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陸拾玖

 

 最後のカップケーキを賭けてじゃんけんをしていたところ、黒川さんが戻ってきた。

 おっと。ちょうどいいところに現れた。私がじゃんけんで勝てるわけがないので、彼に代打をしてもらおう。


 予想通り黒川さんは豪運を発揮し、私はカップケーキを手に入れた。唇についたクリームを舐めながら黒川さんの話を聞く。


「客室に案内してくれるそうです。2人とも、そんなに甘いものを食べて……夕食が入らなくなりますよ」

「うわぁ忘れてた」


 時計を見る。呑気におやつタイムをしていたらもう6時だ。

 私はアホなのですでにお腹いっぱいになっていた。この後先を考えない癖をどうにかした方が良いと思う。


「食事会をする予定だったんですが、サリンはキャンセルで良いですね」

「ちょ、ちょっとなら入りますよ」

「でしょうね。ですが食事会にはラシードの嫡男と次男も呼ぶらしい。彼らとサリンを会わせたくありません。部屋で大人しくしていてください」

「あはは……」


 もう会ったとは口が裂けても言えない。

 後藤さん、さっきアーデルさんに会ったことは内緒にしておいてください。そうアイコンタクトを取ったが、彼が察してくれたかは分からない。

 アーデルさんが余計なことを言わなきゃ良いけど。

 後藤さんに伝言でも頼もう。



 ***



 今何時だろう。

 黒川さんが食事に行ってしばらく経った。

 私は案内された客室のキングベッドに横たわり、天蓋の頂点の裏側を一心に見つめていた。もう何時間もこうしている気がする。

 うたた寝をしたせいか時間感覚が狂っている。


 外はすっかり暗くなっていた。

 カーテンを開けると月だけが輝いていた。

 真っ暗な夜景が郊外の静けさを演出している。ずっと向こうにぽつぽつと見える明かりが、まるで炎が燃え上がっているようで美しかった。



「あっ……たま、痛い」


 さっき起きてから少し頭痛がする。クーラーが効き過ぎているせいか、環境の変化に身体が慣れていないせいか。

 旅先で頭痛なんて最悪だ。とりあえずクーラーの温度を上げて、鞄に入れてた風邪薬でも……うう、だるくて動けない。


 黒川さんの邪魔はしたくないな。

 私が本格的に体調を崩したともなれば、仕事そっちのけで看病をしようとするだろう。でも、彼は仕事のためにわざわざ時間をかけてサウジアラビアまで来たんだ。私が障害になってはいけない。

 黙って寝ていよう。明日になればきっと良くなる。




「サリン、起きていますか?」


 黒川さんのささやき声で薄ら覚醒した。

 いつ戻ってきたんだろう。

 食事をしながら闇の契約だの闇の売買だの、闇の仕事について話していたに違いない。こんな夜遅くまで熱心なことだ。


「サリン、起きたでしょ」

「……うん」


 寝たふりがバレた。この人、寝たふりしてるといっつもすぐ気づくんだ。どういう訓練したらこんな能力が身につくのか。


「起こしてしまってすみません。おやすみ」

「おやすみなさい……」


 倒れ込むように抱きついてきた黒川さんが、私の首に顔を埋めた。吐息がくすぐったくて思わず身をよじろうとしたが、後ろから回される腕が強すぎるせいで少しも身動きが取れない。


 そういえばシャワーを浴びていないし、夕食もとっていない。服もそのままだ。

 客室に来てからすぐに眠りこけたせいでタイミングを逃してしまった。汗臭くないだろうか。せめて寝巻きに着替えたいんだけど……。


「……黒川さん」


 返事はない。

 規則正しい寝息が聞こえる。ベッドに入ってまだ数十秒と経っていないのに、もう眠りに落ちてしまった。

 よっぽど疲れていたんだろう。起こさないようにしなきゃ。


「うっ……ぐぬぬ……」


 少しずつ、少しずつ身体を下にずらしながら黒川さんのホールドから逃れた。私の代わりにクッションを抱いといてもらおう。

 背伸びをすると関節の鳴る音がした。数年ぶりに動いたような気持ち良さだ。


 時計の針が夜の1時を指す。

 私は月明かりを頼りに旅行バッグを漁った。着替えを取り出したは良いが、どうにも眠れる気がしない。かといって明かりをつけて本を読むこともできないし……そうだ。後藤さん起きてるかな。



 廊下に出ると、運の良いことに後藤さんが立っていた。隣の部屋に入ろうとしていたがすぐ私に気づいてくれた。


「どうしたんだ。トイレなら中にあるぞ」

「いえ。目が冴えちゃって……」

「あー……ずっと寝てたもんな」


 廊下のメイン照明は消えていた。

 しかし時代にそぐわぬ燭台に炎が灯されていたため、光には困らなかった。


「ラシードの長男に会ったことを言わないよう伝えておいたぞ」

「ありがとうございます」

「良いんだよ。組長が機嫌悪いと俺もとばっちり喰らうからね」


 後藤さんが融通のきく人で本当に良かった。この人のおかげで私は一体どれほど助かってきたことか。

 まぁ、誘拐は一度も防げてないけど……。


「そうだ。眠れないなら星でも見に行こう」

「良いんですか?」

「とっておきの場所を見つけたからさ。ついでにこの屋敷も探検しようぜ」


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