第5話 野盗
「おっと、騒ぐんじゃねぇぜお嬢ちゃん」
もう一人の野盗が少女の前に立ち、その小さな首元に短剣を突きつける。
「こんな小汚ねぇガキでも多少の金にはなるだろ」
そう言いながら目の前の男は怯える少女の口に布を詰めた。助けを求めるかのように村の方角を見つめる少女。
「よし、さっさとずらかるぜ」
「待てーぃ!」
ようやくシェイスが到着した。
「ちっ!村のモンに見つかっちまったか!」
男は再び少女の首筋に刃を当てる。
「それ以上近付くんじゃねぇぞ。このガキの血を見たくなかったらな」
二人の野盗は薄ら笑いを浮かべ余裕の表情だ。
少女を人質に取られている状態でそれでもシェイスはなぜか無言のまま男達に近付いていった。
「どうやら本当にガキの血を見たいらしいな」
近付いてくるシェイスに野盗の方も何ら臆することなくさらに短剣を握る手に力を込める。
相当慣れているな。
このまま近付いていけば何のためらいもなくこの男共は少女の首を切りつけるだろう。
「この小娘は俺様が最初に目を付けていたんだ。もし俺様より先に傷をつけてみろ!マズそうだがまずはお前達から喰い殺してやるぞ!」
シェイスはワザとこもったような低い声を発し野盗達にそう告げた。
「はっ?こいつ何を言って……!!」
野盗の顔が一瞬で凍りついた。この時、初めて彼らはシェイスが普通の人間ではない姿をしていることに気付いたのだ。
「ば、化け物ぉぉぉ!」
二人は少女そっちのけで剣を抜き身構えた。
この二人は相当悪事を重ねてきていそうだ。騎士団の一員としてここはひとつ懲らしめておかなければ…
「この俺様に剣を向けるとはな。いいだろう。まずはお前達から喰い散らかしてくれる」
シェイスも両手を広げその鋭い爪を前に突き出し尖った牙を見せびらかせる。その姿を見てすっかり怖じ気付いてしまったのか野盗の一人が後ろへ下がり始めた。
「バカ野郎!こんな魔物の一匹や二匹にビビッてんじゃねぇ!」
後ずさる相方の様子にもう一人が激を飛ばす。
「だから俺ぁこんな辺境に来るのいやだって言ったんだ!」
「あっ、待て!」
そしてとうとう一人は逃げ出してしまった。
「くそぅ腰抜けめ…」
強がってはいても内心はかなり動揺しているのが見てとれた。だが、魔物の腕一本でも持ち帰れば今までにない名声が手に入ると踏んだのだろう。この男はやる気のようだ。
「魔物風情がこの大野盗ゼノール様をなめるなー!」
恐怖を振り払うかのように男は大声を張り上げながら斬りかかってきた。腕力にものを言わせてブンブン剣を振り回す。が、シェイスはその全てをヒラリとかわし、隙を突いて男の胸元を引っ掻いてやった。革製の鎧が四本の線に沿ってあっさりと引き裂かれる。
「ひぃぃ!」
思わずゾッとして剣を止めた男にシェイスはとどめの蹴りで吹き飛ばした。
もはや男は戦意を完全に喪失していた。
「た、助け…助けて…」
言葉にならない言葉を発しながら男は必死に許しを乞う。
「そうだな。マズそうなお前を喰ったところで俺様の腹がどうにかなりそうだ。いいかこの村は俺様のものだ。二度と近付くな。わかったか醜い人間よ」
シェイスがそう吐き捨てると、男は半泣きになりながら走り去っていった。
「本来ならあんな輩は牢獄行き決定だが俺もこんな姿だしな。さてと…」
シェイスは少女を見た。シェイスの姿に怯えていたのはあの男達だけではない。少女のほうもその場から立てないほど腰を抜かしていた。もはや声すら出ないほど恐怖している。
「いやぁごめんごめん。さっきは驚かせて悪かったね。君を助けるために嘘をついていたんだ。お兄さんは悪い魔物じゃないよ」
だが恐ろしいその姿を目の当たりにしている少女は青ざめた表情を変えない。
「俺は王国の騎士団員なんだ。つまりは君の味方だよ。さっきの悪いおじさん達を騙すためにワザとこんな格好をしているのさ」
ニヤっと笑ってみせるもそこから覗く牙に少女はまたもビクッと身を震わせる。
「ほら、水を汲む途中だったんだろ?早く帰ってあげないと君のお父さんやお母さんが待ってるよ」
落ちていたバケツを拾い上げ少女に渡すと、少女はようやく元の顔色を取り戻した。
「本当に魔物さんじゃないの?」
「ああ、本物の魔物に見えるけど俺は人間だよ。実はこの牙や爪は作りものなんだ。本物そっくりだろう?」
「…あの…さっきはありがとう…」