第8話 異能の階層
薄暗い訓練施設。
地面はコンクリート、壁は鉄板で覆われ、空気は重く冷たい。
「今日からここで、君の異能制御訓練を始める」
銀縁眼鏡の男──異能対策局の捜査官は、事務的に告げた。
「まずは、異能について基本を理解してもらう」
男は手元の端末を操作すると、空中にホログラムが浮かび上がった。
そこには、「異能階層表」と呼ばれるデータが映し出されていた。
「異能は、本来、ごく微弱なものだ」
男は冷たく続ける。
「たとえば、"常人より少し跳躍力が高い"、"多少視力が良い"、"ちょっとだけ筋力が強い"──その程度だ」
ホログラムに、各異能者のサンプル映像が流れる。
走る速度がわずかに速い者、
多少鋭い動体視力を持つ者、
力自慢でも、並のアスリートに毛が生えた程度。
「だが──」
男は、隣を鋭く見た。
「君のように、**肉体そのものが変異する"体質変異型異能"**は、極めて例外的だ」
ホログラムに、白化して暴れる隣の姿が映し出される。
異様な白髪、爆発的な身体能力、常人とは明らかに異なる動き。
「体質変異型異能は、世界におよそ数百万人に一人──そう呼ばれている」
「……数百万人に、一人……?」
隣は、息を呑んだ。
──思っていた以上に、遠い存在だった。
「君の存在そのものが、異常なんだ」
男は冷たく突き放す。
「並みの異能者とは比較にもならない。だからこそ、君は管理される」
「……」
(僕は──)
拳を強く握りしめた。
(本当に、特別なんだ……)
それは誇りではない。
ただただ、重い現実だった。
「これから、"力を呼び出す"訓練を行う」
男は続ける。
「感情を揺さぶり、異能を意図的に発現させる。暴走ではない、自律制御だ」
次の瞬間、隣の横を爆風が吹き抜ける。
「っ……!」
咄嗟に身を低くする隣。
「恐怖、怒り、焦燥──感情の揺れが異能を引き出す」
冷酷な声が、訓練場に響いた。
(また……暴走するかもしれない……)
(でも──)
隣は、自分を奮い立たせた。
(逃げない!)
──力に振り回されるのではなく、力を掴み取るために。
──アオと、自分自身を守るために。
隣の戦いが、静かに始まった。