表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

キユの正義

 子供の頃の、愚かな夢。


 誰かを守れる人になりたかった。悪を許さない強い人になりたかった。正義の味方になりたかった。だから、騎士や勇者になりたかった。


 子供の頃の、愚かな罪。


 己こそが弱者であると知らなかった。悪とは何なのかを考えることもしなかった。正義をただ盲目に信じていた。だから、気付けば間違いばかりを犯していた。



 愚かな夢と罪に、与えられる罰は。



「――――レッドラム四等騎士。今回もご苦労だったね。君のことは信頼しているが、やはりこうして報告に来てくれるまでいつも不安なんだ」


 長い白髪を後ろで一本に結った初老の男――騎士団長と呼ばれる男の言葉に合わせて小さく礼をした。それから、意地の悪く生意気な笑顔を意識して浮かべてみせる。


「簡単なお仕事でしたよ? わざわざキユにお願いするのが理解できないくらい!」

「さすがだね、やっぱり君達を法国から借りて正解だったよ。おかげで面倒事がさくさくと片付いている」

「それ、ちゃんと上にも言ってくださいねぇ? キユの評価に関わるんですから。あ、ここでの階級を上げてくれてもいいですよ! キユ、一部の人に特等騎士殿って呼ばれてるんです! 本当にしてくれてもいいんですよ?」

「はは、それもいつかね。ところで、君は世辞や嫌味というものを理解できる程度の頭はあるのかな?」

「さて、どうでしょうねぇ?」


 にっこり。まるで感情の込められていない笑顔を向けられた。ので私も笑顔を作って返した。まぁ、似たようなものなのだろうが、この爺よりはマシな作り笑いができているだろう。自称忠実な部下からはこの世で一番笑顔が可愛いとしつこく言われているし。



 ――私、キユ・レッドラムは法国と名乗る傭兵団から王国へ貸し出された猟犬の一匹。意地が悪く生意気で金に汚く、傭兵としての実力以外に評価できる点が全く無いろくでなし。


 ……そういう設定だ。所属は正しいが、実際の私の性格は意地が悪く生意気ではあっても金には然程興味が無い。


 仕事の目的と見た目から他者に与える印象や相方の動きやすさを考えた結果とはいえ、この設定の通りに演じるのは疲れるし無理があると毎回思っている。もう一月続けているし、あと六月程はこの王国で耐えなければいけないのだが。


「どうにも最近、王都に潜り込もうとする魔族やそれに与する裏切者が多くてね。うちの子らに悪い影響があると困ると思っていたから、君達のおかげで助かったよ」

「そうでしょうそうでしょう、王国の騎士って名ばかりのよわよわさんばっかりですもんねぇ、やっぱりお友達殺したくないよぉえーんってまた裏切っちゃうかもしれませんもんね!」

「はは、耳が痛いよ。ところでオウダイン四等騎士はどうしてここにいないのかな?」

「こんな簡単な報告なんてキユだけで充分、だからオウダインさんは帰って銃の整備しますって! 酷いですよねぇキユに押し付けて、でも断ったら殴られるし……あ、弾代の請求書は預かってるんでありますよ」


 ぴくり、爺の片眉が痙攣した。それなりに苛ついたらしい。さて、どれが一番効いたのか。あるいは重ねたのが良かった、もとい悪かったのか。


「……法国の傭兵は、君みたいなのばかりなのかな?」

「やだなぁ、みんながキユみたいに可愛くて強いわけないじゃないですか! あ、オウダインさんみたいな堅物も少ないですよ。ほら、あれです。れあきゃら? ですよ!」


 自分で舌を噛み切りたくなる程にぺらぺらと喋っていて報われたと感じるのは、きちんと相手の不快感を煽れていると感じられた時だ。あと少し突けば向こうから手を出してくる、それを感じられた時だけは、少しだけ楽しいと思える。


「団長様ったら怖い顔してますよ。怒りました? 怒っちゃいました? でも我慢しないとですよ。キユだって団長様の部下さんに襲われてもしばらく剣を握れなくするだけで許してあげてるんです。本当は椅子やお面にしてあの人達の家族に送ってあげたいのに、王国ではずっと我慢してるんですよ。せっかく道具を持ってきたのに、オウダインさんも駄目って言うから」


 泣いて喜んでくれるはずなのに。冗談交じりに言うと、爺の瞳に侮蔑が宿るのが見えた。怒りよりも蔑みが強くなった。あとは少し、無自覚な恐怖。


 これでいい。今私に向けられているのは殺意ではなく、蔑みと恐怖だ。爺も下品な殺人鬼の血で部屋を汚したくないだろうからここで剣を抜きはしないだろうし、脅しもかけたからしばらくは部下を差し向けもしないだろう。扉の向こうで聞き耳を立てている二名は……微妙なところだな。まぁ、何かするようなら耳を落とすか。



「それじゃ、キユはもう帰ってもいいですか? キユも武器のお手入れしたいんですよね。研がなきゃいけない刃物がたくさんあるもので」

「――少し、待ってもらえるかな。君達に頼みたい仕事があったんだ。掃除は一段落ついたことだし、そろそろ頼もうかな」


 おや、面倒事の予感。経験から言って、こういう帰ってよいか確認を取った後に持ち掛けられる仕事というのは、たいてい碌でもないものだ。


 皺だらけの顔を覗き込む。苛立ちに歪んでいたそれは、今は意地の悪い笑みの形に歪められていた。余裕を取り戻したらしい。これは少し覚悟をしなければならないか。


「キユ達は貸し出されたわんちゃんですから。なんなりと。それでなんですか、ちょっと殺しづらい人ですか?」

「そうかもしれないね。それに、今すぐ殺してほしいというものでもないんだ。監視も兼ねている、といえばいいかな」

「キユ、ちゃっちゃと殺すの専門なんですけどねぇ。監視なんかはオウダインさんの方が目も耳も良いし向いてますよ」

「言ったろう? 君達に頼みたいって。僕の予想が正しければ、どちらか一人だけでは返り討ちに遭うかもしれないし」

「――へぇ」


 少し。少しだけ面白くなってきた。挑発のような言葉は、微塵も嘘を感じられなかったのだ。こいつは私の実力をある程度は知っている。そのうえで、私が返り討ちに遭うと本気で思っている。


「どんな化物なんですか? キユ興味が出てきました」

「見た目は普通の旧世界人だよ。この王国の前にあったニホンという国の人間で、肩まで伸びた黒い髪と黒い瞳で他の若い勇者と似た学生服という服を着ている。あとは、首輪をしているね。黒いんだが、時々青や白の光の線が見える首輪だ。他の勇者でも見た事があるだろう?」


首輪……確かに見た事がある。勇者と呼ばれる旧世界人は服装や髪色こそ地域などによってまちまちだが、首輪だけは同じ見た目をしている。別の国で仕事をしていた時も旧世界人とは敵味方どちらの立場でも会った事があるが、確かに首輪をしている者が多かった。


「あれ、流行ってたんですか? ほんとによく見ますけど」

「あれは制御装置だよ。今はほとんど機能が無意味になっているだろうけど、最低限の機能はまだ動いているはず。首輪に赤や金の光の線が見えたら気を付けるといい。戦闘態勢に入った合図だからね」

「はぁ……随分と親切な首輪なんですねぇ」


 知っているが適当に頷いておくことにした。旧世界人は妙な力を使う。触れられない距離にあるはずの物に触れ、死ねと言葉にするだけで心臓を止め首を折る。そういった奇妙な力を使う時、彼らの首輪には赤や金の光が走っている。


 おまけに異様に硬いことも知っている。いつだったか、首輪に弾かれて勇者の首を刎ね損なった事がある。死体漁りをしていた時も首輪の壊れた死体は見た覚えが無い。


「……それにしても、詳しいんですね団長様? お勉強したんですかぁ?」

「王国は遺跡が多いからね、旧世界人もよく発見されるんだ。一番多いのは冷凍睡眠かな。それで、運良く会話のできる研究者を保護した事があってね、いろいろ《《教えてくれた》》んだ」

「なるほど、幸運に感謝ですね!」


 その研究者とやらはきっともう死んだのだろうが。拷問か脳洗いか、いずれにしろ碌な聞き方はしていないだろう。


 ナルカサテラ王国。ここはこの新世界で最も多く状態の良い旧世界の遺跡が発見され、最も多くの勇者と呼ばれる旧世界の戦士を見付け保護した国で――最も多くの旧世界人が逃げ出し、殺される国でもある。王国は、旧世界の遺した智慧に頼り発展してきた歴史を持ちながら他のどの国よりも旧世界を蔑み憎んでいる。


「……それで、誰を見ていてほしいんですか? どうなったら殺して良いんですか? お名前とか特徴とかもうちょっと詳しく教えてくれないとキユもお仕事できませんよ」

「ああ、そうだったね。少し待ってね、確か写真があるんだ。何処に仕舞ったかな」

「…………写真って、すっごく高くなかったですかぁ?」

「うん? いや……いや、うん。そうだね。確かあの時は友人から撮影機を借りていてね。いろいろ撮っていたんだ。その時たまたま撮ったから丁度良いと思ってね」


 妙に間のある返事だった。詮索しても良い事は無さそうなので、これ以上は聞くつもりも無いが。


 しばらくの間机の引き出しを漁って、見付けたとどこか粘ついた呟きを漏らした後に爺が私に目を向けた。意地の悪い笑みに固まった老人の顔。見慣れたはずのそれは、しかし先までとどこか違って見えた。何が違うのかと問われれば、わからないと答えるしかない些細なものなのだが。


「うん、よく写っている。これを見れば誰かと見間違える事は無いはずだよ」


 そう言って、一枚の写真が机の上に置かれる。あまりこの爺に近付きたくはないのだが、今回は仕方無いとするしかないか。さすがにここで不意討ちを仕掛けてはこないだろうし。


 写真という遺物自体は何度か見た事がある。見たものをそのまま切り取ってしまったかのような絵。そういった説明を受けて、実際その通りの印象を持っている。風景を写したものも、人を写したものも見た事がある。だから、少し油断していた。ただ写真を見て顔を確認するだけだと、そう気を緩めてしまっていた。



 写真に写った少女は、穏やかに笑っていた。見た人を安心させる為に浮かべているような、穏やかで柔らかい笑顔。これが写真でなく目の前で浮かべられていたら、同じように笑顔を返してしまうかもしれないような。そんな優しい笑顔。先に聞いた通りの特徴の少女が、こちらに向かって微笑んでいる。


 写真の少女が旧世界人でなければ、あるいは目の前の老人が旧世界人であれば。孫の自慢をしたいのだろうと考えたかもしれない。この爺に孫や家族がいるのかはさておいて。


 ――黄金に輝く光の線。首輪に走るそれさえ見えなければ。その意味を知らなければ。紅に煌めく瞳に怖気を感じなければ。きっと、撮影者の末路を想像する事も無かったのに。そんなはずはないというのに、写真越しに呪われたような感覚がして息が詰まるのを感じた。懐の呪い除けが砕けてないので、問題は無いはずだが。


「トモリノドカ。今はそう名乗っている。君達にはね、これを監視してほしい。そして、君達を返却するまでの六月間。これの首輪が光ったら、あるいは瞳が黒以外の色をしていたら……いや、そうでなかったとしても。もしも、《《怖い》》と思ったら。その場で殺してほしいんだ」


 常に浮かべている意地の悪い笑みすら浮かべずにそう言って、爺は私の顔を覗き込むように視線を向けた。瞳から感じられるのは、粘ついた殺意と憎しみ。


「……報酬、弾んでくださいねぇ?」

「ああ、追加で払うよ。君が金を好む人間で良かったよ。法国の傭兵はどうにもそういう欲が少ない人が多いから」

「無欲なのはいいことですね! そういう人ばっかりなおかげでキユはたくさん稼げてます」


 それじゃあもう行きますね、にこやかに告げて執務室から立ち去ろうとするとまた待ってと呼び止められた。いい加減に帰らせてほしいのだが。


「……キユ、お腹空いてきちゃったんですけど。団長様もお腹が空きません? そうだ、扉の向こうの二人でお鍋でも作りましょうか? 美味しくしますよ」

「生憎と人喰いの趣味は無いんだ。その腕は魔族を捕らえた時にでも披露してほしい。……そう睨まないで。いやね、もう一つだけ助言をしておこうと思って」


 助言、助言ね。これでただの嫌味だったら本当にここで手料理を御馳走してやろうか。


「肉団子は好きですか? 脳はお刺身が良いですかね?」

「そう警戒しなくとも、悪い話じゃないよ。本当にただの親切心さ。対象がどういう人物なのか、早めに知りたいだろう?」

「紹介でもしてくれるんですかぁ?」

「いや。僕が紹介したら警戒するからね、僕の名前は出さないでほしい。とりあえず、暇な時にでも稽古場の裏や馬房のあたりを見に行ってごらんよ。あとは十二番街の橋の下がお気に入りだったかな、あれはその辺りにいると思うから」

「普通に住んでいるところ教えてほしいんですけど」

「うん。だから言っただろう? 住んでいるところ」

「はぁ……はぁ?」


 どう考えても住んでいるところではない場所ばかり挙げられていたが。橋の下が辛うじて……いや、それだっておかしい。王国で勇者と呼ばれる以上そう役所で登録され身分証も貰っているはずだ。身分が保証されているなら住所が、それこそこの騎士団に雇われている勇者なら宿舎を借りるなりしているのでは。


「宿舎は部屋が埋まっていてねぇ。ほら、うちの団は勇者を積極的に雇うから。それで馬房になら空きがあるから貸してあげたんだけど、気に入らないのかあまり使ってないみたいだね。王都から出なければ何処でもいいんだけどさ。ああそうだ、もし王都から逃げ出そうとしたらそれも殺して良いからね。まぁ、これは他の脱走兵と同じだね」


 つらつらと意地の悪い笑みで意地の悪い言葉を吐きながら、爺はくすくすと笑った。扉の外からも似たような音が聞こえる。なるほど、聞かなければよかったな。私はこういう話が一番嫌いなんだ。


 不意に、笑い声が止まった。満足したのか、私が嫌な顔を隠せていなかったのか。ただじっと私を見詰めている。濁った硝子玉のように、気味の悪い瞳を私に向けたまま爺が口を開く。


「最後に本当の助言なんだけど。可哀想だと思わないでね? あれは怪物だ。人間じゃない。旧世界ですら受け入れられなかった異物なんだ。首輪の付いた旧世界人はクマやウサギといった害獣と何も変わらない。それを忘れちゃいけないよ」

「――キユ、誰かをかわいそうって思った事無いんですよ。だってこの世で一番可愛いのはキユなんですから。異物でも怪物でも、キユの可愛さの前には無力ですので!」

「……そうかい。本当に、君と話していると頭が痛くなるね。喋る虫と話したらこんな気分になるのかな」


 嫌味には笑顔と一礼を返し、今度こそ執務室を出た。制止は無く、ついでに聞き耳を立てていた制服を着込んだ若い男女が自分達は盗み聞きなどせず真面目に仕事をしていますと主張するかのように姿勢良く立っている。



 通り過ぎようとしたところで、ぺっと嫌な音がした。靴の爪先が濡れた。唾だ。男が唾を吐き、女は笑いを堪えているのか顔を醜く歪ませている。こいつら、主の前で気が大きくなっているな。私が何もしないか、しても守ってもらえると思っている。



 ――まぁ、いい。このくらいであれば許容範囲だ。どうせ六月後には首を刎ねるか頭をかち割っている。あるいはその前に勝手に死んでいる。


 この仕事で一番大切なのは、「どうせ後で殺すのだから」と余裕を持ち今殺さないように耐えることだ。短気は余計な仕事を増やす。耐えた方が最終的には少ない手間で仕事を終えられる。


 まぁ、靴磨き代くらいは貰っていくが。丁度汚れてきたと思っていたのだ、いい機会だと思うことにしよう。


 少し歩いたところで後ろへ振り返り、右手の中指と親指を合わせ、ぱちんっと音を鳴らした後に男と女を順に指差した。反撃されると思ったのか、二人揃って肩をびくりと震わせた後腰の銃に手を伸ばしている。反応が遅い。訓練不足だ。


「……顔、覚えました。今度キユもぺってしますからね!」


 ふんだっ。できるだけ馬鹿らしく怒った演技をして、二人がぽかんとした後に私を嘲笑うような笑みを浮かべたのを確認してから悔しそうにしながら歩き出した。


 館を出たところで外套の懐に右手を入れる。硬く、じゃらじゃらとした感触の塊が二つ。取り出してみれば中々の重みの革袋が二つある。おや、銅貨だけでなく銀貨まで入っている。


 王都勤めの騎士はあのように下品かつ経験不足の新兵でも給料が良いらしい。あるいは、家から貰っているお小遣いなのかもしれないが。


「――さて、あの二人がキユの魔術(てじな)に気付くのはいつになりますかねぇ?」


 きっと、死ぬまで無いだろう。






 はじめに馬房を見に行った。丁度馬の世話をしている者を見付けたので話を聞いてみたが、トモリは最初の数日だけ馬房の一番奥で寝泊まりをして、その後出てからは使っていないらしい。


 次に稽古場とその裏を見に行った。木剣を持った若者達が打ち合っている。大半は金髪や赤髪なので騎士だとして、何人か黒髪や茶髪が混じっている。これは勇者だろうと考えトモリを知らないか聞いてみたが、騎士勇者共に知らないと答えるか無視をするかで反応が分かれた。知らないと答えた者が嘘を吐いているようには見えず、無視をした者は何かを隠しているようにも見える。これは当たりかな。私が嫌われ者の余所者でなければもう少し話を聞けたかもしれない。


 それから騎士団の敷地内を見て回り、此処にはいないだろうと見切りを付け十二番街と呼ばれる地区へ歩いて向かうことにした。騎士団の詰所がある七番街からの距離だけで考えれば歩いて一刻程度のはず。



 王都には十八の区画がある。一から三までの区画が王都の中心にあたり、それを囲うように四から八の区画がある。そしてさらにそれを囲うように九から十八の区画と城壁がある。そこからさらに先の旧市街にも数字が割り振られていたらしいが、二十年程前に放棄されてからはただ旧市街か貧民街と呼ばれるだけらしい。


 さて。問題なのはこの十二番街の治安だ。地図だけを見れば旧市街に最も近いのは十六番街で、他の区画と比べても十二番街は遠い方になる。なのだが、何故かこの区画では旧市街から《《稼ぎにやってきた》》犯罪者がよく捕まるらしい。


 ……恐らくは旧市街に繋がる隠し道がある。余所者の私がすぐに気付くのだから、王都の連中が気づかないわけもない。それでも何も対策を取らないということは、見逃しているのだろう。何の益があってそうしているのかはわからないが。


 今重要なのは、何故勇者という身分を与えられている旧世界人が治安の悪い旧市街に繋がる区画に入り浸っているのかだ。随分と扱いが悪いように見えたのを考えるとただ流れ着いただけかもしれないが、それならそのまま騎士団には戻らず旧市街に隠れ潜むか王都の外へ逃げるものではないか? 考え過ぎかもしれないが、何か目的があるのではないか。



 兎にも角にも見付けなければ話が始まらない。そう考え、少し高いところを探そうと裏路地に入った瞬間の事だった。



 はじめに聞こえたのは、誰かの怒鳴り声だった。いや、泣き声と言った方が正しいかもしれない。泣きながら怒っている若い男の声と、何人かの男女の声だった。



「――お前が! お前が死ねばよかったのに! なんで、お前が! お前が生きてて……クソ!」

「ほら、言われてんぞ? なんか言い訳とか無いの?」

「あったらこんな蹴られてないでしょ。つかさあ、ここ臭くてヤなんだけど。目立つのも困るから我慢してるけど」


 音を立てないように裏路地を歩き、声と音のする方へ近付いてゆく。染み付いた血と火薬の臭い、重たい打撃音。武装している。戦士が五人。ならず者の類……いや、羽目を外しにきた騎士か? 異常に興奮している一人を除けば皆落ち着いた声と息遣いだ。ある程度は周囲を警戒してもいる。特に五人の中で一番年長に見える男は冷静だな。今も周囲を警戒しながら興奮している少年にも気を配っている。


「……はぁ。リュウ、そろそろ落ち着けよ。これ以上は目立つ。やめ時だ」

「おちっ……落ち着けるか、よ!? こいつの、こいつのせいで! こいつなんか助けようとして、ミナはっ」

「わかってるよ。わかってるから。ほんとにな、なんでこいつ生きてんだって俺も思うよ。でも落ち着こうぜ。ここでお前がキレても何にもならないんだ」

「ぅ、ぐっ……くそ、クソ!」


 気付かれない限界の位置まで近付いたことと、何人かの名前が出たことで彼らの素性に察しが付いた。勇者だ。学生服と呼ばれる服装の若者が三人……いや、蹲って蹴られているのを含めれば四人か。それからジーンズ、コートと新世界にも伝わる旧世界からの服装の男女が二人。少年を宥めながら冷静に周囲を警戒している男と、口を挟まず気怠そうにしながらも隙の見えない女……この年長二人が厄介だな。


「……なぁ、トモリ。お前もわかってんだろ? お前の所為でこうなってるんだ。なにも戦果を挙げろと言ってるわけじゃない、ただもう少しやる気を見せてくれればそれで良かったんだ。お前が戦おうとしてくれていれば、生き延びようとしてくれていれば俺達もこんな面倒をやらなくて済んだ。そうしたら、きっと俺達の大切な同胞が一人減らずに済んだんだ。わかるだろ?」


 年長の男がしゃがみこみ、蹲っている人影に声を掛ける。トモリと呼んでいた……あれが爺の言っていた標的なのか? 放っておいても今から殺されそうに思えるが。


「ず、み……すみ、ませっ」

「うん、あのな。謝ってほしいわけじゃないんだ。いや、わからねえって謝罪か? なら受け取るべきか。 じゃあ俺からも三発くらい殴らせてくれな」


 重たい打撃音が三度。常人であれば一度で死んでいるのではないかと思える程の音が三度もトモリの頭部から響いた。その度に、気分の悪くなる呻き声が聞こえてくる。



「ぅ、ぐ……すみ、ませ。ゎた、し…………ごめ」

「うん、そうだな。ごめんだな。謝ってほしいわけじゃないって言ったんだけどさ。それでも謝るってんならしょうがねぇよな? 俺は殴ったし、もうお前の謝罪を受け止めるしかねぇもんな。よし、じゃあ俺からはこれで終わりにしよう。他にやりたいやつはいるか? いないな? じゃあこれで終わりにしようか」


 周囲の四人に確認を取って、男は立ち上がる。確認といっても半ば脅しのようなものだったが。もう一人の年長である女とぐずぐず泣いている男以外の若者はどれも何処か引いているような声での返事だ。


「じゃあ、俺らは行くよ。悪いな、こんなとこ連れ出して。ああでも、お前旧市街に友達いるんだっけ? じゃあ丁度良いか。そっちは黙っててやるからさ、お前も俺らと遊んだことは黙っててくれよ」


 お互いその方が良いだろ? 顔は見えないが、きっと爽やかな笑顔を浮かべているのだろう声で言って。それから、トモリの耳元へ顔を近付けて。


 

「――――痛くねぇくせに痛がってんじゃねぇよ化物が、馬鹿にしてんだろ?」


 小さな声だ。きっと、あそこにいる者達にも聞こえない小さな囁き声。それを耳にした途端、息が詰まるのを感じた。私に向けられたわけではないはずの囁きに、首を絞められ息ができなくなる程の圧を感じてしまったのだ。


 くそ、耳を澄ませるんじゃなかった。この声、呪いを含んでいる。仲間を巻き込まない為に抑えたのか? それとも私が見ていることに気付いていたのか?


「ぅ、ぐ……ち、が。ちがぃ……ます」

「ん? なんだ、友達じゃないのか? ま、そういうのは俺わかんねぇけど、頑張ってくれよな。俺らもお前がちゃんと戦おうとしてくれるなら文句は無いんだ。この世界の人間と仲良くできるのもすげぇって思ってんだぜ」

「ゎ、だ……わたっ……げ、ぁ」


 男が何かを話しているが、ほとんど耳に入ってこない。息ができない。懐に手を伸ばすとざらざらした感触がした。呪い除けが砕けている。三つ持っていたはずなのに、一度に全部持っていかれた。


 離れようとして、足が動かないことに気付いた。歩くこともできなければ、倒れることすらできない。足だけではない。身体中がそうだ。ここから離れようとした瞬間、影を縫い留められたように身体を動かすことができなくなった。


 首のあたりが痛い。何かに絞められているような息苦しさと痛みがある。いや、違う。これは、折れようとしている。首の骨が、折れようとしているんだ。このままだと、首が折れるか潰れて死ぬ。


 …………手だ。いや、指が動けばいい。右でも左でもいい、指を鳴らせれば。誰かがいたと気付かれるだろうが、逃げることはできる。


 そう考え、指に力を込め動かそうとした瞬間の事だった。


「――ヨツバ、そろそろやめにしよ。なんかここ他の区より寒いし汚いし、私は明日早いしさ」


 年長の女が声を上げると同時に、首に感じていた圧迫感が消えた。息ができる。咳き込まないように必死に堪えながらゆっくりと息を吸った後に隠れ場所を変えた。少し離れてしまうが、見る分には問題無い。それに、今ので近付くのは危険だと思い知らされた。


 ……助かった。いや、助けられた? あの女はどうして呪いを止めた? トモリを庇った? 先までの私刑を止めなかったのに? 本当に帰りたいだけ? それにしても今言うか? あと少し待てばトモリと、ついでに盗み聞きをしていた私は首が折れて死んでいただろうに。疑問が尽きない。ただ、一つだけ確信できる事もある。


 あの女、私の気配に気付いている。見られていると仲間に知らせはしないようだが、明らかに私が先まで隠れていた位置を睨んでいる。今隠れている位置もこのままでは暴かれるな。



「ヨツバ? リーダーさん? 私は帰りたいって言ってるんだけど、伝わらない?」

「…………ん、そうだな。ごめんのっちゃん、ここ寒いよな」

「ほんとほんと。私が風邪引いたらヨツバと後輩共の責任だから。風邪引くと豚汁飲みたくなるのに王国のお味噌不味いしさあ」

「風邪で豚汁飲みたいってのがわかんないんっすけど……」

「あ? リュウお前馬鹿だねぇ。お味噌は完全栄養食でしょうが。そこに豚の油が加わったら最強でしょ。それに大根、人参、蒟蒻に芋でしょ……くそ、全部王国じゃ駄目じゃん。むかついてきた、もう帰るよ。私がホームシックで狂う前に寝させて」

「わかった、わかったから……ごめんって。ほら、ダッシュで寮に帰ろうぜ」


 のっちゃんと呼ばれた女が仕切り始めた途端、場に渦巻いていた呪いも殺意も全て消えてしまった。そうして、仲の良い若者達といった雰囲気になった彼らはそのまま大通りの方へ走り去ってゆく。


 蹲ったままでいる、トモリと呼ばれた制服姿の少女を置いて、ではあるのだが。それさえ除けば、見る者によっては微笑ましい光景に映ったのかもしれない。




 はじめに考えたのは、このままここで死なせてしまうという案だった。


 監視だのなんだのは面倒だ。このまま放っておけば寒さか何かで死ぬだろう。ただ、この案はこれで誰かに拾われたりどうにか旧市街の友人とやらの家まで辿り着いては余計な面倒が生まれると考え却下した。


 次に考えたのは、ここで殺してしまうという案だ。


 殺しても、私の手で殺したと報告する必要は無い。私が見付けた時には殺されていた、あるいは事故死していたと言える状況を作ってそのように報告すれば爺の企みにも乗らずに済む。この考えは悪くないと思えたが、なんとなく実行する気にならなかった。少しだけ嫌な予感がする。私はこういった嫌な予感を信じるようにしている。



 最後に考えたのは。今から実行しようとしている案は。


「――随分とまぁ、酷い目に遭ってましたねぇ。キユびっくりです。旧世界人ってみんな仲良しだと思ってたのにあんないじめもあるなんて」


 蹲ったままの学生服に近付くと、びくりと身体が痙攣した後にうぅと呻き声が返ってきた。すんと鼻を鳴らしてみたが、吐いたのか嫌な臭いはするが血の臭いがしない。外傷は無さそうだ。手当の必要が無いのは喜べばいいのか落胆すればいいのか微妙なところ。


「……が、ぃます……違い、ます」

「おや、まだ喋る元気があるなんてびっくり! それで? 何が違うんですか?」

「わたしの、所為で。人が、死にま、した。いじめじゃ、ありません。悪いのは、わたし」

「……またまたびっくりです。あんなに蹴られて殴られて、なのに庇うお馬鹿さんだったなんて。それとも、キユがなんていい子なんだって感動するのを待ってます?」

「事実を、言ってるだけ……です。良い子は、誰も死なせません」


 息も切れ切れのくせに強気じゃないか。こういうやつを見るとどれだけ痛め付けられれば本音を曝け出すのか、試してみたくなる。実際に試した事は数えられる程度しか無いが。


「それで? あの人達に殴られて蹴られて、なんだったら殺されそうになって。あなたが悪いとして、抵抗しない理由にはならなくないですか? あ、キユが見てるの気付いてました? 助けに来てくれるかもって期待させちゃいました?」

「わたし、頑丈なんです。だから、どれだけ蹴られても痛くなくて……呪いも、たぶんあれじゃ死ねなくて。だから、わたしは戦うべきだったんです。でも、戦わなかったから」

「なるほどなるほど、なるほどですね」


 今の言葉と先までの盗み聞きで得られた情報でなんとなく状況の察しは付いた。そういえば、昨日帰還した竜伐隊の戦死者の七割が勇者だったか。そのどれかにミナとやらもいたのだろう。


「……つまり! 頑丈なくせにのろまなあなたが戦場でなんにもしないでぼけっと突っ立っていたところをなにがしかの攻撃が飛んできて? それをミナさんとやらが助けようとして、巻き込まれてしまったと。そしてミナさんとやらは死んだのにあなたは無傷で生き残ってしまったと! そういうわけですね? ふふん、当たりでしょう。キユこういうの得意ですよ」

「当たり、です。良い人だったんです。あの人達も、良い人なんですよ。わたしが、ごほっ……わたしが悪いんです」

「……いい人、ね。それで死んだら世話無いじゃないですか」

「それも、全部……わたしの所為、です」


 淡々とした、感情の乗っていない声。これはどちらなのだろうな。本当は自分が悪いとは思っていないから声に感情が乗っていないのか、ただ事実を言葉にするよう努めているから乗せていないのか。どちらであれ、同情するつもりは無いのだが。



 ――どうにも気分が悪い。余計な事を考えずに仕事をしよう。まずは顔と名前ときちんと確認する必要がある。考えるのはそれからだ。


「とりあえず、立ったらどうですかぁ? そのすっぱい水溜りを枕に溺れ死にたいなら別ですけど! それにそれに、お名前聞いてないですね? ずるくないですか? キユはキユってずっと名乗ってるのに!」


 捲し立てながら肩を指先で突くと、それはゆっくりと顔を上げた。黒い髪に黒い瞳、歳の頃は十五から七といったところ。自分でぶちまけたのだろう吐瀉物で酷く汚れている点と嫌でも視界に入る首輪を抜きにすれば、人に好かれるだろう整った顔立ちだ。それこそ、真っ当な友人知人がいれば貧民街なぞに足を向けることを許されない程度には。


 改めて服装を確認すれば、写真で見た学生服と同じものを着ている。黒のスカートにシャツ、ネクタイとブレザー。この新世界にも取り入れられた意匠の大元だ。まぁ、学校に行けるのは余程豊かな国の民か一部の特権階級の者だけなので私は着た事が無いのだが。


「ほら、お名前は? キユはキユですよ。キユ・レッドラムです。旧世界人さんって名乗り返せないくらい無礼なんですかぁ?」


 この言葉遣いは酷く疲れて自己嫌悪に苛まれる。正直辞めたいと思っているのに、仕事でやっているからという義務感か舌が慣れてしまったのか必要以上の悪意を持った言葉がすらすらと出る。あるいは、これが私の本性なのかな。


 ただ、それなのに。それなのに、目の前の少女は。何故だか嬉しそうに、私を見ているのだ。吐瀉物塗れの顔を拭いもせずに、柔らかく笑っている。


「……何がおかしいんですか?」

「ううん……おかしく、ありません。おかしくなんて、ありません。ただ、名前を聞かれるのが嬉しくて」


 本当に。本当に、嬉しくて。歌うようにそれは言う。幸せを歌うように。さっきまで死を望まれ、受け入れていたくせに。


「顔、洗っても良いですか? ちょっと、このままじゃ恥ずかしくて」

「……どうぞ。でもキユお水持ってませんよ」

「わたしが持ってます。タオルも、あったかな……」


 抱いて守っていたらしい鞄から水筒と麻布を取り出して、軽く顔を洗った後に私を見た。本当に暴力も呪いもなんともなかったのだろう。私はまだ首と喉に痛みを感じているのに、目の前の少女は穏やかな笑顔を浮かべている。


 それは、写真で見たものと全く同じだった。寸分違わず再現された、よく作られた笑顔だった。作り物だと感じるのに安らぎのようなものも感じてしまうのは、首輪が光っていないからだろうか。


「わたし、わたしは――友守平和。日本語、えっと、旧世界の字で友達の平和を守るって書いて、トモリノドカです」


 よい名だ。これは本心から思ったこと。何も守れなかったから今があるんだろう。これも、本心から思ったこと。どんな想いでその名を名乗ったのか、私にはわからない。きっと死んでもわからない。


 それでも、良い名だと言葉にするだけなら許されるだろうか。過去も、今の想いも知らず。そしてきっと、いつか私が殺す子供の名前を。良い名だと褒めて覚える事は許されるだろうか。


「いいお名前ですね! 今のあなたにはちっとも似合ってませんけど」

「わたしもそう思います。でも好きなんです、この名前。他はなんにも覚えてないけど、この名前が大事で大好きなことだけは忘れてなかったんです」

「そう、ですか。……それは、良かったですね。良かったですね! なんにもない空っぽじゃなくって!」

「はい、本当に」


 一瞬。一瞬だけ。思い切り顔を蹴り上げてやりたくなった。これはただの八つ当たりだとわかっているから、やりはしないが。



 ……はいじゃないだろう。はいじゃないんだよ。怒ってくれ。新世界人(私達)にそんなことを言う資格は無いだろうと怒るべきなんだよおまえは。名乗れただけで幸せそうに笑うな。名前以外を忘れたのなら名前しか覚えていられなかったことを悲しめよ。憤れよ。おまえ達には怒る権利と義務があるはずだろう。おまえが、おまえ達がそれを放棄してしまったら。この新世界を受け入れてしまったら。




 私は。私の怒りは、憎しみは。その正しさは、何処に。




「――トモリさん。あなたのことちょっと気に入りました。頑丈ですし、育てればいい音の鳴る玩具になりそうですから」

「う、うん……えっと、ありがとうございます?」

「はい、感謝してもいいですよ。いえ感謝してください! キユってば優秀で大忙しなので、お手伝いが欲しかったんですよ。キユは傭兵なんですけど、今七番街で雇われて騎士をしてるんです。ジュウゾ・アンデッタ様って知ってます? キユのとこの団長様なんですけど。なんと、団長様のお気に入りなんですよキユってば!」

「…………ジュウゾ。ああ、あのお爺さん」

「大忙しで大活躍なキユがあなたを使ってあげます。暇な時に鍛えてもあげちゃいましょう。そしたら、さっきみたいにいじめられなくなりますよね。ざこざこからせめてただのざこになれば、少しは認めて許してもらえるかも!?」

「えっと、あの」

「つまり! つまりですね」


 口を挟む暇を与えず捲し立て続ける。不本意だが、舌を回すのは得意なのだ。


 右の人差し指をぴっと突き付けて、にっと意地の悪い笑みを浮かべてみせて。それから、少しだけ覚悟をして。


「――キユと、お友達になりましょう。キユの玩具になってください。その代わり、キユがあなたを今より少しだけマシにしてあげます。死ねばよかったのにと呪われずに済む程度には」


 友達、友達ね。自分の言葉に背筋がぞわりとした。そんなもの、今までの生で唯一人しかできなかったくせに。その一人すら友とした事を後悔しているくせに。私のような人間は友など演技ですら作る資格が無いというのに。


 いつか、この子を殺すのに。きっと必要の無い事なのに。


 それなのに。それなのに、この子は出口を見付けた迷子のように瞳を潤ませるのだ。初めて贈り物をされた子供のように、希望に満ちた目で私が差し出した手を見て、震えた手を伸ばそうとするのだ。胸の奥がちくちくと痛む。吐いてしまいそうだ。


「わた、わたし……役立たずで、嫌われてて。あの、……迷惑を、掛けます」

「それはキユがこれから見て決めます。トモリさんがお馬鹿過ぎて気付いてない使い道もあるかもしれませんし? そういうの、代わりにキユが探してあげるって言ってるんです」

「き、キユ、さんは……わたしが生きててもいいって、思ってくれるんですか?」

「死んだ方がいい人ってけっこう頑張らないとなれないものですよ。トモリさんはまだ頑張りが足りませんね!」



 吐き気がする。いつか殺すかもしれないくせに、生きる希望を与えようだなんて。死ぬべき者が生きる資格の話をするだなんて。馬鹿みたいだ。気持ちが悪い。



「うじうじ言うのはかまわないですけど、今キユはあなたを友達にしてあげるって決めたんです。あなたができるのは素直に友達になるか無理矢理友達にされるかだけなんですよ。ほら、どうするか決めてください。返事ははいかいいえで」

「は、……はい。はいっ! 友達、なります! あっ、あの……よろしく、お願いします!」

「はい、よろしくお願いしますねぇ。キユが飽きるまではたくさん遊んであげますから、一緒に楽しみましょうね」

「は、はいっ!」



 本当に、幸せそうに笑うな。胸がちくちくと痛い。頭がずきずきと痛い。喚きながら言葉も胃の中身も全て吐いてしまいたい。


 ……きっとこいつの正体は恐ろしい怪物のはずだから。これは正体を暴く為の演技だから。友達なんて必要の無い演技も、そうやって懐に潜り込んだ方が楽しく殺せそうだと思っただけ。怪物を騙すのはきっと楽しくて気持ちが良いから。こういうお仕事なんだから。だから、吐き気は吞み込んで笑え。



 もし、そうでなかったら。そうでなかった時の事は考えない。考える必要は無い。どうであれ、この旧世界人には死んでもらう。王国を滅ぼす為の犠牲になってもらう。それが私のするべき事。キユのするべき事なのだから。


 そう。必要な犠牲なのだ。何もかも。必要の無い殺しはしないと誓ったのだから。そう約束されたのだから。全て、必要なはずなのだ。



 ――もう、信じられなくなった正義を成す為の。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ