奪還
三
訓練場の隅には厩舎があり、この里にも四頭の馬が飼育されている。荷運びをすることはこの里ではあまりないので、もっぱら畑を耕すなどの重労働に使われていた。
ここの空いている房にラグスたちもいる。体が小さいこともあって一つの馬房にまとめて入れられていた。
マーチが厩舎にはいると、ラグスたちがいるはずの一番奥の馬房からがさがさと音がした。ラグスが彼女の気配を感じて目を覚ましたようだ。
奥へ向かう間に確認すると、馬房の中で寝ているはずの四頭の馬のうち、三頭の姿がなかった。
「三人・・・ってことは、里長と、ユーフォと・・・あとは、アンプとかかな」マーチがセトを連れて里の外に出た人物を予想する。
「アンプはどうとでもなるけど、里長は昔は歴戦の戦士だったっていう噂だし・・・。そもそもあたし、ユーフォに一対一で勝ったことないんだよね」
「やっぱり、戦うことになるのかな」
シイカは下を向いた。ソナタを問いつめたときは興奮していて、とにかく追いつきさえすればセトを助けられると思いこんでいたのだが、少し落ち着いて考えればそんなはずはなかった。
セトを連れ去ったものたちの抵抗にあうのはもちろん、状況によっては魔族とも対峙しなければならない。
シイカには戦うことは出来ない。となればセトを救出するための戦力は、マーチひとりだけということになる。
「まぁ、なるだろうね・・・返せっていって返してくれるとは思わないし」マーチは言いながらラグスを馬房から出すと、桶にくんできた水を飲ませながら、体毛を撫でつけてやっている。当初は近づくのも抵抗があったはずだが、この一月でずいぶんと慣れたようだ。
「向こうがセトをどうやって連れているのかわからないけど・・・。でも、向こうもあたしたちが追ってくるとは思ってないだろうし、うまく仕掛ければ何とかなると思うよ。ここへきたおかげで装備もちゃんとしたし」
不安がるシイカを安心させようと、マーチは背中に装備した弓矢を揺すってアピールすると、笑顔を向けた。
服装は家を出たときのまま、ゆったりめの麻製の上衣をベルトで留め、その下にズボンという格好だが、皮の胸当てがあったのでそれも身につけている。マーチは念のため、とシイカにも胸当てを身につけさせようとしたが、一番小さいサイズでもシイカには大きすぎたため断念した。
「ラグスなら、奇襲もしやすそうだし。とりあえず矢でもってユーフォをなんとか戦闘不能にして、あとは里長か・・・。ブランクで腕が鈍っていることを期待ね。シイカは隠れて見てて。危ないから出てきちゃだめよ」
「でも・・・」自分がマーチを巻き添えにするような形なのに、それではあまりにも不公平だ、とシイカは思ったが、反論しようと開いた口にそっと指を当てられてしまう。
「万が一、あたしが捕まったり・・・殺されることがあったら、そのまま逃げること。シイカの細腕じゃ、アンプにだって勝てるか怪しいからね。・・・逃げる当てはあるの?」
セトの救出に成功したとしても失敗したとしても、この里に戻ってくることは出来ない。
シイカにとって当てといえるのは、はぐれる前にガンファが言っていた目的地、ユーフーリン領しかなかった。だがシイカが知っているのは森から南に三日ほど下ったところ、というだけで具体的な位置はわからない。ずっと里で暮らしていたマーチにしても、領名だけではどこだかわからないだろう。
当てというには曖昧だが、ほかに候補はない。シイカがそうマーチに告げると、マーチも少し困ったような顔をしたが、すぐに覚悟を決めたようだった。
「まあ、何の当てもなく逃げ回るよりはいいわよね。もしはぐれたりした場合も、そこを目標に集まるようにしようか」
マーチは水を飲み終え、準備万端とばかりに姿勢を低くしたラグスにまたがると、声をかけて立ち上がらせた。もうすっかり習熟したらしく、スムーズな動作だった。両手も体毛をつかむことなく、太ももと腰回りのバランス感覚だけで乗りこなしている。
シイカももう一頭のラグスにまたがり、立ち上がらせた。こちらはそれほどスムーズとは言えないが、両手で体毛をつかんでいれば落ちることはなさそうだった。
「シイカの乗ってるラグスにはあたしのあとを付いてくるように指示するから、シイカは落ちないようにすることだけ、注意してればいいわよ」
マーチはまずシイカのラグスに向かって命令すると、自分のラグスにも指示をした。二頭のラグスはゆっくりと進み出し、厩舎を出ると加速を始めた。
シイカが目覚めてから半アルン(約一時間)ほどはすでに経過している。できれば森の外に出るまでにセトを連れた里長たちを発見したいが、時間的にはぎりぎりだ。
マーチが全速力を指示すると、周りの景色が流れるように飛び、あっという間に里長の屋敷が見えてきた。この屋敷の背後に、通常里の住民はあまり使わない、里の外へと出られるポイントがある。
「森に入るよ、落ちないように気をつけて!」
マーチはあとに続くシイカに一声かけると、ほとんど減速させずに森の中へと突入した。
薬で眠らされているセトを連れた一行は、ゆるやかな足取りで森の中を進んでいた。
先頭をアンプ、その後ろに里長のテス、そして最後尾にユーフォという順番で、それぞれが騎乗している。意識のないセトはテスの馬に乗せられていた。
「あとどれほどです?」最後尾からユーフォが尋ねる。
「もうあと半クラム(約一五分)ほどで森の出口です。手はず通りなら、そこで受け渡し相手が待っているはずです」先をゆくアンプが答えた。彼は薬草師という職業柄、この森をもっともよく知っている。そして、外部──魔族側との交渉窓口になっているのも彼であった。
「よく眠っているな」
テスは自分の前で眠り込んでいるセトに視線を落としながら言った。落ちないように馬の背をまたがせているが、上半身は馬の首に力なく寄りかかるようにしている。駆け足を使っていないとはいっても、馬の背の上はそれなりに揺れるのだが、少年が目を覚ます気配はなかった。
「この子たちが持っていた薬草を少し拝借しましたからね」
ガンファの薬草は、セトたちでは保管の方法もわからないということで、結局アンプが管理するようになっていた。この森では採取できない貴重なものも多く、アンプもセトたちがもしも平和的に里を出るようなことがあったら返すつもりで保管していたが、こういうことになれば遠慮する必要もなかった。
「朝になればすっきりとお目覚めです。副作用もありません。調合の残りが少しありますから、里長も眠れないときはおっしゃってくださればお渡ししますよ」
「・・・そうだな」
テスは抑揚のない返事をすると、セトから目を離した。
真夜中の森は木々が被さって空もほとんど開けておらず、月明かりも入ってこない。アンプとユーフォがそれぞれ掲げているたいまつがなければ、自分の手元すらなにも見えないだろう。
テスが幼少から成人までを過ごしたカルバレイクは国土の多くを熱帯雨林に覆われた国であった。テスも子供の頃から遊ぶ場所といえば森の中だったから、本来ならば森の中は居心地のいい場所のはずであった。
だが一方で、自らの立ち上げたレジスタンスが決定的な敗北を喫したのも森の中だった。十年あまりが過ぎた今でも、あの日の光景は何日とおかず夢に見る。
以来、森の中はテスにとって息苦しさを覚える場所であった。特に今のように、少数で森を進むのは、かつての逃避行と重なって胸が詰まりそうになる。
だから、先頭のアンプが「そろそろ出口です」と告げたときは、心底ほっとした。実際に胸をなで下ろすようなことは、ほかのふたりの手前しなかったが。
重なりあう木々の数が少なくなり、森の終わりがテスの目にも見えるようになってくると、その先の開けた場所にはいくつかの灯りが焚かれているのがわかった。アンプの言ったとおり、「手はず通り」あの先で魔族が待ち受けているのだ。
テスは再び、眠るセトへ視線を向けた。安らかな顔で眠る少年をあそこで引き渡せば、里は危険から未然に身を防ぎ、魔族の支配から免れている、という建前は維持されることになる。
これまであまり他人を疑うということをしなかったのだろう。自分への警戒心を隠すことが出来ず、顔を見せるだけで露骨に身構えるようなところがあった。その一方で、わずかな期間でよそ者への警戒心が強いはずの里の住民の間にとけ込み、あっという間になじんでしまった。おかげでこのように夜陰に乗じなければ里から出すことも出来なくなった。
意識してそうしたとは思えないが、この少年にはひょっとしたら天性のカリスマのような物が備わっているのかもしれない。今後順調に人生経験を積んでいけたなら、どんな大人物に──。
そこまで考えて、テスは思考を止めた。今の彼にとっては、里を維持すること、今里にいる者たちを守ることがすべてだ。それに、人間は奴隷になるか、自分たちのように隠れて暮らすしか道のない世の中では、どのように成長しようがさしたる意味はないのだ。
一行が森の外へ出ると、待ちかまえていた魔族たちがそれを取り囲んだ。だが、数は一〇体ほどで、それほど多くはない。その中から、中央に立っていた人物が前に進み出た。
「ご苦労様です、テス殿」魔族側と交渉をしているのはアンプであったから、彼らがテスのことを知っているとは思えなかったが、どういうわけかテスは最初に挨拶を受けた。
テスは怪訝な表情でその人物をみたが、やがて顔立ちや、北方の種族特有の色素の薄い肌、金色の髪に見覚えがあることに気づいた。
「お忘れですか?・・・といっても十年前、私はまだ子供でしたから、無理もないかもしれませんが」
「あのときの小姓か」言われてテスは合点がいった。レジスタンスが襲撃を受けたあの森の中で、テスとともに生き残った小姓だったのだ。
「山を下りたあとに別れたが、まさか魔族の手下になっていたとはな」
「あのあと、私はフェイ・トスカに拾われたのです」小姓──シェンドがそう答えると、テスの肩に力が入った。
「フェイ・トスカだと!」
「はい。それ以来、私はあの方に仕えています」
「来ているのか、あの男が」テスの語調は隣にいるアンプやユーフォが驚くほど強くなっていた。
「いいえ。ここへは来ていません」シェンドは淡々と答えた。「今日は『荷物』を受け取るだけですから」
「荷物・・・」テスはその言葉に肩の力を抜き、視線を落とした。セトは相変わらず、安らかに寝息をたてている。自らが荷物扱いされていることにも気付かずに。
「なぜあの男は、これほど執拗に王族を狙うのだ?」
「さあ・・・詳しいことは存じません」シェンドは幾分鋭い目つきになって、テスを見据えた。「それに、いまさらそんなことを知ってどうするのです?・・・戦いを放棄したあなたが」
淡々とした口調はそのままだったが、その言葉はテスを強く貫いたようだった。覇気を失ったテスは、シェンドから目をそらした。
「そうだな。もう俺には関係がないことだった」テスは馬から下りた。「では、荷物を引き渡そう」
マーチとシイカはラグスに騎乗したまま、森の影でその光景を見守っていた。正確には、身動きがとれないでいた。
ラグスを全速力で駆けさせてきたものの、先行するテスたちの姿をとらえたときにはもう森の出口で、その先に魔族の一団が待ちかまえているのも見て取れたからだ。
テスとユーフォ(とアンプ)だけならまだしも、魔族の集団までいてはマーチだけではどうしようもない。のこのこ出ていったところで捕まるか殺されるかするだけだ。
それでも好機がないものかと、灯りを消して木陰に身を潜めてはみたものの、チャンスが訪れる気配は一向になかった。
「くそ、このままじゃ・・・」弓矢を構えているマーチは口の中で毒づいた。セトは今まさに馬から下ろされ、魔族側に引き渡されようとしていた。
「・・・?」
そのとき、マーチたちが身を隠すのとはテスたちを挟んでちょうど反対側の草むらが揺れたことに気付いたのは、そこにいた者たちの中ではシイカだけだった。
セトを抱えたテスがシェンドの元へ近づき、その身柄を渡そうとしたまさにそのとき──草むらに身を潜めていた『影』が猛然と飛び出してきた。
それはその場にいたすべての者たち(その『影』そのものを除いて)にとって予想外の出来事だったが、そこにいたものの多くは戦いに慣れた者たちであったから、対処するための行動は迅速だった。
テスとシェンドはセトの身柄を受け渡すことなく後退し、替わりに馬面の大柄な魔族が飛び出して、飛び出してきたそいつを抑えようとした。
だが、彼らにとってさらに予想外だったのは、その『影』が馬面の魔族よりもさらに巨大であったことだった。
『影』は馬面の魔族をはじきとばすと、そのままの勢いでテスへと迫った。牙が覗く歯を堅く食いしばり、人を本能から恐れさせる形相をしていた。
「うおおっ!」
テスの後ろから気合いとともに飛び出してきたユーフォが、騎乗のまま背中から引き抜いた大剣をためらいなく斬りつける。
大剣は『影』の右肩に食い込んだ。だが、並の魔族ならその圧力で強引に叩きつぶすことが可能な大剣さえ、その巨躯の外皮部分を傷つけたに過ぎなかった。それでもなんとか『影』の突進をくい止めることに成功し、そこにいた者たちはようやく『影』の正体を知った。
「一つ目巨人・・・!」驚愕の声を上げたのはテスだ。
戦闘力の高い巨人の魔族の中でも、伝承に名前がでるような存在。そんなものがどうしてこの場にいるというのか。しかも、こちらを狙っている。一つ目がギョロリと動き、その目線がテスが抱えたままのセトを捉えた。
テスはシェンドの方を睨んだが、どうやらあちら側も少なからず混乱しているようだ。彼らの手配ではないらしい。
「取り押さえろ!」
シェンドの号令で、数体の魔族が巨人を取り囲む。間合いを取って巨人と向き合っていたユーフォを含めて四名が一斉に巨人に襲いかかった。
だが、巨人はものともせず、左腕を振るって二体の魔族をはじき飛ばし、正面から来た魔族には蹴りを見舞った。さらにユーフォが空いた右側面から斬りかかったが、巨人は素早い身のこなしで上段からの一撃を躱す。ユーフォの体勢が乱れたところを、巨人が拳骨で大剣を殴りつけると、それは焼き菓子のように音を立てて砕けてしまった。さらに大剣を砕いた拳がそのまま馬の横腹を殴りつける格好になり、馬は横倒しになってユーフォは為すすべもなく鞍から投げ出された。
「どういうことだ・・・」事態をはかりかねているテスはセトを抱えたままということもあり、身動きがとれずにいる。
そのとき、巨人が出てきたのとは反対側の森からさらに飛び出してくるものがあった。何事か叫びながらあの得体の知れない魔物──ラグスにまたがってこちらに向かってくる銀髪の少女。シイカであった。
「ガンファーっ!」
シイカは声を限りに叫びながら、前傾姿勢でこちらに向かってラグスを走らせている。なぜ彼女がここにいるのかは分からないが、彼女の目的は明白だった。
「アンプ、止めろ!」
「うぇっ、僕ですか?」
戦闘は門外漢、と傍観を決め込んでいたアンプだったが、里長に命令されてしぶしぶ馬をうごかし、向かってくるシイカとテスの間に立つ。
「薬が効かなかったのかな?まぁとにかく、おとなしくして──」
そこまで口にしたとき、馬が突如悲鳴のような鳴き声をあげて棒立ちになった。よく見ればその尻に矢がつき立っていたのだが、アンプには理解する暇もない。
「うわあぁっ!」あっさりと手綱から手を離してしまい、馬から落ちた。馬は主に目もくれず、その場から走り去ってしまう。
シイカの背後からもうひとり、ラグスにまたがった少女、マーチが飛び出してくる。アンプの馬に矢を飛ばした彼女は、さらに弓に矢をつがえ、すぐ射撃ができる体勢でシイカに追いついた。
「ちょっと、シイカ!どういうことなの、あの巨人は──」
「あれはガンファよ。ガンファを襲っている魔族を追い払って!」
マーチは巨人の姿を見るなり飛び出していったシイカに面食らいながらも、自分よりもこの場を把握しているらしいシイカに従った。ガンファを取り囲んでいる魔族にめがけ、立て続けに二射の矢を放つ。
矢は二射のうち一射が羽根付きの魔族の背中に当たり、もう一射は外れたが、それによって魔族たちの意識もシイカとマーチに向いた。
巨人──ガンファは自分への注意が弱まった瞬間を逃さなかった。強引な正面突破で魔族の囲みを破ると、テスへと迫った。
テスはセトを抱えたまま、自分の腰に佩いた剣を抜きはしたものの、圧倒的な力を持つ巨人に対抗するすべなどない。一瞬、眠る少年の首筋に剣を当てれば巨人は止まるのでは、という考えが頭をよぎったが、そこまで鬼には成りきれない心がどこかにあってテスを躊躇させた。
結局、その一瞬の躊躇の間にガンファはテスの眼前に立ち、大した抵抗もさせずにセトを奪い取ることに成功した。ガンファは左肩にセトを軽々と抱えると方向転換し、シイカたちに合流した。
「逃げるよ。こっちだ」ガンファは目的を達したからか、先ほどまでの鬼神の如き形相は影を潜め、普段の穏やかな表情を取り戻しつつある。
シイカは無言でうなずくと、ラグスをガンファの後ろにつけた。
「ちょっと待ってよ、シイカ!」
その後ろのマーチはまだ事態が飲み込めておらず、何もいわずに巨人の後へ付いていくシイカに向かって不満げな声を上げたが、背後からは魔族が追走を始めており、結局は後に続くしかなかった。
ガンファたちと彼らを追っていった魔族たちの姿が見えなくなると、その場にはシェンドと追走には向かない鈍重な魔族が数体、そしてテス、ユーフォ、アンプが残された。
「何者だ、あの魔族は?おまえたちの仲間ではないのか」
テスが問いかけたが、シェンドは返事をしなかった。
(ひとりで逃げているはずはない、とは思っていましたが、まさかあれほどの強力な魔族が護衛にいるとは・・・失態でした)
シェンドはガンファたちが逃走した方角に目を向けたまま思案をめぐらせた。
(あの男の情報、やはり信用するべきではなかったでしょうか。だが、あの方角へ逃げたのなら──)
「こ、これは事故だ!」野太い声がシェンドの思考を止めた。馬から飛ばされた際、腰を打ちつけて一人では立てなくなったユーフォが、アンプに支えられながらシェンドに向かって大声を張り上げている。
「我々は確かに、あの小僧を引き渡すつもりだった!邪魔が入ったのは我々のせいではない。だから──」
外聞もなくわめき散らす男を、シェンドは侮蔑のこもった眼で睨めつけた。
「あなたたちのつもりなんて、どうでもいいことです」
言い放たれた言葉の冷たさに、ユーフォはそれ以上言い募ることができなかった。
「心配しなくても、このことであなたたちの里が報復を受けることなどありません。あなたたちにはそんな価値もないのですよ。せいぜい隔離された森の中で身を屈めて生きていけばいい」
あからさまな侮辱にユーフォは顔色を変えたが、腰の痛みが邪魔をして行動にでることはできなかった。代わりにテスが、表情は落ち着いたままで言った。
「何とでも言え。今の私たちにとってはあの里を守ることがすべてなのだ。世界で唯一、人間らしく生きられるあの里がな」
「人間らしく、ね・・・」シェンドは薄い笑みを浮かべた。「私とあなた、一時同じ王に仕えましたが、そこで得たものはずいぶんと違うようです」
そう言うと、シェンドは踵を返した。残っていた魔族たちに撤退を指示する。
「では、これで。もう会うこともないでしょう」それきりテスたちには目もくれず、その場を後にする。
(さて、別動隊がうまく捉えてくれるといいのですが)
その視界に、もはや森の姿は入ってはこなかった。