表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はーとふる  作者: 玖洞
第二章
21/24

険悪


「―――――――は?」




シエルという人間は、よく人には『温和』だと称される事が多い。




人当たりも良く、いつも笑顔で、頼まれごとも嫌な顔一つしないで引き受けてくれる。


その外見に相応しい優しさを持ち合わせていると、皆が口を揃えて言う。



――だが、その気質は極めて荒い。



今まではそれが表に出る事は決して無かった。いや、出る機会もなかったとも言える。



特定のものに対する執着心、――否、独占欲とでも言うべきか。 要するに、彼は『奪われる』という事が心の底から嫌いなのだ。



まぁ、その独占欲が誰に向いているかは言うまでもない事だが。




そんな彼でも普段はきちんと理性が働いているため、たいていの事は笑って許す。が、今回ばかりは彼の地雷を踏み抜いたらしい。






シエルはその容姿からは考えもつかない程の不機嫌な低い声を出し、目の前の男を睨み付けた。




目の前に居るのはいけ好かない――不本意だが恩人である男、ラウル。


それともう一人。銀髪の線の細い青年がこちを不安げに窺いながら居心地が悪そうに佇んでいる。


まぁそれも自分の剣呑な態度が原因なんだろうけど。だが、それを今さら改める気にもなれない。




この男はいきなりリオンと青年を引きずって部屋に上がりこんだかと思うと、リオンに『お前がいるとややこしくなる』とかなんだとか言って茶菓子を買いに出ていかせるし、その極めつけに厄介事まで持ってくるなんて。流石の僕でも不満に思わないわけがない。



――ラウルさん曰く、彼は今この街で勃発している連続殺人の犯人に狙われていて、次の犯行予定が明日の夜なので、とり急いで安全な隠れ場所を用意する事が出来なかった。

なので、一先ず拠点が見つかるまで此処で匿ってほしいとの事だった。一応警備の人間は周辺に用意してくれるらしい。




「俺の見立てだと、ココが一番安全なんだよ。 いざという時の逃走経路もしっかり計算されてるしさ。 ……お前も良く知っているだろ?」



――知っている。だって此処は、貴方が僕らの為にわざわざ用意してくれた部屋だから。


今はまだ使い機会が無かったけれど、用心するに越したことは無い。まさかそれが別の人の為に使われる事になるなんておもってなかったけど。




でも僕が不満なのはそんなちっぽけな事ではない。



「……僕が言いたいのはその事じゃないって分かっているでしょう?――なぜ、リオンがそんな危険な事に関わっているんですか」



暗に、『お前が巻き込んだんだろう』と声に苛立ちを乗せる。リオンが自分からそんな危ない事に首を突っ込む筈が無い。その相手が他人ならばなおの事だ。



殺人鬼に狙われてる? 所在が相手に割れてるから匿いたい?


 ――何それ。 そんなのリオンには関係ないだろ。勝手に死ねとまでは言わないけれど、助けになってやる義理はない。





「あれ?リオンから何も聞いてないの? ―――ふぅん、案外信用されてないのかな?」




ラウルさんは目を細めてにやりと笑うと、テーブルの上で腕を組み、僕をジッと見つめた。


そのわざとらしい挑発に、頭に血が上りかけたが、頭を振って思いとどまる。



よせ、落ち着け。挑発だってわかってるだろ?ここで掴みかかったら相手の思うつぼだ。




「いいからさっさと話してくださいよ。リオンが帰ってきてしまいますよ」




「へぇ、少しは成長したのかな?……おっと、そんなに睨むなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」




ラウルさんは仰々しく肩をすくめると、青年の方を流し見ながら話し始めた。



「コイツ、ユエって言うんだけどさぁ、この間リオンと飲みに行ったお店の子なんだ。 その時にすっかり意気投合しちゃったみたいでね。それから一晩二人で仲良く過ごすくらい。 友達だって本人は言ってるんだけど、どうなの?実際のとこは」



「あ、あの、誤解を招く様な事言わないでください。 僕と彼女はその、ただの友人ですから」



ほんのりと、白い頬を朱に染めて青年が困ったように笑う。




その笑顔に、胸の奥のナニカが軋んだ気がした。


――――何だよそれ、僕は何も聞いてない。



リオンが僕に隠し事? そんな様子は全然なかったのに。


何で?言えないような事だった?――僕の事、邪魔になったの?


――いや、そんなわけない。僕はリオンの事を信じている。リオンの一番は僕で、僕の一番はリオンだ。そうに決まってる。




「いい加減にしてくださいよ。そんなに僕を煽って楽しいんですか?……ああ、楽しいんですよね。



――だから貴方は嫌いなんだ」





「本当にお前って俺に対してはキツイよなぁ。そんなにアイツの側に居る俺が邪魔かな?――嫉妬は見苦しいぜぇ?」



かぁっ、と頬に熱が集まる。ああ、本当にこの男はっ!



ニヤニヤと笑っているラウルさんが憎たらしい。分かっている。僕をからかって遊んでいるだけなのだ、この人は。




――悔しい。



自分の本心を見透かされる事も、リオンを守る力が無い自分の事も、何より彼女に関して知らない事があったという事がとても悔しい。



僕がもっと強ければ。――リオンを守れるくらいに力があれば。この人の悪い男に厄介事に巻き込まれる事なんて無かったのに。




「はっ、怖い怖い。リオンに席を外して貰っておいて良かったよ。――でも俺はさぁ、君を評価してるんだよ? 巫術だっけ?あんな廃れた呪術を何処で身につけたか知らないけどさ――」




――時間稼ぎくらいには使えるんじゃないの?




笑いながら言われた最後の一言に、僕はついに耐えられなかった。



両手で顔を隠すように覆う。眼の奥が以上に熱かった。




「……おいおい、これくらいの事で泣くなよ。こんなのまだまだ序の口だぞ?」



「あ、」



「ん?」



「アンタなんか、――消えてしまえばいいんだ」




俯きながら、呻くように言う。




そうだ、消えてしまえ。アンタなんかいらない。僕はリオンがいればそれで良いんだ。恩が何だ。僕らの事おもちゃみたいにしか思ってない癖に。ああもう本当に■んでし■えば良いのに――、



そう思い、顔を上げた瞬間。僕は泣くのも忘れて硬直した。



てっきり僕を嘲笑っているだろうと思っていたのに、それなのに。






――なんで貴方がそんなに辛そうな顔をしているんだろうか?




でもその表情も一瞬で何時ものへらへらした薄っぺらい物に切り替わった。……見間違いだったのだろうか。




「あの、」




そう言いかけた瞬間、部屋のドアが開いた。



入ってきた人物――リオンはまず僕を見つめ、ラウルさんの方を向き、そしてもう一度僕の方を見て、静かに言った。




「先輩」



「何かな?」



「表に出てください。ちょっとでいいので」



「いや、まだ話終わってないしさ。それにシエルちゃんとユエ君を二人きりにするのは、」



「いいですから」



「あ、あのさ」



「いいですから」



「ハイ……」




そうしてラウルさんはリオンに引きずられるようにして扉の向こうへ消えていった。



……うん、リオンは相変わらずかっこいいなぁ。でもまた情けない所を見られてしまった。恥ずかしい。



涙をぬぐい顔を上げると、困惑した表情の青年と目があった。


……あ、しまった。ラウルさんのせいですっかり彼の存在を忘れていた。





「あ、あの」




「……うん」




「すいません、いきなり訪ねてきてしまって……。ご迷惑だったらすぐに出ていきますから。それに、これ以上リオンさんの負担にはなりたくないですし」



「……そう」



青年――ユエは始終申し訳なさそうな顔をしている。その表情が彼の儚げな美貌を際立たせているようで、何故だか癪に障る。



リオンさんの負担に、ね。それがわかってるならとっとと出ていけばいいのに。分かっているくせに殊勝な態度に出るのは少しあざといんじゃないの?

――そうやって、リオンの同情を買ったわけ?

リオンはとても優しいから、困ってる人を邪険になんか出来ないんだよ。だから君が特別なわけじゃないんだ。勘違いしないでほしい。



そう、声には出さず、心の中で思う。




――ああ、嫌だ。



何より、こんな風に他人を貶す自分が何より嫌だ。



分かってるよ、こんなのは只の嫉妬だ。リオンの側に居たコイツが気に食わないだけだ。



最初に連れられてきたとき、リオンは彼を友人と言っていた。彼の方はどう思っているのかは知らないが、僕はリオンの言葉を疑わない。



別に僕は彼がどうなろうと知った事ではないけれど、彼が死んだらきっとリオンは悲しむ。それだけは、嫌だった。



「いいよ、居ても」



「え?」



きょとん、とした顔でユエが聞き返す。そりゃそうだろう。あれだけラウルさんに噛みついていたのだ。僕が許可するなんて思いもよらなかった筈だ。



「僕はりっちゃんのお願いは断らないもの。納得はしてないけど、拒否はしない。でも――、


――リオンの事裏切ったりしたら、絶対に許さないから」




僕のその言葉に彼は真剣な顔で、しっかりと頷いた。




「それはあり得ません。だって彼女はその、僕の――一番大切な人ですから」



そう言って恥ずかしそうに頬を染める彼。



……これはもしかして宣戦布告なのだろうか。




べ、別にそんなの気にしないし。りっちゃんの一番は僕だし。ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたもの。信じてる。



――でもやっぱり嫌だなぁ。この人とりっちゃんを一緒に居させたくないな。嫌だな。



そんな僕の不満げな顔に、彼は苦笑を漏らす。まるで子供の癇癪を受け流すかのような態度だった。


……ムカつく。




「二人は仲がいいんですね。リオンさんも大切な親友だと言っていました」



「……子供の頃からずっと一緒だったし、当然だよ」




ぶっきら棒にそう答えると、彼は何が可笑しいのかクスクスと笑いだした。




「何が可笑しいの?」



「あ、ごめんなさい。何と言うか、――妹が居たらこんな感じだったのかなぁと思って」



「え?」



「僕も昔は姉さんの友人相手に突っかかってましたから。なんだか姉さんが取られるみたいで悔しかったんです。――貴女のその仕草が、あまりにもあの頃の僕に似ていたものだから、つい。すいません、気を悪くしましたよね?」



「……ああ、いや、」




宣戦布告どころか完全に子供扱いされていただけだった。どう考えても相手にされていない。



確かに僕は童顔で背もリオンとそう変わらないし、言動がちょっと子供っぽいけどさぁ……。それはちょっとどうかと。



「リオンさんと並ぶと、本当に仲のいい姉妹みたいですよね。ちょっと羨ましいです」



「……うん?」



さっきからちょこちょこと聞き間違いだと思ってたけど、この人もしかして僕の事を女性だと思ってる?



……怒った方がいいのか、悲しめばいいのかよく分からない。でもなんだか気が抜けてしまった。




「えっと、あのさ。一応言っておくけど僕はりっちゃんよりちょっと年上だし、それにそもそも僕は、」



――男なんだけど、と言おうとした瞬間、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。




そうこの時にちゃんと最後まで告げていれば、あんな面倒な事にはならなかったのかもしれない。だがそれは別の話だろう。




「あ、りっちゃんお帰り。……ラウルさんはどうしたの?」



「『護衛を集めてくるから後はよろしく』だって。……そもそもあの人に説明を任せたのが間違いだったよ。ごめん、シエルが先輩の事苦手って知ってたのに」



リオンが申し訳なさそうに眉を下げる。




「ううん、いいよ謝らなくて。でもね、」




そうして僕はいつもの通り、にっこりと笑って言う。






「りっちゃんの口から、ちゃんと説明してほしいな。最初から、最後まで」





――そこの彼との関係から全部ね。










あの時のシエルはなんだか怖かった、とリオンとユエは後に語る。が、それはまた別のお話。

































久々に感想もらえてテンションが上がったので一気に書き上げました。


前の文章も所々加筆修正しているので、時間があったら見返してやってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ