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かくして少年は世界を知る~師匠に叩き込まれた暴力で、少年は世界の真実を学んでいく~  作者: しータロ
第一章 取り残された者たち

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師匠の面影

 次の日の朝。

 アシュは馬車の先頭に立って手綱を握り、風景の変わらない山道を進んでいた。馬車の手綱は御者と交互に変わる予定で、今日は早朝から昼までアシュが手綱を握る予定だ。


「小指と薬指で引っかけるようにしてみてください。そう、そうです。拳の小指側を少し自分に向ける。そうすれば、馬がどっちへ行きたいか、手に伝わってきますよ」


 師匠から手綱の握り方なんて教わってこなかったアシュは老人の見様見真似で手綱を握ってみたが、どうやら居ても立っても居られなくなったのか、御者がアシュに手綱の握り方を教えていた。


「今は引きません。今は待ってください。馬が動きたいときに、動かせるようにしてやるんです。教えた五つの基本動作を馬と歩調を合わせながら行うのです」


 引く――止まれの合図。

 押す――回転の誘導。

 開く――進行方向の指示。

 控える――動きの停止を待つ。

 譲る――緩めて馬の動きを尊重。


 それら五つの基本動作をアシュは教わっていた。

 今はそれらの動作を実践している。


「そうです。段々良くなってきましたね、その調子です」


 老人の授業を煩わしそうな顔をしながらアシュが聞いていた。時には反抗的にわざと手綱を強く握ってみたりする。しかし老人は怒らずに、まるで孫を見るかのような微笑みを向けて来る。

 どうにも距離感が図りづらい。

 

「はは。どうやら不服なようで」

「別に」


 アシュはため息交じりに呟くと、不服そうな表情を浮かべたまま手綱を握るのだった。


 ◆


 数時間ほど移動し、昼になるとアシュたちは道端で休憩することにした。馬はもう老齢で、それでもその馬力は健在だが、どうしても疲労が蓄積してしまう。だから小休憩を数回とった上で、昼休憩のような長い休みも取る。

 アシュたちもこの昼休憩で昼食を食べながら休む。


「はぁ……」


 アシュは丈の短い草木が生い茂る草原に寝転がって空を眺めていた。草木を撫でながら通り過ぎる涼し気な風。青々とした空。どう転んでも爽やかな環境に包まれている中、アシュは寝っ転がりながらため息をつく。


「……暇だ」


 どうにもこうにも平和すぎる。

 てっきり、カルカナはすぐに追跡を開始すると思っていたが、未だアシュの足取りを掴めていない様子。恐らく、王国に向かっていることぐらいは把握できているだろうが、それ以上の情報が得られていないのだろう。

 アシュにとってはこの上なく良い状況であるのは確かだが、物足りなくも感じてしまう。だが、どうせカルカナはアシュの居場所を突き止める、それまではゆっくりとさせてもらおう。


「どうしました、ため息ばかりついて」


 馬の世話を終えた老人がアシュの顔を覗き込む


「なんでもねえ」


 アシュは吐き捨てながら上体を起こした。

 そして風で草木がたなびく草原に視線を向けながら、ただ無心になってリラックスする。そんなアシュの後ろ姿を見ていた老人は、傍に置かれた彼の剣に視線を向けた。

 

 少年が肌身離さず腰に携えている剣。

 さやを見るだけでも高名な刀鍛冶が打った上質な剣だと分かる。それでいて使い込まれたような跡も確かに残っていた。


「……ふむ」


 ただ一つ疑問なのは鞘につたが巻き付いていて剣が抜けないようになっている。どこの草木の蔦なのかはなのかは分からぬが、太く、それでいて柔軟。なぜそのような蔦で剣を鞘に固定しているのかが分からない。


「なんだ……」


 老人が剣を見ながら悩んでいると、様子を察したアシュが振り返った。


「その剣のことについてです。誰かからの贈り物ですか?」


 まず第一にアシュの所有物ではなく、誰かからの贈り物だと判断して話を進めて来た。

 確かにその予想であっているが、どこからその発想に至ったのかは不明だ。


「師匠からな」

「師匠ですか……では剣術の指南を?」


 魔術やその他のことについても稽古をつけてもらったが、そこまで言及すると話が面倒になるので、ここはただ肯定した。


「ああ」


 老人はそこでアシュの後ろに立って、軽く問いかける。


「なぜ、蔦が巻かれているのですか」

「大戦の生き残り以外では抜くなってて師匠に言われているからな。簡単には抜けないようにするためだ」

「ほう」


 大戦の生き残り。その厄介さは老人が身をもって知っている。その相手だけのみ引き抜くようアシュに、その師匠とやらは約束した。

 その意図は、その真意はこの断片的な情報だけでは測れない。


「あなたの師匠は大戦経験者ですか」


 何となく、そのような条件を出すのは自分と同類の人間だと予測できた。そして、その予測は当たっている。


「ああ、あいつは大戦の生き残りだ」


 自分の口で大戦経験者だと言っていた。師匠は時に狡猾だが、嘘は言わない。あの言葉は真実に値する。


「だとしたら……まあ、そうですね」


 アシュの師匠が彼に己の技術を伝えた理由を、老人は何となく予想して笑った。


 アシュはいきなり笑い出した老人に訝しんだ視線を向けていた。老人はひときしり笑った後、アシュの目をまっすぐに見据えて提案した。


「ではどうですか? 一度、軽く手合わせなどしてみませんか」

「なんでいきなりそうなる。どちらにとってもメリットが無いだろ?」


 アシュが驚いて振り返る。そして、その意味を感じない突発的な老人の提案の意味を問う。すると老人はすらすらと語り出した。


「師匠が、あなたにどのような技術を授けたのか、それが見てみたい。それに、あなたの戦い方を見れば師匠かれの人物の一端が垣間見えます」


 老人は今までとは毛色の違う笑みを見せた。


「私は大戦経験者、剣を抜く資格は足りているでしょう? そして、一人の『戦士』として、あなたの実力が見てみたい」


 確かに、彼は大戦の生き残り。つまりは剣を引き抜く権利がある。ただ、殺し合いではないし、わざわざ引き抜く必要もないように感じ

る。

 ただ。


『技術は使わなければ錆びる。適切に保護し

ろ』


 師匠の言葉厩味ったらしく脳内に駆け巡っ

た。

 これもどこかの縁。


「分かった」


 剣を持って立ち上がる。

 そして老人を見た。


「剣は引き抜かない、このままだったら構わない」


 これは殺し合いでは無い。たとえ相手が大戦の経験者であったとしても、殺す必要がないのならば引き抜かない。

 アシュはゆっくりと、鞘からつるぎを引き抜かぬまま構えた。


 無駄な力を削ぎ落とし、剣を体の中心に置いて相手を見据える。

 小指から力を入れていって握り込む。


 その者の立ち姿は美しく、自然と惹かれる。その一挙手一投足を逃すまいと釘付けになる。美しい構えだった。


 思わず見惚れ、老人は口を開いたまま呟いた。


「オルフェン流ですか……」

「……?」


 聞き覚えのない言葉に、アシュが構えの体勢を崩して老人を見た。


「なんだ、それ」

「知らないのですか?」

「ああ」


 老人は驚いた顔をして、そして彼の師匠の正体がさらに予測不可能なものとなった。

 

「オルフェン流。それは大戦を生きた儀盤、『剣聖』オルフェン・アストレイアが築き上げた《《魔術師のための》》流派です」

「魔術師のため……?」


 アシュは『戦士』であって『魔術師』ではない。


「今では様々な流派に枝分かれしていますが、その源流は魔術師のための剣術。あなたのオルフェン流はその源流に最も近い」

「何でそんなこと知って、いや分かるんだ」

「私はこれでも様々な戦争を渡り歩いた『戦士』です。私は一度、大戦の中のある戦役で『剣聖』を見ました。相手は『剣豪』。『魔術師』の剣士である『剣聖』と、『戦士』の剣士である『剣豪』。二人の戦いは視認に収めることすら困難でしたが、私は確かに、その時、『剣聖』の剣を見ました。あの時の構え、動き、美しさ。君のオルフェン流はあの時の剣聖に近い。間違って広まった今のオルフェン流とは違います」


 大戦を生きた『儀盤』の中でも『剣』の二つ名を分け合った二人。

 『剣聖』と『剣豪』

 両者は『魔術師』と『戦士』という違いがある上、それぞれが所属する国が敵対国同士だった。

 争いは避けられず、二人はある戦役で剣を交わした。

 二人の戦いはその一回のみだったという。


 そのたった一回の勝負を、老人は見ていた。


 男の話を聞いた時、アシュは僅かに疑問を抱いた。


 なぜ、『戦士』であるアシュに『魔術師』のために作られたオルフェン流を教えたのか。


「私が教えられることはこれが全てです」


 老人はアシュに剣を置くよう促す。


「オルフェン流を見れただけで十分です」


 もう手合わせをしなくてもいい、老人は完璧なオルフェン流を見れただけで、アシュの実力をある程度把握できた。

 もう満足だった。


「そうか」


 アシュが剣を腰に携えて振り返る。


「どこへ行かれるのですか」

「夕食の分を狩ってくる。俺がいるせいで備蓄が想定よりも少なくなってきてるだろ。食糧調達だ。20分、30分そこらで帰ってくる」


 一人で考える時間が欲しい。

 老人はアシュの言葉をそう解釈した。


 そして一人森へと去っていくアシュの背中を老人は神妙な面持ちをして見ていた。


「オルフェン流ですか。弟子か、対等な友か、敵か……それとも『剣聖』本人か」


 アシュに剣術を授けた師匠という名前も背格好もわからない人物を思い浮かべ、老人は昔《大戦》の頃を思い出すのだった。

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