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陸拾漆

 

「おはようサリン。今朝は少し早いな。朝ご飯はまだ待ってくれよ」

「……お父さん?」


 寝巻き姿のまま襖を開け、大して眩しくもない居間の光に目をすぼめた。

 我が家は簡易なシンクがある部屋と、寝室兼クローゼットにしている和室の2部屋だけ。

 父娘の2人暮らしだから、狭いとも不便とも思わない。

 いつか自分だけの部屋を持ってみたいが、私が自分で稼ぐようになるまでは叶わない夢だろうなぁ。


 父は粗大ゴミをそのまま譲り受けた小さなテレビで、朝のニュース番組を見ていた。

 襖一枚隔てた私を起こさないためにか、よく耳を澄まさないと聞こえないくらい音量が小さい。

 テロップとアナウンサーの真剣な表情から、最近東京で組織犯罪が増えていることが分かった。怖い世の中になったもんだ。私も気をつけないと。


「サリン。高校は楽しいか?」


 制服に着替える私に父がそう呼びかける。


「もちろん、すっごく楽しいよ。勉強ができるし、友達もいっぱいできたし」


 全額免除の奨学金を獲得し、私はとある名門私立高校に入学した。交通費も出してくれるなんて、随分と良心的な学校だ。

 充実した学生生活を送っている。友達……は、うん、それなりに……いないってほどでもない。

 いじめもない上、先生たちからの評判も良いからかなり過ごしやすい。今までの私はいじめを誘発するトラブルメーカーで、先生方からも目の敵にされていた。でも今は違う。

 厄介者扱いじゃなかったらこんなに優しくしてもらえるのかと驚いた。


「彼氏とかはできそうか? 俺と母さんは高校で知り合ってな。大学まで付き合って、卒業と同時に結婚したんだ」

「いや……そういうのはちょっと」

「はは! サリンにはまだ早いか」


 私の母はとても綺麗な人だった。

 直接会ったことはないが、写真がたくさん残っている。

 父と私を知っている人は、「君はお母さんに似たんだね」と苦笑いを浮かべながら言うが、実は私は母にも似ていない。

 母は確かに美人だが、顔のパーツや雰囲気がまるで違う。父と見比べてみてもそうだ。しかしパーツの位置や輪郭は似ているから、ただ単に似ていないだけなんだろうけど。



 私は母には似ていないが、母の妹にはよく似ている。



 彼女と会ったことはない。

 父が持っていたアルバムの中に、私によく似た女性の写真があった。聞いてみると母の妹の写真らしい。

 そのときの父はなんとなく、母の妹の話題に触れてほしくなさそうだった。だからそれ以降は言及せず、私はアルバム漁りを止めた。


「そうだサリン。実はお前に会わせたい人がいるんだ」

「え?」


 嫌な予感がした。

 玄関がゆっくりと開く。


 そこには()が立っていた。



「逃げられるとでも思っているんですか?」




 ***


 ***


 ***




 酷い寝覚めだ。

 全身に冷や汗をかいているせいで、かなり不快。


 黒川さんがこちらを心配そうに見つめていた。もしかして、うなされていただろうか。せっかくの海外なのに悪い夢を見るなんてついてない。

 それもよりにもよって父の夢ーー私ってば、未練たらたらだ。


「もう着きましたよ。サリンが良ければ降りましょう」

「待たせてしまってすみません」



 キング・ファハド空港はサウジアラビアきっての国際空港だ。


 敷地面積は世界最大。隣国よりでかいのはいかがなものか。屋上にはモスクがあるらしい。

 私たちの飛行機は国王や世界中の資本家、政治家などが使うVIPエリアにあり、係員の対応や案内もそれにふさわしいものだった。お嬢様扱いはまだ少し気恥ずかしい。


 VIP専用の飛行場内サロンに通されたが、何だか仰々しい場所だった。

 警備が所狭しと並んでおり、玲海堂の懇親会を想起させた。そこに寛ぎの空間はなく、あるのは警戒と緊張だけだった。

 さっきまで目に見えてウキウキしていた後藤さんでさえ、ここに来た途端に顔が強張った。


 《これはこれは。マコト、久しぶりだな》


 すると、サロンで最もボディーガードを従えている、サウジアラビアの伝統衣装ーー確かカンドゥーラという名前だったかーーを身にまとう男が声をかけてきた。


 《お久しぶりです。数年ぶりですが、お元気そうで何より》


 黒川さんは母国語を操るかのようにスラスラと、未知の言語ーーアラビア語を口にする。こっちに来る前にアラビア語入門の教科書を買ったから、彼らが挨拶をしていることくらいは分かった。

 男は私に目を向けた。


 《彼女を紹介してもらえるかな》

 《妹のサリンです。彼女はアラビア語は話せないので悪しからず》

 《ほほう、噂に違わぬ美しさ。東洋の真珠と言っても過言ではあるまい》


 何言ってんのか全然分からんが、褒められているような気がする。ありがとうありがとう。


「ハジ、メマシテ。ワタシのナマエはハーディ・ラシードです」

「は、初めまして……!」


 片言の日本語で男ーーハーディさんが挨拶をしてくれた。


 それから彼は私に、アラブ圏の女性の伝統衣装ーーアバヤをプレゼントしてくれた。

 かなり前に外国人のアバヤ着用は任意になったが、外出するときはなるべく身に着けるように言われた。

 せっかくだから後で着てみよう。


サウジアラビア編、しらばく続きます。お楽しみください。

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