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4.地獄の始まりそして終わり

「皆の者すまない、こやつの逃亡を許したせいで遅れてしまった。直ちに神への贈呈の義を行う」


国王が声高らかに発する。拡声の魔法を使っているようで声が国中に拡がり、それに対して歓声が沸き起こる。


現在ネモは広場の中心にある高台に座らされ足に鎖を繋がれ、左右には処刑用の首切り鎌を持った兵士が立っている。

高台の前には神官のような格好をした人が立っており神様への句を読んでいる。


ここでひとつ説明をするとネモの魂は限りなく善性である。生まれた時から強制的に閉じ込められ、過酷なスケジュールで学習を強いられても、時折来る兄弟に殴られ蹴られようとも誰からも愛情を注がれずに十二年間過ごそうとも、人を憎んだり恨むことは無かった。

多少の苦手意識こそ持てど憎しみは持たなかった。


だからか、ネモはこの場に置いてもまだ希望は捨てていなかった。


「だ、だれかぁ!助けてください!僕は望んでここにいるわけじゃないんです!!」


この場にいる人達なら、誰かが助けてくれるかもしれない……!


自分は望んでここにいる訳じゃないと説明すれば疑念を持った人達がこの生贄という儀式を止めてくれるかもしれない。


「お願いします!死にたくないんです!」


大きな声で叫ぶネモを左右の兵士も誰も止めない。

その事に兵士の人たちも誤解してたんだと少しの光が見えた気がした。

助かるかも、一瞬希望の光を感じたネモは直ぐにそれが間違いだったと気づく。


「うるせぇ!てめぇのせいでこんなことになってるんだ、さっさと神へ捧げられろ!」

「神の元に行けるのに嫌がってるんじゃないわよ!」

「早く死んで俺たちを救ってくれ!」


必死に助けを呼びかけた結果、帰ってきたのは罵声だった。


「…………ぇ?」


「そうだそうだ!なんのために俺らが集まってると思ってんだ!」

「早く飢饉を納めなさいよ!」

「全部お前のせいだ!」


一人また一人と罵声を投げる人の数はどんどん増えしわがれた老人から自分より年下そうに見える子供までの広場中の全ての人間がネモに向かって罵声を飛ばしていた。

ネモの瞳に心に微かに残っていた希望の光が消える。


国王夫妻はこうなることを分かっていたためネモを止めないよう兵士に予め命じていた。

下手に黙らせて騒がれ続けられるより、こうして現実を突きつけて静かにした方がいいと。


「ふっ」


予想どうりという顔をした国王が鼻で笑っているのが視界の端に映る。


大勢から向けられる殺意、憎悪、侮蔑、様々な悪感情に遂にネモの中でギリギリで保たれていた何かがパキッと壊れ、ガラス玉のように透き通っていた魂が暗く濁る。


あぁ、もういいや……


「皆の者、静粛に!それではこれより我らが大いなる主に供物を捧げる!」


王の宣誓にネモの両脇に立つ兵士がカマを握る手に力をいれ、騒いでいた観衆が静まり返る。


侮蔑の目を向けてくる両親も、暴力しかない兄弟も、憂さ晴らしにムチ打ってくる家庭教師もメイドも、目の前の群衆も……


「皆の者祈るのだ、この国の子が主と共にこの国を導いてくれることだろう!」


黙って静観してる神様も………………


両脇の兵士が鎌を振り上げお互いが前かがみとなったネモの首に狙いをつける。


みんな、みぃんな…………………………………死んじゃえ


鎌がネモの首に向かって振り下ろされた瞬間、ネモが……否、ネモの手元が目を開けてられないほどの光を発する。


あまりの光量に左右の兵士は咄嗟に目元を腕で覆う。

周りにいた国王夫妻や、観衆達も目を閉じる。


光はすぐに収まり視界の戻った人々はそれぞれ周りを見渡す。ネモの隣に立っていた兵士もお互いに目を合わせ何があったと光の発生源、ネモの手元を見るとそこにあったのはボロボロの紙に書かれた魔法陣。

一部破れていて効果が現れるかも怪しいほどだ。


目がぼやけるなぁ……

もう魔力も何もなくなっちゃった……………


元々魔力の多くないネモはひとつのズルをした。

それは、魔力の借用。

もし今後生きていたら努力をせずとも使えていたであろう魔力、それを全て前借りしたのだ。

当然それをするにも相当な知識と技術がいるのだが十二年間伊達にそれだけを勉強していない。

人間にとって魔力は生命活動にも必要なもの、それを全て使い切ってしまい、ネモの体は急速に死に向かいはじめる。


眩い光を放った以外で特に変わったことも無く、兵士は国王にその旨を伝えるとどこかで手に入れた逃走用の魔法陣が上手く作動しなかったのだろうと考えた国王は気にせず処刑を行えと命令をしようと高台の方を見て動きが止まる。

正確には空に大きな亀裂ができているのを見て思考が止まり伸ばしかけていた手も止まる。


「な、なんだあれ?」


誰が言ったか、その大きな亀裂に次々と集まっていた人々は気づき不安が芽ばえる。


「兵士よ、ネモの持つ紙を取り上げろ!その魔法陣がなんなのか確認するのだ!」


拡声の魔法を使ったまま国王は兵士に叫び、兵士はすぐさまネモが握りしめる紙を取り上げる。

取り上げた際、元々破れ掛けの紙が大きく破れるが、敗れたところを合わせて読み慌てて国王に伝える。


「しょっ、召喚魔法です!しかもこれは古代に一国を滅ぼしたと言われるケルベラスですっ!」


「ケルベラスだと!?なぜそんなものをそいつが……?」


ネモを見つけた息子達は城の一室に隠れていたところをたまたま見つけたと言っていたがその一室とはまさか……


国王は少し考え最悪の事態を想定するが、国王と言うだけあってすぐに考えを切りかえ、事態の収拾を始める。


「兵はすぐに隊列を組み、各隊長に従い魔法の用意!民も念の為結界の用意、それから攻撃魔法の用意を、苦手な者は他の者に補助魔法をかけてくれ!!」


空に現れた巨大な裂け目からはなにか黒いモヤが這い出てきている。

国王より指示を受けた兵と民はみなそれぞれ言う通りにする。この国王は王としては優秀であり、幼少の頃より優秀だと褒め称えられながら生きた男には少しの恥も許せなかった。

そうして恥として生まれた息子を隠すためにしてきた行い。

その報いが今、舞い降りようとしていた。


裂け目から突如現れたのは巨大な触手だった。その触手は大量の節が連なったようなものもあれば軟体動物の足のようなものから剣の束のようなもの、霧が形を作ったようなものと様々な触手が無数に亀裂をこじ開けるように這い伸びてくる。


あまりにも異様な光景に空を眺めていた民や兵士たちは身体を震わせ、中には気を失い倒れる人物までで出す。

しかし誰も倒れたものを起こそうとする人はいない、誰も空から目を離せない。


「なにこれ……」


言葉を発することが出来たのは召喚魔法を使用したネモ本人だけだった。本人にとってもこれは想定したものとはかけ離れていた。


僕が呼んだのはケルベラスのはずだけど、これはどう見ても……


その範疇を超えている。


ケルベラストは地獄の怨念が集まり生まれた三つの虎の頭を持った怪物だ、体長はドラゴンのように大きく爪には猛毒を持ちそれぞれの頭が各々得意の魔法を使い、はるか昔にそれを召喚した際には国が滅びるまで暴れ続けたとか。

そんな話を聞いたことがあり恐ろしい怪物というのは理解していたが今目の前に現れようとしている怪物は触手一つだけでゆうにドラゴンの大きさを超えていることが分かる。


「あは、はは、あはははははは」


しかしそれはネモにとって悪いことではなかった。元々この国を世界を神を滅ぼして欲しいと願い召喚したのだから、明らかにケルベラスよりも強大な存在は願ったり叶ったりであった。


掠れた目はもうぼんやりとしか世界を映さない、しかしそれがネモにとっては心地よかった。これ以上汚いものを見なくて済むから。


あぁ、これで僕は地獄行きだな……


死んだら天界に行き魂の穢れで地獄に行くか転生をするかが決まる。

ここまでの事を起こせば地獄行きなのは間違いない。

そこに後悔はないけれど、自分も落ちるなら目の前の人たちも地獄に落ちるべきだ。

人の死を願った眼前にいる大量の観衆が地獄行きでないならなんというんだ。

しかし、体裁的には彼らは誰も殺していない。せいぜい両脇の兵士が僕の首を落とすくらい。

手を汚していない両親や民衆も自分と一緒に地獄行きなのか、ネモにとっては気になることはそれだけだった。


いや、本当はもう一つだけ心残りがあった。

叶いもしない小さな夢


触手の這い出た空の裂け目を見ると、いつの間にか触手が一箇所に集まり圧縮され徐々に徐々に小さくなっていく。

触手はいつの間にか肉眼でギリギリ見えるほどの黒い球体となっており空の裂け目も小さく治まって来ている。

しかし威圧感は減るどころかさらに増し気絶し倒れる人も増える。

空にある裂け目の最後の一筋が修復され消えた、その時圧縮されていた黒い球状の物が雫のように広場に落ちる。

地面を打ち砕くか弾け飛ぶかと思われたその球体は地面にぶつかると文献で聞いたことのあるスライムのように、弾力性で衝撃を吸収したのか、ポヨンっと地面の上に降り立つ。


球体は少し形を歪ませ地面に広がったかと思えばすぐにもとの球体に戻るとふるふると震え出す。






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