第2話 檻の中の獣
何かが壊れる音がした。
それが、不良の腕だったのか。地面だったのか。
それとも──隣自身だったのか。
隣の白く変わった髪が、風を切る。
「う、うわっ!」
「バケモンだ──!」
不良たちは悲鳴を上げ、無様に逃げ出した。
誰一人、隣に立ち向かおうとはしない。
それほどまでに、
今の隣は「異常」だった。
呼吸が荒い。
視界が赤く滲んで、正常な思考ができない。
けれど、それでもわかった。
(……アオは──?)
ぎこちなく振り返る。
アオは、呆然としたまま立ち尽くしていた。
その小さな肩が、かすかに震えている。
──怖がっている。
そのことだけが、鋭く隣の胸に突き刺さった。
「……あ……」
喉が震えた。
言葉を紡ごうとするが、声にならない。
代わりに、異様な高揚感がこみ上げてきた。
もっと暴れたい。
もっと壊したい。
もっと力を振るいたい──
そんな、隣自身のものとは思えない"欲望"が、内側から湧き上がる。
(やだ……やめろ)
心の中で叫ぶ。
だが、白化した身体は、まるで別の生き物のように反応していた。
「──あぁああああッ!!」
隣は叫び声をあげ、拳を地面に叩きつけた。
ドン、と重い音。
アスファルトがひび割れる。
破片が飛び、アオが小さく悲鳴を上げた。
その声で、ようやく、隣は我に返った。
「──あ……」
白く染まった髪が、じわじわと黒に戻っていく。
過剰に高ぶった体温が、冷たく沈静していく。
残ったのは、手のひらににじむ血と、震える自分の身体だけだった。
隣は、呆然とその手を見つめた。
(おれは……)
アオを守りたかっただけなのに。
守るどころか──怯えさせてしまった。
「……ごめん」
かすれる声で呟く。
アオは何も言わず、ただ首を横に振った。
その瞳には、怯えと、戸惑いと、ほんの僅かな安心が入り混じっていた。
隣は、その場にへたり込んだ。
この力は──
力なんかじゃない。
これは、
おれを閉じ込める檻だ。
強くなればなるほど、自分を失う。
守りたいものすら、壊してしまうかもしれない。
怖かった。
この力が。
そして──
自分自身が。
隣はただ、地面に両手を突き、震え続けた。
空は、いつの間にか、深い群青に染まっていた。