第13話 薬師
机にバンと広げた本と片手間の石とを何度も見比べながらレオーヌは一人歓喜に打ち震えていた。
「間違いない!やった!ついに見つけたぞ!これでまた一歩高みに近付ける」
光に照らされ青く光輝いた結晶を天に向かって空高くかかげる。
「おいおいどうしたってんだよ急に」
一人興奮冷めやらぬレオーヌにシェイスは横槍を入れる。
「いいかい、これは天星石と言って神薬の原料の一種とされるものなんだ。侵された細胞自体を活性化させ根本的に病気を治すと言われている滅多に手に入らない幻の鉱物さ。まさかこんなやすやすと手に入るなんて思ってもみなかったよ」
「いやいや誰もお前にあげるなんて言ってないけど」
「君が持ってたってどうせ宝の持ち腐れだ。綺麗な結晶体だが宝石としての価値はまるでないんだよ」
「そういうことじゃなくて貰い物だって言ってるだろ」
レオーヌは断固として手放そうとない。こと研究に関しては異常なほど執着するからな。
しかし、これを餌に使えば…。
シェイスの口元がニヤリと微笑む。そしてキラキラと目を輝かせながら見つめているレオーヌの手から石をサッと取りあげた。
「まあ、お前が俺に協力するってんなら考えてやらんでもないかな…」
さっきは死ぬわけにはいかないと言っておきながら研究の手掛かりを掴むないなや周りが見えなくなる。
というわけでこの件が片付いたあかつきにはこの石を譲ってやるという条件でレオーヌに協力してもらうことになった。
しかし当の本人は人からせっかく頂いたものをあげるつもりはさらさらなかった。ましてやあの少女の宝物だったんだから。昔よく実験台にされていたんだ。こんな時こそやつの狂った執着心を利用しなくては…
そして話は本題へ。
「まず、これからどうするかだが…」
真剣な眼差しで二人はこの後取るべき行動について話し合った。
「さっき言ったように壊滅した騎士団の生き残りがいるかどうかをレオーヌに調べてきてもらいたい」
「まあ病院の知り合いに聞けばなんとかなるとは思うけど…あまり深いとこまでは聞かないよ。これで連中に悟られでもしたら元もこもないからね」
「ああ。その辺は疑われない程度にやってくれ。それともうひとつ…」
「えーまだあるの?」
「なんだよこの石が欲しくないのか?」
「う…」
「昔修行時代に使っていた訓練用の剣が俺ん家にあるんだけど、そいつを持ってきてもらいたい。丸腰じゃあこの先なにかと不安だからな」
「剣だったらアルバレスタで買えばいいじゃないか」
「いやそう思ったんだが、魔物化したせいで俺の筋力は常人のものじゃなくなっちまってな。魔人兵と戦ったときに剣自体が耐えられずにあっさりと砕けた。並みの剣じゃダメなんだ。修行に使っていた訓練用の剣は腕っぷしを鍛える為のもので、軽く扱いやすくするための実戦に使用する素材が一切使われていない。でもその分耐久性がある。もしかすると魔物化した今なら実戦で使えるかもしれないんだ」
「それはわかったけど。でも君の家に僕が行ったとして親になんて言ってその剣を貰ってくればいいんだよ」
「まあまあその辺は俺に考えがあるから…」
とりあえず今日のところの作戦会議はこれにて一旦終了した。話し終えた頃にはすでに朝日が半分顔を出し鶏のざわめきが聞こえ始めている。
「ふぁー、眠い…」
昼。またもや激しいノック音とともにレオーヌは目を覚ました。
「レオーヌさーん!レオーヌさーん!」
扉の向こうで何度も名前を連呼する。
「おかしいな…留守なのかな。でもいつもの時間帯だし」
外で待っていたのは予約した薬を受け取りに来た客だった。
気付いたレオーヌは慌ててベッドから飛び起きる。そして急いで保管している小さな倉庫に依頼された薬を取りに行き玄関の扉を開けた。
「やっと出てきた。何回ノックしても反応がなかったからてっきり留守かと思ったよ」
「すみません。ちょっとバタバタしていたもので。」
小さな紙に包まれた薬を手渡し代金を受けとる。
「いやーレオーヌさんの調合してくれる薬はほんとよく聞くよ。うちの母ちゃんの腰痛もだいぶよくなってさ。また無くなったら頼むよ」
作業服の男性は日焼けした顔で感謝の言葉を述べるとのこのことその場を後にした。
レオーヌが部屋に戻るとすでにシェイスも目を覚ましていた。
「けっこう繁盛してるんだな」
「まあね。と言っても大半の人はアルバレスタの薬屋に世話になっているけど。まあ僕自身趣味でやってるようなものだから」
遅い朝食のパンをかじりレオーヌは支度を始めた。
「じゃあ行ってくるけど誰が訪ねてきても絶対出ないでよ」
「ああそれはわかってるけど薬を取りにきた人が来たらどうするんだ?」
「残っている予約分はアルバレスタに住んでいる人達の分だけだからついでに家まで届けるよ。そうそう君が乗ってきた馬借りるよ」