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捌拾玖

 

 ご丁寧に「EAT ME」と書かれたクッキーを口に放り込む。

 うん、これは抹茶味。こっちは見た目的にイチゴだろうか。

 巴ちゃんの手作りお菓子に舌鼓を打ちながら、私たちはとりとめのない、くだらない話を楽しんだ。

 このときばかりは日頃の悩みや嫌な記憶を忘れられる。


 暇をもてあましたランス君が、ベッドの下を漁り始めた。

 そこが男子の隠し物の定番だということは私でも知っている。


「何もないな」

「お前なぁ……部屋に来るたびにするなよ。探すだけ無駄だ。使用人が掃除しにくるから、そういうもんは置かない」

「置かないだけであることにはあるんだ」


 彼は肯定も否定もしなかった。

 つまり”ある”ってことだ。

 いくら気心が知れているからって、私の前でする話じゃないだろうに。


 一方でこれは、二人の友情の証に近いものだった。お育ちが良いのもあるだろうが、私は二人の下品な話を聞いたことがない。

 もしくは私が拒否反応を示すか確かめているのか、単純にベッド下のお約束を知らないと思っているのか。

 何にせよ、健全な男子高校生らしい会話を聞かせられるほど、私は近しい存在になったというわけだ。


 ランス君ほどエロ本探しに精を出せない私は別の茶葉を試そうとしていた。

 袋を開けただけでダージリンと分かった。さっきのより良い香りだ。


「このお菓子、できたら食べ切ってくれ。巴はいっつも作りすぎて俺や使用人に押しつけてくるんだ」

「贅沢な悩みだね」

「お前は料理とかするの?」

「うん。うちの夕飯は私と後藤さん、黒川さんの当番制なんだ」


 すると二人はひどく驚いた。

 使用人のいない生活を知らない金持ちめ……。


 黒川邸の広さからして、一人二人くらいお手伝いさんがいても良いものだと思うが、黒川さんの慎重な性格が災いして雇えないのだろう。

 前の屋敷ーー先代組長の時代だーーでは見習いの若い衆が住み込みで家事をしていたそうだが、今は外の警備をしているだけだ。このままで良い。


「西園寺君も料理してみなよ。楽しいよ」


 すると彼は奥歯に何かがつまったような顔をした。


「……黒川さ、そろそろ君付け止めないか? 親友なのに他人行儀っぽい」

「え、えっ……?!」


 私は困惑を隠せなかった。


 親友って、あの親友?! 

 親しい友と書くアレ?!


 そんな……常に一人ぼっちだった私に、ついに親友ができたっていうのか。

 黒川さんと後藤さんのような、あれほど強い絆で結ばれる相手が私にも......。

 もし盗聴器がなかったら、喜びのあまりむせび泣いていたかもしれない。それほどまでに私は感動に包まれていた。


 こんなに嬉しいことがあって良いんだろうか。


 私を邪魔者扱いしないでーー受け入れて、秘密を明かして、親友と呼んでくれる人たちがいることが、こんなにも幸福だなんて。



「ちょっとなれなれしかったか? 悪い」

「違う。すごく、すごく嬉しい。……ありがとう」


 私は幸せ者だ。

 誰かと友情を分かち合うなんて、もう一生ないと思っていた。


「なんて呼んだら良い?」

「ランスって呼んで!」

「俺のこともまあ、聡で良いよ。サリンって呼んで良いか?」

「黒川さんのいないところだったら良いよ」


 後藤さんなら黙っていてくれるはずだ。

 距離の近さを指摘されたことは今だけ忘れてしまおう。他の人の前では今まで通り振る舞っていれば良い。


「……もう3時か。そろそろ父さんも戻ってきただろ。行こう」

「私もご挨拶しないと」



 西園寺君ーーもとい()に、ご両親と妹さんを紹介してもらう手筈になっている。


 彼の父親は懇親会のときにちらと見かけた。

 恰幅の良い紳士という印象だ。

 懇親会に参加した中年男性のほとんどに共通することだが、やはり彼らは富裕層なだけあって身なりがよく、威厳たっぷりだ。

 自分の存在がちっぽけに思えてしまうほど、彼らは権力者の風格に満ちている。


 聡の父親評は偏見まみれなので当てにならない。

 悪徳の権化だの、金もうけしか考えていないハゲだの酷い言いようだ。ここまで嫌うなんて、よっぽど辛い経験があるのだろうか。


 しかし黒川に与したのは彼の代からだ。

 決して善性にあふれた人間ではあるまい。

 脅されて協力しているのかと思いきや、私と息子の縁談を組もうとしていた。黒川に悪い感情を持っていないのか?



 聡の案内で居間へ行く道中、メイドの集団を遠目に見かけた。

 忙しなくパーティーの準備を行なっている彼女たちはとても可愛らしかった。

 メイドカフェで見られるようなウエイトレス風の服ではなく、本場イギリスから取り寄せた上品な制服だった。執事たちも言うまでもない。


 執事やメイドがいるなんて、このお屋敷だけ違う時代みたいだ。


「ああいうの興味ある?」

「うん。洒落てて素敵だね」

「メイド長に頼んで一着借りてこようか?」

「いや、うちにもあるから良いよ……」


 コスプレだけどね。

 うちにあるのは黒川さん好みのミニスカメイド服だから、わざわざ着たいとは思わない。加えてあの人は猫耳バンドをつけようとしてくる。

 本物の制服と比べると、黒川さんの浅ましさがいっそう浮き彫りになってくる。



「あそこだ」


 私たちがやってきたのは開放感のある居間だった。三人の男女がテーブルを囲んでくつろいでいる。

 廊下にいたときからコーヒーの良い香りがしていたが、ここからきていたのか。


 西園寺家の居間はうちよりも広々としており、部屋の隅には執事が一人控えていた。彼は私たちを見ると笑顔でお辞儀した。

 あまりのお辞儀ラッシュにすでに心は麻痺していた。私は思ったより順応が早い。


「おお、聡。連れてきてくれたか」


 どっしりとふくよかな男性ーー聡パパが立ち上がり、私に会釈をした。

 アザラシのような風貌で、もし有名になれば、ゆるキャラ的な可愛さで若い子たちにもてはやされるだろう。

 彼は好奇心を宿した丸っこい目で私を見つめてくる。

 まるで品定めをされているような気分になった。


「初めまして。私が聡の父の西園寺(さとる)です。こちらが妻の(みやび)


 20代にしか見えないほど若々しく美しい奥様がにこりと笑った。


「こちらが娘の(ともえ)です」

「まあお父様。私が自分で自己紹介したかったのに! サリンさん、私は西園寺巴ですわ。これから末長くよろしくお願いいたしますね!」


 コーラルピンクのドレスを着た愛くるしい少女が、私の手を取った。

 あまりの圧に私は何も言えなくなる。


「お姉さまと呼んでよろしいかしら。私、実は兄じゃなくて姉が欲しかったんですの」

「おい」


 横で聡が憤慨のポーズをとる。しかしその表情は優しかった。

 聡パパは私たちに座るよう促した。

 小さなカゴに入った高級チョコレートに思わず目が行く。こういうものは「是非お食べください」と言われるまで手をつけてはいけない。

 私は執事の淹れてくれたコーヒーを飲んだ。紅茶も良かったがこれもなかなか......。


「本当は懇親会でご挨拶したかったんですが、なにぶんトラブルがありましたからね」

「あはは……」


 黒川さん(うちの)がすみません……。

 挨拶できなかったのは、トラブルのせいだけじゃないけどね。


 彼は私と聡の縁談を諦めてくれただろうか。今後も仲良くしていきたいが、縁談ばかりは地雷だ。

 黒川さんはビジネスと私情をごっちゃにする癖があるから困る。


「お姉さま!」


 巴ちゃんが無理やり隣に座ってくる。


「お兄さま邪魔」

「俺にその態度はないだろ……」

「まあ。ちゃっかりお姉さまの隣に座ろうとするなんて図々しいと思いませんの?」

「流れ的に仕方ないだろ」


 私の真横で口喧嘩が始まった。

 皆は一様に呆れたような微笑ましく思っているような表情で、特に諫める気配はない。きっといつもの光景なんだろう。

 戦は妹が制し、私の友人は向こうのソファに追いやられてしまった。少し気の毒だ。


「巴ちゃんは何歳になったのかな」

「14歳です。中等部の2年生ですの。お姉さまがよろしければ高等部校舎に遊びに行っても?」

「良いよ。……校舎って移動しても良いんだっけ」

「私を縛れるのは憲法と法律だけですわ」


 つまり校則は守らないわけか……。

 彼女の性格の一端をつかめたような気がした。

 聡は「自分と妹は似ていない」と主張するが、なかなかどうして似たもの兄妹じゃないか。

 うちとは大違いだ。


「仲が良くて羨ましいよ」


 すると同時に、二組の眉がぐっとひそめられた。

 その動作と表情があまりにもそっくりで、私は笑みを隠すことができなかった。


「お姉さま、私はこんな阿呆と仲良くないですわ」

「そうだ。誰がこんな口の悪いクソガキと仲が良いもんか」

「喧嘩するほど何とやら……」


 黒川家も仲が良いと言えば仲が良いが、互いの愛情がずれているせいでなかなか通じ合わない。

 会話が成立するのは私が気を遣っているからだ。

 口喧嘩したいとは思わないが、これくらい気楽に本音をぶつけ合える関係になりたい。


 ……いや、黒川さんはいつも正直か。


 本音を話さないのは私だ。



「そうだ。今日は兄が来るんです。お聞きになっていますか?」


 私は聡パパに問いかけたつもりだったが、いの一番に反応したのは巴ちゃんだった。


「な、なんですって?!」

「うわ。大声出すなよ」


 夫婦は知っているようで顔色の変化はなかった。

 しかし二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしている。何だかすごく謝りたい気分になってきた。

 西園寺家では黒川さんは不人気なのか。

 そう思ったが、巴ちゃんは嬉しそうだ。


「ま、まあ……お姉さまのお兄さま、真人様はとっても素敵な方だと聞き及んでおりますわ。兄が霞むほどのイケメンだとか……」

「おい」


 そういえば巴ちゃんは面食いだったか。

 余計なトラブルになる前に警告しておいた方が良いだろう。


「お姉さま。最っ高の誕生日プレゼントですわ! 私、やっぱり違う服にしてきます!」

「あっ……」


 なんて娘だろう。

 巴ちゃんは足早に出て行った。別れのお辞儀を忘れないあたり、生粋のお嬢様だ。

 短気な男だが、パーティーの主役ーーしかもこんないたいけな少女に手を出すとは思えない。

 しかし忠告しておくに越したことはないだろう。


「聡のお父さん……悟さん。巴ちゃんには、兄に近づかないよう伝えていただけますか?」

「言うまでもなく」


 心労をかけて申し訳ない。


「真人さんは、ただ私の娘の誕生日を祝いに来るのではないんでしょう?」

「悟さんとお仕事の話がしたいと言っていました」

「そうですか……」


 娘の誕生日という特別な日に、彼は悪魔と仕事の話をするのか。


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