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はーとふる  作者: 玖洞
第二章
20/24

憶測



「年齢と性別、経歴、そして普段の生活に至るまで被害者に一致点は見られず。 唯一の共通点は『○に×が血文字で描かれていた』事のみ、ですか」



先輩はどこから入手してきたのか、今までの被害者の詳しいデータを私の目の前に持ってきていた。




「絞殺、轢殺、焼殺、圧殺、毒殺、撲殺、爆殺、刺殺。 今までに起こった殺人方法だ。ただ、そのどれもが殺されすぎる(・・・・・・)程に殺されている(・・・・・・)。 死体の状況から見て、恐らく魔術に精通した人物が犯人だろう。 そうでなければあそこまでの犯行は行えない」




「魔術……」




絞殺は首が千切れるまで。轢殺は原型が無くなるまで。毒殺は体中が何色もの色に染まるまで服毒させられている。



ルナさんに至っては言わずもがな。何十等分にもその肉体を切断されていた。



ユエから聞いた彼女の部屋での失血量を考えると、……考えたくはないが、おそらく彼女は魔術の行使により、生きたまま(・・・・・)分割されたのではないだろうか。――あぁ、気分が悪い。



それにしても魔術か。……自分が使えない技術を使う人はやっぱり怖い。




「そう。 そしてこれは確実に単独犯だろうね」




「何故ですか?」




「……俺にだって言えない事はある。教えるつもりは無いし、話すつもりもない。 ただ、誓って言おう。 ――――これだけは、嘘じゃない」




机の上で手を組みながら、先輩は神妙な面持ちでそう告げる。



嘘は吐かない、か。 あの先輩が大きな口を叩いたものだ。


信じるも信じないも私次第。しかも相手はあの先輩だ。 だけど、今この状況で冗談を言うわけがないだろう。



少なくとも、ルナさんが殺されたあの日様子を考えると居たたまれない気持ちになる。 はやく、犯人を見つけなくちゃ。




「わかりました。信じます」




「……そっか。 それはなにより」




先輩は即答した私に対し、すっと目を細め、そっけなくそう返した。




「それにしても単独犯という事は、ただの快楽殺人……。――――いや、そうじゃない(・・・・・・)




もしも、もし犯人像が私の考えている通りならば、この事件はただの連続殺人では収まらないだろうと、漠然とそう思った。



私が独り言のようにそう呟くと、先輩は小首を傾げて私に問いかけた。




「……へぇ。 どうしてそう思う?」




「ただの快楽殺人、に見えます。でも、」




少しだけ、言いよどむ。 これはただの憶測だ。確証がある訳ではない。




「でも?」




「犯人は殺しを楽しんでいる訳じゃないと思います。 強いていうなら、これは――儀式殺人。 それも、きっと犯人は殺人慣れしていない人物でしょう」




根拠となるべき事象は三つ。



一つは上記の通り『○に×が血文字で描かれた模様』。

二つ目は『七日に一度』という規則性。

三つ目は――、



「死体が過剰に殺されている(・・・・・・)事」




私は机に置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、自身の震えを隠すようにそれを飲み干した。




「死体が過剰に傷つけられていたのは、決して楽しむためじゃない。――確実に対象を殺すために必要だったからです」




本当に死んでいるのか分からないから。だから明らかに死んでいるのにもかかわらず、死体を激しく損傷させる。 確実に、その息の根を止めるため。





昔、何度も夢に見た。――――世界で一番嫌いな人間を殺す夢。



――血塗られた見知った顔のその人を、今でもよく覚えている。



何度もきらめくナイフをその心臓に突き刺す夢。 何度も、何度も何度も、繰り返し振り下ろす。その人の目から光が消え、白く濁り、痙攣すらしなくなっても、生き返って来るんじゃないかと不安でしょうがなかった。



その追撃はきっと、憎しみではなく罪の意識による罪悪感、――『恐怖』からくる行動だった。



だからこその、過剰殺人(オーバーキル)



それに上手く言えないけど、この犯人は明らかに手馴れていない(・・・・・・・)



魔術という圧倒的なアドバンテージがあるにも関わらず、その犯行にはどことなく怯えが見られる。




「犯人にとって殺人は目的じゃない。儀式を全うさせるための過程にすぎないんです」




「……まるで自分が体験してきたかのように言うんだねぇ」




先輩が訝しげに私を見る。





私は静かに目を閉じる。



瞼の裏に浮かぶ赤い面影。 忘れもしない、忘れられない『彼女』の姿。


そう、―――――刃を突き立てられ真っ赤に染まった『私』の姿は、きっと何度生まれ変わっても忘れる事など出来ないだろう。





ゆるりと瞼を上げる。



所詮、夢は夢だ。 現実じゃない。




「女の子には秘密が多いんですよ」



くすり、と苦笑する。 


私はまだ、前に進めていないらしい。変わりたいと思う気持ちは、確かに本物のはずなんだけど。




「ふぅん。まぁそういう事にしておこうか。――で?」




「え?」




「だから、そこまでわかってて手掛かりは他にないわけ?」




……それは、まぁ、そうなるだろう。いくら犯人像を語ったところで大事な事は何もわかっちゃいない。


知った風に語ったところでこの様だ。情けない。




「……すいません」



「――あー、いや、俺も急ぎ過ぎた。 まだ次の犯行まで余裕があるしさ、気長に行こうよ」




先輩はそういうと、凹んで下を向いている私の頭をガシガシと撫で、困ったように笑った。



……余裕があるなんて、嘘。 何よりも先輩が焦ってるはずなのに。



先輩に気を使ってもらうなんて明日は槍が降るかもしれない、なぁんて、ね。




「先輩、」




「ん?」




「絶対、犯人見つけましょうね」






私はその時、心のどこかで『きっと大丈夫』だと、『犯人は捕まえられる』と楽観視していた。



――――だが、私達は何の情報も得られないまま、四日目の朝を迎える事になる。














◆ ◆ ◆











――――四日目の夜が来た。




規則性の通りなら、犯行は明日の夜に行われる。



――結局私はあれから大した情報は掴むことは出来なかった。そう、何も重要な事は分からなかった。


現場付近での目撃情報は、驚く程に少ない。 それもきっと恐らく魔術によるものだろう。

そんな手詰まりな状況下でも、分かった事がいくつかある。



『黒いローブの少女』そして、『白い猫』。 いかにも、といった感じだ。


そのどちらかが何度か現場付近で目撃されている。



特徴と言えばそれくらいしかない。だがそのか細い情報すら、個人を特定するのには曖昧すぎる。





「……っ、あーもう。碌なもんじゃない」




「…………」





先輩の情報網による聞き込み、資料集め、過去の現場に赴いての暗号の解読。そのどれもが肩すかしをくらっている。焦燥感が胸を押しつぶすように襲ってくる。


どうしよう、このままだと必ず次の被害者が生まれてしまう。それだけは何としても避けなくちゃ――、




「共通点が無いっていうのが、一番のネックだよなぁ……。 幼女にオッサンに少年、全部がバラバラだ。 アルテミシア・リネア、8歳。 シン・ライディス、48歳、加治屋。 フェガリ・ヴィネア、19歳、画家。 ――他も似たりよったり。お手上げだよ」




共通点が見つからない。それはつまり、次のターゲットが誰か推測がつかないという事。




「憲兵の動きはどうですか? 何か掴んだりは……」




「何も。 それに俺につかめない事があいつ等に分かる訳ないだろ? だってあいつ等無能なんだから」



……言うなぁ。



だが、先輩の言う事なので何故か否定できない。無駄な説得力があるからだ。




「此処で話しててもしょうがないし、そろそろ行こっか」




「今日は何処へ?」




「んー、決まってない。 とりあえず酒場にでも行こうか」





先輩はそう言うと席を立ち、私の分までの食事代をさりげなく支払うと出口に向かって歩きはじめた。














◆ ◆ ◆









外に出ると、大きな月が私達を出迎えてくれた。




その眩さに思わず立ち止まり、見入る。



この世界では月も星も、とても綺麗に見える。 明るさが段違いなのだ。


無駄な人口光が無いからなのだろうけど、もしかしたら私の心に余裕が出来たからなのかもしれない。





「リオン? どうした?」




動かない私を疑問に思ったのか、先輩が訝しげに問いかけた。





「あ、いえ。 月が綺麗だったもので、つい」




「ふぅん? いつも通りだけどね」




そう言うと先輩は不思議そうに月を見上げた。



明るい青みがかった光が静かに降り注ぐ。……綺麗だと思うんだけどなぁ、優しい色味で落ち着くし。




「あ、そう言えばさっきの被害者の少女の名前にも月の女神の名前が入ってましたね」




アルテミシア・リネア。月の女神、アルテミスをもじった名前だ。女の子らしくて可愛いと思う。




――何となくの言葉だった。 ただその場つなぎの為だけのどうでもいい話題のつもりだった。




私はこの時失念していたのだ。……ここが、『私』にとっての異世界だという事に。








先輩は私の言葉に怪訝そうな顔をして、こう聞いた。









「月の女神? ――何それ(・・・)?」








頭から血の気が下がる。




――あ、やってしまった。 油断していた。『リオン』がそんな知識を持っている筈が無いのに。




それにアルテミスはギリシャ神話の神だ。先輩がそんなもの知る訳がない。馬鹿か私は。





…………あれ? 何だろうこの違和感は。



おかしい、何かが変だ。噛み合わない。 でも、――何が(・・)




先輩はきょとんとした顔をして、もう行こう、と言って呆然とする私の手を引こうとした。





「――先輩。もう一度被害者のリストを見せてもらってもいいですか?」




「別にいいけど……。 はい、これ。 って、おい。 何やってんのさ」




私は先輩が差し出した紙の束を、制止も聞かずに地面に並べ始めた。




アルテミシア・リネア

シン・ライディス

フェガリ・ヴィネア

アルバート・モント

カマル・バーンズ

マーニャ・セシル

セレネ・ムーン


――そして、ルナさん





「……まさか、そんなはずっ、こんなのって」




「リオン?」




――おかあさん。貴女が『私』にくれた本の数々が、こんな所で役に立つなんて考えもしませんでした。

世界の神話や叙事詩の知識。孤独を埋めるには足りなかったけど、人生とはやはり分からない。


だが今は、ただ感謝しかない。




御蔭で私は、友人を失わないですむ(・・・・・・・・・・)!!




「先輩っ!!」




「な、何?」




私は先輩の肩を掴むと、柄にもなく大声を出した。



そんな私の珍しい様子に先輩は少し引き気味だ。






「ユエを、ユエを助けて下さい!!」




「は? ユエ?」






「――次の被害者はっ、狙われるのは彼なんです!!」










◆ ◆ ◆









結論から言ってしまおう。



――――犯人は月をその名に含んだ人間を狙っている。





それに○に×が描かれた記号。 それも満月に×を描いた図(・・・・・・・・・)なのだと考えれば辻褄が合う。 月の記号が掛けているものだけなんて思い込むのが、それこそが先入観の罠だった。




アルテミシア・リネア

シン・ライディス

フェガリ・ヴィネア

アルバート・モント

カマル・バーンズ

マーニャ・セシル

セレネ・ムーン

ルナさん




神話の月の神と、外国語で月を表す名前。彼らの名前にはそれがあった。



『ルナ』とは、ヨーロッパでもっとも一般的な月の名称だ。


『ユエ』も然り。中国での月の名称だ。




こんな偏った知識を持っているのは、間違いなく『私』や千尋と同郷の者だ。



……先輩にはその辺りの事を上手く説明できなかった。それはそうだ。前世の話なんて出来るわけがない。気が狂ったと思われるのが落ちだ。


だから実家の文献でそんな描写を見たと苦しい言い訳をした。

怪訝そうにしながらも対応を真剣に考えてくれた先輩には感謝の気持ちしかない。



『彼女』は目撃情報からすると恐らくは千尋と同年代だろう。それに、十中八九『彼女』は魔王側の人間だと思う。――だからこそ『月』を目の敵にする。


それが何故連続殺人に繋がるのかは分からないが、『彼女』を止めない限り、ユエの身が危険な事は確かだ。



犯人はルナさんの存在を知っている。それはつまり、ユエの存在を知っていてもおかしくないという事だ。必然的に被害者リストのトップに挙がってくる。







――私は失念していた。『月』の存在がこの世界にもたらす意味を。




今考えてみてみれば、千尋ももう一人の勇者もその名に月が含まれている。



だからこそ、嫌な仮説が頭を過る。



私の推測が正しければ、この儀式殺人の大まかな対象は、『勇者』だ。




……何だかんだ言って、私は『魔王』の存在を軽く見ていた。勇者が私が知る限りもっとも不本意であるが頼りになる人間だったのだ。無理もないと思う。



彼等が何をしたいのかは分からないが、このままではまずい気がする。



何かとんでもない事が水面下を進行しているかのような、不安感。胸を渦巻く、焦燥。



でも今の私にできるのは、友人の身を守ることくらいだ。











――『犯人(まじょ)』、『(ひがいしゃ)』、『探偵(はずれもの)』、そして『傍観者(イレギュラー)』。様々な思惑が交錯する最中、時は進む。


――――誰もが望まない方向へと。













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