第5話 檻の中で叫ぶ
数日後、放課後。
赤く染まった空の下、僕とアオは並んで歩いていた。
「なあ、アオ」
「ん?」
「……僕さ、怖いんだ」
ぽつりと、僕は言った。
「また、あんなふうに自分を抑えられなくなるかもって思うと……、怖くてたまんない」
アオは立ち止まり、僕の顔をじっと見つめた。
「でも、隣は悪くないよ」
優しく、アオは言った。
「だって、あれは"誰かを守るため"だったんでしょ?」
「……」
僕は、うまく言葉を返せなかった。
──そのときだった。
路地裏から、数人の不良たちが飛び出してきた。
「見つけたぞ、異能持ち!」
「昨日、暴れてたヤツだ!」
(──くそ、見られてた……!?)
僕はすぐにアオをかばうように立ちはだかった。
「アオ、逃げろ!」
でも、不良たちはアオにも目を向ける。
「女もグルかもしれねぇな。まとめてやっちまえ!」
(やめろ──)
胸の奥が、ドクドクと脈打つ。
頭の中に、また、あの白いノイズが溢れだした。
(来る──また、来る!!)
体が、熱を帯びる。
「ぐ、あああッ!」
髪が、ぱらぱらと白く変わっていく。
血管が浮き上がり、視界が赤黒く染まる。
──制御できない。
──暴れたい。
──壊したい。
僕の体が、勝手に動いた。
一人の不良を、突き飛ばしていた。
「う、うわっ!?」
不良たちは一瞬たじろいだ。
振り上げた拳。
今すぐ、全部叩き潰せる。
簡単だ。
何も考えなくていい。
(潰せ、潰せ、潰せ──)
──そのとき。
「隣!!」
アオの叫びが、僕の耳に飛び込んできた。
(……アオ)
僕は拳を止めた。
視界の中に、怯えたアオの顔があった。
──こんな顔を、させたくない。
僕は、ぐっと奥歯を噛み締めた。
無理やり、暴れる体を押さえ込む。
骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげる。
それでも、僕は必死で、檻の鍵をかけた。
「──っ、ぐ……ああっ……!」
髪が、ゆっくりと黒へ戻っていく。
白化が、静かに収まっていった。
だが──
「チャンスだ! やっちまえ!!」
「今だ!」
僕が無防備になった瞬間、不良たちが一斉に飛びかかってきた。
「ぐあっ!」
顔面に拳が入る。
脇腹に、バットがめり込む。
膝が折れた。
地面に転がったところを、さらに蹴り飛ばされる。
(痛い──でも、反撃しちゃだめだ)
アオが、怯えている。
だから、僕は──
抵抗しなかった。
何発殴られても、何発蹴られても、僕はただ、堪えた。
そして、不良たちは、十分に暴力を振るった後、吐き捨てるように言った。
「ケッ……大したことねぇな、異能持ちのくせに」
やがて、不良たちは満足したのか、バラバラと立ち去っていった。
静かになった路地裏で、アオが僕の隣に駆け寄ってきた。
「隣!! 大丈夫!?」
アオの手が、震えながら僕の肩に触れた。
僕は、ぐしゃぐしゃになった顔を上げ、かすかに笑った。
「……アオ……怪我、ない?」
アオは涙ぐみながら、力強くうなずいた。
それを見て、僕はまた、静かに目を閉じた。
──守れた。
たったそれだけのことで、心の奥が、少しだけ温かくなった。
たとえ、檻の中にいるとしても。
僕は、この手で、守ると決めたから。