『勇猛果敢』—カルカナ・バーゼス
カルカナ傭兵団の宿舎兼訓練施設が突然爆発した。
未だ、黒煙上がる建物の上部から一人の少年が飛び出す。煤にまみれながら、その視線は確かに爆発したばかりの建物に向けられている。
少年は手にしたナイフを眼前に構えた。
その瞬間、黒煙の中から高速で巨大な物体が飛来する。それは、両手斧を持ったカルカナだった。
「いきなり魔術を使うとはよぉ! 一体どこで覚えたんだ! あぁ?」
空中であるというのに、二人はナイフと斧の刃を競わせる。
「おいおい! ナイフ一本でどうするつもりだぁ? 剣を使えよ! 剣をなぁ!」
少年と大人という体格差。ナイフと両手斧という武器の差。少しでも鍔迫り合いに持って行けたことの方がおかしいが、結局、踏ん張りの効かない空中でアシュはカルカナに押し切られる。
「おらよッ!」
両手斧を振り抜き、アシュはナイフを持ったまま地面に吹き飛ばされる。
その体は建物を貫通し、地面に窪みを作りながら衝突する。街道にいた市民たちは逃げ惑い、アシュから離れていく。
土煙が上がるなか、カルカナも街道に着地した。
そして煙の中でゆらめく人影を見た。
「どうした、まだナイフで戦うのか? 舐めてんじゃねぇぞ」
土煙が収まると、中から無傷のアシュが姿を現す。
「生憎、師匠には大戦の《《生き残り》》意外には抜くなって言われてるからな」
「とことん舐めたガキだぜ」
「そんなことよりいいのか? 儀盤様が一般市民に迷惑かけちまったよぉ? 上からなんか言われんじゃねぇか?」
「てめぇを始末するのには必要な代償だ」
「随分と買い被ってくれたようで、なにより」
「ああ。だが、勝つのは俺だ。ぶっ殺してやる」
「忌憚のない意見をありがとう」
「クソガキが」
両者の姿が一瞬にして消え、その直後、耳を破裂させるようなけたたましい金属音が響き渡る。
アシュは依然としてナイフを使い、カルカナは両手斧を振り回す。
まともに両手斧とナイフとが衝突すれば、どちらが破壊されるのかは一目瞭然。しかしアシュは完璧に両手斧の攻撃を受け、そして振りが大きい故に生まれる隙を突いてカルカナに刃を突き立てる。
(ったく。こいつ昔よりも格段に……)
カルカナはアシュの成長をその身を持って体感していた。二年前、一度だけ模擬戦のような形でアシュとは戦っている。その時はカルカナの両手斧を正面から受けるのは分が悪いと判断し、回避に専念していた。
しかし今は真正面から受けている。
いや、受け流している。
ナイフの短く脆い刃の表面に斧の刃を滑らして力を受け流す。
剣や同等の斧などで攻撃を受け流すならまだしも、アシュが使っているのは何ら変哲の無いナイフ。もし角度と受け流すタイミングを間違えばナイフごとその身を両手斧で真っ二つにされる。
尋常ではない緊張感があるはずだ。しかしアシュはそんなことを一つも感じさせず平然と攻撃を受け流す。
もう平和になった今の時代でこれだけの手練れを会えるのも珍しい。その中でもアシュは群を抜いて異常だ。
(こいつは昔からそこら辺の感覚が壊れてたな)
死にたがっているのか、生きてがっているのか。敵陣に単独特攻を仕掛けることは少なくなく、それでいて無傷で帰って来る。
恐怖や不安といった感情が無いのか、極端に鈍いのか。
視線を潜り抜ける傭兵にとってその特性は有利にも不利にも働く。
(だがよぉ)
どうやら、二年間の修行を得てもアシュの抱える致命的な欠陥については治っていないようだった。
「どうやら、まだ『魔装』は使えねぇようだなぁ!」
『魔術師』の力の本質を『魔力の発散』だとするのならば、『戦士』の力の本質は『魔力の体内循環』。
『戦士』と言われる人々は魔力を体内で循環させることで飛躍的に身体能力を向上させる。『戦士』ならば使えて当然の技術。しかしアシュは体質的な問題で『魔装』を長時間の間使うことができなかった。
いくら、攻撃の合間にナイフでカルカナの身体を切り裂こうと、『魔装』で強化されたカルカナの身体は硬く、その表皮を一枚切り裂くことですら叶わない。それどころか、強く斬りつけてしまえば逆にナイフが破損する危険があるほど、カルカナの身体は強靭になっていた。
ただ、アシュとて完全に『魔装』が使えないわけではない。一瞬だけならば使える。
アシュがナイフを構えた。
「お前、忘れてるようだから教えてやるよ。前もそう言ってたかくくって負けたよな」
アシュが一瞬『魔装』状態へと移す。
その動きを視認することは困難。残像すらも捕らえられない。カルカナを殺すのに10秒もいらない。『魔装』状態のまま5秒あれば十分だ。
ただ同時に、カルカナもまたアシュの『魔装』状態を警戒していた。二年前の模擬戦で敗れた直接的な原因であるためだ。先ほど煽ったのはアシュの『魔装』状態を引き出すため。
アシュはまんまと策に引っかかった形になる。
「――ッな!」
アシュの『魔装』状態の移行に伴ってカルカナが防御の体勢を取る。10秒、いや5秒だけ耐えることができれば、アシュは『魔装』の反動で動きが鈍る。そこを確実に討ち取る。
数瞬前のカルカナはそう考えていた。
しかし二年の間にアシュは想定よりも早く、技術の練度が高くなっていた。
カルカナが防御姿勢を取るが、すでにアシュは懐にいた。
そしてナイフをカルカナの胸部に突き刺す。
「ちょうどいい、ハンデだっただろ?」
殺すのに5秒とかからない。
アシュがとどめに首にナイフを突き立てる―――ところで、一本の矢がアシュの眼前を通り過ぎた。
「――ッチ」
一歩退く。
その際に視線を矢の飛んできた方向に向けると弓を持つ大男が見えた。どうやらカルカナ傭兵団の団員が現場に到着したようだ。さすがに、カルカナを相手に周りに団員がいると面倒極まりない。
ここはおめおめと、情けなく、逃げるしかなさそうだ。
「クソがッ。まで!」
胸部を刺され血を流しながら、カルカナは逃げる体勢に入ったアシュに手を伸ばす。しかしアシュの方が先に手を打っていた。
地面に手のひらを当てる。すると魔法陣が浮かび上がった。
何か変な行動をする前に殺しきる。周りで待機していた傭兵団の者達が一斉に襲い掛かった。
「また逢おうぜ」
魔法陣が収縮し、アシュの足元に集まった瞬間。アシュを中心として爆発が起こり煙幕が辺り一帯を支配する。
「探せ! 逃がすな!」
カルカナは叫ぶ。
しかし、すでにこの場にアシュの姿は無かった。




