その少年の名
「あいつは死んで当然のクズだ」
薄汚れた裏路地。袋小路になった場所で少年が立ちふさがる三人の男に吠えていた。
「傭兵団に守られるからっていい気になって! 俺が反撃しないとでも思ってたのか?!」
少年がいくら吠えようとも男達はにやにやとした表情を崩さない。道を塞ぐように三人が横に広がって、少年の元まで歩いて一歩近づく。一方、少年の背後は壁で塞がれていた。
逃げようのない狭い道に三人の大人と一人の子供。
傍から見ればどちらが優勢かだなんて分かり切っている。
故に、余裕綽々とした態度を崩さず。一人の男がさらに前に出て距離を詰めた。
「だが、お前はあの時、傭兵団に喧嘩を売ったんだ? 分かるか? 戦争中とは言え、どさくさに紛れて味方を殺すのはイケねえことだよな? それも俺らの仲間だ。ちと、おいたが過ぎるんじゃないか? ん?」
「そもそも、てめぇらの方から突っかかって来たんじゃねぇか。どさくに紛れて殺されそうになったのは俺の方だ」
「そうか? 目撃者は誰一人として、お前の正当防衛なんて認めてないぞ?」
「目撃者って……てめぇらの傭兵団だろ。幾らでも口裏合わせることできる」
「そうか。そうかもな? ただ……」
三人の男が腰に携えた剣を引き抜く。
「人脈も、仲間も、力もない、そんな奴は淘汰される。変わりようのない事実だろ?」
少年は懐からナイフを取り出す。
「じゃあ仕方ねえな。あいつは俺よりも弱かった。だから死んだんだ」
「くっ―――っっはっはっは! この状況にもなってまだこんな口叩けるんだな」
男は少年が腰に携えた剣を指さす。
「その腰に携えた立派なぶつは使わないのか?」
「あ? ああ。まあな」
少年は腰に携えた剣を一度触って、そして男達を見た。
「師匠に、てめぇらみたいなゴミには使うなって言われてるからな」
「師匠? お前、逃げた後誰かに『助けてくださいぃー』って教えを乞いてたのか? 俺らが怖くて?」
「ったくちげーよ」
当時の出来事を説明すると色々と長くなる。ただ一つ確かなことは、別に傭兵団が怖くて逃げたわけではないということ。
「だったら何なんだよ? 事実、お前はあの戦場から消えたじぇねーか。パブを殺してよッ!」
「消えたのは不可抗力だ。俺じゃどうしようもなかった。あのまま傭兵団《お前ら》と殺し合いしてもよかったんだぞ」
「でも結局は逃げたじゃねえか。言い訳する必要なんてねぇぞ?」
「言い訳なんかしねぇよ。こうしてお前らの前に立ってやってるじゃねえか。こいよ」
「ちょっくら稽古つけてもらったぐらいで、随分と強気だな。どうせその師匠とやらも大したことねぇんだろ? てめぇみたいな見込みのないゴミに教えるぐらいなんだったらな」
男の言葉を聞いて少年はナイフの握り方を変えた。
そして鼻で笑う。
「ああ、クソッたれた野郎だよ師匠は。毎日殴りやがって」
言葉を言い切ると、まるで流れ作業のように手に持っていたナイフを放り投げて、先頭に立っていた男の首に突き刺す。
「だけどよ、知りもしねえお前らに侮辱されるのは腹立つわ」
瞬間、残った二人の男の視界から少年の姿が消えた―――と思った後、視界の隅に黒い影が見えた。眼球を動かし影の見えた方向に意識を向ける。そこには、先ほど投げたナイフを男の首から引き抜く少年の姿があった。
そしてその姿を見た次の瞬間には、引き抜かれたナイフが自分の首に突き刺さっていた。
血を吹き出し暗転する視界。
二人の男が首元から血を流し倒れていく。
残った一人もまた、状況が飲み込めず焦った表情のままナイフで脳天を抉られた。
10秒にも満たない出来事だった。
気がつけば、裏路地には三人の死体が残されている。
「《《戻って来た》》早々これかよ」
三人の死体を見ながら吐き捨てる。
まさか二年前の因縁がまだ続いているとは思ってもいなかった。
二年前。まだ少年が傭兵として戦場を渡り歩いている時、厄介な人物に因縁をつけられた。名前はパブ。偶々《たまたま》同じ戦場で味方だった、カルカナ傭兵団に所属していた下っ端の男だ。
最初は「なんか気に入らない」という、どうでもいい理由で嫌がらせを受けた。
相手は傭兵団の一員であり、強く出ると雇い主の反感や戦場での同士討ちなど、余計に厄介になると思い、仕方なく穏便に収めた。
だが、それでも関係は悪化する一方で、ついには言い争いが戦場での殺し合いへと発展する。
結果、少年は戦場でパブを斬り伏せた。
雇い主の対応や傭兵団の動きなど、面倒ごとは山積みだったが、それ以上の混乱は起きずに済んだ。
その後、その戦場である男と出会ったことにより、傭兵団からの報復を受けることは無かった。
ただ、あの訓練の日々を思い出すと、あそこで傭兵団と戦ってしまった方が楽だったのではと、今では思うが。
『教えてやる。こい』
バブを殺した後に、戦場で出会った謎の男――もとい師匠にいきなり気絶させられ、目を覚ますとそこは山奥だった。
それからの二年間、有無を言わさず、状況も理解できないまま、殴られ、蹴られ、沈められ、毒を飲まされ、また殴られる、死にかけるような稽古の日々が始まった。
そして二年間が終わると突然「もう教え切った」と言われて、また気絶させられると連れ去れさられた戦場に戻された。
当然、二年の歳月が経てば戦争なんて終わっていて、仕方なく二年前の記憶を辿りながら町を目指すことにするが、町についた瞬間に、何の因縁か、パブが所属していたカルカナ傭兵団の傭兵に見つかった。
最初は穏便に済ませようとしたが、今はこんな状態。
戻って来て早々幸先が悪すぎる。
「はぁ……ったく」
疲れてはいるが、お金を一文も無いので、どうにか食費だけでも集めなければならない。少しぐらい金銭を渡してくれてもよかっただろ、と心の中で呟きながら少年は歩き始める。
「あの師匠《クソ野郎》」
師匠は別れる際に少年に一言告げた。
『世界を見てこい。さすれば見えてくる真実もあるはずだ。お前に授けたその暴力を振るわねばならぬ相手を見つけることができるはずだ』
覚えている。
あの時の師匠の言葉は。
『そして、世界を知り、成長すれば、いずれ俺にもまた会える。もし、殴り返したいんだったら精々頑張ることだ』
憎たらしい顔が思い浮かぶ。
「言われなくても見つけてやるよ」
少年は呟き、世界へと旅立つ。
今から始まる物語。
「絶対にだ」
かくして少年は世界を知る。
基本的に毎日投稿していきたいと思っています。
これからよろしくお願いします。




