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はーとふる  作者: 玖洞
第一章 狼の試練
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遭遇

引き留めようとする小母さんの手を振りほどき、私は申し訳程度の武器を持ち西の森へ向かった。


この西の森いわば私の庭同然。ここの地理は知り尽くしている。


必ずしも戦うとは限らないが、少しでも有利になったほうがいい。






生ぬるい風を受けながら、少し冷えた頭で情報を整理する。


そもそも、大狼様が生贄なんてものを要求する事自体がおかしい。


これはどう考えても村と彼らの間に何らかの問題が起こったと考えていいだろう。


それが何かは解らないが、これほどまでにご立腹なのだ。並大抵の謝罪では済まないだろう。


……まあそれ故の生贄なんだろうけど。





だけど、それならばまだ策はある。




銀狼は書状を持ってきた。つまりそれは大狼様達が我々の言葉を正しく理解しているという事だ。


意思疎通も出来ないのであれば、もう戦うしか道は残されてなかったのだが、言葉が通じるというならまだ希望はある。


もしかしたら交渉次第では、生贄の交換くらいは受け入れてくれるかもしれない。


とりあえずは西の祠でハティ様の到着を待とう。それまでに考えを纏めておかなければいけない。




もし村長から開示された情報に偽りがあるのならば、それはきっと起死回生の手札になったはず。


だが、それを調べている時間はもう残されていない。深夜はすぐそこまで迫っているのだ。





西の祠まであと少し、そう思いかけた瞬間。




黒い塊(・・・)が私の眼前に現れた。




およそ10メートルは軽く超すであろう大きな体躯。月明かりに反射した白く鋭い牙。


ぎらぎらと輝く紅い瞳が、私を見下ろしていた。






全身から嫌な汗が流れる。目が、離せなかった。




「は、――ハティ様(・・・・)!!」




――嘘だろ。いきなり現れるなんて予想してないっ……。


まだ満月は昇りきっていないのに!









今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られるのに、蛇に射すくめられた蛙のようにこの場から動けない。



これが、これが神代の生き物の重圧(プレッシャー)か。



――――怖い。



――――――怖い怖い怖い!!



足がガタガタ震えだし、今にも座りこんでしまいそうになる。歯の根も噛み合わず、このままでは話すことも容易ではない。



私は何を考えていたんだろう。



この恐ろしい大狼に挑む?対話をする?説得する?



そんなの、出来るわけが……、



その刹那、シエルの顔が目に浮かんだ。






「ハティ様!!」




気が付いたら、私は跪きハティ様に向けて声を上げていた。体の震えも、もう治まっている。


そうだ、今さら何処に逃げるというのだ。


重圧がどうした、そんなものよりシエルの命の方がよっぽど重いに決まっている!






ハティ様を然りと見つめ、私は口を開いた。




「無礼を承知でお聞き致します!此度の贄の一件、あれは……」


――一体何の対価なのでしょうか。そう、続けるはずだった。



――だか、私はその言葉を最後まで続けることは出来なかった。




聞こえたのは、何かを切り裂くような鈍い風音。


一拍おいてから、びちゃびちゃといった生理的に受け付けない嫌な水音がした。


音がした自分の左側に目を向ける。


服が、破けている。……いや、服所ではない。




――自身の左腕の大半が、何かで抉られたような傷を負っていた。





「――――ッつ!!!?」




傷を認識した瞬間、焼けるような痛みが襲ってきた。崩れそうになる体制を必死に整え、ハティ様に向き合う。


……傷を負う覚悟はあった。だがまだ交渉にも入っていないうちから攻撃をされるとは思わなかった。



――甘かった。彼らの怒りを見誤っていた。






『一体、だと?笑わせるでないわ小娘。貴様らが犯した罪、我らは決して許しはせぬ。――同胞の無念、貴様如きが贖えるとでも思うたか』




ハティ様が吠える。それはあまりにも強い怒気を含ませたもので、恐怖で意識を失いそうになる。


きっとその方が早く楽になれるだろう。だが、私の意地がそれを許しはしない。


決して、今ここで退くわけにはいかないのだ。



罪、とハティ様は言った。きっと村の連中がルールを犯した事だけは確実なのだろう。


でも、一つだけ胸を張って言えることがある。


――シエルは何も悪くない。




「わ、私は、何も聞かされてはいません!このまま何も知らぬまま友が死ぬのをっ、黙って待つわけには参りません!どうか、何があったのかお聞かせ下さいっ」




痛みが、崩れそうになる意識をぎりぎりで繋ぎ止めてくれる。


もしかしてこれが怪我の功名といったやつだろうか、なんて。


……意識が他の所へ流れてきている、不味い傾向だ。





『友?あの欲深き罪人の娘がか?……痴れ者め、貴様もここで朽ちるがよいわ』




そう不快そうに言うとハティ様はその大きな前足を振り上げ、今にも私に振り下ろそうとする。



――避けられるか?


……いや、無理だ。運動速度があまりにも違いすぎる。



例えここで止めを刺されずとも、このままでは直に出血多量で命を落とすことだろう。


ああ、流石にもう駄目かもしれない。




――いや、それじゃ駄目だ。何か無いのか、ハティ様の気を引ける事は。


私はまだ何もしていないじゃないか。ここままではただの無駄死にだ、そんな結末は認められない!!



そう思った瞬間、燻っていた疑問が高速で頭を駆け巡った。



――村長への書状。

――出された贄の条件。

――折り合いが悪い姪。

――村長の息子と揉めていたシエル。

――金回りがいい彼ら。

――大狼様達の怒り。

――同胞の無念。

――『罪人の娘』?


……何かがおかしい。


考えろ。何かが掴めそうなんだ。私は何か重要な事を見落としている!!




確か村長一家の金回りが格段に良くなっていたのは十月ほど前からだ。

奇しくも祖父が死んだ頃と一致する。

祖父は東の森もフィールドワークの対象にしていたが、私が後をついでからそちらは手つかずのままだ。なので、東の森の猟師とは今はもう殆ど親交がない。


――もしも、もしもだ。


東の猟師達が村長達と手を組んでいたら?

邪魔な祖父がいなくなったことで、理を犯す様なまねをしていたら?


――ハティ様は『同胞の無念』と言っていた。

銀狼の毛皮は高く売れる。一枚あれば一年は遊んで暮らせる程に。

……考えたくはないが、これが正解だろう。



そもそも、贄の条件が断定的過ぎる。今更だが、あまりにも可笑しい。

ハティ様の口ぶりだと、犯人はもう特定しているかのような言い方だった。

『罪人』が村長の事だとすると、どうだろうか。


本当の書状の内容は、例えばお前の娘達を差し出せ、とかはどうだろうか。


――村長の娘は確か二人だった。ハティ様の言ってる事を当てはめると、そう考えた方がしっくりくる。



――それに、シエルは×××だ。





―――――――――ああ、全てが繋がった。









「お待ちください!!」





私の大声に、ハティ様の動きが止まる。


ハティ様はこの期に及んでまだ命乞いをするのか、とでも言いたげな侮蔑の表情を浮かべながら唸る。


ああもう、本当に怖いなぁ。でも、それでも言わなくては。



「最後に、一つだけ貴方様に伝えたい事があります」




眼だけはしっかりとハティ様に向ける。――気圧されるな、その瞬間に刃は振り下ろされる。虚勢でも何でも構わない、今だけは胸を張れ。



血を失いすぎたせいか意識が朦朧としてきた。だが、これだけは言わなくてはいけない。




「いま祠にいる人間は、貴方達が望んだ贄ではありません」




擦れた声で告げる。どうか、どうかこれだけは最後まで聞いてほしい。




「貴方達の怨敵、村長の親族。銀色の眷属を刈り取った愚か者達は、未だ村でのうのうと過ごしています。――あの子は、シエルは銀狼狩りとは何の関係もないのです」



そう、村長の姪もシエルもようは彼らの身代わりだ。私たちはまんまと偽りの情報に騙されていたというわけだ。


彼らと折り合いが悪い者たちの中で、誰かしらが当てはまるように作った条件に運悪くシエルが該当してしまった。それだけのことだ。


――あの村長は、本当に外道だ。




だからこそ、あの子は騙されて連れてこられただけなのだと必死に告げる。


聞き入れて何てもらえないかもしれない。それでも、一縷の希望に賭けるしか私には出来ない。これが私の精一杯なのだ。




ハティ様は、そんな必死な様子の私を一瞥するとこう言い放った。暗く響くような声音だった。




『貴様等、我等を謀ろうとしたのか』




その紅い目には隠しきれない程の憎悪が燻っており、見る者の心を怯えさせる。



違う、そんなつもりは無い。ただ私は真実を知ってもらいたかっただ。あの子は悪くないと分ってもらいたかっただけなんだ!!




『まあ良い。ならば我とて考えがある。――所詮貴様等は我らの同胞ではない。根絶やし(・・・・)にしたところで問題はないだろう』



そういうと、ハティ様は私を無視し村の方に向かって歩き出そうとした。



今なんと言った?――根絶やし(・・・・)と言ったのか?


村には、小父さんと小母さんが居るのに?


確かに私はあんな村滅んでしまえばいいと願った。だが、彼らの死までは望んではいない!!





『……何のつもりだ、小娘』




痛む体を最大限の速さで操り、ハティ様の前に両手を広げて立ちふさがる。


いや、正確には左手は持ちあがらないので右手で制する形になっているが、そんなことはどうでもいい。




「行かせる訳にはいきません」




そうだ、行かせる訳にはいかない。


彼らにシエルを生きて連れて帰ると約束したんだ。


それなのに肝心の彼らが死んでしまったのでは本末転倒だ。





「貴方にとって、私は矮小な存在でしょう。――だけど、私にだって意地がある」




地面が揺れている。もしかしたら私が揺れているのかもしれない。立っているのが辛い、口を開くのが辛い。それでも言わなくては。




「私は、絶対にここから退きはしない!!――家族を見捨てるような真似は、死んでもしない!!」




勝てる勝てないは問題ではない。


此処で引いたら、大切な人が死んでしまう。なら、--生きてる限り戦わなくちゃ。


例え手足がなくなり、目をつぶされたとしても、噛り付いてでも行かせはしない。


神さまだろうがなんだろうが知った事か。


これ以上奪われるなんて、死んでもごめんだ。




『貴様、死ぬのが恐ろしくはないのか。――足が震えているぞ、人間ならば命乞いでもしたらどうだ』




嘲るように語りかける。獲物を甚振るのは強者の特権だ、私の様な弱者は何を言われても仕方がない。


だが、命乞いだって?


――――それは、流石に聞き逃せない。




「死ぬことへの恐怖?命乞い?そんな物は……」




○○であった頃の最後の記憶。


死にたくない、苦しい、辛い、何で私が、溢れるほどの負の感情。死に際の何かに対する命乞い。病に侵された惨めなワタシ。




「そんな物はとうの昔(・・・・)に済ませてきたっ!!」



前世にあれだけの無様な姿を晒したんだ。


いまさらみっともない真似なんて死んでもごめんだ。あんな惨めで虚しい思いは二度としたくない。したくないんだ!





ハティ様は私の返答に感心したかのようにグルルと喉を鳴らすと、その紅い目でしっかりと私を見つめた。




『娘、名を何と言う』



何を言われたのか一瞬理解できずうろたえたが、焦りつつも質問に答えた。



「リオン。リオン・ヴィクトリアと申します」



そう、私はリオン。リオンでしかないんだ。もう○○なんかじゃない。



『ヴィクトリア……。そうか、貴様はあやつの親族か。……我を見る眼差しが同じだ』




懐かしそうにハティ様がつぶやいた。


あやつ?誰の事だろうか。祖父か、それとももっと前のご先祖様だろうか。


だが、何だか風向きがいい方に変わってきた気がするここまま行けば説得も夢じゃ――、





『リオン。勇敢なる娘よ』




ハティ様はまるで神託でも告げるかのような荘厳さをもって、私に語りかける。


先ほどの殺気だった様子とはうって変わってだ。







『貴様の名、しかと心に刻んだ。




――――――その名誉を胸に抱いて死ぬがいい』






獣の神は、無慈悲にもそう告げた。



そして、振り下ろされる凶刃。満身創痍の私には避けようがなかった。



衝撃。ぶれる視界。転がる私の体。



だがそれは予想に反し、爪が切り裂く痛みではなく何かに突き飛ばされたような感覚だった。





地に倒れ伏しながら、重たい瞼を開ける。






私の目に映ったのは、銀色。




――――美しい一匹の銀狼であった。


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