第14話 古都
シェイスを一人家に残しレオーヌは城下町へと馬を走らせた。
整頓された石畳が中央通りを突き抜けその脇にいくつもの露店が列を成し、迷路のような裏路地に入れば民家がところ狭しと建ち並ぶ王国でも随一の大都市アルバレスタ。
多くの人々で賑わう通りをパカパカと馬の足音を鳴らしながらレオーヌはまず予約分の薬を届けに向かった。
「まあわざわざ届けに来てくれたのかい。それはそれは助かるよ」
裏の古家に住むお婆さんだ。肺を患っておりこの町の病院の薬では効きが悪いといってレオーヌの所までわざわざ薬を頼んでいる。ちなみにこのお婆さんもレオーヌが病院に勤めていた頃、非合法の薬を勝手に渡し実験台にされた一人だ。もっともその後の容体はよくなったのでよかったが…
「お茶でも飲んでゆっくりしていっておくんなさい」
「あ、おかまいなく。この後もまだ行かなければならないところがあるので」
「そうかい…」
「ところでちょっとお婆さんに頼みがあるんだけど、少しの間だけ馬をここに停めておいていいかな。裏路地は狭くってなんとも走りにくいんだ」
「ああ、いいよ。見ておいてあげるよ」
「ありがとう」
急に馬で病院に訪ねるのはまずいと踏んでレオーヌは歩いて病院まで向かうことにした。なにより病院は城門のすぐ近くにある。馬はシェイスが兵から奪ってきたものなので少しでも繋がりを疑われると案じてのことだった。
再び大通りに出て行き交う人々を横切りながらレオーヌは病院へと歩を進める。
やがてあれほど賑やかだった町並みが急に途絶え大きな城壁が姿を見せ始めた。町の建物の最後尾に病院はある。広々とした庭を抱え大きな玄関が口を開けている。レオーヌはそのまま玄関に向かわず裏手に回り、小さな一室の窓ガラスをコンコンと叩いた。
中にいる白衣を着たまだ若い青年がそれに気付き、ふぅと溜め息をつきながら窓を開けた。
「やあトマ、元気そうでなによりだね」
「また来たんスかレオーヌさん。もう勘弁してくださいよ。院長に見つかると怒られるのは俺なんスから。もう管理が徹底されてて原料を分けるのは無理っスよ」
「違う違う。今日はその用事で来たんじゃないんだ」
「違う用事でも来ないでくださいよ。もうあなたは出入り禁止なんスから」
「わかったわかった。これで最後にするから。実はトマに聞きたいことがあるんだ」
「なんなんスか?」
「あのさ、ベルニカ騎士団が壊滅したっていうアレさぁ。誰が生き残ってたんだっけ?」
「なんで急にそんなこと聞くんスか?」
「いやちょっと気になることがあってね」
トマは不思議そうに首をかしげ手にしていた試験管を台の上にそっと置き直した。
「ほんとこれで最後にしてくださいよ」
再び溜め息をつきトマは部屋を後にする。
そして数分後…戻ってきたトマはなぜか静かな口調で話し出した。
「団員の中で生き残ったのはベルニカ団長ただ一人みたいっスよ。何回か団長宛ての薬が城にいってます。でもなんかおかしいんスよね。他の団員の死亡要因が書いてないんスよ。普段なら死亡原因の研究対象として資料が送られてくるはずなんスけどねぇ」
レオーヌも口に手を当て神妙な面持ちで話を聞いていた。しかしこれ以上の深入りは怪しまれそうだ。レオーヌはぱっと表情を切り替えた
「わかったありがとう。これで謎が解けたよ」
そして早々にその場を立ち去る。
「ああ、ちょっとレオーヌさん!」
逃げるように病院の敷地を抜けたレオーヌは中央にいくつも並ぶ露店のひとつの雑貨屋に立ち寄った。
「これください」
そしてなにやらレンズが黒いスモークで濁らせてある眼鏡を購入した。サングラスだ。
その後、裏路地にあるお婆さん宅の前に停めておいた馬に乗りアルバレスタを出発した。
「えっーと次はミストン村かぁ。行きたくないなー」
ミストン村はアルバレスタから距離を置いた農村地帯にある小さな村でシェイスとレオーヌの生まれ故郷でもある。
シェイスの葬儀の際に一度訪れており、あの時からまだ日が浅いので死を悔やんでいた家族の暗い顔が目に浮かんで仕方がない。
こちらは生きているのを知っているし…
いっそのこと生きていると言ってしまいたいが家族にまで危険が及ぶとシェイスから固く忠告を受けている。っていうか僕は危険が及んでもいいのか!
そんなことを考えながら馬を走らすこと一時間余り、雲のような羊の群れが放牧されている牧場と緑溢れる畑に囲まれた村が見えてきた。