体が冷えていく感覚は、あの時(・・・)と酷似していてとても不快だ。





そしてハティ様は最後とばかりに銀狼達に語りかける。



『……まあよい。同胞達よ。――――くれぐれも死ぬでないぞ』




さすれば、今度こそ村を滅ぼさねばならぬだろうな、とハティ様は嘯いた。ぞっとしなくもない。





そしてハティ様は一度大きな雄叫びを上げると、すっかり昇りきった満月に向かって宙を駆け出した。


それはさながら、『月を追う者』。ハティ様の真の姿であった。




……速い。


やはり私との先程の問答などハティ様にとっては児戯に等しかったのだろう。


本気で私の妨害を突破しようとすれば簡単にできたはずだ。



――それが強者の余裕なのだろう。












……西の祠に行かなくちゃ。



ハティ様が言った通り、私には時間がない。


だが、手をついて立ち上がろうとしても力が入らない。上体を起こすのが精いっぱいだ。




銀狼達は心配そうに私の周りをグルグル回っているが、近づいては来ない。


時折心配そうな声を上げるので、その時は私も大丈夫だという思いをこめて微笑み返す。


まあ、大丈夫じゃないけど。




私が悪戦苦闘を繰り返してる内、業を煮やしたのか、リーダー格の銀狼が私に近寄ってきた。


泥と血に塗れた私の顔をべろりと舐めると、私のすぐそばに腰を下ろした。


そして私の事を見ながら、わう、と鳴く。




「……乗れってこと?」



そう私が聞くと、銀狼は力強く返事を返した。どうやら正解らしい。




なんで彼らは私にここまでしてくれるのだろうか。


何故、こんなにも優しいのだろう。


何故、こんなにも温かく感じるのだろう。体温は下がってきている筈なのに。


……どうして、こんなにも涙が止まらないのだろうか。





昔から泣くのは嫌いだった。



まるで自分が弱いことを証明しているようで嫌だった。でも、この涙は違う。




――ああ、なんだ、私は嬉しい時にも泣くことができたのか。





「――ありがとう。本当に、ありがとう」




泣くことは嫌いだ。でも、今だけは泣かせてほしい。



だって、――本当に嬉しかったんだ。








その後他の銀狼達にも揉みくちゃにされ、これで最後とでも言わんばかりのスキンシップをとった後、ずっと横で待機してくれていた銀狼の背に何とか縋り付いた。


一応私を気遣ってゆっくり走ってはくれたのだが、私のしがみつく力が無いせいか何度か地面にたたきつけられた。


それでも、この祠までたどり着けたのは彼がいたからだ。


本当にいくら感謝してもしきれない。





「本当に、ありがとう。……迷惑ついでにもう一つ頼んでもいいかな?」



シエルを一人で帰すのは、心配なんだ。だから、帰り道について行ってあげてほしい。




そういうと、銀狼は寂しげに鳴いた。この言葉が真に示す意味を解ってくれたようだ。


――私だって死にたいわけじゃない。でも、人にはどうしようも出来ない事がある。


私はもう助からない、それは必然だ。だけどそのかわり、シエルは助かった。


これでイーブンだ。少なくとも私はそう思っている。





銀狼はもう一度だけ私の頬を舐めると、大人しく祠の前に座った。


どうやらお願いを聞いてくれるらしい。有難いことだ。




「それじゃあ、行くよ。私も君達と友達になれて、嬉しかった。――本当に、嬉しかった。……もしも生きて逢えたら、その時はまたよろしくね」




それは出来るわけがない約束だったけど、それでも言わずにはいられなかった。



上手く私は笑えていただろうか。……最後に見せる表情くらいはせめて笑顔でありたい。






そして私は祠に向けて歩き出す。


その時、後ろから大きな遠吠えが聞こえた。


まるで私を送り出してくれているかのようだった。






でも、もう私は振り返らない。きっと泣いてしまうから。



ありがとう愛しき友よ。――そして、さよならだ。










もうすぐ、扉に手が届く。




ようやく、あの子の元までたどり着けた。





――――さあ、囚われの姫を迎えに行こう。







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