第12話 刃を向ける先
師匠に無理矢理連れてこさせられた山奥で、キツイだけの稽古をさせられて、二年もしたら急にほっぽり出す。
またいつもの日常が戻るのかとも思ったけれど、すぐにカルカナ傭兵団との追いかけっこが始まった。
まだ山奥から戻って来た二週間と少ししか経っていないのに、かなりの災難に見舞われている。二年前に自分の撒いた種が芽を出しただけなような気もするが、まさか二年も機会を伺っているとは思わなかった。
ロクに観光などできず、世界を知ることもできず、平和になった世界でなぜか殺し合いをしている。
昔からどうにも厄介ごとに絡まれることは多かったが、戻って来て早々このような災難に見舞われるとは、自分の悪運に惜しみない賞賛を送りたいぐらいには辟易している。
ただ、この逃亡生活の中でも普通に生きていれば合わないような人物に出会えたことだけは、幸運だったと表現してもいい。大戦の生き残りが貴重だから、とかいう話ではなく、ただ単純に、あの老人に会えたことが偶然の幸運なのだ。
あの老人と進むことで居場所が特定されやすくなる危険性。老人を巻き込む可能性。
恐らく、予想していた悪い想像は皮肉にも叶ってしまったのだろう。
自分は今、居場所をかなりの精度で特定されているし、老人の顛末に関しては見てないが穏便に済むとは思えない。相手はカルカナ。周りに団員がいることも考えるとまず勝てないだろう。
「さて……」
王国との国境まではあと少し。
一時間ほど移動すれば辿り着く。
しかしそう単純にたどり着けるわけもない。
(あの時か……)
思い出す。
森を抜けた時に出会った商人のことを。
自分が危険人物であると兵に報告するとして、動くまでには時間がかかる。
これは《《早すぎる》》。
やはり、ナイフを向けた後に一度、疑い深く来た道を戻って商人の動向を観察してもよかった。しかしそれでは嫌な予想が当たっていたとしても無駄に時間を使い過ぎる。だから、もう仕方ないと割り切って前へと進むことを選んだ。
正解の選択だったのか、それとも不正解だったのかは、今となってはどうでもいい。水掛け論に近い。
(包囲されてる……か)
右を見れば草原、左を見れば森、後ろを見れば山、前には人影。
人の姿こそ見えないが、左右後ろに気配を感じる。
(だが……)
包囲している上に、地理的にも人数的にも優っているというのに襲い掛かって来る様子が無い。
つまり、カルカナがいない。
アシュを殺しきる算段がまだ付いていないのだ。
恐らくカルカナは老人の方に時間を取られたこともあって僅かに遅れている、となるとアシュを今包囲しているのは先行部隊。分かれ道を東南方向へと向かった部隊だ。
すでにカルカナには伝令でアシュの居場所がバレていることだろうし、急いで向かってきているだろう。
だとするとこのままカルカナが来る前に王国へと逃げるのが正解か。すでに居場所はバレているし、派手に動いても構わない。そして一時間程度であれば全力疾走のまま走り続けることができる。
その速度に団員がついてこれる可能性は低い。
馬で追ってくるのならばその都度殺せばいい。対して時間は取られないだろう。
(違うな……)
カルカナという最大の懸念事項がある。
アシュは一瞬しか『魔装』を使えないというハンデがある以上、人間の域を超えた速度で移動することはできない。対してカルカナは『魔装』の状態を少なくとも30分から1時間ほどは維持できる。
必然的に全力で走っても距離を詰められる。
国境まで走って疲れた後にカルカナの相手はキツイ。それでいて余計な時間を使えば『魔装』を使える団員や馬で移動する者に追いつかれる。カルカナを相手にして団員も一緒に相手するのは分が悪い。
建物が無く、障害物の少ないここで逃げる手段も無い。
だとしたら、カルカナと存分にやり合うために《《掃除》》をしておくのが良いだろう。
「やるか……」
少し離れた場所にいる団員との距離を詰めながらナイフを引き抜く。前にいる団員は商人を装っているようだが、近づいて来るアシュがナイフを持っていることや、放つ雰囲気から、自然と臨戦態勢を取った。
そして一気に距離を詰めようとアシュが踏み込んだ瞬間、横の山から弓矢が放たれる。
初撃を潰すように、正確に狙いを定められて放たれた弓矢はアシュの脳天へと飛んでいく。しかし付近を警戒していないわけがなく、アシュは弓矢を避けると飛んできた方向に視線を向けた。
「あの大弓の野郎だな」
都市でカルカナの首を切り裂こうとした時に弓矢を放ち静止した、大柄の団員。
かなりの距離があるというのに正確にアシュの頭部を狙ってきていた。かなりの腕だ。
これから乱戦にあることを考慮すると、早めに殺しておきたいところ。弓矢使いはあいつだけではないだろうが、今は他の奴らのことは関係ない。あの団員の居場所を特定できてしまった以上逃がすことなどできない。
逃がすことなどあってはならない。
ナイフの柄の先端を軽く握る。そして大弓を構え、今まさにもう一矢を放とうとしている団員に向かって投げ飛ばした。かなりの距離が離れている上にただの投擲で精度も低い。
しかしアシュはナイフを投げる瞬間、魔術を行使することで指先に小規模な爆発を生じさせ、凄まじい速さで飛ばした。爆発の衝撃によってナイフの柄は破壊され、ほぼ刃先だけで飛んでいるような状態。
アシュの指先も僅かに焦げていた。
だがその程度の負傷であればまだ軽い。
代わりにあの大弓の団員を殺すことができるのならば。
一直線に飛んでいったナイフは確かに団員を捕える。避けようと体を捻り、ナイフから逃げるようにして一歩離れた。しかしそれでもナイフの速度は速く間に合わない。
頭部は狙わなくてもいい。一発で殺せなくてもいい。
戦闘不能にさえさせてしまえばそれだけで十分だった。
男の胴体に向けて放たれたナイフは僅かにずれたものの、横腹を抉り取った。刺さるのではなく、周囲の肉ごとナイフは貫通し背後の木に刺さる。これで多量の出血により男は身動きが取れず、やがて戦闘不能となる。
(まずは一人)
同時に、前から走って来ていた団員がアシュに飛び掛かる。横からは別の射手がアシュに向けて弓矢の狙いを定めている。ナイフを投げ捨て武器は無い。対して、相手は弓矢持ちが周囲に拠を構え、続々と剣や槍を持った『戦士』がアシュの元に集う。
(ちょうどいいハンデだろ)
劣勢の中でアシュは笑う。
前方から近づく団員が剣を振り下ろす。アシュは剣が振り落とされるよりも前に、柄を握り締めるその手を横から叩く。『魔装』を使わずとも師匠との訓練で人間の限界程度には力が引き出されているアシュの手刀によって、男の手首は折れ曲がり、剣から手を離す。
そして誰の物でもなくなった剣を空中でキャッチしたアシュが、その流れのまま手首を折った男の首に剣を突き刺した。
だが男の死体の後ろから別れるように二人の団員が飛び出す。両方とも槍の使い手。
それでいて熟練した『戦士』。
二人ともアシュが二年前の戦場で見たことがあるカルカナ傭兵団の古参株だ。
二人とも一糸乱れぬ動きでアシュの両脇に回り込み、確実に逃げ場を無くすように槍を突き立てる。どちらかの槍の対処に集中すれば、背後から来るもう一つの槍に穿たれる。
かといって両方を同時に対処しようとするのは困難———
「――なっ」
アシュは剣の側面を滑らせて槍の軌道を変える。ナイフでカルカナの両手斧を受け流せるのだ、剣であれば簡単。そして軌道を変えられた槍はもう一つの槍に真正面から衝突する。
鏃がぶつかり合って火花をあげて、木製の部分がたわむ。
一瞬の戸惑い、硬直。
それが命取りになった。
一瞬にして二人の首をアシュが切り裂く。刃先で必要最低限の力で、二人を一瞬で殺しきった。
「――――ッチ」
だが間髪入れず森の方から火の球が高速で飛来する。これは魔術。
カルカナ傭兵団ともなると『戦士』だけでなく『魔術師』も在籍している。この事態は十分想定できていた。
(あまり使いたくはなかったが)
アシュは体質的な問題で『魔装』を一瞬しか使えないのに加え、魔術の連続使用ができない。
だがその分、一発の火力は高い。
飛来する火の球を見た瞬間、アルもまた魔術を行使する。飛んできている火の球よりも巨大で、早く、それでいて鋭利な形。まるで弓矢のような形の火の塊を一瞬にして構築すると放つ。
目にもとまらぬ速さで駆け抜ける火の矢は敵の『魔術師』が放った火の球を貫通、破壊しながらその背後にいた『魔術師』を周囲の地形諸共爆破させながら散る。これで今殺したのが5か6人ほど。
敵はまだそこら中にいる。
これからも集まって来る。
終わりはしない。
「まだまだ」
一切の疲れなどなく、アシュは挑発的に笑った。




