【短編完結】今日は待ちに待った卒業パーティ! 豪華な料理が食べられる! おや? 学園首席の王子、一体何を???【短編詐欺にあらず!】
卒業パーティーで婚約破棄って定番ですけど、パーティを楽しみにしている参加者にとっては怒り心頭だよな、と思って書いてみました。
短編詐欺ではなくちゃんと終わっているし連載クレクレもしないのでご安心ください。
今日はピレセ王国の最高学府、王立学園の卒業パーティ。
会場の大ホールには卒業生を祝うべく、珠玉の料理の品々が用意されている。
クラッシュアイスに横たわる生牡蠣に手を伸ばせば、石灰岩地質で産出された辛口の白ワインを勧められるであろう。
スズキのカルパッチョには新鮮なオリーブオイルがかかっている。
ホワイトアスパラガスには黄金色に輝くソースがかかっており目にも楽しませてくれる。
食文化の面において唯一ピレセ王国と比肩しうると言われる極東の皇国にてよく食べられる刺身もある。
マグロは赤身、中トロ、大トロのみならず中落ちまであり、足がはやいことで知られるサバやイワシも王都の港で今日水揚げされたばかりのものが刺身で出されている。
甘鯛や鯛、金目鯛など皮目が美味しい魚は皮を引かずに炙って提供されている。
鮮度の良いイクラは上品な味付けでつけられており、ウニも新鮮で、ミョウバンで保存されておらず、磯の風味が味わえる。
その他色とりどりの魚の刺身が氷のベットで寝ている。
これらは全て極東の皇国出身の職人が捌いて刺身にしている。「ただ捌いて切るだけだろう」と言うなかれ。一匹の魚からサクを切り出し刺身として切るのには大変な技術が必要である。
物を用意するだけでなく、最適に料理できる人まで遺漏なく用意できる、このピレセ王国の国力、貿易力の高さを示している。
「ピレセ王国王都ウセフィフーアは世界の半分」と称されている実力の一端を見ることができる。
特筆すべきは、下手に捌くと食べると死ぬ魚である河豚が供されていることである。「てっさ」と呼ばれる刺身や「てっちり」と呼ばれる鍋(雑炊の用意も万全である)があり、更に河豚のヒレを炙ったものを極東の皇国の地酒を熱燗にしたものに入れた「河豚のヒレ酒」まであり、てっさのあるところにても準備されている。
スープ類はじゃがいものポタージュやコンソメスープなどの基本的なもののほか(基本的といえどもコンソメスープなどは、地道にアクを取り続けた料理人の努力が目に見えて、美しく澄んでいる)、甲殻類のスープビスクがある。
エビの殻を香味野菜と炒め旨味を抽出し、生クリームとバターで煮てから濾したスープで、王国料理の売りの一つでわざわざ船に乗って海外からこれだけを食べに来る者もいるほどである。
メイン料理、まず魚料理をいくつか紹介しよう。
皮目をすましバターでカリカリに焼き、バター醤油とドライハーブをかけたイサキのポワレ。付け合わせには刻んだトマトときゅうりのサラダが添えられている。
贅沢にバターを使った肉厚な舌平目のムニエルは、赤ワインと合わせることができるほど濃厚な味である。
新鮮な魚介類をただただ炭火で焼いたものも素材の味豊かで素晴らしい。
肉料理は大迫力である。
直火で焼かれる子羊の脚や牛肉の塊は香ばしい香りを周囲に放っている。
こうして焼かれた肉は巨大な串に刺さって会場を回り希望者に豪快に切り分けられ、卒業生の若い胃袋を満たすだろう。
高級な赤ワインをふんだんに使った煮込み料理、コックオーヴァンや牛の赤ワイン煮込みには、同じ赤ワインを合わせることが勧められる。煮込み料理に使うとは信じられない銘酒である。
家庭料理であるブランケットヴォー(仔牛の肩肉のクリーム煮)も、一流の素材を一流の料理人が作ると一味違う。
シンプルな骨つきステーキにかぶりつくことを夢見る男子卒業生を迎え撃つ準備もバッチリである。
焼きたての各種パンのほか、極東の皇国の名物料理である寿司もある。その他、カレーや各国の麺料理、米料理も豊富にならぶ。
チーズは百種類以上用意されている。目玉はウォッシュチーズ。特に塩水とブドウの蒸留酒で洗うことで独特の香りと旨味を凝縮させたウォッシュチーズは、「神の足の匂い」と言われる強烈な香りからチーズ界最強の個性を持つ。
デザートは別腹の言葉に答えるべく、甘味の布陣も完璧である。王都の名だたる菓子職人の芸術品の数々が並ぶ。
マカロン、チョコレート、ケーキ、シャーベット、アイスクリーム、かき氷、極東の皇国の伝統的な菓子も取り揃えられている。
軽食として簡単につまめるサンドイッチも用意されているが、只のサンドイッチだけでは無い。
炭火焼きしたサバをパンに挟み、ディル、タマネギをトッピングし、唐辛子と胡椒をふんだんに使いザクロソースをかけた新鮮なサバサンド。
子羊の胸腺に羊の腸を巻きオーブンで焼いた料理ココレッチを、細かく刻み更に刻んだ青唐辛子・トマトを加えて香辛料で味付けして炒め、ブリオッシュで挟んだココレッチサンド。
その他、多様なサンドイッチが並ぶ。
見た目に楽しい演出もある。
極東の皇国にて作られる白くて細い麺を、ウォータースライダーで流す「流しそうめん」と、魔道具で水流を与えたドーナツ状の水盆にて麺を水に流して回す「そうめん流し」を合体させた設備は、麺を掴むのを楽しむ卒業生に涼を感じさせてくれるだろう。
魚職人による、巨大マグロの解体は、比較的見慣れたものであるが、それでも間近で見られる迫力はなかなかのものである。
その場で捌いた新鮮で多様な部位の数々を食べられるとなれば尚更である。
液状のチョコレートが噴水のように噴き出し、それに果物や菓子をつけて食べるデザートもある。
ピレセは軍事大国でもある。当然、学園の卒業生たちの中にも軍へ進む者がいる。彼ら彼女らの中には自らの筋肉を磨き上げることに命をかけるものも多い。パーティの前に体育館のジムエリアでワークアウトしてきたばかり、というトレイニーも多数いる。
トレイニーたちこそ食に貪欲である。自分の恋人が、自分の食べたもので出来ていることをよく理解している。
もちろん、そんなトレイニーのためのメニューもある。マッチョを目指す王国民全ての愛読書タ・ザン監修のPFCバランスの取れたメニューの数々が並ぶ。
トレイニーたちはただ舌鼓を打つだけではなく、栄養バランスの考え方やレシピの数々を料理人たちと話し合い今後の自分の食事に取り入れようとしてる。
筋肉量増大を目指す人向けのP20・F30・C50の割合に調整されたメニューの数々。
薄く切ったマグロと潰したアボカドをマヨネーズ・わさび・醤油で味付けし、バケットに乗せたタルタルカナッペ。
豚肉・油揚げ・卵のトリプルタンパク質を組み合わせカレー味で仕上げたカレーそば。
筋肉は維持したいが脂肪を減らしたい減量を目指す人向けのP30・F20・C50のメニュー
マグロを軽く焼いて氷水で冷やし"タタキ"状態にしてレモンと塩胡椒で味付けして玉ねぎとリーフレタスをトッピングしたサンドイッチ。
鶏胸肉のひき肉を魚醤で味付けし目玉焼きを乗せた玄米と食べるガパオライス。
もっとストイックなトレイニーのために、ゆで卵、冷奴、鶏ささみだけというシンプルなタンパク質も充実している。
ゆで卵一つとっても新鮮な極上素材を絶妙な茹で加減で茹でており、すりおろした岩塩で味付けされた美味なるものである。
シンプルだからこそ素材の良さと調理の匠の技が光る逸品たちである。
体を動かす人は筋肉愛好家だけではない。卒業式の日であろうと朝から10キロのランニングをしないと精神の安定を保てないランナーたちもいる。炭水化物の出番だ。
エリンギ・菜の花をニンニクで香り付けをしたオリーブオイルで炒めてスパゲティと合わせ、仕上げにスモークサーモンを加えたパスタ。
鶏ささみと豆腐を炒め長ネギを加えて小麦粉でとろみをつけ、豆板醤とオイスターソースで味付けをしたものをご飯にかけた麻婆豆腐ライス。
米に卵をコーティングして熱々に熱したフライパンで一気に炒めたシンプルな炒飯。
もはやマラソンと言えるほどの長距離走をこなしてきた卒業生たちの疲れを癒す品々が、麗しい湯気を立てている。
一方でただただガッツリ食べたいというグルマンへの配慮も忘れていない。
伝説の麺料理店ジ・ロにて修行した料理人の作ったコッテリラーメンにうず高く盛られた野菜炒め。一杯で一日の摂取カロリーを稼げてしまう料理である。
出来立てが食べられるカウンターでは「ニンニクマシマシ」の呪文を唱える紳士淑女が列をなすであろう。
口臭がキツくなり貴族としてあるまじきこと? この場でそのようなことを指摘する方が無粋の誹りを受ける。今日はそういう日である。
ニンニクたっぷりならこちらも負けてはいない。刻んだニンニク・ベーコン・鷹の爪を炒め、濃厚なコンソメスープで煮詰め、そこにスパゲティを入れる。ペペロンチーノとは似て非なる、「ニンニクと鷹の爪スパゲティ」と名付けられた料理は、学園近くのパスタ屋の名物料理であり、学園の生徒たちにも大人気である。
普通盛り、中盛り、大盛りが基本メニューだが騎士科の生徒たちのための超大盛り、その名も騎士科盛りが用意されているほど、店が生徒たちを愛し、生徒たちもまた店を愛している。
今日は卒業生を祝うため、店長がわざわざ来てくれて学園のソウルフードを振る舞ってくれるのだ。
卒業生たちは年頃の若者である。ダイエッターたちも多くいる。だが、痩身願望と食欲は矛盾しない。そのための料理も用意されている。
玉ねぎ、ニンジン、セロリ、マッシュルームを刻み、オリーブオイルと白ワインで炒めたのちにハマグリと煮た、貝のブロス。
まるでバターか生クリームでも入っているかのようにこくがあるが、これでカスタードプリン一個ほどのカロリーである。
フォンドヴォライユで刻んだカリフラワー、エシャロット、サヤインゲンを炊き、粉チーズをかけた野菜リゾット。カリフラワーを米に見立て食べ応えがある。
鶏胸肉を低温でじっくり茹でてスライスし、卵とヨーグルトのタルタルソースを乗せたボイルドチキン。上記二品はどちらもパンケーキ半分とほぼ同じカロリーである。
その他、バターとクリームの代わりにオリーブオイルやヨーグルトを使い、香味野菜をふんだんに使った痩身料理の芸術品がならぶ。
伝統的な宮廷料理や、代々受け継がれてきた家庭料理、各国の民族料理だけではない。独創的な料理の数々も生み出されている。
最新の魔導技術を用いて食材を瞬間冷却し粉々にした料理。例えば凍らせ泡状にしたカレーを乗せたスパゲティや、かぼちゃのムースを凍らせて泡状にしたかぼちゃプリンなど。
デザートでは、折り重ねたパイ生地にフォアグラを混ぜて焼き上げたフィユタージュを土台とし、角切りにしたリンゴに更にリンゴのブランデーを混ぜてキャラメリゼしたジャムを塗り、その上にカスタードクリームとメレンゲを混ぜたクリームを乗せ、上面を更にキャラメリゼしたシブーストがある。
ただの奇をてらった料理ではない。リンゴの甘味とフォアグラの塩味がよく合う一品である。
合わせる飲み物も銘酒ぞろいである。
まずは祝いの席の乾杯といえばスパークリングワインは欠かせない。
スパークリングワインは食中酒としても優秀であり通しで飲まれることも多いが、食前酒の筆頭としても名を挙げられる。
スパークリングワインを生み出したとされる盲目の僧侶の名を冠した品や、洞窟の名を冠した爽やかな味のもの。通常白ぶどう黒ぶどう混ぜて作るが白ぶどうだけで作られたブラン・ド・ブランなどがアイスバスケットの中に鎮座し、その身を冷やしていた。
そのほかの食前酒としては黒スグリのリキュールを用いたキールも種類豊富である。
白ワインと混ぜた標準的なキールのみならず、最上質なスパークリングワインと混ぜたキール・ロワイヤルや、白ワインではなく赤ワインと混ぜたキール・カーディナル。
さらに黒スグリではなく木苺のリキュールに変えたマルキやキールインペリアルも用意されている。
パスティスやジン&ビター、ズブロッカなどもある。
食中酒は壮観である。
まずワイン。
「三日月河の地」にて産出される濃厚な赤ワインたち。「女王」、「塔」、「羊」などこの地のランキング第一位階層が有名だが、特に「羊」はランキング制定当初二位階層でありながら近年一位階層になったこと、その逸話である「一位階層になれなかったが二位階層に甘んじない。俺は俺だ」と「かつて二位階層であった、今は一位階層である、だが俺は変わってない」という生産者の言葉が上昇志向の高い野心家の卒業生や不遇を甘んじない反骨精神溢れる卒業生に人気である。
「栄光の地」にて産出される酸味豊かな赤ワインの中では、ある公爵の名を冠したワインが有名であるが、「一生に一度飲めればよい」と言われるほど貴重な品である。しかしこの場では希望者全員がグラス一杯は飲めるほどの量が用意されている。恐るべきことである。
その他、酒神の宴席に並ぶであろう名だたるワインが揃っている。
この世界に異星から訪問者が訪れたらまず振る舞うであろう酒の代表はワインであるが、ビールも銘酒が揃えられている。
下面発酵ビールが人気が高く、その名もずばり「元祖」が特に知られているが「ブラックスター」、「ファーストスクイーズ」、「究極乾燥」なども親しまれている。もちろんキンキンに冷えて用意されている。
上面発酵の代表格である「世界記録」などは常温で飲まれることも多いため、冷えたものと常温の両方が選べる。
極東の皇国の地酒も豊富である。
「ベイミスト」、「エイトシーマウンテン」、「ライスフィールドブーズ」、「クリークオブインク」など、美しく透明な見た目と、果物や花の香り、軽快な風味と余韻のある味わいから、王国民にも人気である。
前述の刺身や寿司と同じ地の料理であることから相性が良く、刺身・寿司を味わう者たちはこれらの酒を勧められることであろう。
食後酒にはリンゴやブドウの蒸留酒や薬草のリキュールなどが揃っている。特にあるブドウ蒸留酒は、お腹いっぱいの時に飲むと食欲を取り戻し更に食べられるようになる「食いしん坊の胃袋」と呼ばれている。これのお世話になるグルマンは多いだろう。
メインとなる会場以外にも、付随する施設が多々ある。その紹介をしよう。
メイン会場の二階には、オーセンティックなバーに改装された部屋がある。
ここで供されるのは超一流バーテンダーの手による色とりどりの珠玉のカクテルである。
大人になりたての卒業生たちが、落ち着いた空間で液体の宝石を楽しむであろう。
食べた極上の料理をすぐさま筋肉に変換しないと気が済まないトレーニーのためのフリーウェイトや、走り出さないと気が済まないランナーのための狭い所で走れる魔道具は、体育館にいつでも稼働可能な状態で整備されている。
もちろん飲酒してトレーニングするような紳士淑女はいない、ご安心召されよ。
併設する屋内プールは温浴施設に開放され、男女別れて入浴可能であるのみならず、各種マッサージを提供するスタッフも揃っている。
華やかなパーティの裏で、末端を支えるスタッフに対しては「ここで働けたと言うことが名誉なことだから」とかやりがい搾取をして過酷な労働環境を強いていると言うことは良くあるが、この会においてはそのようなことはない。労働環境も非常に好待遇である。
卒業生に快適なもてなしをするためには、スタッフ自身にゆとりがなければならないという考えの元、交代制の労働時間は短く設定されている。更に交代の際には食べ頃を逸して下げられた料理が賄いとして与えられる。冷めたりぬるくなったりした料理とはいえ世界最高水準の料理・珍味である。この賄いを楽しみに働くスタッフも多い。
また、大量の人員を募集する求人については、この日が如何に大事か身をもって知っている各貴族家が、この日の為なら自家から一時的に使用人が居なくなっても構わないと、求人への応募を自らの使用人たちに推奨している。有給休暇扱いにすることも許されており、使用人たちは皆喜んで求人に応募している。
もちろん、この日にスタッフに支払われる給金は王都の賃金相場を考えてもかなりの高給である。
調理スタッフの中には料理人を志す者も多い。それだけではなく、既に王都で営業している料理人も店を休んで参加している。
世界中の料理に触れ、様々な料理人とともに働けるこの場は新米料理人の経験値を大幅に上げ、ベテラン料理人に新たな境地を拓かせる。
ここでの出会いをきっかけに新たに生まれた料理、進化した店は枚挙にいとまが無い。
働けることが名誉であることで、ただでさえ働きたい人が多いイベントであるのに、待遇まで最高級である。必要とされる人員をまかなう潤沢な応募には事欠かない。
学園に止まらず王都に住む人々にも大事なイベントであるが、国家レベルで大事なイベントである。それを示すエピソードがある。
かつてピレセ王国が不利な状況で停戦となったことがあった。当然、その後の講和条約で大幅な譲歩が強いられるはずであったが、ピレセ王国の宮廷文化の粋を集めた料理の数々で相手国を籠絡し、気がつけば戦勝国のような扱いを受け、戦場での敗戦の影響を補ってあまりある成果をあげたことがある。
「会議は食べる、されど進まず」と言う名で舞台演目にもなった出来事の立役者となった料理人は、卒業パーティの総料理長を務めた経歴の持ち主であった。
今年度の総料理長も傑物である。
馬車のタイヤ屋として創業し、今では世界最高峰のグルメガイドを刊行する、レストランを星の数で評価する"車輪野郎"社にて、最も多くの星を持つ料理人の愛弟子にて、次世代の料理会を牽引すると期待される若くしてただならぬオーラを纏うスター性を持った料理人である。
このパーティでの経験を糧に、更なる飛躍を遂げ今後の料理界を担っていくであろう。
このように、ただの卒業パーティを超越して、王都の経済、国家の繁栄にまで寄与する一大イベントが、今日の卒業パーティーなのである。
開会の挨拶は、卒業生の首席が行うことになっている。
今年度の首席はレジス王子である。文武両道であり、並み居る成績優秀者を退け、総合成績一位の座を勝ち取った、誉ある卒業パーティの開会を告げるにふさわしい生徒と目されていた。
挨拶の言葉は明確に決められている。どんなに感情を込めても五秒で終わるフレーズであり、伝統の五秒スピーチと言われている。
首席の挨拶に皆が唱和して開会となるのである。
はらぺこの幼児と化した生徒たちは十秒後にはめくるめく美食の世界に浸れると、溢れんとするよだれを堪えて乾杯用の杯を構える
壇上に登ったレジスは、高らかに宣言する。
「ブリジット・ラーソン! お前との婚約を破棄する! 代わりにリサを婚約者とする! お前は醜くも嫉妬しぎゃあああああああああぁぁぁ!!!!!!」
レジスの宣言は、己の発した絶叫で中断された。何故か?
唱和しようと待ち構えていた生徒たちは、レジスの発言が乾杯の言葉でなかったことと、その内容から、卒業パーティの歴史上何回か記録されている凶事が我が身に降り掛からんとしていることを素早く察した。そして怒りで頭が沸騰した。レジスと、いつの間にか後ろに侍っていたリサ以外の全員がほぼ同時に動いた。
最初にレジスに肉薄したのは極東の皇国の有力貴族の後継者として知られる留学生であった。紋付袴と言われる皇国の礼服である民族衣装を身に纏った彼は瞬間移動したかの如き足捌きでレジスに近接すると拳を中段に構え、そして……踏み込んだ足元の大理石の床が砕ける音と共にレジスの鳩尾に正面から拳を放つ。
レジスの背中の礼服が衝撃で弾け飛ぶ。皇国の地に伝わる徒手空拳での戦闘術の奥義、裏当てである。この衝撃による悲鳴が、先程のレジスの叫び声の正体であった。
レジスの宣言、恐らく婚約破棄と新たな婚約者の紹介、元婚約者への断罪だろうか? ……知らんけど…… は卒業生たちの怒りの制裁で中断させられたのだ。
悲鳴を上げよろめきながら後ずさるレジスの背に立った男がレジスの腰に手を回す。
そして左手でレジスの右腕の手首を掴み自身へと引く。男はレジスと向かい合う形になり、その勢いで右手をレジスのの喉元に叩き付けた。本来ならつかんだ左手でそのまま押さえ込むが視線の先に友の姿を認め、左手を離した。
喉元に受けた衝撃で後方に勢いよくたたらを踏むレジス。その先には口髭を生やした二メートル近い体躯の大男。見た目からは信じ難いが彼も学園の生徒であり今年の卒業生である。
「テキサース!!!」
そう叫ぶと、ぶっとい腕を高らかに掲げ、そしてレジスの首めがけて振り抜く。訓練用の木刀ですらへし折る威力である。一回転して吹き飛んだレジスを見届け満足したように親指と小指を立てて叫ぶ!
「ウィーー!!!」
吹き飛んだレジスは襟を掴まれ無理矢理立たされる。
そして壇上の彫刻によじ登った男がレジスに飛びかかる。男は自らの両足でレジスの頭部を挟み込み、そのまま後ろに身を投げ出すように回転した。レジスの頭は巻き込まれ、その脳天が大理石の床に叩きつけられた。
レジスはまたしても立たされ、前屈みになる。そのレジスの頭を、別の男が自身の股の間に正面から挟み込む。レジスの腰を両手で抱え込むと、膝を屈めて自分の体をその場で三百六十度前方回転させるように飛んだ。レジスはその勢いのまま頭部を床に打ち付けられた。
まだダウンすることは許されない。今度はまた別の角度の彫刻から飛びかかる者が現れる。
その男はレジスに肩車されるかのような体勢になると、自らの太腿でレジスの頭部を挟み込み、そのまま後ろに身を投げ出すように回転した。レジスの頭は巻き込まれ、その脳天はまたしても床に叩きつけられた。
惨劇はまだまだ続くが、リサについても語らねばなるまい。彼女は淑女たちからの往復ビンタ……いや無限ビンタを受けていた。
「私は」
パァン!
「この国の」
パァン!
「王妃に」
パァン!
「なるのよ」
パァン!
「私に」
パァン!
「こんなことして」
パァン!
「ただで」
パァン!
「すむと」
パァン!
「おもわない」
パァン!
「ことね」
パァン!
「これから」
パァン!
「贅沢して」
パァン!
「崇められて」
パァン!
「過ごすんだから」
パァン!
……これだけビンタされ続けても自分の主張を曲げないリサ。ある意味大物である。この性質をもっと別のことに活かせていたなら……
ちなみに誰も指摘しないがリサの想定する未来は大間違いである。まずレジスは王子であっても王太子ではない。そして既に別の王子が立太子している。
即ちレジスは王にならず、よってリサが王妃になることもない。それでも王妃になると言うのであれば、それは「今の王太子をぶっ殺してレジスが王太子になりますよ」という国家反逆の意図を宣言するに等しい。
次に贅沢云々についてだが、人生で、この卒業パーティは贅沢の頂点である、とは、歴代卒業生たちの共通認識である。
個々に同程度の品を食べられる機会は今後も訪れるが、世界の食の博覧会と称される、質と量を伴った宴は、この卒業パーティが頂点である。
リサは少なくとも卒業パーティ終了までは大人しくしているべきであった。
令嬢たちのビンタは続く。
「……でしてよ」
パァン!
「よろしくて?」
パァン!
「……ですわ」
パァン!
「おほほ」
パァン!
「あらやだ」
パァン!
リサの庇護欲を擽る可憐な顔は、今や見る影もない。レジスが沈黙する頃には良く熟したカボチャと見分けがつかない有様となっていることであろう。
パァン!
パァン!
パァン!
……
……
……令嬢たちのビンタはまだまだ続く……
もはや誰も興味が無いだろうが、様式美として二人の馴れ初めを話しておこう。
出会いは入学式。会場に向かうレジスの目の前ですってんころりんと転んだ女の子がリサであった。手を貸して助けると、入学式の会場がわからず道に迷っていたという。そこで、一緒に向かったのであった。
余談だが、入学式会場への案内図や矢印、道案内は学園の随所にあった。ペットのワンコでも会場に到着できると評されていることを書き記しておこう。繰り返すが余談である。
その後もレジスの前に現れてはすってんころりんと転び、「レジス視点では」マナーを気にしない天真爛漫な態度で接するうちにお互いの仲を深めていった。
重ねて余談だが、リサのマナーの成績は最下位である。
学業について、ついていけないと泣くリサにポイントを押さえたノートと過去問を提供したのはレジスである。流石に進級できないとレジスに侍れないと真面目に取り組み、中位程度の成績は取っていたリサである。
……要領だけは良かったようである。あ、器量と愛嬌もか、韻を踏んでいるようないないような……
「私、ブリジット様にいじめられているのかしら。お茶会にも呼ばれず……ううん、いいの、内緒にしててレジス様、私が我慢すれば……」
「私、ブリジット様にいじめられているのかしら。廊下で転ばされて……ううん、いいの、内緒にしててレジス様、私が……」
「私、ブリジット様にいじめられているのかしら。教科書をやぶられて……ううん、いいの、内緒にしててレジス様……」
「私、ブリジット様にいじめられているのかしら。噴水で突き飛ばされて……ううん、いいの……」
「私、ブリジット様にいじめられているのかしら。階段から落とされて……」
よく調べれば虚言とわかることを鵜呑みにし、自身の婚約者に怒りと憎しみを抱くレジスであった。
しかしこの二人の仲は一切明るみに出なかった。レジスが自身の高い能力の全てを尽くして隠し通したからである。頭のいい馬鹿、ここに極まれりである。
さて、再びレジスに目を向けよう。彼は大理石の床に仰向けで横たわっている。ダウンを許され、解放された……わけではない。
レジス目掛けて圧巻の巨体を持つ男が柱に登り宙を舞い飛びかかり、腹部からその巨体を浴びせた。
続いて三人の男が近づいてきた……が、全員レジスに背を向けている。長身の二人が並び立ち、隣り合った肩にもう一人が座っていて、その両腿には立っている男の手が添えられている。添えられた手が左右同時に勢いよく上方に上がり乗っている男の両腿を跳ね上げる。まるでゴム製のロープにバウンドさせた反動のような力を利用して、後方に(即ちレジス側に)回転する男。その体は宙で更に横に三六十度回転し、勢いよくレジスに叩きつけられる。
まだ終わらない。先程の長身の男二人の肩に、別の男が同じ姿勢で座ると素早く立ち上がった。そして後方(しつこいようだがレジス側に)にジャンプし体を左方向百八十度捻った後、二百七十度前方回転し更に百八十度左方向に錐揉み回転させて、レジスを押しつぶした。
まだまだ終わらない。柱代わりの長身二人に駆け寄る男。長身二人の手のサポートを受けて両肩に飛び上がると横にひねりを加えて飛び、前方に回転しながら飛ぶ。合計で横百八十度、縦四百五十度の回転が加わった体が爆弾となってレジスを襲った。
まだまだ、まだまだ終わらない。その後も、何とも名状し難い轟音と衝撃がレジスを爆心地として生み出され続ける。
「ふざけんじゃねー!」
ドゴォ!
「卒業パーティなめんな!」
グワァシィイ!
「馬鹿言ってんじゃねぇー」
ゴガァァン!
「……滅ビヨ……」
バグゥゥォォン!
「……愚……カ……ナ……」
ズジヤャアァ!
……まさに肉の乱舞である。
……何やら魔王っぽいのが混じっている気がするが、とにかく肉の乱舞である。
街の祭りで興業したら、さぞかし熱狂的な観客を沸かせそうな光景が繰り広げられていた。
「……き……さ……ま……ら……ふけい……だ……ぞ……」
いいや、不敬ではない。
前述した通り、この卒業パーティは国家レベルで重要なイベントである。であるが、過去にも首席が開会の場で愚かな行動をしたことがあった。そして悲しいことにその時も首席は王族であった。
その時起こった惨劇は、今目の前で繰り広げられているものと概ね同じ光景であった。(繰り出される技が時代の流れで進化している事を除けば)
ボロ雑巾以下の存在と成り果てた件の王族は、自らの所業を棚に上げて、自身に危害を加えたものの処罰を願い出た。
王家は、その王族の愚行を認識していたが、法に照らせば生徒たちの処罰は免れない。
そこで、伝統ある国家の重要行事を汚す行いをした者を「いかなる手段を用いても」止めた憂国の士は咎めないとする法が制定された。
後に「はらぺこ無罪」と呼ばれることになる法律である。
この場にいるものは皆この法を知っている。……リサとレジス以外は……
ここまでで到底信じ難いだろうがレジスが首席なのは事実である。武においても好成績を収めている。だから、文字通り己の肉体を以って弾丸とする肉弾攻撃の数々を受けて生きていられる。
座学についても学園トップの優秀な成績である。これは嘘ではない。
ただ、残念なことに勉強のできる馬鹿であった。そしてそれを隠し通せる程度には狡猾であった。
この反省を踏まえて来年度よりカリキュラムに「一般常識」が加わることになる。そして、この成績だけは他の成績と扱い方が変わる。一般常識のテストの正答率で、他の成績の合計点を掛け算することになる。
すなわち一般常識が全問正解なら従来の総合成績と同じ値だが、半分正解なら従来の総合成績の半分になる。
仮に今年度から導入されていたら、レジスとリサ以外は全員満点であった。即ちレジスが首席になることもなかった。
この対応により、卒業パーティでの同様の凶事の発生率は大きく下がることになる。良かった、と言うべきなのか、はたまた、それでもゼロにはできないことにヒトの業の深さを嘆くべきなのか……そもそももっと早く対応しておけと言うべきか……
さて、制裁もいよいよクライマックスである。男たちに押しつぶされ続けたレジスの首を掴んで持ち上げ、立たせる淑女がいる。
ブリジットである。レジスを立たせるとブリジットはレジスの背後に乗るようにしてレジスの内股に己の両足を引っ掛け、レジスの両腕を、鳥の羽をむしるかの如く上に引き絞る!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!! ぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
今日一番の絶叫がレジスの口から上がる。
……まだこれだけ叫ぶ力が残っているなんて、この王子、不死身なのか?
前屈みになりそのまま倒れようとするレジスの前に再び淑女が立ち塞がる。
ソネ家のギヤル嬢である。大変な大食いで知られる彼女はレジスの行動を最も憎んでいる者の一人だろう。
ブリジットの絞り上げたレジスの腕を引き取ると、前屈みになったレジスの背面でレジスの両腕を自身の両腕で絞り込み、そのままの体勢でレジスの体を持ち上げ肩に担ぐ。そしてレジスの体を横回転させながら頭部を床に叩きつけた。
最後に近づいてきたのは学園次席、イースト家嫡男のジョーである。
ジョーもまたレジスの首を掴み立ち上がらせるが、もうレジスは立てない。そのまま崩れ落ちるレジスの顎めがけて、コークスクリューアッパーを振り上げる。
「ぅくうりぅー、あっあぅあー!」
巻き舌すぎて聞き取れなかったが、おそらく「螺旋状の下から上への打撃攻撃」という意味の技名だろうか?
まるで天井まで届く竜巻が幻視できるようなその一撃でレジスの体は高く宙を舞い、受け身も取れずに脳天から大理石の床に激突する。
完全に沈黙するレジス。
それを見て、両膝を地面に着き、拳を握りしめた両腕を高く掲げて叫ぶジョー。
「よっしゃーー!!!」
そして壇上から会場全てに届く声で続ける。
「高いところから失礼します。では僭越ながら開会の挨拶を行わせていただきます」
……切り替えの早いことである……
歓声を上げる卒業生たち。こちらも切り替えが早い。
レジスの暴走宣言から長い時間がたったような気がするが、実の所一〇分と経っていなかった。未だ料理は香り高い湯気をあげ、グラスの中の液体も冷たさを保っている。
改めて杯を構える皆々。
視界の端では名状し難いボロ雑巾のような何かと、熟れたカボチャのような何かが給仕たちによって速やかに片されていたが、卒業生たちは誰も気にしない。
さて、歴代の学園首席には、当然いろいろな個性を持った者がいた。
ガハハと笑う豪快なマッチョ。
同級生や後輩、両親や兄弟、飼っているペットにすら敬語で話しかける者。
語尾が「ござる」である極東の戦闘民族からの留学生。
おーっほっほっほ! と高笑いと共に現れ、ですわ! と共に去っていくハイテンションな御令嬢。
ゴゴゴという空気の悲鳴が聞こえてきそうな、一人だけ縮尺がおかしいような体躯――太腿が常人の胴回り程ある――を持ち、寡黙で、稀に口を開いたかと思えば発せられるのは「うぬ!」とか「ぬぅぅん!」である覇者。
だがそんな彼らもこの場で言うのは次のフレーズである。
そうでなければ、挨拶者の個性、話し方に合わせて唱和しないといけないので、誰であろうと言うことは一言一句決まっている。
「食べて、飲んで、楽しもう!」
「「食べて、飲んで、楽しもう!」」
皆が唱和する。
卒業生の宴が始まる。
筆者はブリジットのかけた技を小学生の時にクラスメートにかけてガン泣きされ、担任教師に無茶苦茶怒られました。
みなさまは真似しないでください。
連載クレクレはしないけど
評価ポイントは欲しいです。
何卒よろしくお願いします。