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はーとふる  作者: 玖洞
第二章
19/24

嗚咽



――ルナさんが死んだ。連続殺人の九人目の被害者として。




しかも今回は夜道ではなく、ルナさんの自室(・・)で犯行は行われた。



「何故ですか!?だってこれは無差別殺人だって――、」



消失の悲しみよりも、何故、どうして、といった疑問符が私の頭を駆け巡る。だってこれは無差別殺人だと皆言っていたじゃないか。――危ないから出歩かないようにしようとあの日彼女と話をしたはずだ。


それなのに、どうして?なんでルナさんが死ななくちゃいけないの?



「――無差別(・・・)じゃなかったんだよ。ルナは何者かによって、狙われて殺された」



幽鬼の様な表情で、先輩が確信を持ったような声で言った。



「……そんな、一体誰がそんな事を」



無差別殺人じゃ無かった。それはつまり、ルナさんが殺された事に何らかの意味(・・・・・・)があるというとに他ならない。




「……じゃ、行こうか」



先輩は唐突に私の腕を掴むと、有無を言わせぬ足取りで店の外へ向かって歩き始めた。手


首をギリギリと締め付ける先輩の手が痛い。




「っ、痛っ。せ、先輩!! 行くって何処にですか!?」




そんな私の焦ったような言葉に先輩は振り返らずに言った。




「なぁに、――――ただの探偵ごっこさ」












◆ ◆ ◆








そして私は先輩に連れられて、娼館に来ていた。もちろん営業は停止していたが、先輩の口添えにより中には入れるそうだ。


――それにしても、先輩のあんな顔初めて見た。


いつも飄々と人を馬鹿にしたように笑ってるくせに、さっきの先輩と言ったら、今にも倒れてしまいそうなくらい焦燥していた。


……無理もないだろう。ルナさんとかなり親しそうだったし、特別な感情がきっとあったのだと思う。


無表情で店の前に立ち尽くす先輩をちらりと盗み見る。




……先輩は敵討ちでもするつもりなのだろうか。私にはわからない。『探偵ごっこ』とか言ってふざけたふりをしているが、きっと本気なのだろう。




「リオンはユエに話を聞いて来て。俺は他の連中を回ってみる」



「ユエですか? 心配なので立ち寄るつもりではいましたけど、一体何を聞けばいいのか……」



「ああ、第一発見者が彼だからだよ」




先輩がなんでもないような口調でそんな事を言った。




「え?」



「ルナのバラバラ死体を見つけちゃったのは彼なんだよ。可愛そうに、今頃泣いてるんじゃない?慰めてあげたら?」



私をからかうかのように先輩は何時もの様な調子で話し出す。だがその顔は張り付いたような無表情だ。かえって恐ろしい。……だめだ、うまくかける言葉が見つからない。



「…………そうします」



「あっそ。――じゃ、後は頼んだよ」



先輩はそれだけ言うとユエの居る部屋とは別の方向へ歩き始めた。


時折ふらついていてどうにも危なっかしい。



「せ、先輩!!」



思わずその背に声を掛けていた。自分でも何故声を掛けたのか分からない。咄嗟の行動だった。


……でも、何か言わなきゃいけない気がしたんだ。()じゃなきゃダメだって、そんな気が。



「何?」



「えっと、その。無理、しないで下さい。――お気をつけて」



結局何を言いたいかすら分からなかったので苦し紛れにそう言うと、先輩は考え込むように顔を俯け、聞き取れないくらい小さな声で何かを呟くと、何もなかったかのように笑って、「わかった」と返した。……本当に大丈夫なのだろうか。



心に陰りを灯しながら私はユエが居る部屋に向かって歩き出した。










◆ ◆ ◆










入った部屋の中で、ユエは綺麗に笑って私を出迎えてくれた。


――そう、見ているこっちの方が心が痛くなりそうな笑顔で。




別段泣いたような跡も見えない。瞳も赤くなどなっておらず、至って綺麗なままだった。



――その歪な事実が、どうしようもなく私の焦燥感をあおる。




「来てくれて、ありがとう」



「……ユエ」



「こんなに早く会いに来てくれるなんて嬉しいな。座って、お茶でもだすよ」



「ユエ、その、……大丈夫なの?」



私の言葉にユエの表情が曇る。



「大丈夫、――ではないかな。ルナさんはとてもいい人だったし。――でも、僕らみたいなのにはこんなのよくある事だしさ、だから――」



――仕方ないよ。そう言ってユエは困ったように笑った。



……笑う?何故?――仕方ない(・・・・)ってどういう事だよ。そんな、まるでいつ死んでもおかしくないみたいな言い方――、





「飲み物なんだけど、果実水の方がいいかな? 今日はお店もやってないからいっぱい余ってると思うんだ。少しくらいなら持ってきてもばれない――」



「ユエっ!!!!」



私が出した大声に、彼の肩が大きく震えた。




「何でそんな、――いつ死んでもおかしくないみたいに言うんだよ。ルナさんは優しい先輩だって言ってたじゃないか。それなのに、どうして……」



「――姉さんの事は話したよね。……ここでは命の価値がみんな軽いんだ。ボタンを一つ掛け間違えればすぐにでも終わってしまうくらいに。――それに、僕がいくら嘆いたところで何かが変わるわけでも無い」



ユエが諦めの混じった顔で、笑う。



私は全然分かってなんかいなかった。


彼の支えになれればいいだなんて大きな口をよくもまあ叩いたものだ。ユエ自身が自分の中で『完結』させている思考に対しては私は対処できない。



ユエはもう完全に諦めてしまっている。――『親しい者の死』に。自分ではどうにもできないと、完全に。


……ここの生活環境がそうさせている事は分かる。先輩もここは人の入れ替わりが激しいとポツリと零していたから。


その時は、「そんなものか」とただ流していた。どこか、遠くの世界の話だとでも感じていたのだろう。私は、ここがどれだけシビアなのか分かっていなかった。



――――それでも、それは違うのだと大声で叫びたい。



仕方なくなんか、ない。だからどうしようもないなんて言わないでほしい。




先輩、私には無理です。こんな今にも壊れそうな彼から話なんて聞けません。ごめんなさい。――ごめんなさい、ルナさん。


視界が滲む。ああ嫌だ、私はこんなにも不甲斐ない。泣きたくなんか、ないのに。




「何で、リオンが泣くの」



零れた涙が濡らした頬を、ユエがそっと撫でた。


そう言った彼は困ったような顔で笑っていた。駄々をこねている子供を見るかのような、やれやれといった様子で。



止めてくれ。そんな諦めた様に笑うのは。そんな顔、――私は見たくないんだ。




諦めは人を殺す。ソレはゆっくりと削り取るかのように心を摩耗させる。『私』がそうだったように。


あんな地獄のような想いを抱くのは、私だけで十分なのに。




「ルナさんは、――彼女はユエの事、弟みたいに思ってるって言ってた。大切だって、嬉しそうに笑ってた。

――愛されてたんだよ、ユエは!! 一人ぼっちなんかじゃなかった!!――っ一人なんかじゃなかったんだよ!!

 それなのに彼女の死を『仕方ない』みたいな顔で笑うなよ!!


そんなのっ、――そんなの悲しすぎるじゃないかっ……」




それでは、――あまりにも報われない。彼女も、ユエも。



「だったら、どうしろっていうのさ。泣けばいい? 喚けばいい? それであの人は帰って来るの? 首も腕も足も離れてしまっていたのに? ――僕にどうしろって言うんだよ」



表情が抜け落ちた顔で、ユエは私に問いかける。彼の言葉が胸に深く刺さった。



彼が言った事は正論だ。私が言っている事はただの感情論に過ぎない。


きっと今のユエの様に感情を抑え込んで合理的に物事を処理するのは確かに効率がいいに違いない。色んな意味で人の入れ替わりが激しいこの場所ではその考え方は必要不可欠だったことだろう。



でも、それでも私は納得がいかない。


苦しい時、悲しい時、辛い時にきちんと言葉にしなくてはいずれ『私』みたいになる。作り上げた『自分』から一生逃げられなくなって、最後には幻想に潰される。そうなってしまえばもうお終いだ。自分が一等大事に思っていた物を失った時にすら、『仕方ない』と思ってしまうようになる。だから『私』は朽ちるように死んでいった。



――それじゃあ駄目なんだ。




「意味がないから泣かないの? 悲しまないの? ――これ以上傷つくのが怖いから?」



「…………」



「そんなのは、駄目だ。――その時見なかったふりをした『想い』は一生消えない傷になる。何時か潰れてしまう時が来るよ、絶対に。

……私の時はシエルが助けてくれた。――――だからこそ私はユエを、『友達』を放っておけない。


私の事友達だと思ってるなら、もっと頼ってよ。――寂しいじゃないか」



嘆きが引き起こす重圧に君が耐えられないと言うのならば、私は共にそれを抱えよう。



苦しい事も悲しい事も、嬉しい事も楽しい事も分け合って最後に笑いあえたらいい。そうできれば、とても素敵だと思う。全部、シエルの受け売りだけど。



『昔』はその意味が理解できなかった。好意を全て突っぱねて、それらを偽善的だとすら思っていた。


でも、違うんだ。人は一人で生きていけるかもしれないけど、一人きりで生きていくほど辛い事は無い。自分じゃない『誰か』が居るから世界は広がっていくんだ。それが、ようやく分かった。




「……リオンはズルいよ」




ユエが眉を顰めてそう返した。ただそれは責める様な口調ではなく、まるで拗ねているかのような口調だった。



「うん、――知ってる」



「僕だって悲しくない訳じゃないんだ。泣きたくない訳でもない。――でも、全てに鈍く(・・)ならなくちゃ今まで生きてこれなかった。

……ずっと前、友人だと思っていた人がいた事もある。でも、彼が死んだとき確かに悲しかったけど、僕はそこで立ち止まる訳にはいかなかった。――泣き腫らした顔じゃ店には出れない。仕事が出来なくなったら僕だって処分される可能性もある。

……死にたくなかったんだ。あんな、姉さんみたいにボロボロで惨めな姿で死にたくなかった!!」




「…………」



「ルナさんだってそうだよ、あんなに器用に生きてきたのに最後はあの有様だ。――僕は彼女のその姿を見たとき、悲しむよりも恐怖の方が大きかった。……いつか僕もこんな風に死んでいくのかなって、そう思って」



――苦しくなった。


そう、ユエは悲痛な表情で告げた。



「だから、こんな僕が今さら彼女の為に悲しもうだなんて……」



「――それでも、悲しかったんでしょう? いいんだよ。悲しんでも、いいんだ」



私のその言葉に、ユエは少しだけ目を見開くと、静かに頷いた。




「――ルナさんは、姉さんの友達だったから。僕の事も気遣ってくれてたし。――いい人だったんだ。本当に。――本当に、いい人だった。

……それなのに、どうして。あんな死に方をするほど悪い事なんてしてなかったはずなのに。あんな、……あんな酷い死に方、」



耐えられないと言った風にユエが声を震わせる。俯いたその顔から一滴の涙が落ちるのが見えた。



「先輩が今犯人を捜している」



「え?」



私の急な言葉にユエが顔を上げる。その紫眼は涙に濡れていた。



あの(・・)先輩が自ら動いてるんだ。犯人なんて直ぐに見つかるよ。――ルナさんを殺した犯人は絶対に見つけ出す。最後は憲兵の仕事になるだろうけど、それでも私達は自分たちに出来る事をしよう。きっと、それが彼女への手向けになると思うから」



「……僕にも出来るかな。あの人の為に、何か出来るのかな?」



「出来るよ、きっと。でも、ルナさんはユエがそう思ってくれただけで報われると思うよ。彼女、本当にユエの事大事に想ってたから」



「――――そう、なんだ」



そう言って俯いてしまったユエの表情は、私には見えない。



「……ねえ、リオン。ベッドに座って壁の方向いてくれる?」



「別にいいけど……、ん、え?」



言われた通りに背を向ける。するとふわりと背中に暖かい温もりを感じた。




「ごめん、ちょっと背中貸して」




ユエが私の背中に寄りかかり、震えた声でそう言った。背中から感じる彼の体も少し震えていた。


……やっぱり無理してたんじゃないか。



それから暫くお互いずっと無言だった。静かな部屋にユエの抑えたような嗚咽の音が響く。




どろりと、胸の奥に黒い想いが湧き上がる。


彼をこんなにも苦しめている「誰か(・・)」がこの街には確かに存在している。


それを許せないと思うのは、義憤か、それとも――偽善か。いや、止めよう。こんな事は考えてもしょうがない。



今、私達がこうして悲しんでいる間にも犯人は次の計画を練っているに違いない。


無差別殺人ではないと分かった今、被害者には決定的な関連があるはず。今までの被害者の情報はきっと先輩が掴めるはずだから、私がすべき事はなんだろうか?……聞き込みとかかな。



多分しばらくは仕事の方にも行けないだろう。先輩が口添えしておいてくれるだろうけど、なんか通い難くなるなぁ。一応はバイトの身分だし。



それにしてもシエルになんて説明しようか。流石に『殺人事件の犯人を追っています』なんて言えないからなぁ……。心配するだろうし。……先輩に秘密にしてくれるように頼んでおこう。


ただでさえ慣れない生活で疲れている節があるのに迷惑を掛けたくはない。



そんな事を考えていると、ようやく落ち着いたのかユエが背中から離れた。振り向いたユエは、涙は拭われていたがその目は赤かった。



だが、少しふっ切れたかのように微笑む彼を見て、少し安心した。


最初に見た、耐える様な笑顔よりはずっといい。














◆ ◆ ◆












「部屋に大きく○に×が描かれた血文字があった?」



「うん。……あまりよく見ては無かったけど、印象に残ったからそれだけは覚えてる。――力になれなくてごめんね」



「いや、そんな事は無いよ。きっと重要な手掛かりになると思う。――ユエ、あんまり気に病まないで。大丈夫、こっちには先輩が居るんだ。絶対に犯人を突き止めてみせる」



「……、あんまり無理しないでね」






ユエと別れ、入口まで戻る。そこで小さな女の子に先輩からの手紙を手渡された。


中には他で調べ事をしてくるから一先ず店に戻っていてほしいと書いてあった。詳しい話は明日してくれるそうだ。




……次の凶行の夜まであと6日。出来る事ならこれ以上被害者が出る前に犯人を突き止めたい。でも、



「――――嫌な予感がするんだよなぁ」



上手く言えないけど、胸に何か重い物が乗っているかのような不快感がある。この手の予感は当たる確率が高いから困る。だが、今回ばかりは外れてほしい。



そんな事を考えながら、歩き始めようとしたその時。チャリン、という音が足元に響いた。




「あ、」




私の足元に見おぼえがある金の指輪と銀色の鎖が転がっている。……ネックレスの鎖が切れたのか。



私は御爺さんの形見の指輪を、何故か指につけることはしなかった。上手くは言えないけど、何となくそれはしてはいけない気がしたのだ。



なので露店で見つけた安い銀色の鎖でネックレスの様にしていたのだが、やはり強度はそんなに強くなかったらしい。



ため息をつきながら、指輪を拾う。まったくもって幸先が悪い。



拾ったそれを無造作に上着のポケットに突っ込むと、私は店への道のりを歩き始めた。


























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