第15話 次の居場所へ
アシュラット協議国と王国との国境にアシュがたどり着こうとしていた。山林を歩くアシュの隣には殺し屋もとい少女の姿があった。
「それで、殺し屋として働いていたわけか」
アシュは少女――アビーからなぜ殺し屋になったのか、その経緯を聞いていた。
元々、アビーはアシュと同じように傭兵として様々な戦争を渡り歩いていた。その中で同じ子供の傭兵ということから、二人は知り合った。それからはある戦争で会い、その戦争が終わると分かれ、またある戦争で会い、を繰り返し、最後に会ったのが二年七カ月前のある戦役。
それからは二年間アシュは師匠に強制連行されていたのでアビーとは当然会うこともなく、近況を聞く機会もなかった。
「そう。もう戦争なんてほとんどないから、食べるために殺し屋になったの」
カルカナ傭兵団がその武力を戦争ではなく貴族の私兵として守ることに使ったように、アビーもまた戦争で培った技術を殺し屋稼業に当てていた。
「俺が心配するのもおかしいが、いいのか、依頼を無視しちまっても」
「いいよ。この仕事つまんないし」
アシュを殺し損ねるのならばともかく、逃がした上に共に行動している。殺し屋としては失格。信頼が大事な業界で、その信頼を失うというのは殺し屋として活動する上で非常に面倒なことだ。
しかしアビーとしてはこの殺し屋稼業もつまらないことのようで、特に気にしてはいなかった。
「この二年間は殺し屋だけをしてたのか」
「いや? 殺し屋を始めたのは一年前ぐらい。それまでは貴族のところで護衛してたかな。良い暮らしはさせてもらってたけど……最後の方は飽きちゃって」
にへっっと笑うアビーは次にアシュに問いかけた。
「アシュこそ、この二年間話にも聞かなかったけど、どこにいたの? 私この殺しの依頼受けた時、対象がアシュって知ってびっくりしたんだから」
あの二年間の間には色々とあった。いや、出来事自体は一つだけなのだが濃度が濃すぎるのだ。概要だけ聞いても恐らく理解できないだろう。ただ取り合えず、アシュは短くまとめた。
「二年前の戦役で変な奴に気絶させられて山奥に連れていかれた」
アビーの方を見てみるとやはり困り顔を浮かべていた。
「そこでその変な奴に二年間、半ば強制的に稽古をさせられた」
「ふーん」
なんでそんなことになったのか、その変な奴とやらは誰なのか。聞きたいことは色々とあるだろう。しかしアビーがそれらについて問うことはなかった。
「聞かないのか?」
「気にはなるけど、なんだか長くなりそう。そういうのは二人で昔を思い出したい時にきこっかなー」
どこか含みのある言い方だが、その真意までは分からないし問うことができない。
「それよりも、アシュは王国に行く予定だったんでしょ。何かしたいこととかあるの」
「いや、特には……」
元々は逃げる先として選んだだけで、王国に行く目的なんてあまり無かった。
ただ、アシュは老人の言葉を思い出す。
「ただ、『剣聖』の道場には行こうと思ってるよ」
「『剣聖』の道場って……王国の南東にある?」
「知ってるのか」
「一応噂程度にはね。ほんとかは分からないけど」
ある程度、殺しや戦いに身を置く業界の者ならば知っている話。王国を南下した場所にある『地図の空白地帯』に『剣聖』の道場があると。
「王国の南に行くなら結構な長旅になるね、色々と用意とか大変だよ~」
「……? ついて来ようとしてるのか?」
「あったりまえじゃん」
「え、あ……? ん? いや、さすがに」
「何言ってんの、遠慮しないで」
アビーが背伸びをしてアシュと肩を組む。
「それに私、一応あなたのこと見逃してあげた恩があるんですけどー私の暇つぶしに付き合ってよー」
アビーが肩を組みながらアシュに体を寄せる。
(当たって―――)
アシュは咄嗟にアビーから離れて、そして降参と言わんばかりに頷いた。
「分かったから。取りあえず近くの町を目指そう」
年相応の反応を見せたアシュの困惑顔を見て、アビーはにたぁっと笑みを浮かべながら上機嫌に隣を歩いた。
「ふふん、ありがとねー」
「はぁ……ったく」
アシュはただため息を吐くことしかできなかった。
◆
「《《あの人》》が着くまでにどのくらいの時間がかかりそうだ」
ある部屋の中で大柄の男が対面に座る女性に問いかけた。
「分からないわ……でも少しかかるかも、マイペースなところあるし」
「じゃあそれまで暇だな。いい暇つぶし知らねえか?」
女性は天井を見上げて僅かに考える素振りを見せる。
そして何かを思いついたのか男の方を見た。
「王都で楽しい《《祭り》》がやってるって。あなた、参加してきたら?」
「おいおい。目立っちまうぜ?」
「どうせ仕事するんだから」
「じゃあ仕事前のお遊びってことだ」
「どうかしら? もしかしたら負けちゃうかも」
「それじゃあ仕事にはいけねえな」
ガッハッハと笑う男。
「それじゃあ、さっさと向かうとするか! 王都に!」
「ええ。ゆっくり行きましょ」
二人が椅子から立ち上がった時、部屋の隅から微かにうめき声が聞こえた。
「っぁあ……ぁ」
二人が部屋の隅に視線を向けると両手足が体の中心に向かって歪な形で曲げられた人間が転がっていた。
「おっと、いけねえいけねえ。まだ生きてたか」
「ちゃんとしなさいよ」
「ぁ……あ……やべで……」
手足を丸められた者は近づいて来る男に対して命を乞うが意味を為さず、涙ぐむ視界の中で最後に見えたのは頭を握ろうとする男の手のひらだった。
第一章 取り残された者達――了




