入学
「うへへ……、そんなに食えないよ。「……きろ」え、いやちょっと。マジでそんなに食えないって……「起きろ!」ハッ!?」
なぜか食べ物を大量に食べさせられる夢を見てうなされていると、聞こえてきた大きな声で目が覚めた。
「ここは……?」
白を基調とした部屋に様々な薬品が並べられた棚がある。
「ここは医務室だ。どこぞの誰かが疲労でぶっ倒れたからな」
俺の事をジト目で見てくる。
「うっ、その節はすみません……」
あの時は眠らない状況が続いていて、テンションがおかしくなっていたようだ。
「まぁいい。なんにせよ、これで試験は全て終了だ」
医務室のベッドの上で試験の終了を改めて告げられる。
やっぱりダメだったか……。
「試験ありがとうございました。また次の機会があったらお願いします……」
短い間とはいえ、お世話になった試験官のルークスにお礼を言っておく。
しかし、何故かルークスには不思議な顔をされてしまう。
「どうしてそう悲観的なんだ。ほら、これを受け取れ」
そう言って差し出された用紙を受け取って驚く。
「入学の時に必要な書類だ。入学当日に必要事項を書いて持ってくるように」
その言葉を聞いて、さらに驚く。
「にゅ、入学って……。俺、ルークスさんに負けて不合格になったんじゃ……」
ま、まさか……。
「う、裏口入学……?」
確かに学園には入りたいが、そこまでするのはさすがに良心が痛む。
「俺に勝ったら合格、負けたら不合格なんて言った覚えはないぞ。そして、そんなことする権限もなければする気もない」
頭を小突かれる。
「それじゃあ、俺は実力で合格したってことですか!?」
負けた時には不合格になることも覚悟していたが、まさかの大どんでん返しである。
「まぁ、満点の合格とまではいかないけどな。言うならば、及第点の合格だろう」
喜ぶ俺とは対照的に、冷静に話すルークス。
「それでも合格は合格ですよ! ……あれ?」
合格で喜んでいる最中、ふと疑問に思う。
「でも、俺が的を壊すのにかなり時間がかかりましたし、ルークスさんとの戦闘に至ってはボコボコにやられただけですよね? 一体どこに合格の要素が……?」
合格できる要素が皆無で、逆にどこで合格できたのか思いつかない。
「…………、今から独り言を言うが君はまだ怪我をしていて意識が混濁している。いいな?」
急に変なことを言い出したルークス。
「それはどういう「いいな!?」はい……」
有無を言わなさい程の圧に怯え、思わず二つ返事で返答してしまう。
「一次試験の筆記では平均点以上を取っており、特に言うことなし。二次試験の的破壊では、時間はかかったものの類まれなる精神力と魔力で突破。その後の戦闘試験では、魔法自体の威力は低いものの、とっさの判断と機転を見せた。以上のことから上記の人物を合格とする」
唐突に長々と話し始めたルークス。
これは……。
「俺の採点結果?」
目の前でそんなものを読み上げられるとは思っていなかった。
「おや、イグニくん。起きていたのかね、気分はどうだい?」
白々しく体調を気遣ってくる。
「大丈夫ですけど……。どうしてそこまで俺に?」
親切にしてくれるのはありがたいが、ここまでくるとさすがに不気味に感じてしまう。
「いや、なに。君の魔法のことが気になってね。それに試験の方では悪いこともしたし……」
後半はバツの悪そうな顔でもごもごと話している。
「悪いことってなんですか?」
そこを隠されると、つい気になってしまう。
「……まぁ、もう終わったことだし君に話そう」
かなり悩んだ顔をしていたが、結果的に打ち明けてくれそうだ。
「最初にリングに着いた時に、俺の分身がいたのは覚えているな?」
最初に兄弟と見間違えたやつか。
それなら覚えている。
「確か光魔法の応用……とかでしたっけ?」
光魔法は俺は使えないから詳しくは分からないが、自身の分身を生み出せるなんて高度な技術なのだろう。
「そうだ、よく覚えていたな。ただな、その光魔法で生み出した分身には欠点があるんだ」
欠点か……。
かなり使い勝手の良さそうな魔法に見えたが、そうでもないのか。
「あの魔法で生み出した分身には五感がないんだ」
険しい顔で言った割には、そこまで大した欠点ではなさそうだな。
「それのどこが欠点なんです?」
特に不便になるような欠点のようには感じない。
「俺の近くで使う分にはな。ただ……。俺たちがリングに行った時には俺の分身は居ただろ?」
そうだ、確かに俺たちがリングに着いた時にはすでに分身は存在していた。
「あーーーー!!」
さっきの話と照らし合わせてみると、とんでもない事に気付く。
「ア、アンタ! 他の受験生とは五感がない分身で戦ったのに、俺との勝負は生身でやったな!?」
まさかの俺だけハードモードの試験をやられていたという。
「すまないとは思っている……! ただ私も君に付き合って二徹したうえに、珍しい魔法を放つ受験者がいれば試してみたくもなるだろう!?」
なぜか反対に俺が怒られている。
「いや、そんなこと俺に言われても……。ただ、さすがに俺と他の受験者で差がありすぎでは?」
五感がないということは、どうやって受験生と戦っていたんだ?
「多少の差があったことは否めない。それでも五感がなくとも風魔法を併用して、風の流れを読み相手の動きや攻撃を察知していたからそこまで大きな差はないぞ」
この人そんなすごいことやってたのか。
「まぁ、結果的に合格にしてくれたんだからいいですよ……」
とりあえず疲れたので早く帰って寝たい。
「む……、そうか? 君がそう言うなら私の方からとやかくは言うまい」
もっと文句を言われると思っていたのか、意外そうな顔をしていた。
「それじゃあ、何から何までありがとうございました」
ベッドから起き上がり、お礼を言って部屋から出ていこうとする。
「ちょっと待ってくれ。最後に聞きたいことがある」
出ていこうとしたところで制止される。
「まだなにか?」
これ以上聞かれることの心当たりは特にないが。
「君が最後に使った技。あれは一体どこで知った?」
最後、というと炎技・火閃のことかな?
あれはビゴリスから教わったというより、ただの見よう見まねなんだよな。
「あれはそのー……」
どう答えればいいものか。
ビゴリスの名前を出した所で分かるわけもないしな。
「む、昔どこかの書物で読んだんですよ!」
かなり慌ててしまい、嘘バレバレのような感じで誤魔化してしまう。
「……そうか、時間を取らせて悪かったな。また入学の時に会おう」
ルークスは何も言わずにその場を去っていった。
(今のでよかったのか……?)
特に何も言われなかったから、よかったのかもしれない。
「さて、と。それじゃあ帰って休むか。……いや、その前にギルドに寄ってガントさんに報告してこようかな」
この学園を勧めてくれたガントには、さすがに合格の報告をしないとな。
「ガントさんいるかなー?」
試験会場からギルドの建物まで行き、扉を開けて中に入る。
中は相変わらず賑わっており、とても活気がある。
「とりあえずアンナさんの所に行くか……」
その活気を尻目に、アンナのいる受付に向かう。
「こんにちはー」
受付に立っているアンナに向かって挨拶をする。
「あっ、イグニさん! お久しぶりです! ここ数日姿が見えませんでしたけど、なにかしてたんですか?」
こちらに気付いたアンナが元気に話しかけてくる。
「あぁ、いや。ちょっとね……。それよりガントさんは?」
話すのはガントが来てからがいいので、一旦誤魔化してガントを探す。
「今日はまだ来ていませんね。もう少ししたら来られると思いますけど……」
それなら素直に待たせてもらうか。
「数日離れてたけど、なにか起きたりした?」
カウンターに座りながら、ここ数日のことを聞いてみる。
「今の所特に変わりなく、街も平和ですよ。強いて言えば、ガントさんが相変わらずお酒を飲みすぎてるってことぐらいですよ!」
プンプンと怒りながらも飲み物を出してくれる。
「ハハハッ、あの人は相変わらず酒を飲んでるのか。もう血液までお酒でできてるんじゃないかな?」
飲み物を飲みながら冗談を話す。
「イテッ!?」
不意に後頭部に殴られた衝撃が走った。
「誰の血液が酒だって?」
後ろを振り向くと、握りこぶしを作ったガントが立っていた。
「や、やだなぁ。冗談ですよ、冗談!ささっ、座ってくださいよ!」
笑顔で誤魔化しながら、ガントを席に座らせる。
「アンナちゃん、さけーー「ミルクです」……ありがと」
座ってからすぐに酒を注文しようとするガントにミルクが差し出される。
しょぼんとした顔をするな。
「で? 数日ぶりに姿を見せたってことは、なにか言いたいことでもあるんだろ?」
ミルクを飲みながら、いきなりガントが核心を突いてくる。
「ゲホッ! いや、そうだけど……。言い出すタイミングってものがだな……」
飲み物で咳き込みながら文句を垂れる。
「ハッハッハ! そんなのいつ言ったって一緒さ!」
相変わらず豪快に笑うガント。
「まったく……。……ガントさんに勧めてもらったアビリタ学園に合格しましたよ」
呆れながらも、素直に合格したことを伝える。
「そうか。おめでとさん」
やけに淡白な祝福をもらった。
(なんだよ……、もうちょっと褒めてくれてもいいのにな)
あんなに苦労したのに、これでは少し心寂しい。
「まぁ……、お前さんなら受かると思って勧めたからな。受かったとこで驚きはしない」
褒めてほしいとは思ったが、そこまで俺の事を評価してくれていたのか。
さっきとは打って変わって、今度はむず痒さを感じる。
「それに、大切なのは受かることよりも受かった後のことだろ? 大変なのはここからだ。気張っていけよ?」
ガントから激励を受ける。
(確かにガントさんの言う通りだ。学園に入ることがゴールじゃない。そこから俺は力をつけなきゃいけないんだ)
自分の目標を再確認する。
「はい! 頑張ります!」
飲み物をグッと飲み干して二つ返事をする。
「よぉし、よく言った! 今日は俺の奢りだ! たくさん食って、体力をつけて頑張ってこい!」
背中をバンバンと叩いてきて思わずむせてしまう。
「あ、ありがとうございます……!」
その後、ギルドの片隅でガントと盛り上がった……。
「ふぅ……。ついに今日、入学式か」
時が経つのは早く、もうアビリタ学園への入学の日になった。
「忘れ物はなし、記入済みの書類も持った。……よしっ、準備万端だな」
持ち物の確認をしてから、部屋を出ていく。
(うぅ……、柄にもなく緊張してきた……)
試験の時は落ちるかもしれないと、半ば吹っ切れた気持ちで挑んだからな。
(こんな調子で学園生活やっていけるのか……?)
弱気になりながら歩いていると、いつの間にか学園に着いてしまった。
(……ここまで来てしまったら、もう後戻りはできないな)
校門の前で覚悟を決める。
「えぇい、ままよ!」
勇気をだして一歩踏み出した。
ーーつもりだった。
「おわっ!?」
目の前に小さな女の子が現れたので、避けようとして転んでしまう。
「いてて……、君。大丈夫かい?」
慌てて起き上がり、少女の身体を案じる。
「…………」
返答は来なかったが特に怪我はないようだ。
よかった。
「ごめんね。ちょっと考え事してて前を見てなかったんだ」
そういえばこの子、どこかで見た覚えがある。
必死に頭の中を整理しながら思い出す。
「あっ!」
思い出した。
的破壊の試験を一番に突破していったあの時の少女だ。
「君も今日からこの学園に入学するんだね。どうしてここにいるんだい?」
そろそろ入学式が始まるから、みんなその場所に行ってるはずだが。
「……目的地……不明」
試験の時にも聞いた機械的な声が聞こえてきた。
「あー。つまり迷子ってことなのかな?」
多くを語ってくれないので、要約して聞いてみる。
「(コクリ)」
どうやら合っていたようで、頷いてくれた。
「それじゃあ一緒に行くか?」
この子を一人で置いていくのは、さすがに良心が痛むので誘ってみる。
「…………」
しかしなんの反応も返ってこなかった。
(まぁ、いきなり初対面の男にそんなこと言われて着いてくる人もいないか)
近くに先生がいたらその人に任せてこよう。
「えーっと、先生はどこにいるかな……」
先生を探しながら歩き始めると、後ろからトコトコと歩いてくる気配を感じる。
「ん?」
後ろを振り向くと、少女が俺の後ろについてきていた。
(あれ……? これついてきてるのか?)
今の段階では分からなかったので、また少し歩いて後ろを振り向く。
(あっ、これついてきてる)
無言だったので、てっきり断られかと思っていたがそういうわけではなかったようだ。
(じゃあこのまま会場にまで向かうか)
俺が歩き始めると、女の子は後ろをピッタリとついてくる。
周りの視線が俺たちに向けられているのを感じながら、会場へと急ぐ。
「やっと着いた……」
視線の痛さに耐えきれず、急ぐこと数分。
なんとか会場に着くことができた。
「さっ、着いたよ……っていねぇし」
後ろを振り向くと、ピッタリとくっついてきていた少女の姿がなかった。
「どこに……ってもういる!?」
キョロキョロと辺りを見渡していると、もう会場の中にいるのが見えた。
(はやっ……!? いつあの場所に向かったのか全然分からなかったぞ)
いくら小柄といっても、気配や姿が全然見えなかった。
(おっと、そんなことよりも俺も会場に入らないとな)
会場に入ると、生徒とおぼしき人たちと先生とおぼしき人たちが立っていた。
急いで空いているスペースに向かい、式が始まるのを待つ。
『それではこれより、アビリタ学園の入学式を始める』
壇上には試験官をやっていたルークスがマイクを持って立っていた。
『まずはこのアビリタ学園の校長から挨拶をしてもらう。校長お願いします』
ルークスが壇上から動いて、校長と呼ばれた男性にマイクを渡す。
『えー、みなさん。こんにちは』
「「「!!!???」」」
校長がマイクから声を発した瞬間、身体にもの凄い重力がかかった。
(がっ……!? なんだ……これ……!)
重力に耐えきれずに膝をついてしまう。
しかも、どうやら俺だけでなく会場のほぼ全員が同じ状況になっているようだ。
『ハッハッハ。なんだァ、だらしねぇな。今ので全滅か? ……お、生き残ってるやつも数人はいるな』
豪快に笑いながら話を続けているせいで、重力が軽くなることはない。
(こ、この重力を耐えているやつがいるのか……!?)
身体に重力がかかる中、なんとか首を動かして周りを見てみる。
(あの女の子……! この重力の中を涼しい顔して立っているだと!?)
外見が幼いせいで失念していたが、あの少女は的の破壊を一番に突破した強者だ。
「校長。お戯れも程々に」
ルークスが校長の隣でボソボソとなにか言っている。
『そうするか。まっ、今この魔法に耐えられないからといって自信をなくす必要はないぞ。この学園でよく学び、自身の糧にしてくれ。以上だ』
それだけ言うと、マイクをルークスに渡して去っていった。
(ハァ……ハァ……。一体何者なんだ、あの人……)
重力から解放された俺たちは座り込んで息を整えていた。
『えー、オホン。少々トラブルがあったものの校長の話はこれで終わりだ』
なんとか場を取り繕おうとしてるが無理だと思うぞ。
『教室やその他のことについてはこの後改めて説明をする。それでは、諸君。改めてアビリタ学園にようこそ』