惨敗
「「戦闘訓練〜?」」
学園生活にも少し慣れてきたある日。
ルークスにお知らせがあると言われ、発表されたのが模擬戦闘訓練とやらだった。
「そうだ。君たちもそろそろこの学園の生活に慣れてきた頃合いだろう。この先ある実戦のための戦闘訓練だ」
実戦、というと入学式の時に言われたギルドから送られてくる依頼のことだろう。
「先生! 戦闘訓練とはどのようなことをするんですか!」
ジェイドーー、入学式の時にも先生に質問していた青年がまた質問をしていた。
「その名の通り戦闘訓練をしてもらう。組み合わせはくじかなにかで適当に決めるがな。後、もちろん生死に関わるような事があったら俺が止めに入る」
要はただの戦闘訓練ってことだな。
強い人と当たりたくないなぁ。
「案外早くイグニと戦うチャンスが来そうだね」
俺の隣で微笑んでいるフェイン。
実力は知らないけど、できればコイツとも戦いたくないな。
「それじゃあくじと組み合わせ表を作るから、後はくじを各自で引いてくれ。その後、第二訓練場に集合だ」
ルークスが言い終わると同時に、何人かの生徒がくじを引きに行く。
「俺たちもそろそろ引きに行くか」
人が少なくなってきたタイミングを見計らって、席を立つ。
「じゃあ僕が先に引くよ」
フェインがくじを引き中身を確認する。
「ふーん、なるほどね。……さっ、イグニ。引きなよ!」
えっ、なに今の反応。
怖いんだけど。
「くっ……。えぇい、ままよ!」
フェインの反応も怖いが、このまま引かないわけにもいかないので思い切って目をつぶりながらくじを引く。
(よ、よし……! 見るぞ……!)
くじには「A」とだけ書かれていた。
「あー、残念。せっかくイグニと戦えると思ったのにな」
不満そうな顔で「D」と書かれたくじを見せてくる。
「どうやら戦闘訓練は同じ文字を引いた人同士でやるみたいだよ」
フェインが指さした表を見てみる。
(えーっと、俺の対戦相手は、っと……)
Aの対戦相手を見てみるが、そこにはまだ名前が書かれていなかった。
(なんだ、俺の対戦相手まだ決まってないのか)
しかし、表の他の部分には全て名前が書かれて埋まっている。
「イグニ。どうやら君の対戦相手は彼女のようだよ」
フェインの視線を辿っていくと、席に座ってボーッとしている少女がいた。
入学式の時に案内した少女ーーアシナがそこに座っていた。
「……えっ? 嘘だろ?」
とんでもない事が聞こえた気がするので、思わず聞き返してしまう。
「本当だよ。そこの表に名前がないのは彼女だけでしょ?」
そう言われて改めて表を見てみると、確かに彼女の名前だけなかった。
「マジかよ……」
その事実に肩を落として落胆する。
(アシナは学園の入学式をトップで通過した実力者だ。それに対して、俺は最下位通過。どう考えても勝負にならない)
頭を抱えてどうやってこの勝負から逃げようか考える。
「どうしたのイグニ? そんな頭を抱えて」
フェインがこちらの様子を伺ってくる。
「いや、相手があのアシナって分かったから少しな……」
そういえば、結局フェインは俺と戦えなかったけど、特に文句は言ってこないな。
「なぁ、フェインは結局俺と戦えなかったけどよかったのか?」
てっきり不満げな態度をとると思っていたが、どちらかというと嬉しそうな態度のように感じる。
「あぁ、いや、ね? 確かに僕がイグニと戦いたかったけど、相手があのアシナさんならイグニの実力を見るのに十分な人だと思ってね」
俺の実力を見る前に、瞬殺されそうなんですけどね。
「は、はははっ……。そ、そうだな……」
そんなフェインに対して、俺は乾いた笑いで返事をすることしかできなかった。
「これより戦闘訓練を行う」
時間が経つのは早く、もう戦闘訓練の時間が来てしまった。
「それでは、まずは最初の試合からだ。両者準備はいいか?」
心の準備は全然できていないが、もうここまで来てしまってはやるしかない。
「あぁ、そうだ。イグニ! 一つ言っておくことがあったのを忘れていた」
試合が始まる前にルークスに話しかけられる。
「……なんですか?」
あまり聞きたくないが、そんな言われ方をすると気になってしまう。
「……死ぬなよ」
「え!? ちょっと待って!? 死ぬ可能性あるの!?」
真剣な顔でとてつもなく不穏なことを言われた。
「くそっ、こんな訓練やめてやーー「それでは、戦闘訓練第一試合。始めっ!」ちくしょう!」
有無を言わさずに試合を始められてしまった。
とりあえずアシナと向かい合う。
しかし、当の本人であるアシナはボーッとしたまま動かない。
(こ、これは一体どうすれば……)
構えもしないアシナにどう対応すればいいか迷ってしまう。
(とりあえず火球を一発ぐらいーーってあれ!?)
少し目を離した瞬間、アシナの姿が消えていた。
(どこにいった!?)
周囲を見渡すがアシナの姿は見えない。
「ガッ!?」
背中に殴られた衝撃が走り、前方へ飛ばされる。
「な、なんだ!?」
なんとか受け身をとって、先程自分が立っていた位置を見てみるとアシナが立っていた。
(い、いつの間に……)
アシナの動きが全く見えなかった。
「くそっ!」
再び構えるが、最初のアシナの動きが見えなかった以上ボコボコにされる未来しか見えない。
(とりあえず全神経を集中して動きを見るしかないな……)
大きく深呼吸をして神経を張りつめる。
(来い……っ! 来るなら来い……っ!)
アシナの一挙手一投足を見逃さないようにジッと見つめる。
(来たっ!)
アシナがの足が動いたかと思うと、一瞬にしてその姿が消えた。
(後ろッ!!)
先程と同じように俺の後ろから攻撃をしてきたアシナを、今度はしっかりと防御する。
「ッ!?」
まさか防御されるとは思っていなかったようで、少し驚いた顔をしていた。
「ふふっ、どうだーーってぐふっ!?」
初撃を防御して勝ち誇ってると、またも目の前から消えたアサナに今度は横腹にパンチをいれられた。
(しまっーー、油断した!)
横腹にパンチを喰らったことで、体勢を崩してしまった。
「くっ……そぉ!」
横を向いて反撃をするが、そこにもうアサナの姿はなかった。
「どこにーーぐぁっ!?」
見失ってしまったので焦って周りを見渡していると、いきなり目の前に現れたアサナの回し蹴りを顔面に喰らってしまう。
今度は受け身を取り損ねて、ゴロゴロと転がっていってしまう。
(いてぇ……、そうだよな。一撃防いだだけじゃ意味ないよな……)
なんて考えてると、眼前にアサナの膝が飛び込んできた。
「うぉぉぉ!? あぶねぇ!!?」
横に転がって寸前のところで回避する。
「ヒィッ!?」
アサナの膝が当たった所を見てみると、地面が抉られておりその破壊力が分かる。
「タ、タイム! 先生! このままじゃ僕死にます!」
手を上げて、外にいるルークスに抗議する。
「……頑張れ!」
投げやりな言葉一つで抗議が却下されてしまった。
「アンタ教師失格だぁぁぁあああ!!」
ルークスに見捨てられた俺は、涙を流しながらアサナに突撃していく。
しかし、案の定そんな攻撃では簡単に避けられてしまう。
「イグニ頑張れ〜! 君がもし死んだら僕も死ぬから、死後の世界で思う存分戦おうよ〜!」
友達の……愛が重いです……。
後、近くにいる女子たちが俺たちを見てハァハァしてるのが気になる。
(落ち着け……、フェインと死後の世界でランデブーなんて絶対にしたくない。まずは相手の奇襲を封じつつ、こちらから一撃喰らわせないとな)
今のフェインの声援(?)のおかげで、逆に冷静になることができた。
いや、応援の内容的に感謝はしないけど。
(あの奇襲攻撃をどうにかしなければ……。来る場所さえ分かれば、なんとかなるんだけどな)
そこまで考えて一つ作戦を思いつく。
「……とりあえずやってみっか!」
ダメで元々。
思いついた作戦をとりあえず実行に移す。
「……理解不能」
俺の行動を見て、頭にはてなマークを浮かべているアサナ。
俺が火の魔法で地面を燃やし始めたからだ。
もちろん、火力は調整して熱くはないようにしてある。
重要なのは炎で攻撃することではなく、炎が地面で揺らめいてることだからだ。
(これが吉と出るか凶と出るか……)
今の魔法が攻撃ではないと分かると、アサナはまたしても目の前から姿を消した。
ガキンッ!!
「!?」
俺が迷いなく攻撃を防いだことに、先程よりも大きな驚きを見せる。
「ーーッ!」
そして、先程と同じように二撃目、三撃目と攻撃を仕掛けてくるが全て防ぐ。
(よ、よし! なんとか今の攻撃を全て防ぎきったぞ……!)
作戦自体は単純なものだった。
不規則に炎を地面で燃やしているように見せかけて、実は動ける道筋を限定させていただけだ。
(だが、こちらから攻撃を当てられたわけではない。このままじゃジリ貧で負けてしまう)
一度うまくいった作戦が次もうまくいくとは限らない。
今度は攻撃に繋がる作戦を考えなくては。
(おそらくあの速さの彼女相手に、こちらから攻撃を当てるのは困難だろう)
こちらを警戒しているアサナから目を離さずに作戦を考える。
(となると……、俺が取れる手段は一つ。カウンターだ)
捉えられない速さなら、必ず接近をしてくるタイミングで攻撃を当てる。
それしか方法がない。
痺れを切らしたようで、アサナが攻撃を仕掛けてくる。
(よし……、来い。導火線の準備は万端だ)
先程と同じ要領で、初撃を防御する。
「今だっ!」
防御をしたタイミングで、その場で足で力強く地面を叩く。
「ーーッ!?」
すると、アシナの近くにあった燃え盛る炎から火球が飛び出していき俺たちに向かってくる。
「逃がさんよ」
退こうとしたアシナの腕を掴んで、制止させる。
ドォォン。
俺たちの元に火球が着弾する。
「ゲホッゲホッ……」
咳き込みながら煙の中から出てくる。
(少し火力を上げすぎだったか……?)
つい力が入って炎の温度が少し上がってしまった。
「ア、アサナさ〜ん? だ、大丈夫ですか〜?」
煙の中に向かって声をかけてみる。
しかし声は返ってこない。
(え!? 俺、もしかしてやっちゃった!?)
死ぬほどではなくても、声が出せないほどの大怪我をさせてしまったのではないかと焦る。
パシュゥゥン。
水が弾けるような音が聞こえたと同時に、煙が消し飛ばされた。
「よかった、無事だっーーえ?」
そこには先程までの雰囲気とはまるで違うアサナが立っていた。
「……敵……認識……殺……」
不穏な言葉が聞こえてくる。
え、俺殺されるの。
「ちょちょちょ、ちょっと落ち着いて! ウヒィ!?」
情けない声を上げながら攻撃を受け止める。
「ぐぐぐ……、うわぁ!?」
先程までとは違い、目の前から消えるような速さはないがとてつもない力で押し飛ばされてしまった。
(な、なんだ今のパワーは。大の男よりも強い力なんて、あの華奢な身体のどこにあるんだよ……)
すぐさま体勢を立て直して、次の攻撃を防ぐ。
「ぐっ……、オラァ!」
今度は足から炎を噴射して、相手の力に押し負けないように耐える。
「……水針」
アサナが小さくそう呟くと、空中に小さな水の針が数多く浮かんできた。
「そんな攻撃、全部蒸発させてやる!」
無数の針が飛んでくるが、こちらも炎を出して応戦する。
「くっ……」
しかし、いくら防いでも数が減らず、心なしか針のスピードが上がり勢いが強くなっている気がする。
(このままじゃ防ぎきれない……!)
俺の炎とアサナの水。
このまま攻防を続ければ確実に負けるのは俺の方だ。
(炎で防げないなら、もっと強い水で全て取り込んでやる!)
そして、構える。
「蒼炎ッ!」
蒼い炎を空中の針へ向かって放つ。
「……分析不能」
アサナが俺の蒼炎を見て動きを止めた。
(今だッ!)
空中の針を取り込んだ後、蒼炎をアサナに向かって放つ。
ドゴォォン。
(ハァ……ハァ……。こ、これに当たればさすがにもう動けないだろう)
なんとか勝つことができた。
「イタッーー」
その場で息を整えていると、小さく鋭い痛みが身体を襲った。
(なにがーー)
痛みの原因を探ろうとした瞬間、蒼炎の着弾地点からアサナが飛び出してきて俺を拳で吹き飛ばした。
「ま、まだうごけーーガッ!?」
急いで立ち上がろうとした時、足で身体を押さえつけられてしまう。
そして、こちらに手を出しなにかをしようとしている。
(い、いやな予感が……)
身体を動かして抵抗しようとするが、痛みと疲労、そして上から押さえつけられていることで動くことができない。
「水神ばくーー」
言葉が終わろうとした瞬間。
「そこまでだ」
寸前のところで、ルークスがアサナを止めに入った。
その後止められたアサナは、何事も無かったかのように手を戻し帰っていった。
(よ、よかっーー)
そこまで見たところで、安心感からか意識が途絶えた