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かくして少年は世界を知る~師匠に叩き込まれた暴力で、少年は世界の真実を学んでいく~  作者: しータロ
第一章 取り残された者たち

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殊勝な心掛け

「カリムさん。報告書はまだですか。団長もあんなので、副団長もこれとは。もう先も長くありませんね」


 カーン伯爵の執事がカリムの元を訪れていた。用件はカルカナの捜索がどの程度うまく進んでいるのかの確認。そして街と拠点を壊したことに関しての報告書と陳述書の提出の催促だ。

 わざわざこんな場所にまで足を運ぶということはかなり暇なんじゃないかと、邪推してしまうが、今はどうでもいいこと。取りあえず、今はこの執事から飛んでくる罵詈雑言を受け流しながら作業を終わらせなければならない。


「提出書類はもうまとめておきました。カーン伯爵の元にこれから送る予定です」


 カリムは一切動じず、カルカナが仕事をする時に使っていた椅子に座りながら答えた。幸いにも書類関係はカルカナがほとんどを終わらせておいてくれた。自分が現場に出ることでカリムに負担がかからないようにとの配慮だろう。

 

「そうですか。殊勝な心掛けです。これからも励むように」

 

 執事は顔色一つ変えず事務作業を行うカリムを見る。


「それと、街に被害を与えたガキの件ですが、もう一週間が経っていますよ? 本当に大丈夫ですかね?」


 心配する素振りを見せるが、言葉のすべてが皮肉。その薄ら笑いを浮かべる顔を今すぐにでも叩き切ってやりたいところだが。

 心のコントロールは団長よりもうまくできるとカリムは自負している。顔色一つ変えず執事の顔を見た。


「団長なら大丈夫です。明日か明後日か、遅くとも明々後日には決着がつきますよ」


 さも当然といった様子で答えるカリムを見て、執事が不服そうな態度を示す。


「本当にそうだと良いのですけども……ねッ!」


 執事がテーブルを叩く。

 積んであった書類が床に落ち、カリムは作業を止めた。


「これは忠告です。まず、私が立って、あなたが椅子に座りながら、それも作業をしながら私からの話を聞く、というのは一体どういう了見なのでしょうか」

「あなたはカーン伯爵の執事ですが、私たちも伯爵直属の使用人という扱い。立場は同じです」

「な、なん」


 湧きあがる怒りで顔を赤くする執事を見て、カリムは口の前にペンを当てて笑った見せた。


「伯爵にはどうやら執事がたくさんいるようで。ほとんどの場合、伯爵の生活に同行するようですが……あなたは」


 本当の執事ならばこんな場所に寄越さず、別の使用人に行かせればいい。しかし目の前にはこの執事がいる。つまり、彼は伯爵にとって優先順位が低いということ。その辺の関係を考慮すれば、彼がなぜカルカナ傭兵団に嫌味を吐くのかも理解できる。


「き、貴様」

「お忙しいのでしょう? 用件は済みましたよ」


 執事は目を見開いてカリムを睨みつける。ここで怒鳴ればただ醜いだけ。必死に感情を抑える。

 そして、執事はテーブルの上から手を離すと、最後に忠告した。


「もう平和な時代。あなた達の役目は協議国憲兵に取って代わられる。あと数か月の命。せいぜい楽しむといい」

「是非、そうさせてもらいますよ」


 最後まで嫌味たっぷり。

 彼といつも相対しているカルカナはどれほどの心労が溜まっていただろうか。加えて通常業務に団のこと。そして戦いの指導。己の鍛錬。日々が激務だろう。


(もう、潮時なのかも……しれないですね)


 カルカナ傭兵団の名の元に戦場で好き勝手やって来たことはもうできなくなった。殺す側ではなく、護る側になったのだ。もともと、カルカナが盗賊や犯罪者などをその腕っぷしで勧誘して出来たのがカルカナ傭兵団。

 

 団員のほとんどは平和な世界を好まず、護ることについて大きな意味を見いだせない。

 アシュという少年が起こした事件。そしてその結果、大幅に財源が減らされることとなり団員は苦しい思いをしている。今まで良い待遇をさせてもらっていたから、彼らは護る側でいられたのだ。

 

 もし枷がなくなれば、もし自由になれば……


(……もし、団長が死んだら)


 どうなるか、想像に難くない。

 しかしそうならぬよう、カリムはただカルカナの帰還に備え業務を行うだけだ。


 ◆


「ここで別れましょう」


 山道が二つの道に分かれているところで、馬車は止まり、老人はそう告げた。

 

「私は北へと向かいます。あなたはこのまま東へと」

「なんでだ」


 草原が生い茂り、風が吹き荒れる開けた場所。馬車の先頭に立つ老人は手綱を握りながらいつもの微笑みを浮かべていた。


「理由など……私は旅商人です。北へ向かう《《用事》》が出来ただけですよ」

「その用事ってなんだ」


 アシュは笑いも悔しそうな顔もせず、ただ無表情のまま問いかける。


「観光ですよ」

「嘘くさい嘘だな。もっとマシなの考えとけよ。地獄の観光でもするのか」

「地獄の観光ですか……それもまた、いいのかもしれませんね」


 大戦に従軍した者はもれなく地獄行き。きっと仲間もそこにいるのだろう。

 生気の感じさせない老人の答えに、アシュは舌打ちを鳴らす。


「俺の為か」

「違いますよ、私の為です」

「それがあんたのためになるのか」

「……それは……どうでしょうか」


 この一週間ほど、老人と話してきてアシュは彼の抱く諦観が染みついた思考を誰よりも理解していた。

 だからこそ、気前の良い言葉は吐かない。


「今更、耳障りのいいことは言わねえよ。『生きてたら救いがあるから』だとか『死んでいった仲間の分』だとかのつまらないやつな。だから、俺はあんたがどうなったって構わねぇ。ただよぉ、自分でも分からねえのに、その選択をしちゃ駄目だろ」


 老人がどうなろうと知ったことではない。生きてても、死んでいてもどちらもでいい。ただ、この選択だけは曖昧な感情によって決断されるべきではない。


「優しいですね、不器用ですが」


 老人は軽く笑った。

 そしてアシュの目を真っすぐに見据える。


「疲れました」


 理由は、選択の動機はそれだけで十分だったと思わせるほどに重い言葉だった。


「懸命に生きた上で、私には、この人生は長すぎる……」

「……そうかよ。勝手にしろ」


 アシュが馬車から飛び降りる。


「俺はあんたよりも生きて、いい人生だったと言って死んでやるからな。後悔すんなよ」


 別れの言葉など交わすに、アシュはそれだけ言うと背中を向けて歩き始める。老人が進むべき道とは別の方向へと。


「はは……やはり、優しい」


 遠くなっていくアシュの背中を眺め、老人は最後に呟いた。


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