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小話8 約束

 

 恋バナは苦手だ。


 輪の中でひっそりと思う。

 身体は確かにここにあるのに、自分だけ孤立しているような気分だ。これじゃあ誘ってくれた鳳翔さんに申し訳ない。

 もう少し楽しめたら良かったのだけどーー色めきたち、上擦った声で話す彼女たちを羨ましく思った。私はここまで恋愛に思いを傾けられない。



「そういえば赤城さん、彼氏いるんだよね? 学内の人?」


 ーーついに話を振られた。

 女子会が私に注目する。

 みな一様に「興味津々」といった顔をしており、それは私の唯一の友人、鳳翔さんも例外ではなかった。

 彼女は女子会にかこつけて私の恋愛話を聞きたかったに違いない。何度聞かれてもはぐらかしていたから、きっとやきもきしていたのだろう。

 私がプレッシャーに弱いことを知っていてここに連れてきたんなら、かなりの策士だ。場を悪くしないため私は恋バナに参加せざるを得ない。


「うん……同じ二年生だよ。経済学部の人」

「えっ、誰?! もしかして柏木?!」


 経済学部の女子が有名人の名前を挙げる。


 ”柏木”という男は、去年ミスターコンで優勝した人気者だ。

 イケメン俳優さながらのルックスをもちながら、謙虚で性格が良いともっぱら評判。私の耳にも入っているくらいだから、二年で彼のことを知らない人はいないだろう。


「違うよ」

「マジか! ……うーん。いやごめんね! 柏木、最近彼女ができたのに教えてくれなくてさ。みんな必死に聞き出そうとしてるんだよ」

「やっぱり学外の人なのかな? 桜蘭女子の人とか?」

「キャンパスが近いからワンチャン……」


 そうして話題は柏木の話へと変わった。

 一瞬にして私への興味が失われたことに驚いたが、女子会なんてこんなものだと一人で納得した。


 それに、何とかはぐらかせて良かった。

 こんなこと女子会で言えるわけがない。



 付き合って一ヶ月の彼が、先週失踪してしまったなんて。



 *



 和やかな雰囲気で終わったことにそっと胸を撫で下ろす。

 邪魔になるんじゃないかと中々参加できないでいたが、彼女たちは私を快く受け入れてくれた。

 これからも機会があれば一緒にご飯を食べたい。


「サリン。今日はどうでした?」

「楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」


 鳳翔さんは「良かった」とつぶやいた。


「あ〜あ。せっかくサリンの恋バナを聞けると思ったのに。残念ですわ」

「あはは……大したことは話せないから」

「それにしても、恋人は学内の方なのですね。私、違う人と勘違いしていたようですわ」


 あの場にいた人が恋人の存在を知っているなんて思いもしなかった。

 私は誰にも言わなかったから、きっと彼が誰かに喋ったんだろう。

 人の口に戸は立てられない。

 私も隠したいわけじゃなかったし。



 恋人といっても、”恋人らしい”ことをした記憶はない。


 元々講義で隣になって少しを話をしたくらいの仲だ。


 告白されたのは五回目の講義の後だったか。誠実な彼に好感を抱いていたので、恋人になることを承諾した。

 三回のデートの中で、キスはおろか手さえ繋がなかった。

 普通なら彼のあまりの初心っぷりを焦ったく思うんだろうが、今になってみればその方が良かった。

 ーーまさか行方不明になるだなんて。




 夜道を一人で歩きながら彼のことを思い出す。


 私はなんて薄情なんだろう。


 恋人が行方不明になったというのに、悲しみも怒りも湧かない。

「へえ、そうなんだ。何があったんだろうか」みたいな、お昼のワイドショーで初めて事件を知る視聴者のような感情しか抱けない。


 恋人を心配する気持ちより、心配できない自己嫌悪の方がずっと強いだなんて。



 思えば昔から恋人が長続きしたことはなかった。


 中学、高校で何人かと付き合ったが、数週間も経たないうちに一方的に振られた。きっと何か不快なことをしてしまったんだ。

 私は何か……人間としての根本的な部分がおかしいのかもしれない。



「サリン」


 信号待ちの最中、誰かに呼びかけられて顔を上げた。


 通ってきた道の数メートル向こうに、いとこの姿があった。仕事帰りなのかスーツに身を包み、コンビニのロゴの入ったビニール袋を利き手にぶら下げている。


「……真人」

「こんな夜中になるまでどこに行っていたんですか? 一人は危ない。家まで送ります」


 真人は流れるように私の鞄を取り上げた。


「遅くなるときは連絡してください。車を出しますから」

「そこまでしてもらわなくて大丈夫だよ」

「大丈夫なわけないでしょうが。ストーカーや痴漢や、不審者が出るかもしれませんよ。サリンの身に何かあったらと思うと心配で心配で仕方ありません」


 彼の言うことも理解できるが、私はもう十九歳。来月には成人する。

 いとこのお兄ちゃんの過保護にいつまでも甘え続けるわけにはいかない。


 物心ついた頃から、私は彼にお世話されていた。まるで親猫のような、慈愛にも親心にも似た愛で私を大切にしてくれた。

 でも最近は少しそれが煩わしい。



 歩幅を合わせられるのが嫌でわざと早く歩いた。

 しかし私の子どもっぽい抵抗はお見通しのようで、真人は微笑ましげにするだけだった。



「そうだ。来月の誕生日の夜、空いていますか?」

「ええ。特に用事はないです」

「じゃあ食事でもしましょう。楽しみにしていてくださいね」


 夜道が暗いせいか、妙に含みのある笑みに見えた。



 ***



 誕生日の夜。


 六本木のホテルの最上階にあるレストランで、夜景を楽しみながら夕食をとった。

 ドレスコードがあるとは聞いていたが、まさかあんな高級な場所に連れて行かれるなんて。

 真人は慣れているのか平然としていたが、私は緊張のあまり震えていた。自分が場違いな気がして仕方がなかったからだ。


 それでも美味しい料理に綺麗な夜景。それに真人との楽しい会話で緊張がほぐれ、お腹いっぱいになる頃にはすっかりレストランに溶け込んでいた。


 二十歳の誕生日だからってお酒は飲まない。

 父が下戸だから、きっと私もそう。ベロベロに酔っ払って今日のことを忘れたくなかった。



「サリン。食事はどうでした?」

「もうすっごく美味しかったです! 筋のないステーキなんて初めて食べました」

「……今度からもっと良いものを食べさせてあげますよ」


 奨学金をもらい、バイトにも勤しんでいるが、だからといって余裕のある生活ができるわけじゃない。

 うちは貧乏だから、実家からの仕送りは雀の涙ほど。遊びも贅沢もしていないのに、バイト代は全部生活費に溶けていく。


 今月は食費も危なかった。

 最近はインスタント麺をもやしでカサ増しして腹を膨らませていたから、こうやって上質なご飯をご馳走してもらえるのはありがたい。

 真人の呆れたような視線が横顔に刺さる。


「私も早く社会人になって、美味しいものをいっぱい食べたいなぁ」

「院には行かないんですか?」

「そんなお金ないもん。奨学金だって借りたら返さないといけないし……」

「私が払いますよ。……大学の学費だって私が出すのに」


 彼はよくそう言ってくれる。


 赤城家は私と父しかいないことに加え貧乏だが、黒川家はお金持ちだ。

 それに真人は外資系トップ企業の出世コースにいる。一生お金に困ることはないだろう。


 正直、援助してほしい気持ちもなくはない。

 でもこれは私の問題だ。他人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 食べるのに困ったらお金を出してもらおう。



 二人で海沿いを歩く。

 空を見上げてもやはり星は見えない。


 涼しくて気持ち良いが、潮風が長い髪を揺らすたびに早く美容室に行かなければと思う。美容室代を捻出できるだろうか。できなかったらセルフで切ろう。

 高校生のときからずっと伸ばしてきたが

流石に邪魔になってきた。ばっさりショートカットにしても良いかもしれない。



「サリン」


 手を握られた。

 足を止めて彼と目を合わせる。今日は何だか距離が近い。


「二十歳の誕生日おめでとう。これで貴女も立派な大人ですね」

「ええ。もう子ども扱いしないでね」


 彼は私の左手に口付けした。


「プレゼントがあります」



 そうして彼はポケットに手を入れーー()()()()()()()()()()()()()()



 ダイヤモンドを見て呆気にとられた。

 シルバー基調の土台に大小の宝石が線対象に散りばめられ、一番大きなダイヤモンドは星を取り込んだかのように輝いている。


 指輪をはめられたのは自分なのに、どこか他人事のように薬指を眺める。



「結婚しましょう」



 しかし、言葉が私を現実に叩きつける。

 幻覚のようだった薬指が輪郭を取り戻し、突然世界から熱が失われた。


 せっかくの誕生日なのに、驚くようなことを言わないでほしい。

 しかし、「冗談だよね」と言いかけた口をつぐんだ。彼の表情があまりにも真剣だったからだ。



「これでようやく一緒に暮らせる。貴女の日頃の生活は目に余るものばかりだった。でももう大丈夫。私の部屋に住んで、私が生活費を出せば貴女が困窮することもない。居酒屋のバイトは辞めましょうね。塾講師は子供相手ですから、続けたいなら構いませんよ。あっ……新居のことも考えないと。私としては戸建てが良いと思っているんですが、サリンはどうですか?」

「……」


 まくし立てるような早口に圧倒され、言葉が出ないでいた。

 真人は返事がないことを不審に思ったのか私の顔を覗きこんでくる。


「あの約束を覚えていますよね?」

「約束……?」


 うまく回らない頭を回し、過去の記憶を遡る。


「まさか覚えていないんですか? 『大人になったら結婚しよう』って約束したじゃありませんか!」

「い、一体何年前の話?! 言ったかもしれないけど、そんなのただの子供の……」


 空気が震えるのを感じた。

 真人が怒りとも悲しみとも取れる顔で睨みつけてくる。


「子供の……何ですか? 続きを聞かせてください。まさか本気じゃなかったなんて言いませんよね」


 握る手に力がこもった。


 目の前にいる彼はーー私のよく知る、優しいいとこのお兄ちゃんではなくなっていた。


「私は……私は十年も待ちました。サリンにたかる小蝿を追い払い、身辺に気を使い……この間もしつこい男がいました。いくら言ってもきかないものだから遠くへ行ってもらいました」

「まさかそれって……」


 私は先週失踪した恋人の名を挙げた。


「ああ、そんな名前だったような気もします。私の愛しい人に近づく不届きものの名なんて覚える価値もありません。サリンも早く忘れなさい」


 子供に早く寝るよう言い聞かせる母親のようにそう言った。

 訳のわからないことを言っているのに、口ぶりだけいつも通りなのが気持ち悪い。



「……サリン。結婚しましょう。すぐに籍を入れようとは言いません。まずは同棲して、お互い深いところを分かり合ってから……」

「ま、待ってください。私結婚なんてーー」

「すみません。急に色々言われても困りますよね。心の準備ができてからで良いですよ。引っ越し業者は私が決めておくので、都合の良い日ができたら教えてください」



 その日はうまく丸めこまれ、私は否応も言えぬまま家に帰されることになった。


 夢であることを願ったが、朝日に照らされる薬指が現実を知らせていた。





これは監禁コースかもしれません。

気が向いたら続きを書きます。

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