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過ちの毒入り月見団子

作者: ウォーカー

 九月、中秋の名月。

月見を楽しむ人々に魔の手が迫る。

毒入り月見団子事件が起ころうとしていた。



 様々な人々が暮らす郊外の街。

その中に、その男子生徒がいた。

その男子生徒はいじめられっ子で、学校では友達もいない。

いじめられているのを見ても、助けてくれる人はほとんどいない。

両親は共働きで忙しくしていて、兄弟もいない。

家でも外でもひとりぼっち。

だから、日々不平を募らせていた。

こんな街なんて失くなってしまえばいい。

そんな思いで、事件を起こすことを計画した。


 この街には、比較的大きな寺があって、

毎年、九月、中秋の名月の日に、月見祭りが開かれる。

街よりも明かりが少ない寺の境内で、人々が月見を楽しむ催しだ。

集まった人々に月見団子も振る舞われることになっている。

その月見団子に毒を入れる。

それが、その男子生徒の計画だった。

毒には実家の古い物置にしまわれている害獣駆除の薬品を使う。

毒入り団子を食べた人は無事では済まないだろう。

「それでいい。

 毎日、辛い生活をしているのが自分だけだなんて不公平だ。

 僕がいじめられているのに助けてくれない奴らなんて、

 誰が死んだって構うものか。」

そんな一心で、その男子生徒は月見祭りに事件を起こす準備をしていた。


 日付は過ぎて、いよいよ中秋の名月の当日。

寺には日が暮れる前から人々が集まり始め、

日が暮れると、寺に集まった人々を照らすように月が輝いていた。

集まった人々は月見団子に舌鼓、中秋の名月を楽しんでいた。

そんな月明かりにあぶれた寺の裏側では、その男子生徒が息を潜めていた。

月見団子に毒物を入れる。

その決心は揺らいではいなかった。

毒物は既に月見団子に注入済み。

意外に人目が多く、一つにしか入れられなかったことだけが心残り。

どの団子に毒物が入っているのか、もうその男子生徒本人にもわからない。

「後は誰が当たりを引くか待つだけだ。

 いや、外れか?どっちでもいいか。」

楽しみ半分、罪を犯す恐ろしさ半分、

その男子生徒は月見団子に手を伸ばす人々を物陰から見ていた。

すると、ザァ・・と秋草を揺らす風が吹いたかと思うと、

すぐ隣から声が聞こえた。

「やあ、君。面白そうなことをしているね。」


 声の主は、すぐ隣に立っていた男だった。

いつの間にそこにやってきたのだろう。

その男の歳はその男子生徒と同じくらいだろうか。

ずいぶんと古そうな制服姿をしていた。

いたずら好きそうな表情で、話しかけてくるのだった。

「俺は見ていたよ。」

「な、何を?」

「君が月見団子に細工をするところを、だよ。」

「い、言いがかりだ!僕は月見団子に毒なんて入れてない!」

「ということは、君は月見団子に毒を入れたんだね。」

「あっ、しまった!」

自らボロを出し、唇を噛みしめるその男子生徒。

すると古い制服姿の男は、可笑しそうに、だが真剣に話し始めた。

「ははは、隠さなくてもいいよ。

 実はね、その昔にも、月見祭りの月見団子に毒を入れた奴がいたんだよ。」

その男は話し始めた。悲しい悲しい物語。


この街がまだ住む人も多くなかった頃。

一人の男子生徒が住んでいた。

その男子生徒は学校に友達もいない、いわゆるいじめられっ子だった。

毎日いじめられていても、それを見て助けてくれる人はほとんどいない。

せいぜい、一人の女の子が助けてくれたくらいのものだった。

だから、その男子生徒は、復讐を決意した。

学校や街の人々が集まる月見祭りで事件を起こそうと。

家の納屋に仕舞ってあった害獣駆除の毒物を、

月見祭りの月見団子に入れることにした。

そうして月見祭りの日の夜。

その男子生徒は月見団子の一つに毒を入れて、誰が食べるのか観察していた。

そこで、悲劇が起こった。

よりにもよって、毒入り団子に手を付けたのは、

その男子生徒がいじめられていた時に唯一、

助けてくれようとした女の子だった。

止める間もなく、女の子は月見団子を口にして、泡を吹いて倒れた。

病院での懸命の治療も虚しく、女の子は帰らぬ人となった。

恨みがある街と学校に復讐してやるつもりが、

唯一の味方を死なせることになってしまった。

男子生徒は悲しみに暮れ、やがて残っていた毒物で自分も女の子の後を追った。


その男の話は、その男子生徒には何だか聞き覚えがあるような内容だった。

男はその男子生徒の両肩を掴んで、真剣な顔で言った。

「いいかい。

 全ての人が敵になるなんてことは、決してありえない。

 だから、人に無差別に害をなそうとしてはいけないよ。

 そうすれば、君は数少ない味方も失うことになる。

 恨みは恨みがある相手だけに直接ぶつけるんだ。

 さあ、君が恨んでいる相手は誰だ?」

「それは・・・、僕をいじめているいじめっ子達だ。」

「そう。それ以外の人々には、何の罪もない。

 だったら、月見祭りに集まった人々に無差別に害をなす必要はないね?」

「う、うん・・・。」

そうだ。と、その男子生徒は考え直した。

毒を入れるなら、こんなお祭りで無差別にではなくて、

いじめっ子に直接ぶつけてやろう。

そうと決まれば、毒入り団子を回収しなければ。

せっかく思い留まったのに、しかし事態は待ってはくれなかった。

月見団子を食べている人々に異変はない。

ということは、まだ毒入り団子を食べた人はいないはず。

残る月見団子は後一個。

だからあれが毒入り団子だと確定している。

それなのに。それを知らない無垢な手が、月見団子に伸ばされた。

手を伸ばしたのは、その男子生徒にも見覚えがある顔。

それは、学校でその男子生徒がいじめられてる時、

唯一、それを止めようとしてくれた女の子だった。

その女の子は屈託のない笑顔で、何も知らず、月見団子を食べようとしていた。

「止めろ!その団子を食べちゃ駄目だ!」

中秋の名月に照らされた寺の境内に、悲痛な声がこだました。


 毒入り団子に手を伸ばした女の子。

何も知らずにそれを口にしようとするのを、その男子生徒は止められなかった。

後一歩のところだったのに。

その男子生徒の制止する声は届かず、女の子は月見団子を頬張っていた。

「美味しい!やっぱりお祭りの月見団子は最高!」

女の子は団子の毒で泡を吹いて倒れたりは、しなかった。

幸せそうな顔で月見団子を頬張り、飲み込んでいた。

「毒が入っているはずなのに、一体何故?」

その疑問に答えたのは、あの男の声だった。

「今回は止めることができたけど、

 これに懲りたら、もう同じようなことはしてはいけないよ。

 今度は君が、誰かが過ちを犯すのを止める番だ。」

男の声は、隣から聞こえたわけではなかった。

もっと背後のどこからか。

気がつくと、隣にいた古い制服姿の男の姿は消えていた。

後に残ったのは、微かな匂い。

何の匂いかはすぐに分かる。寺にはよくある匂いだから。

その男子生徒は匂いにつられて、寺の裏に入っていった。

そこには明かりも少ない、墓地が広がっていた。

その墓地に並ぶ墓石の一つに、線香が供えられている。

その男子生徒が確認すると、墓前にはお供え物があった。

供えられていたのは、月見団子が一つ。

もしかしてと、その男子生徒はお供え物の月見団子に手を伸ばす。

月見団子を開けてみると、そこには、

その男子生徒が仕込んだはずの毒物が入っていた。

禍々しい恨みの込められた月見団子が、たった一個の毒団子が、

どうしてこの墓に供えられていたのか。

その男子生徒にはわかる気がした。

きっとあいつの仕業だろう。気を利かせてくれたあいつは、この墓にいたのか。

「思えば、ここはお寺だものな。

 こんなことがあってもおかしくないのかもしれない。

 ともかくも、決定的な過ちを犯すことを防いでくれて、ありがとう。」

その男子生徒は、今は見知った人の墓に手を合わせた。

すると。

「あれ、君。こんなところで何してるの?

 こっちにきて、みんなでお月見しようよ。」

背後から聞こえてきたのは、危うく殺めてしまうはずだった、

あの女の子の声だった。

その声に惹かれて、その男子生徒は目を開けた。

そして歩き出す。

真っ暗な墓地から、月明かりに照らされた街へ。



終わり。


 あわや、毒月見団子事件が本当に起こってしまうところでした。

人は誰でも過ちを犯してしまうもの。

見つけて処罰するだけではなく、未然に防いで導いて欲しいものです。


お読み頂きありがとうございました。


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