捌拾漆
誕生日パーティーを架空のイベントだと思っていた。
開催したことも、もちろん招待されたこともない。
学生(特に小学生)を主人公とする創作に不思議と高頻度で出現するため、集団幻覚の一種だろうと考えていた。
しかし実際は、ただ友達がいないために認知することができなかっただけである。
誕生日パーティーは実在する。
だから私は今日という日が楽しみで仕方がなかった。
「サリンちゃん。行くぞ」
あくび混じりに後藤さんが言う。
今日の私は緑を基調としたワンピース風のミニドレスを着ていた。黒川さんがクローゼットの中から三時間かけて選び出した一着だ。
服の寸法に狂いがないのが気持ち悪い。
一体いつ測ったんだか。
久しぶりに我が家のウォークインクローゼットを漁ったところ、まともな服からパーティードレス、はてはコスプレまで様々な服が揃っていた。
少し前に覗いたときより、何着か新しく増えたような気がする。
もちろん大半は着たことがない。
ナースやミニスカサンタのコスプレなんて、一体いつさせようっていうんだ。よっぽど弱味でも握られない限りしないぞ。
客間をまるまる改装して作ったクローゼットだが、さすがに服が入らなくなってきた。
そろそろ断捨離時だろう。しかし一度も着たこともない服を処分するのは気が引ける。
捨てるよりは譲りたいが、どれもこれも海外の有名なブランドもので、気軽にフリーマーケットに持ちこめるような服じゃない。
桜桃さんに連絡をとってみようか。
「そのドレス良いじゃん。似合ってるよ」
「ありがとうございます」
黒川さんは服のセンスが良い。
日々の服は黒川さんの好みに従って決められているが、どれもこれもオシャレで、しかも私によく似合う。
彼なりに考えて選んでいるのだろう。
あの人は意外と少女趣味なところがあって、私にフェミニンな服を着せるのが好きだ。
私を着せ替え人形か何かと勘違いしてるんじゃなかろうか。
でも、大ぶりのフリルやドレスのようなスカートは私も嫌いじゃない。
「んで、どうやって説得したわけ? 男友達の家に行くなんて組長がうなずくとは思えないんだけど」
車が動き出すと、後藤さんがそう言った。
「あれ? 知らないんですか? 盗聴器がついてるのに」
「組長と二人きりの会話は聞かねぇよ。サリンちゃんだって、組長とイチャイチャしてるときの声なんて聞かれたくないだろ?」
「イチャイチャしてません」
笑い飛ばされた。
西園寺邸は渋谷区にある。
郊外にある我が家からは少し遠い。つくまでに数十分はかかるだろう。
「パーティーへの参加をサウジアラビアへ行きの交換条件にしました」
「……行かない方が良かったかもな」
「……まあ」
今日の運転手は黒川さん付きだ。
下手なことは言えなかった。
*
日本に戻ってしばらくは気丈に振る舞っていたが、ずっとアーデルさんとアキレスさんのことが気になっていた。
二人きりになったところを見計って、後藤さんに聞いてみた。
「無事だよ。長男も従者もちゃんと生きてる」
彼はそれだけしか言わなかった。
どういうわけか詳細を話したがらなかったが、私はどうしても聞きたかった。
自分が原因となった以上、彼らがどうなったかを知らなくてはならないと思ったからだ。
「従者はピンピンしてる。だが......長男は半身不随になった。命に別状はないし、他に目立った障害はないようみたいだ。しばらくは車椅子生活だろうが、リハビリも始まったようだし直に歩けるようになるさ。元気にしてるから心配するな。な?」
私を慰めるように彼は言った。
安心させるような口調が逆に私を不安にさせた。
*
職質された回数が累計400回を突破した、という後藤さんの話が始まった頃には暗い気分はすっかり晴れていた。
せっかく誕生日パーティーに招待してもらったのに、陰鬱としていられない。せめて無理にでも笑っていよう。
「本当に生きづらい顔だよ……」
元々強面であることに加え、歴戦の猛者の雰囲気とスカーフェイス、そしてスーツの上からでも分かる筋肉ーー明らかにカタギじゃない。
私は見たことがないが、背中には龍の刺青があるようだ。
どこからどうみてもヤクザ。
臆さず職質する日本警察は優秀だ。
「正直、護衛の仕事きつくないですか?」
この人は明らかに現場の人間だ。
重火器の扱いにも手慣れているし、屈強な身体と経歴ーー半グレ集団と暴走族の元頭領だーーがそれを物語っている。
優秀な人材のはずなのに、小娘のお目付役として日々を消耗している。
いくら親友の頼みといえど、含むところはありそうだがーー
「えー別に? 俺働くのは好きだけど、それ以上にダラダラするのが大好きだからさ。サリンちゃんの護衛だったら涼しい部屋でずっとゆっくりしてられるだろ?」
「はは……」
そうだ。
後藤さんはこういう人だった……。




