伍拾捌
珍しく人が少なく、麗華さんの姿も見えなかった。
もしや粛清にでもあったのか、と血の気が引いたが、いつもの取り巻きたちは普通に席でおしゃべりをしていた。
それに私に向けられる非難の目線はないし、麗華さんたちが何か危害を加えられた……という雰囲気でもなさそうだ。
ただひっそりと、
「麗華様、どうして今日は来られないのかしら」
と。
そう聞こえた。
懇親会の帰りの黒川さんはすこぶる機嫌が悪かった。何とか宥めたがあれで怒りが収まったとは到底思えない。鳳翔さんたちに何かしていても不思議じゃない。
席にはジャパニーズプリンスと金髪マゾ王子がいて、2人で何やら話をしていたが、私の存在に気がついた。
……うん、今更だけどとんでもない呼び名だな。
「おはよう黒川。まぁ座れよ」
「おはよう! 昨日は大丈夫だった?」
「おはよう2人共。……ねえ、麗華さんのこと、何か知ってる?」
情報網に自信をお持ちのジャパニーズプリンスさん、貴方なら何か掴んでるんじゃない?
彼は周囲を気にしながら、私たちにしか聞こえない声で話した。
「詳しい話はまだ聞いてないが、黒川グループに買収されたらしいぞ」
「は?」
「お前の方が詳しいと思ってたんだが」
そんな話は全く聞いていない。
でもそういえば今週の土日、黒川さん家にいなかったな……。この週末で黒川と鳳翔の間に動きがあったのか。血が流れていないなら良いが。
***
日本では数々の財閥が、いまだに幅を利かせている。
戦後すぐGHQの指示で行われた経済の自由化の影響を受けたが、ほとんどの財閥が生き残った。現在も日本経済に影響力を持つ財閥の多くが、戦前からある由緒正しい家々だ。
西園寺も鳳翔も例外ではない。
そんな鳳翔財閥を買収した?
信じられない。私でも名前を知っているような大手の財閥だぞ。
ヤクザ稼業の話を聞きたくなかったので、黒川で暮らすようになってすぐ「家で仕事の話はしないで」と黒川さんと後藤さんに頼んだ。
彼らは快く了承してくれて、今でもきちんと守ってくれているが......最近は逆に情報がなさすぎて気になる。黒川さんの動向を私よりジャパニーズプリンスの方が知ってるっておかしいでしょ。
これ以上嫌がらせが起きることはないだろう。
流石の鳳翔さんも、自分を買収したグループの人間に喧嘩を吹っかけるほど馬鹿じゃあるまい。
彼女は色々あって学校に来られていないだけで、しばらくしたらまた、いつも通り教室に来るようになるはずだ。くるはず……。そう信じている。
鳳翔家が東京湾に沈んでいたら……ああ、想像しない方が良い。最悪の事態を想定したって、私にはどうしようもできない。
しかし。
私はどうしても気になった。
あまりにも情報を持ってなさすぎる。私が求めれば彼も教えてくれるはずだ。そこで思い切って黒川さんに聞いてみることにした。
「え? 鳳翔財閥? ……ああ」
「はい。鳳翔麗華さんは……」
「あんな奴まで心配するなんてサリンは優しいですね。大丈夫ですよ。別に殺してはいません」
殺しては、というところに含みを感じた。
「ただ買収しただけ?」
「買収のことは知っているんですね。あの財閥は西アジア方面に事業を広げているので、元々買収する予定でしたよ。懇親会での娘のやらかしが決定打になってくれました」
そういえば黒川さん、中東進出を狙ってるってどこかで言っていたような……。
良かった。敵対したわけではないんだね。
さて、かくして一つの騒動が幕を閉じた。
静かに。
しかし確かな爪痕を残して。
今週は忙しくて更新に手が回りませんでした。
毎日投稿が厳しくなりますが、週末は更新しようと思っています。これからもよろしくお願いします。




