第2話 実験
なにやら人の話し声がかすかに聞こえてくる。それに混じってガラスか金属類が触れあうカチャカチャした音も…。
現実か夢かの区別がついていないシェイスの意識はまだ混沌の中にあった。
「起きなさい。シェイス君」
誰かがピシャリと頬をたたく。そしてシェイスはわずかにまぶたを開いた。
うつろな視線の先に見えたのは白衣姿の数人の男達。何か話をしているが今のシェイスには認識できなかった。
台のようなものに乗せられ身動きがとれない。
それもそのはず、首、手首、胴、足首…体中の全てがベルトでガッチリと固定されているのだ。
やがて、一人の白衣の男がシェイスの顔横に立った。そして手にしていた銀色に光る怪しげな金属器具を使ってシェイスの口を無理矢理こじ開けた。
「うぐっ…」
まだうまく意識を保てないシェイスはされるがままだった。
「さて、君はどんな結果を我々に見せてくれるのかな」
そうつぶやきながら隣に居たもう一人の男が漆黒の小瓶の蓋を開ける。
その小瓶は開かれたシェイスの口上で静かに傾けられた。
ドロっとした虹色の液体が口の中に注がれる。
舌の上に落ちた液体はまるで生き物のように這い回り、シェイスの意思とは関係なく食道を通って体内に侵入した。
そのほんの数秒後、とんでもない激痛がシェイスを襲い始めた。
「ぐぅわぁぁぁぁ!」
焼けるような痛みが内部から外側へと浸透してくる。それはやがて全身に達し、皮膚の内側が掻き乱される感覚へと変わり思わず体をのけぞらせた。
巻かれたベルトがミシミシと肉へ食い込む。
もがき苦しむシェイスの様子を表情ひとつ変えることなく見つめる白衣の男達。
しばらくして痛みの臨界点を越えたシェイスは失神し、こと切れた。
一体何度気を失えば気が済むのか…
次に目覚めた場所は最初いた独房とは違うさらに陰気な部屋だった。
窓がないため暗く、あの寝心地が悪かったベッドすらも置かれていない。
冷たい床に手を着き、倒れた身体を起こそうしたところで手足が鎖で繋がれていることに気付いた。
ここから出してやると言っておきながら待遇がさらに悪くなっている。
それにしても奴等め、俺になにをしたんだ?
確か妙なものを飲まされて…
そういえばあの後感じた体中の痛みが嘘のように消えている。あれは何だったんだ…
数々の疑問が頭をよぎる中、無駄に絡まった鎖をはずそうと片方の腕に手を延ばしたその時、シェイスは我が目を疑った。
五指全ての爪がまるで人間のそれとは思えないように鋭く先端が尖ったものに変化していたのだ。すぐさま反対側、両足も確認するが全て恐ろしい魔物の爪が生えていた。
実験とはこのことだったのだ。あの虹色の液体を飲まされたシェイスは魔物へと変貌を遂げていたのだった。
現実を受け止められず発狂し始めるシェイス。
「うぉぉぉぉ!!」
縛っている鎖を引きちぎるかのように力の限り暴れ回る。同時に鋭い爪が分厚い石壁にめり込むその狂暴さはまるで魔物同然であった。
その様子を白衣の男達が鉄の扉に作られた小さな覗き窓からうかがっている。
「今回の実験はうまくいきましたな」
「そうだな。自我の崩壊は当然として体組織の腐敗も見られない。あとはマインドコントロールを徐々に施せば…」
「優秀な魔人兵の完成というわけですな」
「フッフッフッ。余計な思考を働かせる人の兵なぞよりもよっぽど扱いやすい」