第7話 出発
マントと服を用意してもらっている間、シェイスが椅子に腰掛けながら待っていると両手を握りしめたメリーが目の前にやってきた。どうやら手に何か隠し持っているようだった。
「どうしたんだいメリーちゃん?」
「…あの……シェイス兄ちゃん、手出してくれる」
「手?」
「うん」
先ほどお礼がしたいと言っていたので何か渡したいのだろう。シェイスが手の平を広げるとメリーはその上に持っていたものをポンと乗せた。
「なんだいこれ?」
それは小さな青い色をした石だった。よく見ると中心部分が透き通っており光に当てれば薄くなった青色が乱反射してとても綺麗だ。何かの宝石の原石だろうか…見るからに珍しそうだ。
「前に河原で拾ったの。キラキラしててとっても綺麗でしょ。私の宝物だったんだけどシェイス兄ちゃんにその石あげるね」
「えっ俺にくれんの?いいよいいよ、だってこの石すごく珍しそうじゃん。お礼ならさっき君のお父さんとお母さんに朝ご飯もらったし宝物だったらなおさらメリーちゃんが持っときなよ」
と、シェイスが言い終えた後メリーが少しだけしゅんとした表情を浮かべているのに気が付いた。
「!?」
いたいけな少女の好意を無下に断るのはよくないな。そもそも最初にお礼がしたいと言っていたのはこの少女なんだし…
「そ、そんじゃ悪いけどありがたくもらっとくよ」
若干照れくさそうにそう言うとメリーはパッと明るい顔に戻った。
なんてやり取りを交わしているうちに用意ができたようだ。紺色のマントとまだ使って間もない新しい服を手にしたメアリーが今度は来た。
「あの、捨てるような服でいいですよ。それはまだ随分新しそうじゃないですか」
「いえいえ全然かまいません。私達なりのお礼です。受け取ってください。それに騎士団の方々には国の治安を守っていただいてるわけですし…我々からはこんなささいなことしかできませんので」
「はあ…」
何か税の徴収みたいで悪い気もするが後のことを考えここは潔く頂戴しておくことにした。
そして新しい服に着替え終えたシェイスは出発する前メリーの父親に失われた記憶の始まりである討伐に向かったあの村のことを聞いてみるのだった。
「そうそう、この地方にイースト村という小さな村があるんですがご主人は知っていますか?」
「イースト村ですか?ええ存じていますが」
「この村からだとどうやって行くんです?」
「ここからでしたら村を出た道沿いを西へ二日ほど歩いた所にありますが…何か用があるんですか?シダンの森とは逆方向ですが」
「いや、なんか小耳に挟んだことがあってちょっと聞いてみただけです」
化け物が出たなんて言わないでおいたほうがいいな。記憶がない今となってはその信憑性も事実かどうかわからないしな。
そして出発するシェイスにメリー親子は玄関口まで見送ってくれた。
「突然おじゃましてすみません。色々ありがとうございました」
「いえお礼を言うならこちらの方ですよ。またこの村に立ち寄るようなことがあればいつでもいらしてください。シェイスさんなら大歓迎ですよ」
と親子三人は同時におじぎし家を出たシェイスに手を振る。
「シェイス兄ちゃんバイバーイ!」
いつまでも手を振ってくるメリーに途中で何度も振り返りながらシェイスは点々と家が並ぶ田舎村を後にした。
「つかの間の休息だったな。とりあえずもう一度あのイースト村まで行ってみるしかない。家に戻るのはその後にするか。追手が来なければいいが…。まあこの格好してりゃすぐにバレるようなことはないだろう。しかし瞳の色ばっかりは誤魔化しようがないな」
辺りを見回し追手の気配を警戒しながらシェイスは平原に続く道を一人西へと歩いていくのだった。
「でも…足…痛いな…」
そうなのだ。服は新しいものを新調してもらったが足は裸足のままなのだ。この伸びきった爪に合う靴があろうはずもないのだが…
石がゴロゴロした荒々しい道ではないにしろ、魔物化してまだ間もないし、さすがに素足のまま二日はつらい。
「馬車でも通らないかな…」
そんな淡い希望を望みつつとにかく進むしかなかった。
そしてシェイスが出発した翌日、バロック村はシダンの森からやってきた多数の武装兵による聞き込み調査の対象となっていた。調査内容は人間の姿に身を変えた魔物の目撃証言を得ること、だった。